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2017年1月23日 (月)

宮古島から帰ってきた(17年1月23日)

 本日午後、宮古島から帰ってきた。宮古島市長選、奥平一夫さん惜敗。370票差。詳細はのちほど。手ごたえだけでいえば、奥平さんの勝ちだったのだが、組織票、表面に出ない裏の動き、期日前投票など、現職の下地敏彦さんの粘り勝ち。裏側だけに何が行なわれていたのか、それこそ情報公開してもらいたいものだ。

 ただ私は、奥平さんたちの市民グループは島の政治の保守の岩盤をあと一歩崩せなかったのだと思う。しかしこの2ヶ月でよくもここまで力をつけてきた。11月20日段階ではまだ態勢ができていなかったし、分裂回避の動きと、独自に立てることの2重の動きの最中だった。

 これで政府防衛省は一気に宮古での陸自の基地建設にまい進してくるだろう。これに対置して、この選挙で広げた市民グループの結集を選挙だけに留めず、今後も持続的な運動展開ができるかが、時代を分かっていくだろう。私は予想したくないが、今進んでいることは、ここ宮古島や石垣島、与那国島が近未来に戦場になる事態なのだ。なってから気がついても遅い。逃げ惑い、爆弾等にやられるか、壕に避難して飢えて死ぬ。住民が被弾する弾は、敵が発射するものばかりじゃあるまい。時と場合によっては、自衛隊からも米軍からも撃たれかねないのだ。

 どうして分裂になってしまったのか、下地晃さんを立てたグループは、「オール沖縄」を自称したが、そもそも宮古島に「オール宮古島」は不存在。名前だけ用いても底の浅さを曝露してしまう。選考委員会なるものも一部のだれそれが立ち上げたに過ぎない。全く不透明な中で奥平排除を含意して行なわれたと、私はみている。

 従前から一生賢明基地建設反対などで動いていた人たちが、こんな独善を承服できるわけがない。しかし一度外れたレールは戻らなかった。島の命どぅ宝の団結を取り戻すことができるのか、お互いに原点に立ち返って、考え直してもらいたい。

 これから一休みしてから、沖展のパネル制作に取り掛かる。暫くブログを書けないかも。このブログの容量が一杯に近づいているし。

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