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2017年1月

2017年1月28日 (土)

「ヤマヒデの沖縄便り」の終了と再生。感謝。

○新しいブログに移行しました(17年2月8日)。「ヤマヒデの沖縄便り-Ⅱ」です。

http://poyamahide.cocolog-nifty.com/blog/

 14年6月から開始した「ヤマヒデの沖縄便り」はこれをもちまして、終了します。単純にブログの容量を超えそうだからです。ありがとうございました。なお、今後もこれまでのブログを見ることはできますし、これを引き継ぐ形で、新たなブログを立ち上げます。暫くお待ちください。

宮古島の千代田・野原(のばる)地区を歩く。

17年1月22日、千代田から野原を歩く。

空港南の川満あたりで。

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国道390号線。電線の地中化工事の標識。台風対策なのか、軍事化に備えた動きか、要注意。

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電柱を挟んでバス停と看板。国道390号線。

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陸自駐屯地予定地千代田ゴルフ場から野原の第53警戒隊を眺める。1500mしかない。宮古島を軍事化すれば、あのレーダー群がやられたらこちらもやられるだろう至近距離。

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野原から警戒隊を眺める。

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野原から。新たに築造されたアンテナ群と地下施設。

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新たなアンテナ。赤瓦はお寺の屋根。

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第4移動警戒隊(那覇基地)から派遣されているアンテナ。

移動式3次元レーダー装置。J/TPS-102。3次元とは、方位、高度、距離の3次元。自衛隊は既に陸海空の情報を網羅している。例えば洋上のイージス艦艇や上空の警戒管制機とも繋がり、同時の防空・攻撃が可能。

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野原のバス停辺りから。

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野原から。アンテナ群は概ね南北の標高100mほどの尾根に並ぶ。

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選挙看板とアンテナ群(南側)。

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左手前は72年前の戦死者達を祀る慰霊塔。右上の突起は新たに造られたアンテナ群。

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近づいて観る。左は農業用水のため池と称しているが、何故基地の中に造るのか。

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監視カメラが睨んでます。上記の近く。

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2個の新設アンテナ群。此処まで近づいて撮ったのは初。もちろん誰でも入れるところです。















只今、オスプレイが周辺をごろついている(17年1月28日午前)

 17年1月28日、10時過ぎ、オスプレイの騒音がけたたましい。外に出ても見えず、音の方向を確かめると、許田方面だろう。キャンプシュワブ演習場(付近)の西側でやっていると思われる。

 米軍は、今日の沖縄は旧正月で、名護のサクラ祭り(名護城内)だと承知の上でやっているのだろうか。演習をやめろ!

 なお、「ごろついている」という表現は、「ごろつき」にかけているが、音がごろごろ篭っていることを含んだ表現であることをお断りしておく。

 また近くを飛んだ。10時48分。

ウォルデン・ベロ-さん横浜講演会

来る2月4日、横浜でWalden Belloさんを招いた講演会が開催されます。趣旨は「資本と軍事のグローバリゼーションに対抗する人々がつくる もうひとつのアジア」を目指す企画です。

多くの方々が参加して議論を深められたらと願います。

17年2月4日 5日

 講演会は4日13時~17時。講演とパネル討論

 会場:神奈川近代文学館(みなとみらい線「元町・中華街」駅から徒歩10分。

 主催:ウォルデン・ベローさん講演会実行委員会

 4日午前は在日米軍海軍ノースドック、5日午前寿町のフィールドワークがあります。

 5日午後はアジア開発銀行の功罪の講演会。

詳細は以下をhttps://altasianpeople.wordpress.com/

個人で現場を確かめたくてと来られた人たち(17年1月27日)

 昨日17年1月27日の辺野古テント村は、団体で来られた方で賑わった一方、個人でこられ方も目立ちました。

 まず、宮城県からこられた60代過ぎの男性。「案外静かなんですね」との第一声に、こちらはきょとんとし、正直、何が言いたいのかと疑いました。そりゃ、うるさいか、静かなのかは状況次第です。何もいつもワーワーしているわけじゃない。米軍の演習音がうるさいのか、右翼がうるさいのか、機動隊と遣り合っているのがうるさいのか、いろいろありますが、此処は本来静かな海辺です。

 現状を確認したければ、ぜひとも澄んだ目をしておいでいただきたいものです。議論したら理屈をならべておられましたが、悪い視点ではありませんでした。ただ現状から学ぶ姿勢がより重要ではないでしょうか。そこと、重要な論点を重ねて考えないと頭でっかちになりすぎます。大変失礼ながら、議論はしても何も動かないでは困ります。

 また70代の大阪から来た男性。一度現場を見たかったと。色々と熱心に聞いてくださいました。彼はご自身の沖縄ノートを作っておられ、新聞の切抜きやメモを書かれて居ました。なかなかよくわからなくてと。現場から学ぶ真摯な気持ちが滲み出ていました。こういう方には、(相手が許せば)いくらでもお話したくなります。もっとも夢中で話していると、暑さや疲れから無理を強いることもあるので、相手の体調を慮りながらやらないと、かえってご迷惑をおかけすることもあり、その度に反省。

 20代から30代ほどの東京からきた女性二人。熱心に聞いてくださいました。私はこの国が沖縄に何故これほど基地を押し付け続けているのかを、比較的丁寧に1時間ほどお話しました。現場を見せながら、地図を示しながら、写真を示しながら。一つ一つ合点してもらえたと思います。

 浜のフェンスで撮影していると、同年代ほどの女性がひとり。東京からだと言われていましたが、一度来て現場を見たかったとしみじみ。30分ほどの立ち話。3.11以降、問題に気付いたと。マスコミの報道やインターネットをみてもよく分からなくてと来たようです。水陸両用装甲車が丁度浜でやっていましたので、こちらの説明や、東京の問題など。彼女曰く、なかなか自分の主張が友達にも通らない気配が強いと。「沖縄は基地で食べているのでしょう」などと。だから沖縄に基地群を置いといたら安心というのでしょう。この差別の構造。この知らん振りが東京の、日本の現状をよく現しています。遠い異邦の話だと考え、自分はさわらない、煙たがる。こういう人たちに、まずは現実を知ってもらうことが重要でしょう。お会いした彼女には、やや中途半端に終わって申し訳なかったですが、些細な会話が動き始めるきっかけになればと願います。

 団体で来ていた30代の女性。団体の全体の集会や船での海案内を終えてきたのですが、よりつっこんで聞きたい、合点していく積極性をおおいに買いたい。積極的だと思えば、こちらもよりきちんと対応するように努めています。

 那覇から来た70代の男性は他の方に、軍隊は住民を守らない、米軍は住民を守らないから、新基地は造らせないと、念をおしていました。これは安保を支持するか否かとは異なる問題だと。 

 刺激に満ちた一日でした。

今日は、旧正月で、名護のサクラ祭り、私は(17年1月28日)

 今日は旧暦の正月。糸満等の漁師町などでは、正月を迎えています。私たちの海上行動もお休み。なお、陸の闘いはやるそうです。また、名護のさくらまつりが、28日、29日の2日間。こちらも楽しそうです。ただ今年は暖かすぎて余り咲いていないかもしれません。

 私は静岡の準備で、お休みにしています。もし余裕があれば、サクラ祭りをちょこっと撮影に行きます。何しろ、14年に行って以来行けておりません。

 旧正月といえば、私はよく神奈川県の横浜中華街に出かけていました。大混雑でしたが、楽しかった思い出があります。また中国も旧正月で多くの観光客の皆さんが旅立っているようで、沖縄にもきていらっしゃることでしょう。

 こうした観光が成り立つためには、平和でなければありえません。ましてクルーズ船を招聘しようなどと考えるならば、なおさらです。2枚舌では信用されません。一度、観光と平和を巡る問題をきちんと考えないといけませんね。

2017年1月27日 (金)

2017年沖縄写真まぶいぐみ連続写真展「小橋川共男&牧志治」

 私の友人であり、水中写真家である牧志治さんが小林川共男さんと共に写真展を開く。見て損しない、否、見るべき写真展だ。

 この企画は昨年から開かれてきた「沖縄写真まぶいぐみ連続写真展」の17年版、第一回の取り組みだ。

 牧志さんは水中カメラマンで、サンゴ礁などの写真で知られており、辺野古・大浦湾もフィールドにしている。その彼が昨年12月13日に安部に墜落したオスプレイを海の中から撮った。

 私は船の上から撮っているが、海の中から見た画像はぜんぜん違う。無惨さが際立っており、美ら海をぶっ壊した姿は、奇妙である。ただの物質の画像のはずだが、唯物(タダモノ)主義を超える何かが宿っている。

 これらの写真を見て、これは治さんの独壇場だと私は舌を巻いた。

 共演は、小橋川共男さん。彼の主題は高江。ただの記録写真を超えた状況が克明に映し出されている。共男さんは泡瀬干潟の写真で有名。

 日時:17年1月25日~2月5日(30日は休館)

 会場:ギャラリー ラファイエット(沖縄市中央4-1-3 2階 070(5691)9008

詳細は 以下

http://rougheryet.blogspot.jp/

宮古島自然観察(17年1月22日)

 1月22日の投票日日中はお暇にした。例によって、駐屯地の予定地になった千代田、そして第53警戒隊のある野原(のばる)付近をめぐった。そのなかから。

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歩道に死んでいた。アオバズク。国道390号線。空港西側の下里あたり。

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ミサゴ。2羽いた。2回ほど旋回したが、レンズを向ければ遠くに去る。空港南の川満あたり。

川満から海辺を離れて東へ。

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サトウキビ。花が咲いているのと全く咲いていないのと何が違うのだろ。

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潅木の下から出てきて採餌中。何だろう。私は観たことがない(目下検討中)。4,5羽いた。琉球諸島は知らない鳥に出会える場所。だからおもしろいのだが、悩ましい。

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飛ぶものでもこちらの撮影は楽。宮古島は平坦なので視界が広いから。着陸寸前。

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野原で。家の生垣のブーゲンビリア。ちょっと変わった色合い。2色。

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ジャコウアゲハ。小刻みに羽を動かしている。落ち着かない。川満で。

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こちらは千代田で。茶の薄い色合いが妙にきれいなのだ。

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何十枚と撮った。ジャコウアゲハ。千代田。

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アカバナーで吸蜜。ジャコウアゲハ。こちらは野原で。貪欲に採餌。羽を絶えず動かしているのはなぜか。気温が低いせいも関係あるように思うが、昆虫生理学者に聞いてみないと。

いずれにしてもシャッター速度を上げて撮らないとぶれぶれになります。500分の1以上か、250分の1ぐらいにして少しぶれをだすか。実に微妙。



2017年1月26日 (木)

宮古島市長選ラストデー(17年1月21日)

 去る17年1月22日に投開票された宮古島市長選。結果は現職の下地敏彦さんの3選となりました。私も押していた奥平一夫さんは僅差で、敗れました。極めて残念な結果でした。

 私は漸く選挙最終日にかけつけることになりました。宮古島の今後はどうなるのか、琉球諸島の今後はどうなるのか、アジアの今後はどうなるのかと、悔やまれる結果になりました。そんなわけで、21日,22日の模様をスケッチします。

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空港を降りて、平良方面に向かう途中のサトウキビ畑(いま、収穫期)。左は刈り取られた跡であり、奥がサトウキビ畑。因みにサトウキビは2年に1度の収穫。

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野原部落会が建てた看板。随所にあった。

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市長選掲示板。下の二人が保守。奥平さんは市民派。陸自基地建設反対を明確に主張。

下地晃さんは、自称「オール沖縄派」。「オール沖縄」を名乗って、候補者選びの段階から奥平さんや陸自基地建設反対を取り組んできた人人を無視して、担ぎ上げられた。医師。

因みに奥平さんの写真の表情が素敵。ただポスターの制作としては、いま一歩、2歩。

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こちらは市議補選。かおりさんがこちらの候補。右の宮城たかしは幸福実現党。こうけんが下地俊彦ら自民党系。モリさんは下地晃派。結果はこうけんとかおりさんが当選。

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通り過ぎた。

17時~打ち上げ式。サンエーショッピングセンター前。

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続々集結。

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集まった。

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お子様も。

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上里樹宮古島市議(共産党)。右が市長候補。

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陸自基地建設反対の市民運動の清水早子さん。選対女性部でも頑張った。

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団結ガンバロー。約200名参加。右から2人目が選対事務局長の岸本邦弘さん。

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20時前。事務所前に戻っての頑張りましたポーズ。遊説隊。女性パワーが炸裂した。



海2連投(17年1月26日)

 海に2連投。今朝冒頭、酔いそうになり、ちょっと焦った。ただ揺れに任せている(停めている)のは、案外酔いやすいもの。

 私が酔った、帰るというわけにもいかず、頑張った。直ぐに回復しました。途中で、カヌーチームに体調を崩した人が出て、彼女等を辺野古テントまで運んだ。怪我したわけでもなく、食欲も戻ったのでほっとした。

 海の上での行動は、やはり睡眠とって食事してきてくださいね。若くても無理したら、えらいことになりかねないから。お互いに自戒したいです。私は前夜は0時までに寝るときめていますが、なかなか守れない。

 昨日などはいつのまにかパソコンの前で座りながら寝ていました。はっと起きたら1時30分。慌てて寝ました。

 そんなわけで今日はテントに立ち寄ったのです。そしたら昨日、小平市議会(東京都)の生活者ネットワークの3名様が見えたと。私との縁は2015年の11月にお招きいただいていたからです。お会いできずに残念でした。市議会レポートを拝見したら、昨年4月末に起きた女性強姦・殺人事件に対して、抗議の意見書をじっくりとまとめて、12月定例会で議決いただいていました。感謝です。

 また去る11月には「標的の村」の上映会をやり、110名も集まったそうです。私の話がひとつの刺激になり、以後の活動に引き継がれているようなので、大変嬉しくなりました。

 ウーム。まだ体が揺れている感じがなおりません。書いていても何だかまっすぐに指が動かないのです。何しろただ物理的に揺れる世界の中にいるだけでなく、撮影するとなると、この揺れを身体で意識しています。身体で揺れを感じながら、水平にできる限り来るチャンスでシャッターを押すのです。無論意識的に揺れているように撮るときもあるのですが。このように、揺れに対して反揺れを感じながらなので、ダブル揺れです。

 そんなこんなです。

滞っています(17年1月26日朝)

 滞っています。色々と重なり、疲れ果て。すいません。

 昨日の写真は自分でも面白いことにきづいた。望遠系はいいのに、広角系がだめ。これ自分の弱点だ。広角系の絵づくり、難しい。近場での、瞬間を捉えることのむずかしさ。何しろお互いに揺れている。揺れを感じながら、やるのだけれど。

 ということで、今日もがんばります。

2017年1月25日 (水)

久しぶりに海に出てくたびれた(170125)

 久しぶりに海に出た。波も風も穏やかだったが、随分濡れた。4,5回、転がされた。カメラを守るのに四苦八苦。あちこちからだが痛いぞ。しかし写真はバッチリだろう。水平感覚なくなっているけれど。これは無理。無理と諦めると、諦めんでいいところまで、諦めていた。イカン。

 フロートを張るのに、あと、1,2日かかるだとう。やはり2月からが本格的な攻防になる。今日は陸で2時間作業員が入るのを止めてくれたのが、心強かった。

 どんなことがあってもめげずにがんばろう。

2017年1月24日 (火)

沖展出品してきた(17年1月24日)

 無事に沖展に出品してきた。ほっとした。公募展に出すの4年ぶり。結果は待つしかないが、入選することを期待したい。

 那覇まで行くのはひと仕事。往復3時間以上かかるし、お金も何千円も。那覇に着いて思った。自分は絵画とか工芸は好きだが、出したとしても端から通るまい。写真ならば線上にはある。これも50年余りの蓄積だろう。

 那覇に行ったのだから、ちょいと本屋を覘いた。たまには読みたくなる小説はないかとしばし物色。しかし読みたそうな本はないものだ。仕方なく、永六輔さんと大石芳野さん(写真家)の対談本を買った。「レンズとマイク」。それなりの仕事をするためには哲学が重要だとあったが、改めてそうだよなと、納得。写真を撮らせてもらうということは、そういうことなのだ。

 同じような書棚にカメラの撮りかた等の本も多数あったが、「女子ポートレートの撮り方」(のようなタイトルだった)をぱらぱらとめくれば、ちゃらちゃらの撮り方に過ぎないことは、一目瞭然。ちゃらちゃらがメジャーシーンを支配している限り、変わらんね。

 こうしたことも、本来はきちんと考えるべきことだろうが。

 話は変わるが、ニフティニュースに米軍が国道上を兵隊を釣り下げ訓練したと出た(「ヤマヒデの沖縄便り」17年1月20日参照)。しかしこれは地元紙が取り上げたこと(私も新報にコメント)をNHKが大きく報じ、やむなく沖縄防衛局が動いただけだ。あたかも防衛局が自ら動いたかの様な書き方は頓珍漢だ。私たちの写真の力は侮れないものだ。

 これから夕飯。

やっと沖展出品作完成(17年1月24日)

 昨夜から始めた沖展出品作をやっと完成。15年から数えると3度目の正直で出来上がりました。なんだか日常がごたついていると、とてもじゃないが、何をどうするとか頭に浮かばなかった。今回も沖展だからやはり芸術っぽいものをと思いながら、クソリアリズムになりました。かのオスプレイの墜落を撮ったもの。16年12月14日、15日、24日の安部の海です。当事、こちらのマスコミにさんざん現場写真が掲載されましたが、私のはちょっと違う。海側から撮ったことと、敢えて人間を意識的に入れたこと。現場証拠物件の回収-証拠隠滅に従事する海兵隊員であり、他方、この海を愛し、仕事場としてきた人を。

 沖縄に居なければ撮れない写真ですが、沖縄に居るからこそ撮れた写真になっているかが、問われることでしょう。

 私がデジタルでの作品を出品するのは初めて。その意味でも入選できるか否か、珍しく余り自信ないです。

 去年はじめて沖展を見に行って、工芸部門の素晴らしさに対して、写真部門は正直目を日張らされるものはなかった。今年はどうだろう。期待したいところです。

 今回私が「墜落」をテーマにしたのは、沖縄の人人に知ってもらい、考えてもらいたいから。私達は歴史の分岐点にたたされているのであって、そこは沖縄も例外でない。だからこそ私は沖縄の可能性を拓く様な作品をつくりたい。まだ願望だけですが。結果は2月3日だそうです。

 続けて「視点」もいきます。こちらも沖縄に来て以来、不戦敗。出せなかった。こちらの企画はほぼできているので、これから具体化していきたい。ブログに出すのと全然違う緊張感があるから、公募展に出すのはやはりおもしろい。

 ということでこれからな那覇へ。晴れているから濡らす心配がないので、ありがたい。

何故こんなことをするのか? 怒!怒!怒!(17年1月20日)

 2017年1月20日 曇 今日の海上行動でもカヌーチームは海保に午前、午後、拘束を受けながらも抗議行動を頑張った。

 テントへの来訪者が続いていた。私も話した。11時過ぎから裏側(北)でヘリの音が続いていた。

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12時16分。カヌーチームは海保に拘束され、松田浜に戻ってきたようだ。これは回収された空カヌー。左上はマリンセキュリティのゴムボート。

 私はテントの中で、沖縄にはじめてきたという男性に丁寧に説明していた。誰かが人を吊り下げていると叫んでいた。エッ! 私は説明のボードを投げ捨て、カメラに走り、外に飛び出した。

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テントの東側。12時51分。兵隊をつるしている。

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辺野古川河口の沖合いから飛んでくる。5名だ。12時51分。

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12時51分。ほぼ正面から。おおこわ!

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12時52分。これは肝だめしか。高度に慣れて、強風にもなれろってか。

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大揺れ!ほぼ真上。12時52分。

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UH-1ヘリ。12時52分。テントの上を北に通過。要は集落の上を、国道329の上を。

ヘリパッドの方向からホバリングの音が絶えない。

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13時10分。再び上がった。今度は西へ。3名。

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そして東に。13時11分。

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13時15分。国立沖縄高等専門学校の奥のヘリパッドに下ろすのだろう。

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下ろしている。13時16分。高圧線の奥。

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13時16分。手前はテント。

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3回目。13時40分。ホバリングして下ろしたようだ。

近くまで行こうと私が移動。

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13時45分。帰っていった。

ホバリングしたまま空中から起動する(降りる)訓練ならば、何も集落や国道の上を飛ばすことはない。ここは、お前達の肝試しの場ではないのだ!

最近パラシュート降下訓練を初め、海兵隊の訓練が激しさを増している。何かあるのだろうか。要注意だ。

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13時56分。平和の塔で。再びこんなことが必要にならないように願う。米兵の命も沖縄の人人の命も中東などの人人の命も同じ価値をもっている。
















世間は騒がしいですが(17年1月24日)

 おはようございます。安慶田副知事が昨日辞任した。教員採用介入疑惑がもたれたためだ。こんなことはあってなならないことだが、様々な策謀もありえる。事実の解明が必要だ。何れにしても嫌なことがおきたものだ。

 昨日私は名護に帰宅。宮古島市長選の結果に、愕然。勝てる選挙を落としたのは痛い。分裂選挙になった推移からすれば、予想されもした結果だが。宮古島の市民がここまで立ち上がってきた矢先の惜敗は、惜しんでも惜しみきれない。私も脱力感一杯。

 ただ25日締め切りの沖展の準備があったので、未明まで頑張った。今あるプリンターと自分のデジタルプリント能力からすれば、精一杯のデキ。あとは台紙に張り込んで、今夜、タイムスまで持ち込む。結果は分からないが。タイトルは「墜落」(いまのところ)。オスプレイのクラッシュ振りをご覧あれ。ただ新聞等に出ていない視角(海から)の作品。残骸と人の対比(米兵等)を描いた。

 今日は現場を休む。組写真なので、配列が大事。色合いやトーンなどにも留意しながら昨夜、最後の1枚を決めた。これを台紙に張り込む。何度やっても案外緊張する作業。こういうことをやっていれば、雑念が入りこむ余地はない。

 それにしてもデジタル時代。自分のセンスだけではダメだ。いいプリンターを買って(其れを使いこなして)次に備えよう。ハードルは高い。ここのところ、Aさんが私の写真を買ってくださったりして、自分のプリント能力も多少アップ。やれば少しづつなるほどと合点がいく。

2017年1月23日 (月)

宮古島から帰ってきた(17年1月23日)

 本日午後、宮古島から帰ってきた。宮古島市長選、奥平一夫さん惜敗。370票差。詳細はのちほど。手ごたえだけでいえば、奥平さんの勝ちだったのだが、組織票、表面に出ない裏の動き、期日前投票など、現職の下地敏彦さんの粘り勝ち。裏側だけに何が行なわれていたのか、それこそ情報公開してもらいたいものだ。

 ただ私は、奥平さんたちの市民グループは島の政治の保守の岩盤をあと一歩崩せなかったのだと思う。しかしこの2ヶ月でよくもここまで力をつけてきた。11月20日段階ではまだ態勢ができていなかったし、分裂回避の動きと、独自に立てることの2重の動きの最中だった。

 これで政府防衛省は一気に宮古での陸自の基地建設にまい進してくるだろう。これに対置して、この選挙で広げた市民グループの結集を選挙だけに留めず、今後も持続的な運動展開ができるかが、時代を分かっていくだろう。私は予想したくないが、今進んでいることは、ここ宮古島や石垣島、与那国島が近未来に戦場になる事態なのだ。なってから気がついても遅い。逃げ惑い、爆弾等にやられるか、壕に避難して飢えて死ぬ。住民が被弾する弾は、敵が発射するものばかりじゃあるまい。時と場合によっては、自衛隊からも米軍からも撃たれかねないのだ。

 どうして分裂になってしまったのか、下地晃さんを立てたグループは、「オール沖縄」を自称したが、そもそも宮古島に「オール宮古島」は不存在。名前だけ用いても底の浅さを曝露してしまう。選考委員会なるものも一部のだれそれが立ち上げたに過ぎない。全く不透明な中で奥平排除を含意して行なわれたと、私はみている。

 従前から一生賢明基地建設反対などで動いていた人たちが、こんな独善を承服できるわけがない。しかし一度外れたレールは戻らなかった。島の命どぅ宝の団結を取り戻すことができるのか、お互いに原点に立ち返って、考え直してもらいたい。

 これから一休みしてから、沖展のパネル制作に取り掛かる。暫くブログを書けないかも。このブログの容量が一杯に近づいているし。

2017年1月20日 (金)

宮古島市長に奥平一夫さんを!-17年1月22日投開票日

 2017年1月15日宮古島市の市長選が告示された。4氏が立候補し、現在激戦が展開されている。4名とは、①現職の下地敏彦さん(保守系)、②真栄城徳彦さん(保守系 前市議会議長)、③下地晃さん(医師 社民、社大推薦)、④奥平一夫さん(革新系 元県議)だ。

 今回の選挙戦の争点は、①下地敏彦市政(8年)の評価、②この国が狙っている宮古島の軍事基地化をめぐる賛否だ。

 端的に言って、同じ保守系の中で2派に割れるように、下地市政の壁は剥がれ落ちてきた。現市長は当然のように国の言いなりで、陸自駐屯地・ミサイル部隊の容認を据える。そんな中で「総活躍社会」が成り立つのか?軍事化と「総活躍社会」はお似合いなのか。   他方、突然の立候補となった③の下地晃さんは「オール沖縄」系とも言われたが、余りにも突然であり、民主的な候補者選びでなかったことがみてとれる。悲しいことだが、革新系?の分裂にあいなった。そきに何があったのだろうか?

 私は明確に奥平一夫さんを推す。彼は宮古島市出身で、旧平良市議、元沖縄県議(3期)、で今回の挑戦だ。この間、辺野古新基地建設阻止の先頭に立って闘ってきたし、発言にも一点の曇もない。

 彼は下地市政が起こしてきた不祥事を批判し、第1次産業と観光を結びつけ、それこそが持続可能な島作りとなる。命の水(地下水)を守るために、観光の基盤を守るためにも基地建設反対を掲げている。

 特に下地島に民間パイロット養成訓練に使ってきた空港があり、此処を国が航空自衛隊の最前線基地にする動きがある中で、これにも反対。翁長知事と共に迅速な対応を御願いしたい。

 下地晃さんは出馬の意向を明らかにしたとき(11月)よりも基地建設反対を主張しているようだが、民衆と共に、民主的に、という出発点から考えても、政治実績という信頼感からみても、私は奥平さんだと考える。

 特に今宮古島を巡る問題は、国が掲げる「島嶼奪還作戦」の現場であり、だからこそ琉球諸島に対中包囲網を敷こうとしているのだ。13年から政府・自衛隊は此処沖縄と九州で、大規模な演習を繰返してきたが、今年はこれが1月末に行なわれようとしている。中・台紛争を想定した演習が行なわれるのだ。

 最後の最後まで奥平支持の声を訴え広げていこう。

 私自身なかなか現地に駆けつけられなかったが、ラストデーの21日朝から宮古島に入る。奥平さんの当選を期して。

2017年1月19日 (木)

巡視船が増えた(17年1月19日)

2017年1月19日。曇ったり晴れたり、降ったり。晴れれば暑い。

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テント前。8時。朝日はやはり美しいのだ。

ということで松田浜まで行って見た。

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太陽光がフェンスでにじむ。9時9分。

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潅木にひっそりと実る。何かな?

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本当に雲の変化は早いから。11時42分。

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きらきらの海。11時51分。辺野古川河口。

大浦湾の海上では今日もフロートの設置作業が強行されている。カヌーチームの多数が海保に一時拘束された。

14時30分頃南から巡視船が移動中。

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きた。PL73.「きい」だと。第5管区からやってきたようだ。ダカラといって私達は歓迎しないぞ。14時59分。これで2隻目の巡視船。今日はPL63「くにがみ」と2隻だが、また多数が来るのだろうか。

テントから沖合いを見ると海保のゴムボートがいくつも見える。また拘束されて、戻されてきたのか。私は直接見に行く。

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松田浜に下ろされているカヌーチーム。15時2分。全員が一時拘束されたが、全員無事だった。

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続々上がってきた。14人14艇。

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終了のミーティング。15時4分。空は何もなかったかのようだ。

大浦湾側のフロートがどんどん張り出されているようだ。

なお、今日ゲート前に街宣カーが来ていた。なにやら喚き散らしていた。







嘉手納・安保の見える丘での集会を撮る(17年1月17正午)

2017年1月17日 段々と雲間が増えてきた。私はしぶとく嘉手納の道の駅(4階)に留まる。

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嘉手納基地に止っていたオスプレイ2機が動き出した。12時11分。西へ。右の輸送機はC-17。デカイ。

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東に向かって飛んだ。12時14分。普天間ではこの角度・距離では見られないだけに、いささか興味深い。やはりパラシュート降下訓練はやらないようだ。

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安保の見える丘では集会が始まったようだ。さすがに行かなくては。

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2機目も上がった。

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嘉手納飛行場とこちらの位置関係が分かるでしょう。

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私は下の駐車場に降りた。集会参加者が看板の上(真ん中)に見えている。12時21分。

遅ればせながら会場に入った。

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照屋大河社民党県連委員長が挨拶していた。彼はうるま市だから嘉手納基地の問題とは密接だ。パラシュート降下訓練やF-35Bの導入に反対だと。

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熱心に耳を傾けている皆さん。地元だけに他人事ではない。

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中部地区労の仲間。日本政府のやりたい放題を許している日本政府の責任を追及。

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照屋寛徳衆議院議員。昨日、防衛局が17日はやらないと言明したことを紹介した。はじめて局長室に通されたと。前回の交渉(予定)の際、局長が突然出席できないとなり、こちらが不誠実な対応に怒って、交渉を拒否した挙句の話だと呆れていた。また、先日の接見から、山城議長の様子を報告。首の腫れは、診察の結果、特に問題なかったらしい。本人も元気にしていると。ほっとする。

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糸数慶子参院議員は読谷が地元であり、65年のパラシュートでのトラック降下訓練で小学校5年の女の子が亡くなったことを紹介。決して他人事でないと。

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皆さん、昔を思い起こしながら。想像しながら慶子さんの話に聞き入る。忘れてはならない記憶だ。決して許してはならない。

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嘉手納爆音訴訟団の嘉手納支部の町議さん。防衛局の通告はいいかげんであり、きちんと情報公開すべきだと。F35の飛来も、パラシュート降下訓練も認めがたいと。

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同北谷支部の方。民家の密集地では常に危険が伴うものだ、止めさせるまで闘おうと熱列に訴えた。

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最後に団結ガンバロウ! 100名余りが参加。

なお、本集会の主催は嘉手納爆音訴訟団、平和運動センター、中部地区労の3者共催。




2017年1月18日 (水)

名護市街でオスプレイ3機編隊に遭遇する(17年1月18日)

 今日はお休みしていた。在宅仕事は五万とあるのだ。進まない進まない。午後は市内で用を足してきた。15時50分ごろ、宮里4丁目あたりの国道58号の上をオスプレイ3機が縦隊の編隊を組んで北東へ飛び去った。水平モードだったが、ゴッゴッゴッゴという音は相変わらずだった。西側を通るのは比較的珍しいことだと思うが、北部訓練場に向かうのか(大宜味経由で山越え)、この先で左折して(本部・今帰仁の北側を経て)伊江島に向かうのか。腹立たしいことにかわりがない。

 しかしもしも辺野古に新基地ができてしまえば、私がいつも言っていることだが、此処を中心にして、シュワブ・ハンセン、北部訓練場(高江)、伊江島とグルグルして演習することは必至。うるささも危険度も明らかに増すだろう。今宜野湾でもやっているのだから、名護市街でもやるとみるべきだろう。決して甘くないだろう。何しろ米日同盟だし、これを「希望の同盟」だという連中だから。

 そこに新たにF-35B(対地戦闘攻撃機)がやってくるのだ。岩国に10機配備される。あと6機は沖縄にきそうだし。先の10機も演習は主に沖縄の空域だろう。どれほど凄まじい音を出すかは私の想像力を超えそうだ。これが嘉手納・伊江島・辺野古に来るようになったら、どうするね。辺野古から伊江島とか言えば、どこを通過するにしても、陸域の集落の上を避けようもない。あえて人の上を通るのだし。これを日本政府は完璧に黙認しているのだから。

 絶対に許さない気概が重要だ。あちこちから反対の声をあげていこう。

未明から嘉手納周辺を歩く(17年1月17日)

 2017年1月17日 晴れ 前夜から嘉手納基地近くに泊まる。未明からパラシュート降下訓練が強行されるかもしれないとの判断に基づく。結果論から言えば、なかった。前日沖縄防衛局は17日米軍がやるとは聞いていないと言明したらしい。もっともキツネとタヌキの化かしやいみたいなものだから、分からないのだが。いえいえキツネとタヌキは、日米同盟ほど悪辣じゃないって怒っているかもしれないな。時代が違いすぎたのだろうか。

 しかし私は国道58号を歩いた。未明から夜明けの、朝の嘉手納周辺を。案外の成果があった。寒かった。

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月が見えていた。手持ち撮影。

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鉄条網に焦点を合わせる。基地の中の明かりがまばゆい。6時56分。

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滑走路西端。電子情報収集機EP3Eアリーズが飛ぶ。7時18分。

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雲間が明るくなってきた。7時19分。

それにしても未だ真っ暗な時間から車がびゅんびゅんだった。

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15日に行なわれた嘉手納町議選で当選したのだろう。お礼の朝だちのようだ。7時46分。どんな政策で望むのだろうか。「嘉手納町をナンバーワンのまちづくり」ならば、当然嘉手納基地の問題を避けて通れない。

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嘉手納の街は米兵相手やアメリカ文化大好きな人達のお店が多い。

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町内にはこんな自販機も。しまくとぅばを話して沖縄文化を広めようと。

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これは非核平和宣言のまち・嘉手納の碑。この右奥が嘉手納町役場、その奥の白いの(真ん中)が沖縄防衛局。私はかねてからこの位置を狙っていたのだ。やっと撮れた。

そしてこれ!

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同じ碑と基地内のAWACSのアンテナだ。この対比にぞくぞくするのは(寒気)私だけか?

空中警戒管制機であり、空飛ぶ司令塔だ。アジア太平洋の空と海と陸をずたずたにしかねない悪玉だ。

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嘉手納町役場に掲げられているオスプレイ反対のたて幕。車道に出て撮ると危険なので(国道58号)だから狭い歩道から。お陰でカメラを横に傾けた。8時40分。

嘉手納ロータリーの外側から右折。

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ニライ消防署。はしご車が天高く伸ばしていた。住民の安全な暮らしに貢献してください。

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どうです。余談ながら基地の中も見えるのでしょうね。9時6分。

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急に飛行機の音。見上げたら、航空自衛隊のE2C早期警戒機だった。先ほどのAWACSの弟分。露出補正している暇なかった。9時16分。

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ずらっと並ぶ対潜哨戒機。安保の見える丘から。ここの海軍駐機場は移転するとの話だったがまだだったのか。今日は飛行機が飛ばない日だ。

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そう思って居たら飛び出しやがった。RC-135U機首を観損ねたが。10時。

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最新鋭のP-8対潜哨戒機がタキシング。どこへ?10時14分。

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奥へ。左側では飛ばない(風向の関係で)。何だろう。

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またでていく? 10時46分。

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道の駅かでな から見てわかった。あちらに移動だ。新駐機場でしたか。やや左奥。

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その右側ではオスプレイがエンジンを動かし始めた。11時5分。

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正面のオブジェは「いもっちい」。ちなみに甘藷は中国から琉球(嘉手納)に入り、ここから種が島経由で日本中に広がり、「サツマイモ」に化けていったのだ。

こんなオブジェにもウチナーの魂が籠められているのだろう。

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前の安保が見える丘で集会が始まりそう。まてまてオスプレイが飛ぶのを撮影してから移動する私。11時54分。(集会は別稿へ)

○以上の文中、一部の機種の同定に間違いを指摘されました。上記はあらためて訂正したものです。














重要なお知らせ-一部記事を削除します。

 このブログの容量が一杯に近づいてきました。このため、行事案内や賞味期限がきれたものは随時削除していきます。ご承知ください。

 またカテゴロリーを一部追加しています。こちらも随時行ないますので、時々ご確認ください。

 

騒がしかった1日(17年1月16日)

2017年1月16日 朝方雨のち曇時々晴れ。晴れれば暖かいのだ。防衛局の警戒船いない。

朝っぱらからこれだ。

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8時12分。水陸両用装甲車が2台海から戻ってきた。こんなに早くからの訓連に驚かされた。Y船長曰く、7時頃から海に出ていたと。

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カヌーが出て行ったのを待ってくれたが。いかにも今の辺野古の光景。ぞっとする。沖合いは海保の巡視船「くにがみ」。8時15分。

テント脇から松田浜に私は走る。

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8時19分。2両とも上陸。武装兵士が後部のハッチから出ている。

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訓練後のショートレスト(休憩)か。

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左側にたむろしている一団を見たら、2名が無反動砲(小型ロケット弾発射装置)をもっている。此処で私がこれを見たのは初めてだ。8時25分。

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9時24分。今度はまたヘリの訓練が始まった。

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このユニットだ。前がAH-1、後ろがUH-1。後者が策敵を行い、前者がロケット弾等で破壊する。1時間以上この周囲でやっていた。この写真はテント前の海の上。9時26分。

今日は来訪者がこない。どうしたのだろう。12時~14時頃、なんちゃらという集団がデモるらしいが。いやお騒がせ。罵詈雑言。沖縄蔑視・敵視の集団。「日本」からも来ている。

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先ほどの2連が居なくなったかと思えば、空にも騒音源が。CH-53.

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護岸に出て撮る。シュワブの演習場を中心にグルグルと巡回。12時32分。

14時30分頃ゲート前の騒ぎは収まる。ゲート前で守り抜いた皆様、ご苦労様。

こちらのテントには街宣車がちょっと回ってきただけだった。

今日の海上での作業はなかったと、海上行動は12時過ぎに上がってきた。そのかわり、15日の日曜日にかなりのフロートが張られたと。

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15時26分、虹が出た。

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キャンプ・シュワブの兵舎の上に。ま、いいか。

しかし今度はCH-53が2機で沖合いを戻っていく。

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15時26分。

気の抜けない一日でした。















カヌー練習が盛況に行なわれた日曜日(17年1月15日)

2017年1月15日。晴れ。静かな日曜日を迎えた。

10時からカヌー練習。私も浜まで行って様子を見学。

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きらきらの海だ。気持ちよさそう。

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皆さん一生懸命だ。

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合間にフェンスの監視カメラを望遠で撮って見た。なかなかのコワモテふう。

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ニガナが咲いている。オキナワギクの花は終わっている。

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班をつくって練習する。

一旦休憩。

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カヌーをあげる。この後、諸注意が。

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浜のフェンスはなかなかのみごたえが。

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数も多い。気持ちいい。決してフェンスに負けない海と空。

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練習再開。2個持つのはかなり重い。

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乗るタイミングが難しい。

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どこで乗ればいいのか、先輩がついて教えている。このように浜に打ちあがる波の前に出る、そしてタイミングをどうつかむか。

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何とか出発。波や風に流されないように。

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班毎に練習。

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空と海の境界がくっきりと。午前中はご覧のようにきらきらになりやすい(晴れていれば)。

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今日の練習に19名が参加。皆さんご苦労様でした。

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夕方、今日はバナーを外す。誰かに、盗られたくないから。松田浜。












2017年1月17日 (火)

ヤマヒデの沖縄報告会-17年2月1日静岡、2日袋井市

○皆様に御願いしていました17年2月のヤマヒデの沖縄報告会は、2月1日と2日で決行されます。主催いただく皆様に深い感謝を。(ヤマヒデ)

○無事に終了しました。参加、主催いただいた皆様に篤き感謝を。(ヤマヒデ)

①2月1日 夜 静岡市

 「今沖縄から問いかけたいこと-沖縄・辺野古の現場から」

日時:2月1日18時~20時

会場:静岡労政会館視聴覚室(5階)℡054-221-6280

アクセスhttps://www.pref.shizuoka.jp/sangyou/sa-210/sisetu/tizuryoukin.html#sizuoka

主催:静岡・沖縄を語る会(代表:池田一)(連絡先:054-643-2394)

②2月2日 夜 袋井市

 「今、沖縄から問いかけたいこと-沖縄・辺野古の現場から」

日時:17年2月2日(木) 18時開場 18時30分開会 20時30分頃まで

会場:デンマーク牧場 まきばの家

会場へのアクセス http://www.denmark-bokujyo.or.jp/company/access.html

よびかけ:デンマーク牧場福祉会   こひつじ診療所 院長 武井陽一

                まきばの家 こどもの家 施設長 松田正幸

                         浜松市憲法を守る会 代表委員 水戸潔

問い合わせ先 こひつじ診療所 ℡ 0538-23-0660

          まきばの家    ℡ 0538-23-0770

○私が皆様に問いかけたいことは、当日のお楽しみ(苦しみ)にですが、今沖縄で起きている事から説き起こし、今沖縄から、沖縄で問いかけたいことが、皆様にどのように繋がっているのか、自分の過去を顧みながら、私たち「日本人」の沖縄に対する責任、これから私たちがつくりだす未来、ご一緒に考え始める機会にしたいと願っています。

私の思いは「私たち一人ひとりは微力ですが、無力ではありません。絶望を超えて、生きる希望を諦めない。命どぅ宝の社会を創り出せるのは、今しかありません」-この一点に尽きます。

○なお2月3日、4日の企画は実現できませんでした。3日、4日は今後に向けた用を足してから5日に名護に戻ります。悪しからず。(ヤマヒデ)

 

今日、1月17日は阪神淡路大震災から22年が経つのだな

 昨晩からちょいと出かけていた。早朝からの出発のため、5時すぎに起きた。丁度テレビで神戸や淡路島からあの大震災から22年をやっていた。私はつい昨日のことのように思い出した。当時は未だ私の自宅にもテレビがあった。朝のニュースで、ところどころから煙が上がっている神戸の町が映し出されていた。未だ地震の被害が殆ど伝えられていない時間だったが、私はこれはそうとうな被害が出たなと直感した。時間が経つにつれて、案の定だなと、愕然とした。

 戦後50年の新年早々からのウルトラパンチ。同年の3月に私は関西に用があり、その足で神戸に入った。歩いている地面が歪んでいるのだ。小船に乗っているかのごとくだった。特に臨海部や長田地区は壊滅的だった。ただ場所によって被害のほどが格段に違った。地盤の安定度の違いなのだろう。

 報道で、高速道路が倒れたとあったが、現場を見てびっくりした。軒並み倒れていたのだ。壊滅だった。私はもともと近代科学とか、現代技術なるものを信じていないが、だからいったじゃないかと、改めて思ったものだ。あれが早朝だったからまだ高速道路の交通量は少なかったし、新幹線も未だ走っていない時間だった(確か)。

 あれから22年。震災は随所で起きている。2011年の3月11日は決定的だった。私達はこうした経験から何を学んできたのか。これは政治家や官僚だけの問題じゃない。私たち自身も学んでこなかったから、最悪の安倍政権をのさばらせているのだ。東北でまた大規模な防護壁を造っている、フクシマ原発の放射能垂れ流しをしらんぷりして、避難の権利を認めない、放射能による身体的異常を認めないなども起きている。事故の被害を最小限にしたいとしている政治を認めてしまっているのは国民だろう。

 民主党政権は東北大震災で米軍のオトモダチ作戦を褒め称え、安倍政権は熊本震災でオスプレイを飛ばしていただいた。地元の人たちが何を求めているのかを掌握しないで上からの加護を与える政治。未だに何も変わっていない。

 今日の国道58号線は未だ真っ暗な時間帯でも交通量が激しかった。沖縄は自動車天国なのだ。もしもこの道に1発の爆弾が落とされたら、それだけで交通は麻痺するだろう。いや58号と沖縄高速道に各1発が当たれば、どうなるか。いやいや、那覇飛行場と那覇港などの主たる港が麻痺すれば、私たちの生活の根幹は大打撃を受ける。沖縄島はまだましか。先島といわれる島々では、交通の遮断がすべてを奪っていくだろう。

 しかし今の政権は、軍需産業で儲けようと戦争準備にまっしぐら。それでも、少なからぬ国民が安倍政権を支持しているのだから、呆れ返る。

 中央集権・国家に命を預けていたら、私達はお陀仏になってしまう。私たちの命は私たちが守る。命は誰にも預けない、況して国家になど。この22年で私がわかったことは、バカにつける薬はない、ということだ。私達ひとりひとりが賢くなって、自分たち自身が変えていくしかない。実に単純なことだ。多大な困難を否めないが、他に手段がないと知れば、じっくりとこつこつとやっていくしかないのだ。

 あれから22年が経ちながら、私達は何を学び考えてきたのか。沖縄では自然災害ではない事件事故にみまわれ、政治が其れを加速しているのだ。だからこそ、沖縄の人々は歩き出しているのだ。諦めてはいられないからだ。

 

2017年1月16日 (月)

細かい作業をやりながら(17年1月16日)

 もう毎日追われています。日々の辺野古での撮影、出かけての撮影、それらをブログにあげて。そこに何人かの方からの御願いが入り、やって、というわけで、15日、16日のアップが滞ります。これから近場に出かけるので、今日はできません。

 そこに来週に沖展の締め切りが近づいており、今週中に制作を完成させなければまにあわない。さらに2月はじめの報告会の準備を急がないと。

 今日の辺野古には歓迎できない人々が押しかけてきて、気が抜けませんでした。彼ら彼女らは、ソンナニ軍隊が好きで、米軍が好きで、戦争が好きなのでしょうか。誤解がないように申し上げておきますが、私はどこの軍隊も嫌いです。中国もロシアもイランもイスラエルもインドも日本の軍隊も嫌いです。南北朝鮮の軍隊もです。

 今日、二人連れの男性が名乗りもせずに私たちのテント内に動画カメラを向けてまわしてきました。ご注意申し上げましたが、お名前も聞かせてもらえない、何の取材なのかもはっきりしない。全く不勉強。取材ならば、少しは勉強してからきたほうが、いいんじゃないでしょうか。大浦湾の展望台や、12月13日のオスプレイの墜落現場をお教えしましたが。東京って、オスプレイ墜落について、何も報道されていないのでしょうか。

 色々と愚痴りたくなる一日でした。

2017年1月15日 (日)

沖合いでフロートの設置作業が始まった(17年1月14日)

2017年1月14日。曇。

 私は、今日こそ船に乗ろうと思っていたが、体調が万全でなくやめた。朝ゲート前を通過したとき、生コンの特殊車両が第1ゲート(新ゲート)に入っていた。いよいよ陸域の兵舎の工事が始まったようだ。

 テントに行ったら、無線がざわついている。レジャービーチ前(大浦湾側)での動きが活発になっているようだ。弾薬庫前のゲートから、海と陸とで呼応した形で抗議行動をするようだ。私も現場に移動する。

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工事用ゲートに行くと、軍警が上から監視しながらメモっている。9時30分。

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工事用ゲート前。アルソックが警備中。9時33分。

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ゲート前から坂を下る。生コン車が中に入って行く。

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弾薬庫前。約60名が海に向かってコールをあげていた。10時。

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10時、沖を見ると、作業船はフロートを引っ張っている。和船と海保のゴムボートも随伴。

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遠くてごちゃごちゃしていてわからないが、フロートを引っ張っていることはたしかだ。10時7分。

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浜ではフロートが持ち上げられている。10時30分。

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こちらの船(ブルーの船)が海保に挟まれている。10時41分。

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上右が不屈、下右がブルーの船。10時42分。

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入り乱れている。左が不屈。右上はマリンセキュリティの監視船。正面白は海保の指揮船。下は作業船。10時43分。

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こちらは作業船。左は「なにわ」?。10時52分。

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不屈、勝丸、ブルーの船。(上から、白の船)11時17分。ただ遠めだと何が何だか分からない。

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下のフロートは今牽引されているもの(2本目)。こちらの船が追いかけるが、海保に挟まれている。11時32分。

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引っ張られている。ゆっくりゆっくりだ。海保のGBは多数。11時34分。

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抗議船が激しく動いている。11時35分。

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凄まじく動いているのだが、よくわからない。11時35分。遠いし天気が悪いから。

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沖に引き出されていくフロート。引き出されたフロートは長島の手前あたりまで引き出された。アンカーにくくられて固定されたらしい。このフロートは新兵器。球に棒がついており、海の上に柵を作るようだ。我々の侵入防止策。若し壊したら器物損壊罪の適用等を考えているのだろう。注意が肝心。11時41分。

12時頃テントに戻る。午後は来訪者が集中。驚いた。私も撮影どころの話じゃなかった。説明に追われた。折角県外からも来ている人にきちんと事態を説明しなければならないのだ。「負担軽減」にだまされてはならない。

海上は結局フロート3枚(約100m×3)搬送。遅い。多分これから入ってくる作業台船
の周囲をこれで取り囲んで防護するのだろう。

こんな調子なので作業台船(ボーリング調査)の入港は暫く先になるだろう。



2017年1月14日 (土)

山城さんらを救え行動

以下の呼びかけが届いています。

参加を!

①1月16日 12時~13時 那覇地裁前 抗議行動

②1月17日 15時 那覇地裁署名提出行動 

よびかけー山城博治さんたちの早期釈放を求める会

以下の文は東京の人たちによる署名活動に向けた文であり、ご参考まで。

★★★「山城博治さんらの釈放を」 FREE HIROJI YAMASHIRO★★★

 「これ以上、米軍施設はいらない」「ふるさとの自然を守りたい」「当たり前のくらしを守りたい」--ただそれだけの思いで、高江の住民や沖縄の人たちは必死の座り込みを続けています。座り込みは、「非暴力で」「自主的に」「愛とユーモアを」のガイドラインが徹底され、強制排除にあっても、住民側にケガ人は続出しましたが、機動隊側を誰一人傷つけることはありませんでした。

 それなのに、いま、山城博治さんら、反対運動のリーダーたちが、こじつけとしか思えない理由で、不当逮捕され、次々に別の理由に切り替わり、長期に拘留されています。最新の理由は、10ヶ月前の、128日から30日にかけて、辺野古・キャンプシュワブのゲート前にブロックを積み、工事車両の通行を妨げたというものです。なぜ、10ヶ月も前に行われた抗議行動について、いま、逮捕勾留なのでしょうか。警察は、その場にいて、見ていたにもかかわらず、何の行動も起こしていませんでした。

 山城博治さんらの釈放を求めるため、5人の文化人および多くの賛同者が、那覇地裁、那覇地検に要請書を提出しようとしています。

 

工事再開を許すな! 1,24大成建設抗議行動へ(東京)

辺野古新基地建設
工事再開を許すな!
1.24 大成建設抗議行動

*************************

[日 時]24(火)18:30
[場 所]大成建設本社(新宿センタービル)前
  *新宿区西新宿1-25-1(新宿センタービルの8階から23階が大成建設本社)
  *新宿駅西口より徒歩7分。東京モード学園と新宿三井ビルの間。
   http://bb-building.net/tokyo/deta/252.html

12月20日、辺野古の埋め立て許可取り消しをめぐる最高裁判決が出て沖縄県は許可取り消しを取り消しました。政府・防衛省・沖縄防衛局は早速12月中にも工事再開を喧伝しましたが、実質的な工事はまだ始められていません。沖縄県はあらゆる方法を駆使して工事させないと報道されています。
本格的な工事を始めさせないために、大成建設本社前に集まり、抗議をしたいと思います。辺野古新基地でこれまで3つ以上の工事を受注したゼネコンは大成建設のみです。「仮設工事」と本工事ではJVで「中仕切岸壁新設工事」と「汚濁防止膜等工事」を受注しました。その金額は合計382億円に上ります。
大成建設は、仮設工事でコンクリートブロックを投下し珊瑚礁を破壊しました。本工事では仮設工事を大幅に上回るコンクリートブロック投入が判明しています。
「戦争準備」のための基地建設に私たちの税金を使わせません。
「地図に残る仕事」のために、サンゴの海を埋め立てさせません。
1月24日6時半、大成建設本社(新宿センタービル)前に集合し、抗議しましょう。

呼びかけ●Stop!辺野古埋め立てキャンペーン
連絡先:090‐9203‐7836(かとう)
http://stop-henoko-umetate.blogspot.jp/

オスプレイの音にたまらず撮りに出る(17年1月13日)

2017年1月13日。雨のち曇。監視船あり。マリンセキュリテイのゴムボート等の監視船も。

 朝、平島方向に居た巡視船が西に移動。中城方面に帰るようだ。ただし雨天だったために船の番号(船名)を確認できず。

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8時39分。マリンセキュリティのゴムボートから双眼鏡でこちらのブルーの船やカヌーチームの動向をチェックしているようだ。

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9時。カヌー8艇出発。今日の現場も大浦湾のレジャービーチ側だろう。

午前中の来訪者の対応に追われる。じっくりと聞いてくれる人たちがおり、充実した時間を過ごす。なかに某社の記者さんが個人的な関心からきましたと。丁寧に対話的に話す。

14時前からオスプレイの音が聞こえてきた。

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テントから漁港の護岸の海側に出て待ち受ける。14時5分。左から(西側)からきた。

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テントの北側を飛び去る。14時5分。

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多分、辺野古の集落を越えて、沖縄高等専門学校の奥にあるオスプレイパッドに向かうようだ。14時5分。

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見えなくなったが、再度飛び出した。14時8分。

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東へ向かう。14時9分。

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辺野古の公民館の奥を抜けて北へ飛び去る。14時9分。森の中へ入ると音が篭るせいか余計にうるさい。ズンズンズン(ローターが発する音)とドッドッドッド(エンジンが発する音)が同時にダブって響く。

では、久しぶりに平和の塔(やや高台)の上から撮ってやろう。

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 移動した直後に、1機が東に飛び出した。転換モードで。思ったとおり2機居たのだ。こちらが「08」。

暫く待つ。

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ヘリパッド(森の奥)から出てきた。14時21分。

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西へ飛ぶ。「09」番機。14時21分。

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西へ視界から消えていく。車輪もしまっている。14時21分。テントに戻る。

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14時30分。朝居なくなったはずの巡視船がいる。「PL63」「くにがみ」だ。不思議だったのだが、14日になって何故だか分かった。13日朝居た巡視船は一旦交替のために11日か12日に一時だけ来た別の船だったようだ。やはり逐一船名を確認しておくべきだろう。

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14時54分。ブルーの船が戻ってきた。ご苦労様。

今日の海上では大きな動きはなかったようだ。作業台船が入ってくる気配もない。

オスプレイの篭るような音がしたの再度出テントから出て待つ。

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ヘリパッドから出た!またまたオスプレイ。15時16分。

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護岸の上でオスプレイを撮影していて、ふと海側をみたらイソヒヨドリのメスが近くにいた。15時17分。狭いところで前に回ったり、後ろに回ったりはできればやめてほしい。落ちるよ。







今日は頑張った(17年1月14日)

 今日こそは海へと思い、5時30分に起きましたが、どうも体調が怪しい。これはヤバイと日よりました。その代わり、弾薬庫前のゲートから2時間近く撮影。戻って、一休みと思っていましたら、海上からの無線が飛び交っており、立て続けにいらした皆さんに私と孝子さんが連続的に説明。私は相当疲れました。

 しかしやや無理をして、伊江島の件を今朝までに全部挙げました。やれやれと。来る1月15日からは宮古島の市長選です。ここにも行くつもりですが、諸予定を考えるとどうしたらいいのか、迷っていました。来週はとんでもなく忙しい日程に追われますが、確実にこなしていきます。

 どうぞ宜しく御願いいたします。それから2月1日~2日、静岡の件が決まりました。後ほど詳細は上げます。3日は文化座の演劇を見て、4日は空白なので帰ってしまおうと思いましたが、4日に幾つかの打ち合わせをやって、今夏まで(7月頃)の予定を立てたいと思っています。

伊江島 工事の状況(17年1月12日)

 今回の伊江島報告のラスト。伊江島西端にある伊江島演習場の機能強化のための工事の状況を少々。

 1月11日は特に動きを観察できなかった。

12日。

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此処が演習場内の最西端。中に灯台があるという不思議。米軍トラックが通過。11時7分。

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フェンス際の草地を登る。此処は標高約40m。北に建築中の建物が見える。これが管制塔なのか? 着陸帯の標高は24mだから、建物の高さはどのくらいか。まだまだ未完成のようだ。11時23分。

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その左側(西)の道路も未整備。

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土砂が積まれたままだ。

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これこれ。奥に海が広がっている。

下の道からここ(撮影地点)の斜面の途中によりよい観察・撮影ポイントがあるようだ。地形図から判断すれば。今後、要観察。

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改めて示す。

F-35Bが米国から岩国基地に今日にでも到着する。

工事と新機種の配備による基地機能の強化に反対する。伊江島・辺野古・高江の基地群の強化を許さない。米軍は沖縄での訓練をやめろ。海兵隊は、沖縄から出て行くべし。

2017年1月13日 (金)

伊江島での米軍演習(17年01月11日)パラシュート降下など

 既報のとおり私は伊江島に17年1月11日と12日に訪ねた。特に前日の辺野古で、パラシュート降下訓練をやっていたとの報告をきいていたので、私の注目度は一気に上がっていた。

 目指すは米軍演習場(伊江島西端)。

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10時34分。西江上辺りで北側を飛ぶCH-130の低空飛行姿を認めた。

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10時50分。またきた。怪しいのだが、降下していないようだった。あれ?

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11時11分。確かこのC-130、4周目。パラシュート降下中。伊江島空港手前(東)で現認。はるか西側だ。遠い。

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11時17分。再度来た。後ろの扉が開いている。

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6回目か。再度降りた。2名。11時25分。伊江島飛行場脇で撮影。まだだいぶ西。多分演習場の奥(海上)から降下しているのだろう。

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11時25分。機体が右(東)に旋回する。

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11時25分。おりていく。どこに下りたのか。

11時30分過ぎ、大型機の着陸音が聞こえた。多分、演習場内の滑走路に降りたようだ。

山中原から西に急いで歩くと尾翼だけが見えた。農道を行く。木陰から見えた。暫く座って待機。低位置からでないと見えないのだ。

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たしかにフェンスから滑走路は近いようだ。KCー130が動きだした。12時11分。

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12時16分。離陸。海兵隊の065番機。KC-130.岩国所属の機体か。近すぎて画面から溢れた。

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12時16分。東へとびさった。戻ってこなかった。降下した隊員を回収して嘉手納に戻ったのだろう。

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12時16分、UH-1が離陸。

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12時21分 今度はオスプレイが着陸。中にいたのか。

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14時43分。AH-1が滑走路上を飛んだ居るようだ。

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15時19分。引き返してきたのか。

帰り際に島の南海上を飛ぶCH-53、1機も見たし、騒がしかった1日だった。ただ今日のところ、島の西端限定飛行であり、住民への影響は相対低いだろう。

ただし前日の降下訓練では、みごとに農地に降りてしまった兵隊がおり(沖縄タイムス17年1月11日の記事)危険極まりない。

伊江島で野鳥を楽しんだ(170111-12)

伊江島報告番外編。まずは伊江島で野鳥達を尋ねてみた。

伊江島は概ね平地。平原というか農地が主。そこにどんな野鳥がいるか。

まずはチョウゲンポウ。ハヤブサの仲間から。

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1月11日 11時56分。農地の上で。低空飛翔する。

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次の瞬間草むらに急降下。11時57分。

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よく見ると、ねずみをゲットしていた。11時58分。

こういうのを撮るのは高速シャッターで。1000分の1以上。

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道路沿いの電線にムクドリ(左)とホシムクドリ(2羽)。茶色に白の班が。15時34分。

1月12日西側演習場手前の直前の道で。

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猫が舌を出している。10時41分。

でみていると、路面すれすれに飛ぶリュウキュウツバメを発見。

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飛び方を観察して。直進してくるものを狙う。やみくもに撮っても完敗あるのみ。

地面にある黒いものを目印にして撮る。10時44分。

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するとハクセキレイが出てきた。

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10時42分。まだまだ。

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10時44分。待つに待つ。近づいてきた。

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10時54分。速い事速い事。黒猫の前を行くツバメ。

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10時56分。丸く弾丸の如し。

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速い早い!10時57分。

畑の上で。

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サシバ2羽。11時18分。

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サシバ2羽。11時18分。









伊江島を訪ねて(17年1月12日)

2日目。今日も撮影には不運な曇。今日は時計回りで歩く。

8時30分、コンビニで買い物後出発。

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牛舎。むしゃむしゃの牛さん。伊江島らしい光景。8時48分。

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アーニー・パイルの記念碑。彼は沖縄戦に従軍していた記者。日本軍の弾を受けて死亡。

彼は対独戦のノルマンディ上陸作戦にも従軍。

この公園で、当時7歳だったという男性が車から降りてきた。彼らは米軍に捕まり、収容所に入れられている。阿嘉島へ移動させられた。途中で船から突き落とされるとの噂が広がり怖かったらしい。

今の基地拡張の動きをどう捉えているかを訪ねたが、案外容認派だった。反対したらお金が入らなくなると。金か、金。

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道沿いに阿波根昌鴻さんのお墓。命どぅ宝の家作成の看板が付けられていた。昌鴻さんが生きていたらどんな思いで観ているのだろうか。先の彼は昌鴻さんを大規模土地所有者だと斜めに見ていた。根が深い偏見が振りまかれているのだろう。

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ズンズン西へ。キクの生産とタバコ。9時28分。

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これはタバコの畝。これから植えつけられる。伊江島には多い。

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サトウキビとタバコ。10時33分。

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演習場の南西部、外。菜の花をとっているのか。11時5分。

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菜の花とサトウキビ。伊江の春。今日は騒音聞こえてこない。

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坂をあぜ道を上がって。フェンスが見える。

畑道を行くと団結小屋。1950年代の土地闘争の往時をしのべる。

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遠くからは全貌が見える。

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近くからは点景が見える。豊かな土地への思いを共有したい。12時49分。

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団結小屋の隣。

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ベニイモ畑。林の中は演習場。

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再びシーサー。真謝区。東に向かう。

今日は演習はやられていないようだった。静か。

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路上に轢かれたハブ。哀れ。13時52分。

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伊江飛行場の先から東を見る。風車が2つ。グルグル回転しているのだが、タイミングが難しい。一本が真上だと、他の2本は斜めになり、家等に隠れてしまう。上に2本を出すと、天端がさがり、空とのバランスが難しい。何十枚と切った中から。

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西側から城山を眺める。タバコの植え付けの予定地。14時12分。

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東江付近。パパイアにタッチュー(城山)。

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木陰にメジロ。14時44分。人影が来たら、どこかに隠れてしまった。

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生垣。何の花か分からないがきれいだった。

川平から港へ。

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個人の庭にこんなものが。旧軍の武器弾薬。4連装の重機関銃か。15時28分。どなた様か存じ上げませんが、センスを疑う。

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コンビニの角。やっと撮った。反対と軍用地求む。ここに今の伊江島がよく出ている。旗は交通安全。悪しからず。15時30分。

16時の船に乗る。

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鹿児島から来る船と帰りも遭遇。16時12分。

また、行こう、伊江島。




















 

伊江島を訪ねた(17年1月11日)

2017年1月11日、12日伊江島を訪ねた。以下幾つかに分けて報告する。

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本部港から伊江島へ。伊江フェリー。9時19分。

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伊江港に入る。正面は城山。172m。9時26分。

荷物を宿に置いて出発。

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まずは記念撮影。ハイビスカス。

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伊江島でも沖縄戦で多数が亡くなられている。島外、県外を含めて4300名余り。現在の人口は4620名(16年12月末現在)。

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サトウキビ畑の奥(左)に米軍の通信施設。

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西に向かうと伊江島補助飛行場の北サイドに訓練施設ができている。11時40分。

この前後でパラシュート降下訓練を確認(別項)。

伊江島演習場のフェンスのそばを南西へ。

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フェンスの区域外も提供施設。13時3分。

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西に海に向かう斜面。菜の花畑は麗しいのだが、上方木の奥は演習場。ヘリの音が終始聞こえている。13時56分。

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サトウキビ畑。3mにもなる。今年は台風が少なかったが、風に耐えてきたサトウキビに敬意を表したい。14時11分。

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牧草地の下は海。牧草がロール状にまとめられていたが、この10分後にトラックでロールの牧草は搬出されていった。14時31分。

今日を見ている限り、演習場内の工事は行なわれていないようだ。今日は米軍の演習が優先なのかも。

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此処はカボチャが植えつけられている。

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カボチャの花。ここはビニールなし。実っているのもある。

西崎地区に入る。南側の道を東に戻る。

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シーサー。

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17時30分。無事に港にもどったら船が着いたところ。歓迎やよろしくのエールが交わされていた。賑わいを感じた。

○島の面積は22.77km2。周囲23キロ。小さな島だ。

○島の様子は12日の分と合わせてみてください。











2017年1月12日 (木)

伊江島から帰ってきた(17年1月12日)

 今回のショートトリップは伊江島でした。高江と共に新たな工事が進む伊江島であり、オスプレイの演習が繰返されている伊江島です。その報告は後に譲りますが、今回はじめて伊江島で行なわれたパラシュート降下訓練を遠目でしたが、観ました、撮りました。ふぅー。

 天気は冴えず、2日とも曇り空。自分は色々と忘れ物をするは、体調を崩すはで、ギリギリ。恥ずかしながら、地形図と、デジカメの記録媒体がなくなっていたのに、予備を入れ忘れた。地形図は自分の記憶装置をフル回転すれば問題なし。SDカードは致命的です。伊江島あたりではやばいかもと思いましたが、コンビニにありました。ついでに写真屋も発見。

 11日朝、連れからショートメイル。私のブログがちょっと不適切な表現だから書きなおすべしと。私は意識的に書いたつもりでしたのに、何でと思いながら、読み直したら、たしかに抜けがありました。連れに感謝です。大慌てで書き直して出かけたのですが、バス停まで走った。結果はセーフ。間に合った。

 そしたら、あることを思い出しました。前回の伊江島行きは7月でしたが、そのときのスタートも慌てた。バス停にたまたま通りかかったY君らがわざわざ本部港まで送ってくれたのです。そのY君とは高江で弾圧され起訴されて、保釈されて、帰郷してしまった彼です。今となっては何とも言いようもないことなのですが、私は彼が辺野古に帰って来てくれることを願っています。

 で、私が帰宅したら余り嬉しくないニュースが幾つも。また、12月に来訪されて、地元で写真展をやりたいけれど受けていただけますかと言っていたMさんからやっと返信が届いていた。結論は不可になったと。小さな会なので無理だと判断されたようだ。残念だが致し方ない。

 自分としてはやりたいのだが、費用の面、会場と主体の面など、困難が多く、実現のめどが立たない。やる以上は、名護でやるばかりか、何箇所かでやりたい。今しばらくのペンディング。

 それ以前に2月1日から静岡市、2日袋井市での報告会が決まったが、3日、4日は決まらず。本日12日(23時59分)までに決まらなければなしにする。であれば4日は別件に当て、5日早くに帰る線に変更する予定。ぐずぐずしていると飛行機のチケット代が嵩み、主催者に迷惑をかける結果になる。今回は自分が2月3日に行きたい予定があったので、それにあわせたので、交通費の半額だけを分担していただこう。

 本論は食事後に。

2017年1月11日 (水)

国家と個人の来歴を考える(あくまでもつれづれがまま)

 沖縄に居ると、何でこの国は米国べったりでものが言えないのかと、大いに苛つく。しかしこの国は「鬼畜米英」と振りかざした挙句に完敗を喫して、どっぷりとそこに喰らいついた。アジア侵略のことを忘れて。敗者なのに勝者然として。否、敗者だからこそあたかも勝者として振るまいたかったのだろう。米国という勝ち馬に乗っかって。

 それが80年代の「戦後政治の総決算」から今日の「日本を取り戻す」なんちゃらのお調子者ぶりっこ。過去政治を反省することもなく、米国に従いながら、他方で戦前への道にまい進する。この矛盾を生きることに酔いしれている一部の人人。情けない。

 沖縄はもっとクソリアリズムで米国の支配下に72年まで置かれてきた。そして今は日米の共同の支配下で苦しんでいる。その沖縄でも、復帰後45年を迎える中で、こうした「日本」の論調の流入はさけられないかのようだ。

 こういう私にしても、戦後日本の成立について、極めて不十分にしか認識しえてこなかったのだと、反省しきり。分断された認識しかなかったといっても過言でない。米日関係、日本と朝鮮半島との関係、日本とアジア諸国との関係、日琉関係、米ソ(ロ)・日関係などに。

 沖縄が歩まされてきた歴史と、知らん振りしてきた「日本」の歴史がいい意味で交わらずに別の方角を向いてきたことにも唖然とする。

 沖縄は沖縄で自決権を持ちながら、もっと自由に独自の道を選択する権利があるはずだ。そこからアジアを日本を、中国やロシアとも新たな道を探ることが健全な道ではないか。これは独立論以前の自立論の中で私は考えている。

 米国の意のままに戦争の火種を抱きしめることなく、新たな道を模索することだろう。小難しい話だが。

 個人の場合はズンと単純だ。それですら冷や汗ものだったり、自分で何でだろうと悩ましく思うことは少なくないのだ。

 私は今年で社会運動50年になる。半世紀だ。よくもここまできたものだが、いい加減なところも少なからずある。個人がじかに見れる範囲は極めて狭い。だからトータルなものの見方をなかなかできずに、くだらないことで対立したりする。感情的過ぎ、思い込みで動いたりする。人間は、なかなかうとましいものだ。

 そんな個人が寄り集まってやるのだから、なかなかマシな政治にならない。政治ももっと文化的なものになれば、より率直なものになるかもしれない。文化は地域発や個人発のものが多い。損得勘定よりは多少目を開眼できるはずだ。それでも難しいけれど。

 先ほど観ていたら、長野県黒姫の人が私のブログをリンクしてくれていた。黒姫山(周辺)はおおいに懐かしい場所だ。何度も行ったし、撮った。未だに光景が目に浮かぶ。今の自分を作っている一部に黒姫も含む信州の山々があることも確かなことだと思っている。ありがとう、黒姫山と黒姫の人。

明日(17年1月11日)から2日間、ショートトリップに出ます

 明日(17年1月11日)から2日間、ショートトリップにでます。よって更新は12日の夜以降になります。ご承知おきください。

 新たな発見があり、ナイスな写真が撮れる事を期待しています。2ヶ月に一回は行きたいと思いながら、思うように足を運べなかったりしていますが、着実に現場に出て写真で稼がないと生活できないから。もっとも費用が嵩み、行けば行くほど赤字だったりもしますが。

 オスプレイの墜落騒ぎでは、講演会用の写真として、と、ビデオ制作に使いたいとのお申し出があり、ご利用いただきました。そのなかで、ここの写真はないかなどのご要望も出ており、そうか、そこも行かなければと思うこのごろです。

 それではお休みなさい。

2017年1月10日 (火)

「工事再開」のはずだが、おかしな動き(17年1月10日)

 2017年1月10日。曇。今日も警戒船が数隻浮いている。海保の1隻の巡視船が沖合いに停泊している。大浦湾側に一部フロート等が張り出されているが、従前よりも静か。8時過ぎに私たちの船が3隻、カヌーチームが10数名余り出て行った。

 午前中、30代か40代の東京の男性が一人で来訪。おずおずとどこが現場になるのですかと聞いてきた。沖縄に基地をなくしていけば、中国等の影響が出てくるのじゃないのとおっしゃる。しかし沖縄は、長年の歴史の中から、日米政府に軍事基地を押し付けられてきたし、いままた新たな基地を押し付けられ、新たな戦場になりかねず、我慢ならないのだと話した。

 沖縄は経済第一でやってきたから、案外豊かなのだとか、彼の頭の中には誤解が積み上げられている。経済成長・軍事力に依拠するという「路線」を問い直さなければ、対中戦争にまい進しかねず、こうなれば広く日本全体に飛び火し、アジアは戦乱の世の中に一変。そうなってからでは遅いのだ。だから予断を排して、平和外交を追求していかざるをえないのが、現代というものだろが。

 このためには私たちも戦後の国際的な政治史を幅広く再検討することも重要なのだろう。例えば、91年に起こった米ソ冷戦構造が崩壊しても、政治的には米ロの対立、日露の対立は終わっていない。朝鮮半島の分断は終わっていない。火種が残されてきたことに私たちは無自覚だったのではないのか。こうしたアジア史の中に沖縄は置かれてきたのだ。

 話の途中だったが、突然西側から沖合いを陸上自衛隊のCH-47 ヘリ2機が飛んで来た。撮影は間に合わず。

 10時47分ごろ河口にミサゴ。これがほんもののオスプレイだ。

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ダイビングして飛び込んだ。失敗。

再度ダイビング。急降下だ。

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突っ込む直前。

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突っ込んで見えなくなる。

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頭と羽が見えてきた。

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飛び上がったが餌を手にしていない。

やや遠方からだが、ミサゴのダイビングを見た。3打数0アンダだった。成功率は低いものだ。

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潮が引いて。ミナミコメツキガニがいるいる。11時10分。

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冬でもいるのだ。冬季は夜に活動するとも聞いているので、一度夜間に観察してみたい。

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クロサギが近くをあるいている。餌(小魚)をとっている。

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12時55分。うるさいオスプレイが1機沖合いを東へ。今日も何回か観たり聞いたぞ。

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12時39分、河口で朝を漁るクロサギ。舞っているようだ。

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北海道からの40名様。

海ヲ観れば潮が満ちている。先ほどのコメツキガニはそこの汀線にいたのだ。

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上記の人たちからのプレゼント。「私たちも怒っている」のイカ。よく作っていらっしゃる。アイデアがいい。

15時前後来訪者が重なる。私は北海道、長野、福岡の方に同時に語る。久しぶりにしっかりとしゃべった。北海道や九州のこともまじえて。

海の上ではどうもはっきりとした動き無し。フロート等を出したり引っ込めたりらしい。肩透かしのような。でもないにこしたことはない。また、陸上からの搬入もない日が続いている。

この国は何を企んでいるのだろうか。静かであれば静かなりに気をもまざるをえない、やるせなさ。







 

雑記長(17年1月10日)

 昨日は自宅でごそごそやっていた。ブログを書かなければならないのだが、その前にやるべきことが。まだ、年賀状の返信を書いていなかったのだ。沖縄にきて、これを書く暇がなくなって、自分から出さなくなってしまった。以前は自作の写真で賀状をせっせと作っていたものだ。

 お送りいただいたものに返すのは最低限の礼儀だろうと決意し、書いた。少しほっとした。本当に遅くなって、申し訳ありません。

 猫の友の友人からの一枚の賀状に、「肉球新党」のことが書かれていたのを発見して大いに驚かされた。彼もかと、一層親しみを感じてしまった(新党に、彼に)。

 何十年と引き続き送ってくれる友人(もう何十年もあっていない)がいたり、最近、辺野古で知り合った友人が居る。中学・高校時代のクラスメートがいる。彼女は当時はどちらかといえば、クラスの主流派人脈。ウルトラマイナーの私との縁はほぼなかった。それがいつのまにか、沖縄のことをやっている山本君を応援しているよと言われる様になった。何がどうして変わったのか知らないが、人間の人生は変わりうるものだと知ると、さらに感慨深い。深く感謝している。

 青年時代の友・植物学者の先輩は、昨年も南アルプスの3000m峰に登った、と。お元気なのだ。彼からは自然観察の関係で多くのことを学んできた。

 そして昨夜は、懸案の沖展の出品作を考えた。選んだ。プリントもしてみた。沖展だから芸術系をとも思ったが、いやいや私がやるのだから、クソリアリズムしかないと決断し(こっちのほうが決めるのは早くできる)、「墜落」4点セットと決めた。16年12月13日夜に落ちたオスプレイの残骸をめぐるそのごのことだ。すべて海の上からの写真。

 デジタルプリントでやる(公式の場に出す)のは初めてなのだが、まぁできそう。アナログと違って、プリント段階でどうにでも変えられるのは驚きだが、それだけに自分のイメージがないと、ダメだ。10枚ほどを選び、最終的に4枚に絞った。色合いも変化があるものを選んだ。入選するか否かは、分からないが、結果を待ちたい。

 沖縄に居ても沖縄のことを知らない人は多数居る。そういう人たちにオスプレイと海と岩、そして人間のことを考えてもら得る作品になれば、嬉しい限りだ。

 そんなことで深夜まで起きていたので、今日も海に出るのを諦めた。

2017年1月 9日 (月)

今日は現場を休む-自由か隷属か(17年1月9日)

 1月4日に東京から帰って来てたまっていたブログを書くなどしていたら、寝不足に。お陰でやたらと疲れがたまったので、今日は休む。

 昨日が今時の成人式だったらしい。また、どこそこで暴れたとか、「事件」が報じられているが、式に参加するのもしないのも自由なはずだ。なかには晴れの場で暴れてイベントメーカーになろうと企てるのだろうか。壊して、後味の悪いことにしかならないだろうに。人生なんてケチなものだと決め付けることなく、自分自身の表現力を身につけて欲しい。

 自分はこれをやるのだということが定まっていないと、どうしたらいいのかわからず、暴走してしまうのだろう。昔、大日本帝国と称していた時代、子ども達は軍国少年・少女になった。これは国家が諸個人に唯一の規範を押し付けたから、人々は他の選択の余地を奪われていたからだ。誰も疑いを挟まなかった、挟めなくなっていたのだ。国家が呼び込む甘言も多く謳われていたし。個は大勢の塊になったほうが楽なのだ。結果として個でなくなるが、否、なくなっていたのだろうが。

 翻って今はどうなのか。未だ自由が残されているが、どんどん外堀を埋められてきた。様々な可能性が失われつつある。型枠の中にはまり込んでいる。ただしまだ型枠はコンクリートされていない。固めきられていない。

 ただし、何が自由なのか、これが曖昧になっている。自主規制して従う風潮が強くなってきている。大嘘が堂々と闊歩し、どうでもいいような情報はあまたころがっているが、肝心なものが隠されている。例えば、沖縄で言えば、「負担軽減」という大嘘が流布され、琉球諸島を再び最前線に据える計画が隠されている。そもそも沖縄は、安保関連事項は、国家機密だらけなのだ。

 2017年、18年は、こうした自由か、隷属かが最終的に問われる年になるのではないか。再びやりなおしが利かない時代は、すぐそこまで迫ってきている。

 私たちが生きていく上で、何が大切なのか。私たちが生き続けていくことができる道を守り、新たに創り出していくことだろう。しかし、これは「私たち」をどこまでを含めているのかによって、当然異なってくる。沖縄の民衆、日本人、アジア人、人類。だから難しい。過去に大きな間違いを繰返してきた私たち「日本人」。

 人は、自らを人類だと自覚することができるのか。どうしたらナショナリズムなどを超えることができるのか。例えば資源を独占的に得たいという発想が破滅を招くことを認識していない連中が世界中で権力者として跋扈しているのだ。

 考えれば考えるほど重たくなるが、だからこそ、一人で担がない、より大勢で担ぐことが大切だ。孤立したら、ろくな発想はでてこない。友達に、生きる上での問いを投げかけあう関係ができれば、いいのだが。

 成人式の話からやたらと大きな話になってしまったが、人はいつまで生きていられるか分からないのだから、そのときそのときを可能な限り全力で走る、否、歩き続けることが大切だ。

 私は灰色の世界が何時暗転するのか、茶色の朝をいつ迎えるのかと怯えるのではなく、自身ができることをやり続けることしかないと考える。勝つ方法は諦めないことだからだ。

 それと日常の生活圏は案外狭い。ネットの世界はもっと狭い。自分の頭の周りだけで考えては、ダメだ。だからこそ、時には外に旅に出て、新しい環境の中で、様々な学びをして考えることがとても重要だ。沖縄を訪ねる平和学習も、沖縄を学ぶ、沖縄から学ぶのみならず、自分を問うことがないと単なる知識の詰め合わせで終わる。それでは持続できない。

 余談だが、85年1月15日(成人式の日)、私は福島県の郡山駅にいた。猪苗代湖での撮影の帰りだったと思う。磐越西線から東北本線に乗り換えるときだ。階段を歩いていると振袖姿の女性3名が私を呼び止めた。記念撮影してとの依頼であり、撮って差し上げた。     当事の私は未だ沖縄を知らなかった。当時の福島は被曝を知らなかった。こんなちっぽけな私の記憶が福島を想起する。

「肉球新党」には驚かされた(17年1月8日)

 先ほども書いたが、今日(17年1月8日)肉球新党なる面々が辺野古テントにも来られた。私は、ツイッター等で名称ぐらいを知っていたのだが、彼らが制作したリーフレットやポスターをみると、何だか唸らされてしまった。

 先ほど彼らのホームページをチェック。

○https://pawpadsnewparty.jimdo.com

ツイッターもみた。こちらは、ごちゃごちゃしているが「肉球新党」は猫も原発に反対から始まったらしい。たしかに。そのとおりだ。原発はすべての生物と敵対的なものだから。基地はやはり猫にも敵対的だろう。

 72年前の戦争では動物園の動物たちが殺された。ベトナム戦争ではジェノサイドの中でどれだけの動植物が殺されたのだろうか。動くものは皆殺しだし、枯葉剤での殺戮は残忍を極めた。

 政治というと拒否感があるひとが、猫から入れば、最初の偏見を乗越えやすいだろう。これは思いついた者勝ちだろう。発想の柔軟さに敬意を表したい。

 もっとも私は猫派でも犬派でもない。どちらも撮りますが。どちらかといえば、馬派であり、牛派。あるいは鳥派。

 与那国島では南牧場が自衛隊の基地になってしまった。牛は追放され、馬も端に追い出された。このまま石垣島や宮古島に基地ができれば、まちがいなく牛や馬の生活を脅かす。野鳥たちだって、無関係ではない。

 私も野鳥新党でもたちあげたいものだ。これは夢か希望か。

 皆さんも、「肉球新党」の動向にご注目ください。

 

2017年1月 8日 (日)

この海は何時見ても素敵だな(17年1月8日)

2017年1月8日 曇。警戒船あり。マリンセキュリテイも。3連休の中日の日曜日。

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今朝の空。テント前。8時11分。
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漁港内。逆光に輝く。8時13分。

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10時29分。ふと見たらそこにクロサギが。テント前。

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10時30分。餌を求めて歩いている。今日は近い。

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ふと視線を左奥に向けたら。カヌー隊が出て行った。10時31分。

練習チーム。今日は3班、計17名。この船はあちらの船だ。

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これはマリンセキュリティ。左と奥は、沖縄防衛局雇いの船。10時36分。

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正面。カヌーチーム練習班がちょこんと可愛い。右の岩はマナヌ岩。10時51分。

今日の来訪者は続々お出でになりました。

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こちらは「肉球新党」だぞ。関東グループ。10数名。実は反安倍。

猫が好きという人たちだが、そこから反安倍とは? しかし入り口を広げてやるのはナカナカの名案。3名は沖縄支部。

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テント前。この透明感はどうだ。12時11分。

昼すぎから来訪者がつめかける。今日は浦島悦子さんと孝子さんが次々と話す。

私は寝ていた。ラストに島ぐるみ会議の中城の人たち。私が重い腰をあげた。

皆さん沖縄の方々だからと思ったが、私の話も役にたったようだ。

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「あれ何?」という声。巡視船PL63「くにがみ」。

何しにきているの?とYさんが聞くので、我々を監視に来ているのだと答えた。たしかに税金の無駄遣いだ。この海に基地を造ること自体が税金の無駄。悲しすぎる真実。





元アラスカ州兵、フロリダの空港で乱射(17年1月6日)

 17年1月7日朝、私の在米のメル友からのメールで、フロリダで「コンバットエンジニア」が銃を乱射し、死傷者がでているとのニュースが届いた。このニュースは昨夜、ヤフーニュースにも上がっていたし、今朝の沖縄タイムスにも報じられた。

 同紙(共同通信配信)によれば、事件が起きたのはフロリダ州フォートローダーデール(マイアミの北)の国際空港だ。飛行機を降りた容疑者が荷物を受け取り、自分の荷物から銃を出し無差別に発砲したらしい。地元警察発表によれば、5人が死亡、8人が負傷、このほか避難しようとした30名余りが転倒などで負傷したようだ。

 本件の容疑者は26歳。2010年から11年、アラスカ州兵としてイラクに派兵されていた。AP通信によれば、同容疑者は昨年11月、連邦捜査局に出むき、ISのビデオを見るように米政府から強要されているなどと訴えたことがあるようだ。

 同容疑者を知るおばの話ではイラク帰還後からおかしくなったという。捜査当局はテロの可能性は低いとみているようだ。戦時の心身傷害がでたのではなかろうか。詳細は事後の報道を待ちたいが、PTSDだとすれば、改めて戦争(人が人を殺し殺される、絶望的な緊張を強いられる)体験が人をおかしくしていくのだろう。

 生きて戦地から帰ってきた若者に、戦争は、なおむごいことをするものだ。武器の所有を認めている国の恐ろしさ。

 翻って今南スーダンに派兵されている陸上自衛隊員にも同様な傷害が残らないだろうか。国家は人の人生を左右するようなことをやめろ。人を破滅させるな。

 憲法9条が人の命を守る宝だったのではないのだろうか。戦争がもたらす痛覚を私達は知らなければならないだろう。

 この事件から、私達は人間が孕む闇を見抜きたい。戦争を世界中からなくしていこう。

「無断転載禁止」の趣旨について

先ほど、メールでブログに書かれている「無断転載禁止」の意味がわからないかのお問い合わせがありました。やや補足します。

 「無断転載禁止」とは著作権をめぐる問題です。自分のブログにあげた写真、文章は特にお断りしていなければ、私の著作物です。これを第3者が無断で、使用することは、如何なる媒体であれ、できません。まして一部、または、全部を改ざんして使用することはできません。

 私の著作物をご使用になる場合は、事前に著作権者である私の許可を得て、著作権料の支払いをお願いいたします。

 他方で、自分のメールで紹介したい、ツイッターや、フェイスブックで知らせたい、という場合は、以下のように御願いします。ツイッターの場合はリツィート願います。それ以外の場合はブログ記事の個々のアドレスを明示して、ご紹介ください。くれぐれも一部といえども改ざんは硬くお断りします。

 また、文章の一部を引用したい場合は、しかるべきルール(著作権法)に従ってください。この場合も出展を明示してください(ブログ「ヤマヒデの沖縄便り」の○○(個別記事のタイトル名と日付を付して)。

 今後とも宜しく御願いいたします。 

あけまして1週間(17年1月7日)

 今日の(1月7日)辺野古・名護は暑い。今は1月だったよね。Tシャツ1枚になっても暑い。陽が翳れば、冷え冷えしてきて、温度調整が微妙。況して海の上に居たら、もっと微妙だ。風邪引くぞ。そんなわけで、私も汗かいた。冷たい麦茶も買った。暑さの指標として、蚊が居る、ハエが飛ぶ、蟻が蠢いている。どうだ、分かったかい。

 海に出たカヌーチームのある人が、ツイッターに「今日船酔いした」と書いていた。うねりが入っていたからな。舟に初めて乗ったアメリカの学生も気持ち悪くなったようだ。お気の毒。

 状況は厳しい。だが負けない。だからこそ私は敢えて、ヒマワリを撮ったり、朝焼けも撮っている。海に出たら、海上保安官を正面に見据えて撮りたい。

 今年こそ、沖展と視点展にだす。そういいながら私が沖縄に来て以来連敗。出せていないのだ。だから12月から検討を重ねてきた。視点展のコンセプトは概ね決まった。問題は沖展だ。沖縄の人に知ってもらいたいが、沖展だから芸術的にもいきたい。と考えると、どうしたらいいのか悩ましい。クソリアリズムじゃなぁ。今日もしばし考えたのだが、2案を選んでみて、どちらかいいほうというのが早道か。急がば回れだろうか。明日はここにとりかかる。色々と大急ぎでやらないと。1月8日になった。

 先ほど、私がブログで紹介している文化座の「命どぅ宝」をご夫婦で見に行くと連絡を受けた。思わず一人で拍手。様々な形で繋がれて、考えて行動していければ。

 2月2日は袋井市の「まきばの家」だが、1日に静岡でやりたいとの連絡を受けた。未だ未定だが、こちらも決まるかも。繋がりあえる関係を造って生きたい。

2017年1月 7日 (土)

朝焼けは美しいのだ(17年1月7日)

2017年1月7日曇。警戒船多数。マリンセキュリテイは1。(これは辺野古の海だけ)

 海上行動メンバーは早朝から集まっている。これから私もそうしたい。

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7時15分。朝やけに染まる空が美しい。

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辺野古漁港。7時26分。テントの設定に向かう途中で。

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テント前から。雲間がナイスに切れるとこうなるのだ。自然現象だから思う通りにはなってくれない。7時37分。

朝焼け、夕焼けが美しいのはあたりまえ。だからこそ、撮り手の心が美しくなければ、ダメ。

8時過ぎにテントのメンバーがそろう。

カヌーチーム13名、船2隻。昨日、海保に平和丸1号の鍵を壊されたので、これは暫く出せない。

午前中、カヌーチームは大浦湾の海保の浜前で、浮き桟橋を繰り出し、フロート等を張り出す作業に抗議。7名が海保に拘束された。無線で聞いていると、ワジワジしてくる。自分も早く現場に出て共に頑張りたい。

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一旦ブルーの船が帰ってきた。乗員の交替のため。ご覧の通り、後方にガードマン会社の船がついて監視している。11時21分。

午前中の作業は和船5隻でフロート等を引っ張ったようだが、やや大きな作業船「なにわ」が大浦湾に入って来た。本格的な作業が始まるのだろう。

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沖合いでは例によって策敵訓練。左が敵を探し出すUH-1.右が攻撃するAH-1 。

ここでは射撃訓練は行なわれていないが、敵を探し出し攻撃するまでの連携を訓練しているのだ。12時。1時間以上やっていた。

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ブルーの船、再び帰還。辺野古漁港。12時52分。

乗員が変わり三度出た。12時57分。

午後もじわじわとした攻防が続いた。16時過ぎても戻ってこなかった。お疲れ様だ。





2017年1月 6日 (金)

ワサワサの1日(17年1月6日)

2017年1月6日 大雨のち曇。

新年が明けて、色々な態勢が変わった。ゲート前での行動は朝7時から16時。テント村は変わらず8時~16時だが、海上行動は日曜日を除く日々。集合は早い。私も船に乗る乗らずに係わらず、早く行かなければ。よって朝、ブログを書くことは不可能になった。悪しからず。

今朝はバスでテントに向かったが、大幅に遅刻。大雨に打たれながら、バスを待つという不幸。

8時15分ごろテント着。濡れ鼠という不幸。他方で、海上行動は雨と視界の悪さで、暫く待機に。

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テント前。海に赤土が流れている。雨は小ぶりになってきた。10時12分。

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雨は上がったかとテント前に出たら、陸棲の巻貝が。カタツムリの一種だ。のそのそしているのだが、至近距離でよーく見ていると案外速いのだ。11時5分。

平和丸1号は、雨中をついて偵察に出ていた。海保の浜で浮き桟橋やフロートを張り出し始めたとの連絡。11時頃。急遽待機していたカヌーチーム8名と船1隻が緊急出動。

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漕ぎ出したカヌーチーム。正面は平島だが目指すは、辺野古崎を越えた海保の浜。この後、「辺野古の海に基地建設を許さないブルーの船」(長ーい名前だ)が牽引して現場に急ぐ。11時37分撮影。

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マリンセキュリティのゴムボートが近づいてきて警戒している。11時38分。

昼頃からテント内につめている人間が諸事情で極めて少なくなってしまった。来訪者への対応、海上から入ってくる無線への対応、お弁当の手配など、大忙し。

テント内で来訪者に対応中、大型ジェットの音が聞こえてきた。民間機でないが何だ?飛び出して確認。

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米空軍の空中警戒管制機だ。空飛ぶ司令塔。嘉手納に4機いるうちの1機だろう。12時51分。それにしてもいやに低空を飛んでいる。何故だろう。北東方面から南西方面へ。

12時過ぎからオスプレイの音がしていたが、見えなかった。

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13時14分、オスプレイ2機がテント前を南東へ飛び去る。

そして大浦湾の海上では、海保にカヌーチーム全員が拘束を受け、数名が海に投げ出されていた。さらに平和丸に乗り込んできた海保に船のキーを曲げられてしまい、操船不可になっていた。何だって!?

しかしこうした情報を私が知ったのはあとだった。来訪者への応対中のできごとだった。一人、二役・三役はできない不幸。

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無線に促されて、沖合いを見ると、カヌーが戻ってきた。ブルーの船が牽引中。後方の黒の影が海保のGB。14時48分。

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すっかり晴れてきて暑くなってきた。今日は「4646日」(2004年4月19日から)なのだ。14時59分撮影。

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雨上がりの辺野古漁港。15時53分。

今日は何組かの人たちに話し、何人かの人たちとゆんたくした。彼女ら、彼らは、それぞれの場で考えており、行動しているようだ。少しづつでも環を広げていかなければ、この闘いに勝てないばかりか、破滅への道を止められないかもしれない。だが生きる希望を諦めるわけには行かないのだ。私たちの未来のために、人類の未来のために。やるべきことをやっていかなければならない。

あるひとは、長野県阿智村の満蒙開拓平和記念館でボランティア活動をしていると。あるひとは、これから未来を歩みだすだろう。ある人は、悩みを抱えながらも、自分のところから変える試みを考えているようだった。さまざまなことが一本の幹に繋がっているのだが、なかなか見えてこないのも事実。しかしよーく見たら案外速いのかもしれない。

16時頃テント2に戻ったら、カヌーメンバーが上がっていた。ブルーの船を動かしていた仲間も戻ってきた。平和丸は未着。海保に引っ張られて戻っているようだ。

私の帰路もバスとなる不幸。お陰で「第2辺野古」まで歩く。しかし少しは楽しく行こうぜ!

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巻積雲をバックにヒマワリ。夏?、秋?、冬? これが沖縄だ。16時35分。辺野古集落の入り口で。

バス停で待つこと50分。今日平和丸に乗っていたM君が前を通った。止まってくれた。自宅まで送ってくれたのだ。感謝。




バス(名護東線-77番と22番)の「辺野古」バス停の移動等

 去る16年12月15日からバス路線(77番と22番)は名護市豊原区の道路工事に伴い、一部のバス路線が変更されて居ます。来る2月29日までの予定です。

 よって、辺野古テント、テント2にお出での際は、「辺野古」バス停は使えません。その上の「第2辺野古」(ゲート前テント側)で乗り降りしてください。お間違えのないように願います。

なお、一部の便は、そもそもの経路が違うのでそのままとおるのもあります。わかりにくいですが、事前にご確認いただくか、バス運転手さんにご確認ください。

 辺野古バス停は、辺野古の給油所の隣です。

 バス会社のアドレスは以下。

http://okinawabus.com/wp/ma_news/4541/

辺野古テントは、辺野古集落に入り、坂をやや下ると交番があります。まっすぐに急坂を斜めに下り、おりきると児童公園があるので、そこを左折すればテント2、直進すれば辺野古川に出ます。出たら、川沿いに左折。約200mでテント(漁港の手前)。

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17年1月6日16時52分撮影 山本英夫

2017年1月 5日 (木)

始まっています(17年1月5日)

1月4日からカヌーチーム8艇が海保に拘束されたと。今日もまた。

2017年1月5日。雨のち曇。

自分は昨夜の仕事で睡眠不足なので海に出ることを断念。

遅れてテントに行けば、巡視船が1隻。「くにがみ」(PL-63)。緊張が走ります。

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10時30分ごろ無線連絡。カヌー10艇拘束された。いきなりかよ。

どうも海保の浜の前で、浮き桟橋の設置工事に入る前に近づいたところをやられたらしい。

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平島の脇にガチャガチャ見えています。10時54分。一旦、松田浜に戻されるらしい。

カヌー隊は昼食後再度現場へ。

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船は3隻。13時2分。出港。

来訪者は途切れない。私も何回か話したり、ゆんたくした。地上に居る限り、お話します。

無線連絡では海保約100名。GB17隻だと。最初から苦戦が予想されます。

海上行動隊は、16時過ぎても戻らないようです。この報告はまたあした。


宇佐美の海岸と熱海の観梅苑(17年1月3日)

 昨夜は、ついついブログを上げていたら、深夜になった。もはや今朝は、睡眠不足で海には出られない。ヤケクソで続きを書いておく。

 17年のつれとの正月は久しぶりに伊豆。お金がないので、民宿泊まり。それでも温泉だから。折角カメラ持参で重たい思いをしながら行ったのだから、何か撮りたい。

 17年1月2日は、伊東経由宇佐美へ。何も撮るものなし。何かないの?

  17年1月3日。暫く電車が来ないので、宇佐美の海岸に。野鳥がおる。

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電柱にカモメ類。このボリューム感がたまらない。ウミネコだ。

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ユリカモメとハクセキレイ。共にスタスタ歩く。

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コサギ。風に吹かれてザワザワ。

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ユリカモメ。砂が黒い。

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一瞬、翼を広げた。みごとなポーズ。

このほか、クロサギとトビがいた。あっという間に1時間経過。

来宮に電車で移動。大勢が降りた。まさかみんな梅苑かい? まさかね。どうも来宮神社に行くらしい。

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未だ咲きはじめだ。

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スイセン。伊豆の春。

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白梅。

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こちらはアタミザクラだそうです。大ぶりできれい。

韓国庭園だとさ。

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おお、金大中(キム・テジュン)さんだ。森が「友好」で、金が「平和」か。意味深だ。韓国の民主化運動の意義を見直さなければなるまい。

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韓国の住居。此処で韓国と出会うのも何かの縁だな。以前に来たときはなかった。

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ボケ。真紅がいいね。

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カエデの実。情緒があるな。

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中山晋平の住居(移築)。タクシーの運転手さんが熱弁を振るって案内していたので、ついつい撮った。

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サザンカ。

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此処は梅園だから。

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ロウバイのつぼみ。

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ロウバイ。花弁の透明感を出す。

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紅梅も。何だか梅に興味が湧かなかった。余談ながら、梅も中国からきたものだ。

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マンリョウ(「ナンテン」と記しましたが、訂正します)。赤がまぶしい。

以上梅園でした。静かで良かった。

途中でシジュウカラをみた。ヤマガラも。駅に向かう途中で眼下に電車が走る。

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伊豆急だ。撮り遅れたのでヘッドを逃がした。フェンスを消すこともできなかった。失敗作だが、無意識にフェンスの位置は、外していない。電車を×(ペケ)にしていない。これも普段の訓練の賜物だ。あぁ。

そして私は実家へ。皆元気そうだった。

















初日の出に祈る(17年1月1日早朝)

2017年1月1日晴れ。やはり1月1日はここ辺野古で初日の出を見なければ、と私は思う。一人でバスで行く。しかし皆来ていたのだった。

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まずはフェンスにバナーを張り出す。6時58分。

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兵庫から来ているYさんも参加。7時1分。

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迎春。このフェンスを解き放ちたい。7時3分。

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浜でうがんが始まった。稲嶺進さんご夫妻、糸数慶子さん、安次富浩さん、島袋文子さん、山内末子さんら。後列は名護市議のみなさんら。7時13分。

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太陽と共に、古酒を交わす。7時14分。

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立ち上がって、御願する。陽がでて来た。7時16分。

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雲間が赤い。7時18分。

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7時19分。

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皆の前にティーダがでてきた。7時20分。私は実に忙しい。太陽と人人を交互に撮るからだ。

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7時21分。

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稲嶺進市長が挨拶。何としても基地建設を止めていきましょうと、力強い。7時21分。

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7時26分。報道陣も来ている。

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安次富さんも挨拶。決して造らせないと力が篭る。7時26分。

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しっかりと立ち上がる。快晴だ。7時27分。

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太陽と共に語る。7時29分。

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皆でがんばろう三唱。7時33分。

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松田浜。連ダコが上がる。7時44分。

私もテントに戻る。来訪者としばし歓談。正月を祝い、勝利を誓う。

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2017年1月1日。座り込み4641日。

8時30分、私は那覇空港へ。正月は東京・伊豆で過ごす。宜しく御願いいたします。











年末ぎりぎりまで米軍演習が続く(16年12月30日)

2016年12月30日 曇。警戒船はありません。

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漁港護岸から、松田浜を見る。浜に居るのは釣りしている青年。9時42分。

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マナヌ岩。波が案外高い。9時48分。

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ニガナの仲間。

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青年は釣りをする。静かで豊かで、落ち着いて。9時59分。

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縦の光が。10時1分。

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安倍さん、わかりますか? 分からないか?

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知事に対して様々な意見が噴出しているからこそ、これが大事だと思うのだ。

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バナー・フェンス。10時13分。毎日の努力の積み重ね。

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水陸両用装甲車が出てきた。2両。10時19分。

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ジャポーン。海に入ったが、入っただけだった。10時29分。

他方、オスプレイは来なかった。来訪者にオスプレイは来ないんですかと聞かれた。いらんわい!見たがる人と見たくない私達。オスプレイも装甲車もいらないの!

来訪者は今日も多かった。






年末だから船置き場の草取りに(16年12月29日)

2016年12月29日曇

年末のテント2で。

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カンナが咲いている。沖縄のカンナは小ぶりだが、赤が冴える。

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居候している猫。なかなか可愛いものだ。

今日は海上行動はなし。警戒船も出て居ない。唯一マリンセキュリティのゴムボートのみ。

ということで、私達5名で、船置き場の草取りに向かう。

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辺野古入り口の基地建設反対の看板。地元の方が設置したもの。

此処から移動。

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船を一時移動させて、草とり開始。案外難儀だった。自分もしっかりやったので、撮影は余りできなかった。10時52分。

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自分が使った軍手もこんなになった。草とりは10時~12時頃までかかった。途中で区長さんが挨拶にきた。こちらこそありがたい。

昼食はいつもの場所でと思ったが、定休日だった。ちょいと遠くまで遠征。テントに戻ってきたのは13時30分頃になった。

来訪者は年末なのに案外多い。ある方とT君ともどもゆんたくした。沖縄の基地問題の歴史的おさらいを話す。そしたら、彼女はテントムラもお世話になっているあるNGOの事務局長さんだった。先に自己紹介してくだされば、いいのに。人が悪いというよりも、遠慮深いのだろう。

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年末でもオスプレイは飛んでくるのだ。15時11分。

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オスプレイならではの音。見ためどうりの不安定さがたまらない。15時11分。





2017年1月 4日 (水)

16年最後の海へ(16年12月28日)

2016年12月28日晴れ。

 年末ぎりぎりなので、さすがの防衛局もたいしたことはやらないと思いながらも、確認しなければ。

27日午後から、レジャービーチ脇で、オイルフェンスやフロートを敷き並べ始めたときいていた(報道にあり)。

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海保の浜。後方に海保のゴムボートと浮き桟橋が並べられている。叫ぶはアルソック。9時8分。

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海保の浜の前で叫び撮るのはマリンセキュリティ。因みに年始のテレビの時代劇に、二刀流使いが出てきたが、この左の彼はマイクとカメラの二刀流。「お主、できるな!」。9時11分。

私ならば絶対にできない。こんなヘボ集中力では、いい仕事はできないのだ。

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オイルフェンスがあがっておる。9時28分。

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左から右の浜に。9時36分。

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カヌーチーム登場。10時29分。

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風が強い。逆風を漕ぐ。10時34分。

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寒かった。力走すれば暖かくなる。10時37分。船に乗っている私達は全然暖かくないのだ。

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レジャービーチ前。やるきまんまん。抗議するカヌーチーム。10時37分。

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不屈。アンカーを挙上げる。11時48分。

今日は並べるだけだろ。しかしカヌーチームは午後も行動したいと。

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陸上は休憩に入ったようだ。海の上では海保とやりあう。12時13分。

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なにやら作業をやっている。柵を組んでいる。網を張っている。カヌーチームが入れないようにか。13時17分。

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フロート3本。これは2本だ。13時26分。

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13時26分。

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海保、なにやらうちあわせ。13時41分。

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トレーラーがまた来た。レジャービーチ後方。14時。今日4台目。計36本か(フロートとオイルフェンスの合計)。

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柵の工事が進む。14時10分。

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よせばいいのに。こちらは民間警備会社。14時24分。クレーンが海保の浜に移動。なんだろ。

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海保も撤収か。14時24分。

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クレーンが高い。14時28分。海保も作業員も早くこの場をされ。14時28分。

やっと終了らしい。我々も帰るぞ。

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引き揚げよう。14時25分。

本番は否でも年明けからだ。がんばろう。




















先ほど無事に東京から帰って来ました(17年1月4日)

 先ほど無事に東京から帰ってきました。ザックを開けて、洗濯機を回して、賀状を拝見して、お米を炊いて。

 久しぶりの東京は寒々としていました。当たり前なのだが、落葉樹の葉が落ちており、寒い感じ。沖縄に3年間暮らすと、こうした感性が変わるようだ。落葉樹だからこそ、紅葉もあるのだが。

 先日、オリイオオコウモリは冬になると見あたらないが、どうしているのだろうと書きました。先ほど18時30分頃(辺りは真っ暗)、甲高い声が聴こえてきた。ヒヨドリかと思うような、キーキー声。やや短いスタカット。ジーと真上を見上げること、約10分。目が慣れてきて、動くものを捉えた。オオコウモリだ。ほぼ同時に彼も私の存在を認識。一段高い木の陰にステップアップ。見えなくなる。つうことで、オリイオオコウモリは、この付近に生息しているようです。見る機会が大幅に減っているのは、彼らの行動が余り活動的でないことははっきりしていますが、詳細不明。要観察。

 帰宅してブログを誰が見ているのかをチェックしたら、山形県と佐賀県の方が増えていました。佐賀県はオスプレイが配備されることを憂慮されている方が見たのでしょうが、山形県は何故かな。心当たりなし。また某国国務省と、日本国防衛省は、仕事始めの1月4日から見に来ています。また、メーカーのH製作所が見に来ましたが、何故だろう。同社は15年度防衛契約実績20社に入っている企業です。

 佐賀県の方。米軍と自衛隊と違いはありますが、対中包囲に出張るのは、自衛隊です。共に連携して、反オスプレイの闘いを進めましょう。佐賀空港に来たら、有明海に落ちるかもしれません。また、どこで軍事演習をやるのでしょうか。佐賀空港から日出生台ですか。だとすれば、そのルートの下が危ない。

 先ほどメールで入って来た情報によれば、今日1月4日、辺野古・大浦湾で海保にカヌー4艇が確保(拘束)されたと。始まったんだな。がんばろう。

2017年1月 1日 (日)

2017年を迎えました

 何だか淡々と年を越しました。年越しそばを一人で食べようと買っておいたのですが、不発。夕方帰宅時に新聞があるなと思っていたら、何と新年1月1日号でした。どっさり過ぎて、驚いています。

 2017年について思うことを書かなければいけませんが(準備した)、今回は御容赦願います。実は明日から(今日からだ)東京等にでかけます。4日まで。それまで当ブログの発信はお休みします。

 今年がいい年になるとは思えません。だからこそ現場で激しく闘うことも重要ですが、種をまいて育てていく努力が肝要だと思います。特にフォトグラファーは、影で支える仕事だと考えています。広く深く伝えていかなければ、なりません。

 年末年始を挟んだ2時間に、お二人の友からメールをいただきました。ありがとうございます。身体に気をつけてとありましたが、これは本当にそのとおり。体が苦しくなったら、頭も心も機能不全に陥ります。去年パクラレタ時思いましたが、権力に対抗するためには、身体を維持することです。体調万全にして、ことに当たる。これです。これは何時でもどこでも大切なこと。それにしても獄中に捕らわれているⅠさん。ハンスト29日間貫徹ですよ。凄い(私はまねできない)。先日やっとやめたので、ほっとしました。彼も名護署から那覇拘置支所に移管されました。因みにYさんも移管されています。

 去年はつれが手術して、10日余りつきあいましたが、その後、お陰さまで体調よろしいようです。やはり身近な人が調子が悪いとなると、心身ともに堪えますよね。お互いに気をつけなければなりません。またぱくられなくていいところで、パクラレルのは極力控えるべきです。こちらから弾圧を誘い込むようなことをしてはいけません。お互いに疲れますし。

 ということで、2017年も宜しく御願いいたします。

 

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