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文化の目

2016年11月15日 (火)

音楽2題-オキナワンボーイと地球ハーモニー

 オキナワンボーイである知念良吉と何時知り合ったのだろうか。忘れさるほど昔のことだ。多分90年代後半の東京でのコンサートの時じゃないか。最近、瀬嵩(せだけ)での市民集会と満月まつりで2度も会った。健在だった彼に乾杯! 60代になっても「何処へ行くオキナワンボーイ」を歌う良吉に乾杯!私たちに乾杯!

 彼はブルース系の音楽をやっているのだが、ただのブルースじゃない。オキナワンブルースだ。彼はコザ生まれだということだが、彼の歌には沖縄のコザ(沖縄市)の心が籠められているようだ。そこは是非とも直接聴いて欲しい。

 近く東京で知念良吉ライブが開かれる。「泥の花 キャラバン 2016-めだかの学校と心の楽園」

日時:16年11月27日18時~21時頃まで

会場:東京琉球館(駒込駅下車2分) ℡:03(5974)1333 豊島区駒込2-17-8

料金:2800円(予約) 3300円(当日)(1ドリンク付き)

◎コンサート後交流会アリ(ここの陽子さん手作りのお食事は美味い!ーヤマヒデさん推奨)

◎琉球館のブログ http://dotouch.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-a4a7.html

 こちらはジャズピアノ。「地球ハーモニー」を立ち上げて、世界・地球に足を伸ばす河野康弘さん(ピアノ)。「音楽は国境、人種、言葉を越えて、すべての人が仲良くなれる神様からの贈り物」という。全くそのとおり。

 その彼が昨日辺野古のテントに来た。少し立ち話。彼は一昨日開かれていた今帰仁でのジャズコンサートに行ったという。私も行きたかったあれだ。私の先輩である村上寛さん(ドラム)もでていた。

 河野康弘ソロコンサートが辺野古と高江で開かれる。

◎11月17日(木) 14時30分~ 辺野古ゲート前(雨天決行)

     同日    17時~    高江共同売店前(雨天時は高江公民館)

問い合わせ 地球ハーモニー ℡090(1657)0174 メール wahaha1113@yahoo.co.jp

◎スタンダードナンバーから辺野古応援曲まで多彩。

音楽は聴いたことがないと、書きようがない。でも期待できそうなお人柄でした。 

2016年9月25日 (日)

「工芸沖縄展」と「沖縄の工芸展」を県立博物館で見てきた

 今日(16年9月25日)は、現場を休み、沖縄県立博物館、美術館で2つの工芸展を見てきた。当初沖縄タイムスで知ったのは、「90回記念国展-工芸沖縄展」(会期:9月13日~10月2日)に行こうと思ったのだが、別に「日本民芸館80周年 沖縄の工芸展―柳宗悦と昭和10年代の沖縄」(会期:9月21日~10月23日)も開催中であり、ならば両方と欲張ったのだ。前者は国画会工芸部と沖縄タイムス社の主催。沖縄県立美術館にて。後者は県立博物館・美術館の企画展である。県立博物館の会場にて。

 私は、90回目の出品(入選)作が並んでいるだけでなく、黎明期に活躍し、国画会工芸部を創設した人人の作品を見たいとた思ったのだ。創部に尽力したのは富本憲吉であり、その後、民芸運動を推進した柳宗悦、濱田庄司、バーナード・リーチ、河井寛次郎、芹沢銈介、柳悦孝、黒田辰秋らが参加し、基礎が築かれていったらしい。

 個人的なことだが、私が幼少時、栃木県益子で、濱田庄司、河井寛次郎、バーナード・リーチ、芹沢銈介さんらとお会いしているというのか、お世話になったらしいのだ。そんな微かな記憶があり、また柳悦孝は私の伯父であり、自分が中学生ぐらいまではしばしば家族で遊びに行っていたものだ。だから彼が女子美の学長時代など、お弟子さんが何人もお宅に来ていたのを見ているし、その中に、沖縄からきていると紹介された学生さんも記憶している(お名前は覚えていないが)。

 私が沖縄・工芸などに関心をもつというか、線がつながったのはずっと後のことであり、悦孝さんが亡くなった(2003年)あとのことだった。今から考えれば、惜しいことをしたものだ。いずれにしても、今回の企画展で悦孝さん、悦博さん(悦孝さんの弟)の作品と出会えた。昔から兄の作品は渋みがあり、弟の作品は明るい色合いだと記憶していたが、まさにそんなだった。

 一々書くと長くなるので省略するが、黎明期の人達の作品は重みがある。どっしりと○○さんのだと、一目で分かる。しかし現代の出品作も皆さん、手抜きなく、カチッと製作されている。私など老眼なので、やや離れて全体を見て、近づいてめがねを外して、マクロにみる。これをやらないと鮮やかさ、精緻さが見て取れないのだ。どれだけの時間をかけて構想を練り、制作に入るのか。一つ一つが感嘆の連続だった。

 私個人は渋いのが好みだが、全般的にド派手なものはなかった。落ち着いたものだ。国展工芸の「生活の中にあって人間を豊かにする」趣旨が今日まで活かされているようだ。

 芹沢さんは沖縄の紅型に接して沖縄に渡って(1928年)染織に目覚めたらしいが、他の黎明期のメンバーも沖縄の工芸に触発され、敬意を抱き、沖縄の方々と学びあう中から作風を新たにしていったようだ。そこに伝統と自由な創作意思が絡み合いながら発展してきたのだろう。

 現代の作家たちについて、私はコメントできる能力はないが、もっと見て、研鑽を重ねるうちに、何かいえればいいだろう。

 工芸が沖縄を元気にし、平和にすることに貢献して欲しいものだ。(続く)

2016年9月14日 (水)

今朝の新聞から―高江の工事強行と国展工芸沖縄展

 今朝の沖縄タイムス1面は悲しい。前面に「陸自ヘリ、重機搬入」であり、その下に「名品と現代美一堂に」だ。前者については書いたとおりだが、後者は国展工芸沖縄展が昨日から那覇市の沖縄県立博物館で始まったのだ。

 何が悲しいのか。この対立的な現状。戦争の準備と、平和でなければ成り立たない文化。沖縄の工芸等の諸文化はあの沖縄戦で、悉く破壊された。製作者も、素材も、製作物も。そうした戦火を潜り抜けて、新たに再建を図ってきた人々がいたからこそ、今回の展覧会も成り立つのだ。

 にもかかわらず、再び破壊されるような時代が迫っていることは、断じて容認できない。

 ちょいと個人的なことで申し訳ないが、特別展示の歴代作家には、私の二人の伯父の作品があるようだ。柳悦孝と柳悦博だ。

 私は、二人の伯父さんに再び沖縄で出会えることに愕いている。だからこそ、彼らにも誓って、基地建設を止める闘いに全力を尽くしたい。

2016年9月 7日 (水)

書評「これから戦場に向かいます」山本美香著

 昨日街の本屋さんで買った一冊。故山本美香著「これから戦場に向かいます」ポプラ社。(1600円、2016年7月刊)。美香さんは12年8月シリアのアレッポで政府軍に撃たれて亡くなった。

 この本は写真絵本。美香さんのしっかりとした、優しい視点が貫かれたグッドな写真集に仕上がっている。小学校高学年から中学生がみたらいい。無論大人にも見て欲しい。理想は親子で見ることだろう。

 撮影地は、アフガニスタン、イラク、チェチェン、ウガンダ、コソボ、アメリカ、トルコ、シリア。美香さんは、この20年の主たる戦場にでかけてきたのだ。冷っとする写真が並ぶ。ホテルから観た爆撃の模様。車で銃撃音が聞こえる中を駆け抜ける。そして自らも居たホテルに戦車砲をくらって、仲間のカメラマンらがなくなった。「ちくしょう」と呻いた美香さん。この気持ち、よくわかる。分かりすぎる。このとき、私の盟友のフォトジャーナリスト豊田直巳もいたのだ。

 何処の戦争でも被害者は民衆だ。特に、女性、子どもら。たくましく生きながら、次の瞬間に殺されていたりするのが戦場の現実。これが戦争だという、軍が民衆を足蹴にする写真もある。

 こんなことを何時まで米国はやるのか。ロシアはやるのか。○○国はやるのか!

 美香さんは志の道半ばで倒されたから、「これから戦場に向かいます」のタイトルになっている。まだまだ戦争の時代が終わらないからだ。終わらせていないからだ。

 それにしても私達は戦場を見ていない。見る機会が奪われていることも確かなことだが、見ようとしていない。私たちの「同盟国」だといわれている米国の戦争であり、その息子のような「日本国」がこれから戦争をしかけていくというのに。

 人間の笑顔を沈黙させ、命を奪う戦争がなぜこれほどまでに大きな力をもっているのだろうか。私達は、戦争機械を止めなければ、なくさなければならない。

 戦場は遠いと思っているかもしれないが、日本が何時「テロ」攻撃にあうか、もはや予断を許さない。台風の被害にさえ対応できない日本が、「テロ」の被害に対応できるわけがない。

 沖縄の現実は、まさに戦争をするための準備のシマだからおきていることだ。戦場をみつめ、改めて、戦争にイエスなのか、ノーなのかを考えたい。

 この写真絵本は、子どもと見たい。子どもの視点から新たな発見、問いが生まれてくるはずだから。

 最後に注文をひとつ。こういう絵本にありがちだが、文が難しすぎる。子どもに見せたいならば、子どもの感覚に会うことばを綴って欲しい。

 

2016年9月 1日 (木)

声明が届きましたー「生前退位」のメッセージは、おかしいだろ

 この国はおかしいことだらけです。「伝統文化」とかいいながら、これまでの歴史の歩みの中で、様々な文化を吸収したり、強奪してきた。漢字も他国からの文化だし、仏教も。伝統文化といえば、天皇制を中核とした文化。しかし明治政府が作り出した代物。男系文化であり、無責任を決め込む文化。

 あの侵略戦争を経たにもかかわらず、過去に目を瞑り、現行憲法の第1章は「天皇」。過去を問わないからできたこと。過去を問わないから、迷走できる。52年4月28日は、日本の独立と同時に沖縄を切り捨て、旧植民地の人人を切り捨てた、私たちにとって忘れてはならない日だ。

 「生前退位」と言い出したアキヒト天皇。このどこが問題なのか、以下の声明を参考にしながら、私も考えていきたい。「アメリカ様」と聴かされまくる沖縄にいると、こうした日米関係は疑問附だらけ。

 主権在民であり、私達こそが、主権者なのだ。「天皇陛下」などといわされることじたいが、おかしなことだと気付かなければ、主権者であるはずの私達が、未来を譲り渡していく。もう殆どの「日本」の皆さんは、譲り渡しているようだが。ここは、頑固でなければならないはずだ。

○○○○○○○

「天皇メッセージ」は違憲! 世襲制「国体」なんてまっぴらです

 7月13日、NHKが天皇の「生前退位」の意向を間接情報として流した。そして8月8日、なぜ「生前退位」であるのかを縷々述べる天皇のビデオメッセージが、各TV局によって流され、新聞各紙が大きく報じた。それは周到に準備され、「玉音放送」とも表現されるようなものであった。その後も、この天皇「生前退位」問題はメディアを賑わせている。
 憲法には、「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負う」(三条)、「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない」(四条)とある。その憲法下で、天皇はメディアを介して直接「国民」に語りかけた。
 その手続きを無視した天皇の行為の違憲性については、すでに批判が上がっている。また、「生前退位」の意向や、「天皇のあり方」など、メッセージの内容も憲法や皇室典範の変更を迫るもので、明白な政治への介入であり、違憲行為であるとの批判もすでに出ている。私たちも、こういった状況に女性と天皇制の問題を考えてきた視点から批判を加えていきたい。

 私たちはこの「天皇メッセージ」に、世襲制「国体」護持への天皇の強い意志を感じた。そして、家父長制・家制度を唯一残す天皇家の家長が、この国の家長であるかのように動き出した状況に驚愕した。家業の運営や家督をいつ譲るかは家長が決める、と言わんばかりに国政に口を出したのだから。

 思い出してみよう。2004年、男系男子による皇位継承が危ういとの判断で、「女性天皇」容認のための「皇室典範に関する有識者会議」が小泉首相(当時)のもとで発足した。しかし2007年、秋篠宮家に男子が産まれ、有識者会議の報告書は白紙に戻された。また2011年、宮内庁が出した、このままでは皇族不在の危機という「緊急課題」に対して、野田政権(当時)は翌年、「女性宮家」創設のための「皇室典範改正へむけた論点整理」を発表し、同年、安倍が首相に返り咲いて「白紙」宣言した。そして今年4月、「女性宮家」創設を検討する有識者会議発足の噂も流れたが進展の気配は見えない。

 この10年の流れをみれば、この「天皇メッセージ」は、政府主導では早期の「皇室典範」見直しはのぞめないという判断の結果ではなかったのか。

 昭和天皇は、「国体護持」のために終戦を遅らせ、敗戦後も「国体護持」のために沖縄を米国に売り渡し安保条約に繋がる「メッセージ」を発した。いま同様に、明仁天皇も「国体護持」のために動いている。立憲主義を踏みにじり、象徴天皇制を再定義し、その明文化を求めるメッセージを発することで。その「再定義」には、メッセージにはなかった「安定的な皇位継承」のための「女性宮家」、あるいは「女性天皇」の容認なども含まれてくるだろう。皇位継承と皇族維持は「国体」にとって最重要課題なのだ。

 女系を認めてでも「万世一系」の「伝統」を守りたいと考える者たちと、男系こそが「伝統」だという者たちの確執など、私たちには関係ない。ただ、この国の憲法・法律が定める制度である以上、人権主義や民主主義、立憲主義の立場から声を発していくしかない。

 また、「女性宮家」や「女性天皇」の容認は、男女平等や女性活躍に寄与するように見えるが、世襲制は女に子どもを産ませることで成立し、出自による差別を是認する制度であることにかわりはない。問題は世襲制や家父長制・家制度を法体系に残し、女性の身体を制度の道具とし、差別を是認し再生産していることである。そして、それを「伝統」とする天皇を、「日本国と日本国民統合の象徴」としていることだ。
 制度の廃止によって、私たちだけでなく、天皇一族も解放される。私たちは天皇が訴える「生前退位」を介した象徴天皇制の再定義=「国体護持」を拒否し、天皇制廃止を求めていきたい。

2016年8月31日 
女性と天皇制研究会(http://jotenken.hatenablog.com/)

2016年8月28日 (日)

日本民芸館に「沖縄の工芸」展を見てきた(16年8月19日)

 実は今回の私の東京企画のきっかけは、この「沖縄工芸」展を見ることにあった。日本民芸館創立80周年企画の第2段。16年8月19日午前、無事に見てきた。「良かった!」の一語に尽きる。

 最初に見たのが、第3室の「沖縄の織物」の展示。入り口にたっただけで、感嘆させられた。何でだろう。色彩は、80年余り立っており、色落ちしたり、一部に汚れもあるのだが、芯の強さを感じた。しっかりした顔立ちをしているようだ。中に入ってじっくりみると、地域によって様々な素材と織りかた、デザインがある。ひとつひとつが各シマのオリジナルであり、総じて沖縄オリジナルなのだ。全く古いかんじもしない。沖縄の焼き物、沖縄と民芸運動、沖縄の染物・紅型の展示室をめぐり、沖縄の漆工とシーサー、それに坂本万七さんの1940年の沖縄の写真も観た。

 中でも紅型の美しさは半端でない。多様である。ただしそこに描きこまれたものは、沖縄らしからざるものが多く、「日本文化」に拘泥されている。焼き物は土の素材や染などの素材、生活からできている分、しっかりとしたオリジナルだ。

 「沖縄の民芸運動」には、私にもなじみの方々がでてくる。浜田庄治、河井寛次郎、金城次郎、宮平初子、平良敏子さんらだ。

 坂本万七さんの沖縄の写真は、貴重なものだった。例えば、40年代の陶工たちの姿や、首里城の姿、石畳の道などの戦災前の姿が残されているのだ。

 私が個人的に感じ入るのは、あの戦争で跡形もなくなった工芸活動・品の復活に奔走された方々の努力だ。地元の人人との協働の力。もっとも身近な人は私の伯父に当たる柳悦孝らの働きだ。こうした方々のお力添えがあったからこそ、今の沖縄の工芸は残されたのだろう。そして40年前後に日本民芸館に収集されていたものがあったからこそ、戦後の復元に寄与したのだろう。

 文化とは地域に根付いたものであり、収集によって元祖の地域から切り離されてしまう怪しさがあるものだが、こと沖縄にあっては、「蓄積された文化」がその後の復元と発展につながったのだろう。

 日本民芸館にまた行こうと思う。しかし今の沖縄の工芸作品と創作活動にもっと触れたいものだ。あぁ!

2016年8月 6日 (土)

8月19日(金)午後民芸館へ。同行希望の方はご予約ください

8月21日まで日本民芸館で「沖縄の工芸展」を開催中。私は8月19日の午後同館を訪ねます。興味のある方は、ご一緒しませんか? 

民芸は生活者の文化創造運動であり、平和にも貢献する思想のはず。今何を考えるべきなのか?

 ○希望者は必ず事前にお申し込みください。私のメールアドレスまで。8月16日まで。

 ○日本民芸館 http://www.mingeikan.or.jp/about/ 場所は目黒区の駒場東大前近く。

 ○入場料 1000円(大人)

 ○見学後、簡単な交流会を予定。16時頃終了。

2016年7月27日 (水)

朗報-映画『標的の村』の上映はあと1年間継続に

 今入ってきたニュースです。映画『標的の村』の上映権について配給会社と制作会社の間で交渉の結果、2016年8月10日以降も1年間継続されることになりましたと。詳細は下記を。http://www.hyoteki.com/jyouei/

 この状況の中で、制作会社の琉球朝日放送が方針を変更してくださいました。良かった。

 この際ですから、皆様、どしどし自主上映会を企画してください。高江のこと、沖縄のことを知って考えてください。どうぞよろしくおねがいもうしあげます。

 

2016年7月25日 (月)

日本民藝館創立80周年記念―「沖縄の工芸展」開催中

 日本民藝館(東京都目黒区)が創設されて80周年が経ちます。この第2段の企画展が「沖縄の工芸」です。

 80年前は、1936年ですが、既に日中戦争が始まっており、軍事費が国家財政の過半に迫る時代です。むろん、軍部の中の対立も烈しくなる中で、表現の自由も著しく制限されていきます。

 こうした時代の中で、柳宗悦らは生活の中に息づく工芸を見直し、再発見して行く活動を大きく発展させていきます。こうした営為の中で、民芸館は創立されたのです。

 私が彼らを評価するのは、民族主義が深まる時代の中で、日本文化を相対化し、様々な文化的な接触を認めながら、工芸を見極めていったことです。朝鮮文化も中国文化も日本の文化に大きく影響を及ぼしてきたことを充分に認めながら活動を深めていったのです。特に20年代の日本による朝鮮植民地支配が深まる中で、朝鮮文化の価値を認め、擁護する取り組みを日本・朝鮮の中で行ないました。この経験を踏まえて、彼は30年代の沖縄に着目したのです。その過程で、うちなーぐちの撲滅運動に異論を唱えて、県知事(官製)とも幾度か公開論争しました。

 こうした活動は当時のことですから、特高警察の監視下に置かれていましたが、彼らは、立場を変えることはなかったようです。

 民芸館に集った人人は、戦後復興にも尽力しました。特に沖縄の惨状を知って、壊滅してしまった文化の復興にも大きく寄与したのです。柳悦考は沖縄の織物の復興に力を尽くしました。実は彼は私の伯父であり、宗悦さんは私の大伯父です。

 この展覧会は6月21日~8月21日までです。別の沖縄を知る意味でも、今後の沖縄と「日本」文化を考える意味でも、役立ち、愉しい展覧会だと思います。皆様も一度お出かけください。私も行きます。

http://mingeikan.or.jp/events/pamphlet_201606.pdf

◎もはや政治運動だけでは今の酷い時代を転換できないでしょう。文化的共感をもっともっと大切にしたいと思います。

2016年6月30日 (木)

1988年の公明党の漫画-無関心が戦争を呼び込む

ある方から、88年当事の漫画が流れてきました。ちょいとおもしろいです。

http://seoul-life.blog.jp/archives/62149212.html

もっとも徴兵制の暴力で若者が戦場に連行される想定は、やや先走っていますが。

しかし戦後71年経ち、もはや最後の最後。この一歩先に戦争が待っているところに私たちは追い込まれた。恐ろしいなんてことを言っている場合じゃない。この道を止められか否かです。来る参院選がその帰趨をきめてしまいます。

 選挙と大衆運動は車の両輪です。そこをわきまえて取り組んで。沖縄も頑張ります。無関心こそが戦争を呼び込むのです。知らなかったじゃすまされない。