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与那国島

2016年11月22日 (火)

与那国島をあとにして(16年11月6日)-簡単なまとめ

 今回の与那国は16年11月3日から6日であり、実質4,5の2日間。なかなか体力的にハードでした。自衛隊の動きは思いのほか静か。鳴りを潜めている。この裏に何があるのかは、今後の調査にまたなければならない。ただ私が2012年10月にみてきた稚内の沿岸監視隊(第301沿岸監視隊)も静かだった。レーダー基地が目立ってどうする。

 本件の場合、国・防衛省が島民をいかに取り込むのかが、要諦だろう。反対や疑問の声を沈静化させる技がでてくるだろう。また本件の場合、盾と槍の問題がある。いくら盾を用意しても、槍を備えなるまでは、ほどほどにしないと、いかんともしがたい。その意味で宮古・石垣・奄美大島、そして辺野古に新基地建設を急ぐだろう。そうはさせない私たちの闘いがいよいよ正念場を迎えているだろう。

 またこなければならないようだ。特に島の人人を励ましていかなければならない。あの人たちを孤立させないことが飛び切り重要だ。

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久部良から飛行場に向けて歩いた。朝のすがすがしさ。7時18分。久部良岳。

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暗雲立ち込める朝。7時19分。しかし途中で見知らぬおじさんが車に乗せてくれたのだ。最後は楽チンさせていただいた。感謝。

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飛行場に張られていた掲示物。外来生物の侵入阻止。辺野古では国をあげての大車輪。

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16年4月から導入されたDHC-8-400.客室50名と荷物室の拡大。2500キロ。

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飛び立った。東崎。馬たちが懐かしい。朝日が素晴らしい場所なのだ。

2016年11月19日 (土)

生き物たちの与那国島(16年11月4日、5日)

 私の与那国島への旅はすっかり基地観察になってしまった。しかしこの島はそれだけではない。魅力的な魅惑的な島であり続けて欲しい。これは私の願望だ。まだこの島には希望をもてる。

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久部良のミトゥを上から眺めたら、カモ類、オオバン、サギ類、カワウ、ユリカモメがいた。このシラサギの集団をよくみると、へんなのがいる。そのボリュームから判断すれば、クロツラヘラサギだろう。3羽。明日下の道からちゃんとみたい。今日は先を急ぐ。11月4日8時59分。

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久部良岳下部の舗装された道に止まるアカタテハ。10時40分。やや気温がさがっているので、暖かいアスファルトの上がいいようだ。動きも鈍い。

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北からの渡りの途中だろうエゾビタキ。単独行動。久部良岳から比川の途中の森の中。4日12時57分。虫を取るいかにもヒタキ類らしい動きをみせてくれた。今回何回もみることになった。

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旧南牧場の海側の草地で餌を食む。15時21分。馬を撮るのは最高だ。

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親子づれ。こちらを意識しながらも子に愛情を注ぐ親馬。旧南牧場の海側。16時42分。ここに排除されたのが不当なことだ。

11月5日。

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久部良のミトゥに入り込む。すると見慣れぬ鳥が1羽。何だと思っていたら飛んだ。羽は真っ白。アカガシラサギの冬羽だ。愕いた。8時7分。

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いよいよサギの群れに接近。やはりクロツラヘラサギのようだ。

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3羽。クロツラヘラサギ。8時19分。

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牧場の脇の斜面。小さな花弁。これはマクロレンズで撮りたいが。9時51分。

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もう1枚。地べたに座り込んで撮る。足元に注意。

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アマサギ。背景は海。前景は牛の背中。10時42分。

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馬の親子と見守るアマサギ。13時20分。祖納。

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祖納沖を行くフェリー。かっちょいい。13時41分。

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比川の水田。17時38分。日没時。右端はセイタカシギ。

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久部良に戻った。11時間、20キロを歩く。飛行機が北西方向に飛んでいる。18時8分。頑張った。



















与那国島が変わりつつある(基地がらみの動き)

 私が最初に与那国に行ったのが、11年6月。とても好感を抱いた。①大海原に囲まれた自然豊かな島。②集落以外に人工の構造物が殆どない、③牛と馬が居て、柔らかで楽しい島、④適度な起伏があって、実にフォトジェニックな島。

 しかし14年以降基地建設が始まる前後からこの島も変わってきた。上記の4点が崩されつつあるのだ。南牧場が取られてしまい、牛が居なくなり、馬が追い出された。自動車が増え、走行スピードが上がり、集落以外にも構造物が立ち始めた。

 今回は気付いたことをアトランダムになるが報告する。

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祖納小学校の隣にできた自衛官の官舎。3階建て、20戸だろうか。

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近くから見ると。既に多数が入居しているようだ。このほかに久部良、比川に建設予定とか。

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ここは祖納地区だが、飛行場隣の空き地が重機等の置き場になり、土砂等の廃材置き場にされている。

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こんなかんじ。

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島中央部の農地の中にコンクリートブロックの置き場が見える。インビ岳東部から撮ったので、今後要確認。

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比川の水田に重機が入っている。土地改良事業とのことだが、

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サギも脇に追いやられている。騒音はかなりのものだった。

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やや離れてみると。

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比川の協同売店の隣に建設中の重機整備工場。



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工事が完了すればこうした飯場も解体されるのか?(久部良地区最東端)

◎未調査の場所も多く、予断を許さないが、美しき与那国島であってほしいものだ。

島の活性化が島の土台を壊してはどうにもならないはずだ。

◎補足

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フォークリフトのフォークが歩道に突き出ていた。久部良から飛行場に向かう道。11月5日撮影だが6日の朝まで同様な姿だった。危険だろうに。ここは推進派が経営している給油所。

与那国島の陸自基地の現況(16年11月5日)Ⅱインビ岳方面

2016年11月5日、私は与那国島を徒歩で3分の2周した。約20キロ、11時間かかった。撮影には晴れていたのが幸いしたが、暑くてたまらないことはなかった。本稿では基地の現況のⅡとしてインビ岳方面のアンテナ群を報告する。

 アンテナ群は島の中央よりやや東側の南部にあるインビ岳(164m)の中腹にできた。今回のコースは祖納からアヤミハビル館、宇良部岳(231m)東側、県道に出て林道からインビ岳に向かった。

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ここはインビ岳東側の休憩所だ。15時57分。近くにあるはずのアンテナ群が見えない。インビ岳(左奥)に隠れているようだ。逆に言えば、インビ岳、宇良部岳方面(東側)はレーダーの死角になっているのだ。いやストレートな電波よりも空中を拡散してくるような電波を拾っているから問題がないのかもしれないが、スッキリしないはっきりはわからない。

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林道沿い東側から。5本のアンテナがほぼまっすぐな位置。

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間近な場所から。16時14分。

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フェンス脇から。監視カメラが倒れ掛かっている。

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真横から。右は電源を引いている電柱。16時29分。

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やや左側(下)から。

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アンテナ群の真下に設置された貯水槽?

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制御室の排気塔。冷風機が回っている。要するにレーダーは動いている。

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林道と県道合流点(西側)から。16時39分。ここは無人らしい。これだけじっくり撮影したが、誰も出てこない。兵隊は不在なのか。

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県道合流点。下の舗装は本復旧が終わっている。マンホールは防衛省所管の光通信網。久部良のアンテナからつながっている。16時42分。

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前の写真と同じ場所だが、比川方面。2車線とも本復旧されている。

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18時12分。かなり暗くなっていた。比川から久部良の途中で、インビ岳方面に疾走していった軽装甲機動車。何しに行ったのだろう。不思議だと思っていたが、もしかすると夜間のみ有人警備なのかもしれない。要確認。

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久部良のアンテナ。18時22分でたっぷりと暗くなってきたのだが、夜間照明灯がついていない。違法でないか、要確認。

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久部良側からインビ岳を望む。夜間照明はついている。因みに久部良のアンテナからインビ岳のアンテナまで直線距離でほぼ4000m。








2016年11月16日 (水)

与那国島の新基地の現況(1)-久部良地区を中心に

 16年3月28日に隊旗授与式を行ない新編された与那国沿岸監視隊はどんなだろうかとの現況把握が今回の旅の目的のひとつだった。以下2回に分けて報告したい。

 与那国島は東西に長い卵形の島である。面積は約30ヘイホーメートル。周囲は30キロ弱。集落は祖納(島の真ん中あたりのやや東側。町役場があり、港もある)、比川(南側の真ん中あたり)、西端に港のある久部良がある。なお飛行場は島の真ん中あたりの北側。 

 第1回は久部良地区にできた場所を中心に明らかにしたい。

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これは久部良地区にできた隊舎群。小さめの赤瓦の建物が正面ゲートの管理棟。左手前は作業員の飯場。

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やや左側(東)トラック類が見える。

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西側。黒っぽいところは弾薬庫。警備隊50名等の分にしては異様に大きい。そのなかにある細長い建物は射撃演習場。海に浮かぶ船はダイビングショップのもの。

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西側はまだ工事中。クレーンが上がっている。

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上記の西側の建物。南から見る。まだまだ完成は遠い。

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近くから。島民への説明では、ここは体育館。
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南からみた久部良のレーダーの制御棟。

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工事は17年6月30日に書き換えられている。今年の6月30日ではない!1年3ヶ月延長か。

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制御棟とアンテナ。外には誰もいないようだ。

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左の道が隊舎群に通じている。

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隊舎の南側。監視カメラが先の台風のせいか倒れたまま。2箇所このようになっていた。果たして「監視中」なのか?

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隊舎から赤土が流れる。右上は海。今日は晴天。それでも流出。

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現場から赤土がこぼれているのがわかるだろう。

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この赤土の山は基地建設工事で出た残土。自然を壊したよと分かる証拠物件だが、何時までこのままにしておくつもりなのか。また赤土が流出する。

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同じ場所だが、道路から撮影。防衛省はアダンの森(手前)や牧草地を壊しました。

新編されて7ヶ月の与那国沿岸監視隊はまだ工事中だが、予定の機能のどこまでが稼動しているのか。総じて人影がない印象。基本的にレーダー基地だから、そうなのだが、警備の隊員も外からは見えない。今後160名の皆さんが何をしているのか、しっかりと調べたい。



















 

2016年11月14日 (月)

久しぶりに与那国島に着いて気付いたこと(16年11月3日)

16年11月3日曇。

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窓から写す。雲上は晴れている。

着陸態勢に入った。

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久部良側から。やや!基地が眼下に見える。慌てて撮影。正面海側に見える。右の緑の建物がレーダーの管理室。左がアンテナ。その奥の赤がわらが兵舎群。

午後、与那国空港着。今日は宿までゆっくりと行く。

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県道をツバメが飛び交う。速い、俊敏。車が通るが平然たるもの。これを狙ったが、難しい。30分余り粘った。ここでわかったこと。基地建設は未だ終わらず。工事車両が通るのだ。確か16年3月31日までだったよね。どういうこと。

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牛は目がかわいい。道路際で。

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久部良までの途中で海が見える一箇所。

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久部良の給油所前。ランナーは自衛官。こうして走る自衛官が目立っていた。彼らはスマホを持って走る。基地からの緊急連絡のためと途中で何かあったときの連絡用だろう。

左上がレーダーの管理所。

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高台から見た兵舎群。(拡大してみてください)

こうして与那国の初日が始まった。



2016年10月23日 (日)

与那国沿岸監視隊新編(16年3月28日)から

 16年3月28日、与那国沿岸監視隊が160名規模で新編された。1500名足らずの島を日本最西端(台湾まで110キロ)の基地の島にしてしまったのだ。南西方面の防衛の最先端だが、アジアの戦争と平和をめぐる切っ先になったことは否定できない。

 本取材はIWJによる取材として正式に申し入れ中に入っている。

 この事実は、「自衛隊誘致で島の活性化」を唱えた人たちが勝利した結果だが、この島の、琉球諸島の、アジアの行方を占うものになるだろう。

 この3月28日段階では、兵舎やレーダー施設等が未完成だった。だから結団式は野外だった。

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3月28日8時58分。取材陣を乗せたヘリが久部良(くぶら)の西端に着陸。

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10時48分。会場に参列者が次々と到着。

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10時49分。与那国島の招待客らしい。降りてきたのは、金城信浩与那国防衛協会会長御夫妻。

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10時50分。島の来賓らと沖縄防衛局、西部方面隊ら自衛隊幹部との挨拶。

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10時58分。結団式開始前の整列。

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11時。小川清史西部方面隊長(陸将)から塩満大吾与那国沿岸監視隊長(2等陸佐)への隊旗授与式。こうして新しい部隊が発足するようだ。

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11時3分。小川方面隊長の訓示。なにやらオブラートに包んだ話だった。隊員の健康と住民との対話に留意して。何故此処に新編するかなどの分かりやすい話はなかった。

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部隊は160名。警備小隊、通信情報収集小隊、後方支援隊、会計隊、レーダー班、監視班。

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式典後の銃を捧げて行進。11時27分。会場は敷地の一番下部。取材に来た人たちは、どこに通信施設があるのなどの質問をする人もいた。

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先頭を行く隊旗。

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懸念し、抗議する住民達。12時14分。

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兵舎の屋根で住民等を監視する部隊。12時22分。

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12時55分。哀れな馬達。棲家を排除された。

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3月30日12時9分。結団式の支援できていた西部方面隊員らが帰る。

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3月30日12時25分。離陸。機体は第15旅団ヘリコプター隊所属。



















2016年4月13日 (水)

稲川宏二さんの志に寄り沿いたい

 未だ信じられない。稲川宏二さんが亡くなったなんて。3月上旬の夜、一緒に話し込んだ。3月28日の隊旗授与式では門前で、意思表示されていた。

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この意思表示。15名ほどが思い思いの気持ちをこめて集まっていた。左から3番目が稲川さん。「戦わないで 仲良くしよう」。16年3月28日12時15分。

この「戦わないで 仲良くしよう」に、彼がこめた思いは何だろう。意味深だ。最前線に位置づけられた自衛隊員の命の危険に思いをこめているのだろう。もちろん住民の命の重さをかみ締めている。

 彼がこの10年ほどの間にやってきたことは、何だったのだろうか? 島の人人の思いは何だろうか? 

 一人ひとりの思いと、一人ひとりをつなぎ、力を付けていく事。他人を縛らず、お互いに支えられる組織のありかた。彼は家父長的なもの、権威主義に陥らないように努力していた。

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カタブル浜。3月26日15時5分。干潮時。与那国島では珍しい自然の内湾。足元はさんごだらけ。

彼は4月10日、ここから海に潜ったらしい。貝を取りに。ダイビングもベテランだったらしい。11日朝、捜索中のダイバーが水深10m地点で彼を発見。11日8時、与那国診療所の医師が死亡を確認。

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カタブル浜から西側の海(しまの南側)。3月26日15時54分撮影。

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3月26日16時過ぎ。ここは南側の海岸の中でも随一の絶景地。以前は南牧場の馬がここまで来ているのを見なかったが。

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3月26日16時58分。夕日を浴びながら西に向って歩いた。シマアザミが美しい。

彼は与那国の海を見ながら何を思っていたのだろう。ここに何が見えるのかすら人によって違うのだから、何を思うのかなど、余りにも違うだろう。もっと彼の思いを受け止めたかった。反省しきりだ。

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北牧場のうまたち。3月28日16時54分。

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北牧場の牛達。3月28日17時41分。少し気持ちが落ち着く。

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3月28日6時40分。夜明け前。西崎。ここは国境の島といわれるが、ここから閉じるあり方に彼は疑問を抱いていたはずだ。国境を越えるあり方を私は考え続けたい。

戦争を呼び込むなど愚の骨頂だ。





主が追い出された旧南牧場周辺(16年3月28日、29日)

16年3月28日、29日の旧南牧場周辺の馬達を追いました。

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3月28日12時54分。旧南牧場の外(海)側の道をかっての主である馬たちがとぼとぼと行く。牧草地を追われて、条件の悪いところで食べなければならない。

 右上の集団は着任したばかりの自衛隊員。周辺を銃をもちながら歩いてました。

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3月29日16時43分。やはり与那国監視隊の駐屯地前。盛り土は弾薬庫。

こちらは道路を隔てた海側の草地。正面の丘一帯が南牧場だったのだ。

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3月29日16時59分。旧南牧場の最西端から。上の建物群周辺が与那国監視隊に取られた。拡大してご覧ください。

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3月29日16時33分。監視隊の柵にまで上がって、餌を食べる馬達。道路から約2m上。

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こんなです。3月29日16時36分。悲しく、涙が出てきます。

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そして左上の馬は果敢にも監視隊入り口(工事現場の入り口)を通ることを試みましたが、このクレーン車に阻まれた。主が追われる。3月29日16時40分。

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とぼとぼと戻ってくる。こんな現実に誰がした?! 3月29日16時41分。



2016年4月12日 (火)

稲川宏二さんのご冥福を祈ります。

 4月11帰宅して、色々と片付けていた。別の島の友人から電話がなった。稲川さんが亡くなったと。一瞬絶句。

 4月10日午後、比川のカタブル浜から貝を取ると友人と潜ったらしい。一たん陸に上がって、彼だけが再度海へ。夕方戻らないので、捜索。11日朝、海中で発見され、死亡が確認されたようだ。

 死因は不明だが、彼は与那国島で陸上自衛隊の駐屯に反対してきたイソバの会の共同代表。

 3月28日の隊旗授与式に自衛隊の駐屯に反対の意思表明をされていた。あの日の彼は私用があり、また話そうねと分かれたばかりだった。原因の究明が待たれる。

 彼は2月の私宛のメールで基地建設反対から島を戦場にさせない闘い、島の兵隊の命と人権を守る闘いになると決意を語られていた。大きな軋轢を受けながらの生と死。

 悔しい。哀しい。だからこそ彼の遺志を引き継いでいこう。島の皆さん、がんばろう。

新聞記事からhttp://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=163126