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2016年12月21日 (水)

忙しい年末の中で(16年12月21日)

 昨日、今日と飲む機会が続いた。自分は自宅では全く飲まない。お付き合いで少々飲む程度。沖縄に来て3年余りが経ったが、連ちゃんで飲む機会は殆どなかった。飲んだらブログ書けないですから。

 一昨日東京からお見えになったSさんから『オキナワ島嶼戦争』(小西誠著)をいただいた。小西誠さんが与那国島や宮古島を見て、考えて書かれたものだ。大いに参考にさせていただきたい。

 私に対する激励は、その本ばかりでなかった。素敵な辺野古ブルーばりの青系の色のかりゆしが1着、同封されていた。驚いた。感謝・感激。

 自分は、何着かのかりゆしをもっているのだが、沖縄に来て以来、なかなかこれらを着る機会がない。宝の持ち腐れ状態であり、誠に残念だ。気分転換には、ちょっとしたオシャレも必要だろう。これはきっと、早く闘いに決着をつけたいねというメッセージでもあるだろう。

 長期展望はともかく、東京での報告会などで着る機会があればと思う。重ねて感謝いたします。

 明日はいよいよ北部訓練場返還式。米国には高江オスプレイパッドをおつくりしました、次は辺野古新基地をおつくり致しますだ、であり、国民向けのメッセージは、沖縄の負担軽減を進めていますよ、とごまかして、益々沖縄を日本国から切り捨てていくメッセージだ。形ばかりの返還がもたらす地域の苦悩はどれほどか。演習場は過半に減ったとしても米軍・自衛隊の練習密度が高まることは必至だ。私達は殺戮のために貢献したくない。殺戮のための過激な演習によって、私達は殺されたくないものだ。

 ねばり強く頑張るためには、一人ひとりの地道な努力が欠かせない。凶があれば吉もあると信じたい。基地はいくらでもある、という悪い冗談を何としてもやめさせたい。こちらは真顔で言っているのだ。あぁ、無情。私は、ジャン・バルジャンじゃないからね。

 未だ酔いがさめないようだ。

 

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