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2016年12月

2016年12月31日 (土)

文化座の「命どぅ宝」のチケットが届いた。

 先日、「命どぅ宝」のチケットを同座の女優、有賀ひろみさんに御願いした。先日「ご希望の日の席は完売してしまい、申し訳ない」との留守録が入っていた。続いて、「取れました」とあって、ほっとしたのだった。

 今日届いていたので、チケットの席を見たら、何と最高の席。これは招待者扱いしていただいたのだろう。感謝感激ものだ。ありがとうございます。

 この劇を作るために、座長の佐々木愛さんをはじめ、何人かが、何回か、辺野古のテントにもお出でになっており、お話もしているので、厚遇していただいたのだろう。

 ということで宣伝しないといけない。この「命どぅ宝」は伊江島の阿波根昌鴻さんと那覇市長にもなった不屈の男、瀬長亀次郎さんのお話。彼らの50年代の島ぐるみ闘争の中での活躍を描いている。このお二人を主人公とする話ときいていたが、丁度今日届いたある機関紙の文化欄に、脚本家の杉浦久幸氏へのインタビュー記事が載っていた。なるほどだ。

 佐々木愛さんのコメントに寄れば、沖縄の人人が座り込むところに希望と誇りを感じるとあります(チラシ参照)。今に通じる問題をどう描いているのか、今から楽しみにしています。

 有賀さんからのお手紙では、たち稽古が始まったらしいので、ラストスパートに向かって居るのだろう。大いに期待したい。

 なお日時は2月2日から12日。2日19時、3日14時、5日から7日の14時、7日と8日の19時、9日~12日の14時。10日の19時。開場は開演の30分前。

 東京芸術劇場シアターウエスト(池袋西口)

 チケットは劇団文化座へ。03(3828)2216 チケットぴあ 0570(02)9999 (pコード 455-474)

料金:5500円。Uシート4000円(19時のみ。格安料金)高校生以下3000円。

「命どぅ宝」劇団文化座創立75周年記念第1段 作:杉浦久幸、演出:鵜山仁

後援:琉球新報社、沖縄タイムス社、

協力:不屈館、ヌチドゥタカラの家 

うぉ! びっくりした。(16年12月31日)

 先ほど帰宅しようとしたら、突然、何やらが私の家のドアをめがけて、いや明かりをめがけて、飛んで来た。20センチ余りの茶色の物体。私に気づいて、反転して森の中に消えた。何せ、ほぼ1mの至近距離。うぉ!て感じ。

 冷静に考えれば、リュウキュウコノハズクだろう。大きさと色具合と飛び方からして。それにしても蛾じゃないんだから、明るいところに突っ込んでくるな。もう一瞬私が遅ければ、彼(彼女)が何をしようとしたのか、見ることができたのに、残念だ。もしかしてヤモリが壁にはっていて、これを捕まえようとしたのかもしれないな。ここいらはヤモリの生息地だから。自分が悪いことをしたのかもしれない。そうだとすれば、逆にヤモリにとっては、私は命の恩人?

 ついでに書いておきますが、オリイオオコウモリは冬になると見かけなくなる。どこに行くのだろうか。不思議でならない。食性は植物質の果物などなので、これを求めてどこかに移動しているのか、もしや、冬眠しているのか。冬眠といわないまでも、そうっと動かないのか。これは、沖縄の謎のひとつだ。

2016年大晦日を迎えて

 2016年もラストの1日になりました。皆様はいかがお過ごしでしょうか。少しは気も身も休められる正月を迎えたいですね。

 いつも怒っていたり、いつも不安に思いながらの生活は苦しいです。そしていつもやるべきことに追われ、その10分の1もできない。焦るばかりです。

 今朝の沖縄タイムスの1面は「飲酒運転緩い基準」です。よくみれば、在日米軍基地内の基準のこと。16年4月まで日本国国内法と差があったらしい。酒気帯び(0.15~0.25)は、国内法免停90日が嘉手納基地は何と免停12時間だった(16年4月まで)。これが7月以降、免停60日に。基準が基地ごとにちがうのも、えっ!と思う。酒気帯び(0.25から)は国内法では免許取り消し、欠格2年だが、嘉手納では免停6ヶ月。在日米軍は16年4月以降、酒気帯びを免停60日に統一したらしいが、これでも差がある。

 こうした基準は、日本の道路を走る際のものだ。いくら基地が広くても、自由に基地の中と外を走り回れる米兵は、緩い基準を常識に走っているのだろう。それで事故を起こされる側はたまったものじゃない。時々高速道や国道を逆送して事故を起こしているが、さもありなんだ。

 国内法に従わさせなければなるまい。いつまでも(毎日のようにある)米兵の交通事故の被害者になるのでは、かなわない。

 ところで沖縄県警(日本の警察)は、米兵を交通違反で停めた場合、如何なる権限と基準で取り締まっているのだろう。基本を知りたい。米国免許の権限は司令官にあるのだろうが、日本の警察が現場で取り締まっても、免停等の権限はないわけで、米軍憲兵隊に引き渡すだけなのか。私が車を運転しないからこれまで余り興味がなかったが、一度確認しておきたい。

 また、同紙の23面にはオスプレイの飛行が演習場の中か外かの認識の違いが改めて浮き彫りにされている。宜野座村であった夜間の吊り下げ訓練の際の話。米軍は中だといい、日本国・沖縄防局も中だと口をそろえる。いやいやあのとき住民と確認したはずなのに防衛局は言いよどむ。

 29日の辺野古でもオスプレイは平然と外を飛んでいた。海から豊原方面に入り、シュワブの演習場へ、そこから辺野古の街の上を抜けて、辺野古川河口の上をまたいで豊原へ。明らかに民地の頭上(低空)を通過。これが沖縄の日常です。

 これが飛行場から演習場に向かう間の民地ならばやむおえないと千歩譲ったとしても、わざわざ演習場の内外で飛び回っているのだ。

 米軍はオスプレイが墜落した6日後に飛行を再開した。そして新年明けて早々から空中給油の訓練も再開するそうだ。冗談じゃない。せめて事故原因を明らかにしてくれ。

 そして17年1月5日からこの国は新基地建設を本格化させて来るだろう。また、厳しい対応が迫られる。がんばろう。

今、沖縄から問いかけたいこと-2017年2月

◎拡散にご協力ください。

「今、沖縄から問いかけたいこと-2017年2月」  

       (ヤマヒデのスライド&トーク)

 

 当ブログをお読みになっている皆様は、沖縄が置かれている現状の概況をご承知のことと思います。ヤマヒデこと山本英夫は1989年から基地の島沖縄を訪ね取材を重ねてきました。そして2013年10月沖縄島の名護市に居を移しました。また、私が社会運動なるものを始め、今年17年は50年の節目でもあります。

 私は辺野古テント村を基点にしながら、沖縄内外の各地を巡り、現場撮影(自然写真、報道写真)、来訪者への歴史と現状の説明、ゆんたく、座り込みを重ね、他方で東京などでのスライド&トーク、写真展示などをやらせていただいてきました。

 しかし、この国(安倍政治)は、沖縄の民意を平然と踏みにじりながら、沖縄に基地を集中させ続け、米国の手下としての対テロ戦争に参戦する国へと、飛躍(凋落)しようとしています。16年7月11日未明から始まった高江でのオスプレイパッドの建設強行、16年12月27日から再開された辺野古・大浦湾の新基地建設の強行。安倍政権は、これに「沖縄の負担軽減」を掲げるという皮肉を示しながら、強権的なやりかたで押し進め、沖縄と「日本」(沖縄以外の46都道府県)を分断しながら強行しているのです。

 こうした事態は、決して沖縄の問題に留まりません。今この国は「中国脅威論」煽りながら、琉球諸島に基地を構えて盾と槍を突き刺し、日本国全体の軍事力強化を狙っています。与那国島・石垣島・宮古島・沖縄島・奄美大島・馬毛島、そして日本全体(東京の横田基地、千葉の木更津基地等も)に連なる軍事力のネットワーク。軍事産業の強化。

 にもかかわらず、沖縄から日本を見る限り、絶望的な気配が濃厚です。全く戦争に対するリアリティがなく、差別的な偏見に囚われ、多くの人々が安倍政治に無関心のままです。

 この国は、71年前の「大日本帝国」が「神の国」を守ろうと、沖縄住民を巻き込んだ絶望的な戦争を強行し、凡そ4分の1の住民を死に追いやったのです。当時「鬼畜米英」と叫んでいた国・国民は、敗戦を迎えると、一転、米国のお気に召すままにひっくり返り、日米安保体制(日米地位協定)の下で、沖縄を切捨て、縛り上げ、米軍の軍事行動の自由を保障してきたのです。一体、この国は「独立国」? 米国の属国ではありませんか。
 このまま多くの人々が無関心の中に居続けるならば、私たちの未来は暗すぎます。米国の現在から未来も暗澹たるもの。世界中で、テロと難民を生み出し続け、混沌を拡大するほか術がない。こうした米国の後を走る日本。このどこが「希望の同盟」なのでしょうか。

 私は、沖縄から見得る地平を明らかにし、基本的人権、地域自治(自治権)、民主主義、何よりも主権者としての行動の意義を掴みなおします。沖縄は今後も闘い続けざるをえないのでしょうが、沖縄だけに担がされていることじたいが明らかに公正ではありません。

 私たち、一人ひとりは、微力ですが、無力ではありません。絶望を超えて、生きる希望を諦めない。命どぅ宝の社会を作り出せるのは、今しかありません。私たちに時間はもはや残されていません。

(山本英夫:フォトグラファー。ブログ「ヤマヒデの沖縄便り」にて日々発信中)

「事務要領」:2017年2月2日(木)~5日(日)。

Ⅰ:企画のお願い

 上記の内容で(ご注文があれば事前にご相談ください)、報告と討論をしたいと思います。時間は90分から2時間余り。集会を企画し、多くの人の参加を呼びかけてください。

Ⅱ:日時 

 ①2月2日 夜  静岡県袋井市 デンマーク牧場 まきばの家(決定)

 ②2月3日 夜  未定

 ③2月4日 午後 未定

 ④2月4日 夜  未定

Ⅲ:費用

 一回、15000円+交通費。交通費は往復の飛行機代。バス代、電車代。運賃総額を回数で割ります。計 約3万円。

Ⅳ:お申し込み

 メールで、先着順。pzyamahide@lemon.plala.or.jp

お名前、団体名、連絡先住所、電話、メールアドレス、企画意図をお知らせください。

決まり次第、当ブログに掲載します。

「17.pdf」をダウンロード




2016年12月30日 (金)

今夜は呑み会に行っていた(16年12月29日)

 今夜はお食事・呑み会に行っていた。なんと0時過ぎに帰宅。私的なものを報告できないが、たまには(12月に入って3回目)いいものだ。普段、お互いの人間を知らなさ過ぎるし、お互いを誤解していたり、一知半解な理解に終わっているのだから。これからの厳しい闘いが控えている中で、お互いを知る重要さを思う。

 そんなわけで、28日、29日のことを書けていない。また書かねばならないことも多数ある。

 それにしても稲田防衛相って、相当の愚図だな。米国・真珠湾で「和解」と言った舌の根も乾かぬうちの靖国参拝。当事戦った敵は米軍などの連合軍だ。軍神を祭る靖国に行って、何してきたのか。真珠湾で死んだ大日本帝国の兵士達を追悼したつもりかもしれないが、これは「和解」とは真逆のことだ。要は形ばかりの「和解」に過ぎないということだ。軍神とは神としての天皇の赤子として、「鬼畜米英」を殲滅するために死んだことを美化するものだからだ。情けない国だ。

 そもそも今回の米国との「和解」は、昨年の12月28日に行った日韓会談での「慰安婦問題への決着」をつけてこそ、「日米合意」に到ったはずだ。しかし慰安婦問題に取り組んでいる韓日の市民は、多くがこれを了としていない。この稲田の靖国参拝で、韓国政府も改めて苦言を呈するだろう。韓国市民の対日不信はますます大きくなるだろう。

 沖縄も「和解」と「参拝」の内側に緊迫されており、これを打破しなければならない。私なりに論点を整理していきたい。

 

2016年12月29日 (木)

県外の機動隊、沖縄から帰る

 16年12月29日9時頃、国道329号線を走行中、千葉県警の車両約10台とすれ違いました。また同じく本日13時過ぎ、国道329号にて今度は大阪府警の機動隊車両多数とすれ違いました。彼らの向かう方向は本部港と思われます。

 昨年と比べて遅い帰還ですが、もう来なくていいぞ。否、来るな!年末年始の警備に駆り出されるのでしょうが、それぞれ地元で働け!沖縄は君等の来るべきところではない。

2017年新年に向けて思うこと(メモランダム)

 安倍首相がハワイで「和解の力」などど自己満足に浸っている。この国の構図は悲しすぎる。

 この国の歴史の中で、「勝てば官軍、負ければ賊軍」と言われてきたが、強いもの勝ちなのだ。「和解の力」でなく、米国・米軍に完敗したから、にもかかわらず、天皇を助けていただいたから、米国にひれ伏してきただけのくせに。

 戦後71年、2年、一貫して、反省のない国。因みに和解するためには過去の歩みを正面から見つめ、反省することが不可避なのだ。日本の戦後は、アジア侵略を忘却の彼方に置き忘れ(特に朝鮮半島の問題を無視)、沖縄を切り捨てることから出発した恥ずべき日本。

 私達はこのことに余りにも無頓着すぎたのだ。私は1989年に沖縄の現実の一端に気付き、改めて沖縄から学んできたが、私達(「日本人」)は、時間的に言えば、45年から52年の7年間の歴史をどこかに忘れてしまい(私は51年生まれ)、ご都合主義もいいところだが、さらに72年の沖縄返還まで、沖縄のことなど知らん振りしてきたのだ。そして未だに、「負担軽減」に騙されている多くの「国民」。

 米国と「和解」して、さらに力こそ正義だとやりたい安倍。みえみえだ。スーツの下に軍服を着て、ほくそ笑む。気持ち悪い。

 17年にはまた大災害がおきるのではないか。南スーダンでは自衛隊が人を殺し、殺される事態になるだろう。中東の大混乱は収まらないだろう。世界は破滅に向かってごろごろと滑り出しているのだ。どうするのだ。無関心でいれば、過ぎ去ってくれるのではない。より厳しい形で私たちにも襲い掛かってくることだ。

 私は、「力こそ正義」だという上面だけの「正義」論を超えなければ、お話にならないと思う。

 先日(16年12月25日)、辺野古テントで私の話を聞いた人たちから嬉しい反響をいただいた。「学べました」と。当日ガイドしてきた人から、その一端をコメント欄にいただいた。また、別の女性グループもその場で感謝のメモを下さった。

 まだまだ、日本にも話せば分かる人たちはいるのだ。一人ひとりは非力でも無力じゃない、このことを来年、より大きく伝えていきたい。

 2016年の私的総括はなかなか大変だ。あと3日でやれるのか、ヤマヒデ。

 

2016年12月28日 (水)

フー、疲れた(16年12月28日)

 今日も海に出た。詳細は後になりますが、特になし。いくら沖縄防衛局でも、年末年始を挟んだ日に本格的な工事はやらない、やれない。私は午前中で終わりにしたかったのだが、しつこい人が居て、午後もやると頑張られれば、致し方ない。お陰で終わったのは、16時過ぎにテント村に戻ることに。

 来年は1月4日から始まるだろう。いよいよ本チャンです。新年は連れに会い、温泉に行くなど、じっくりリフレッシュしたいもの。

 来年の2月2日からの東京近辺でのヤマヒデの沖縄報告会も2月2日が決まったので、後、2月3日夜と4日午後、4日夜の3回のみ。お早目にオファーください。詳細を年内にあげておきます。

 話が前後しますが、沖縄の海も寒くなってきた。手袋とか、小物が居る。膝が痛くなるので、サポーターも欲しい。もっとも私は2月の北海道で、陸上自衛隊のイラク派兵に抗議する船に乗ったことがありますが、これはすごかった。海水が船に付着すると凍り付いていた。こういう経験は一生に一度でいいです。

いよいよ始まる緊張の中で(16年12月27日)

2016年12月27日 曇後雨後晴れ間出る。

今日からキャンプシュワブ前でのゲート前行動が始まる(6時30分~)。

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まだ真っ暗だ。第1ゲート前。6時28分。

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暗い中に人が集まってきている。6時31分。

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作業ゲートの上に月が可愛らしい。6時35分。

6時50分~集会開始。

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明るくなってきた。久々のここでの集会。工事阻止に気合が入る。7時1分。

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赤嶺政賢衆議院議員。糸数慶子参議院議員も発言した。

6時50分段階で、170名が参加。私は海へ。

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移動途中。7時20分。

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朝日がシュワブの建築棟の脇から出た。いよいよ私たちの現場での闘いがまた始まるのだ。

出港、8時15分頃。まず海保の浜へ。

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いたいた。今日は海保GB9隻のお出ましだ。全員海猿(対テロ訓練をつんでいる)だ。8時38分、

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丁度カヌーチームが辺野古崎を越えてやってきた。8時38分。

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海保の浜には軍警、軍の基地管理者(?)もやってきた。(黒塗りの車。その左の男)

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カヌーチーム。10数名。8時39分。

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正面に来た海保。8時45分。

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対峙。8時47分。また、こんな光景を撮らなければならないのか。

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上に居るのが防衛局職員。高見の見物してんじゃない。

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海況が悪くなってくるからと忠告にきた。確かに。9時3分。

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波が出てくるし雨が降る。工事の兆候もないので引き揚げる。カヌーチームは平島で待機。我が方は港で待機。

10時30分私達は海から上がる。

テントに戻る。

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浜のフェンスをテントから。14時12分。

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漁港にNHKがきていた。14時15分。取材ヘリが舞う。

14時、沖縄防衛局は工事再開と報道。草取りから。

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シュワブの上に虹が出た。14時39分。

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決して負けないぞ。14時40分。

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この空は、海は、陸は、沖縄のものだ。必ず取りもどす。

映画「ザ・おもいやり」のバークレー監督ご一行が新作の取材に来ていた。

気合の入っている安次富浩ヘリ基地反対協議会代表は説明にも力が篭っていた。思わず撮影。15時32分。沖縄の旅のご一行様に。

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手短かだったが、しっかりとしゃべる。

12月27日午後、工事は海保の浜で事前準備が進んだようだ。いよいよだ。がんばろう。


























2016年12月27日 (火)

本物のオスプレイ(ミサゴ)は墜落しないし、不時着もしない

静かなオスプレイはミサゴのこと。あの評判の悪い煩いオスプレイはニセモノ。本物のオスプレイが怒ってお手本を示してくれた。

 2016年12月27日13時47分~48分。辺野古川河口。撮影:山本英夫(無断転載は硬くお断りします)

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上空を舞う。

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餌を探している。

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あ、あそこ。

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垂直に降りる。

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やや体勢を上げて。

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横に。

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突っ込んだ。

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掴んでいる。

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よし。

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持ち去る。

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ほんものは、かっちょいいな。














年の瀬を迎えて(16年12月27日)

 昨夜からの睡眠時間4時間。今朝は早朝に起きたので、とても朝食を食べられなかった。今日から始まった早朝行動(6時30分~)に参加。それから大浦湾に出た。

 年の瀬だというのに、今年は全く大掃除などできるめどが立たず。1年間の総括も書けそうにない。どうしよう。

 従来のやり方では対応できないことは、明きらかだ。時代が悪くなりすぎている。ただ、ここまでくると、分かる人には分かるほどに亀裂が入っている。だがしかしまだまだ何も分からない、感じていない、自分と社会の間のズレに気がつかない人が多すぎるのだ。

 だとすると私達はただ怒ってもしかたがない。人に気付きをもたらさなければならない。問い掛ける流儀を磨かないとダメだろう。人間は誰しも生物的、歴史的、社会的存在なのだ。この3つの枠組みから、問い掛けたい。最もすべての人が、このことに気がつくかといえば、それは無理だろう。賢くなるためには、自分流が必要なのだが、こうした発想が余りにも弱い。ただ独断専行でも困るのだが。

 それにしても考える時間がない。考えて考えて、考え出さなければならないのに。読んで読んで読みつくさなければならない。議論して議論して考え出さなければならない。

 来年は実践が上滑りにならないように、全力を尽くしたい。

 さて、シャワーを浴びて、メシをつくろう。

いよいよだな(16年12月26日)

2016年12月26日晴れ。暖かい。監視船アリ。

今朝は船団もカヌーチームも久しぶりに集結。

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平島に向かうカヌーチーム、辺野古ブルー。正面の島は長島。お間違いなく。9時34分。

今日はマリンセキュリティの船が少なかったようだ。その分、海保が前に出ていたらしい。海上での工事はまだなく、カヌーチームは練習に励んでいた。

今日も辺野古テントへの来訪者は多かった。私も何回か話した。いよいよ明日から海上での闘いも始まりますと。

偶然、2団体が同時に来られた。15分コースを聞いていただいた。質問が出た。皆さんはどうして折れないでやってこれたのですか?と。否、何度も折れています。ただ仲間たちがいるからこそ、こうしておいでになる人々がいるからこそ、全国的に支えられているからこそ、歴史的な体験を聞かされているからこそ、踏みとどまり、必ず勝つと信じていられるのです。皆さんと手を取り合って頑張りましょう、と私は答えた。

これはほんとうにそうなのだ。これは偶然だが、帰宅したら、お二人からお手紙が届いていた。一人は静岡県袋井市のT先生、そして、横浜市のS様。お二人とも私の報告会を主催していただいた。文面には暖かい励ましの言葉が記されていた。

金も暴力も組織力もない私達が、国家権力に抗しぬくためには、ひとりひとりが人の環になり、信頼しあう以外ないのではないか。

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自分は、自分が話しているときは撮れないので、ついつい他人が話しているときを撮る。これは、教会関係者に話しているK先生。彼は10年余り沖縄・辺野古に通い続け、様々な形で支えてきた。13時29分。

ゲート前からの電話で今日の作業車の様子が伝えられてきた。ミキサー車26台が中に入ったと。作業は公然と始まったのだ。明日から海上でも始まるのだろう。覚悟して取り組もう。

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では動きを確認しようと外に出たら、やっていた。これはオイルフェンス。15時8分。

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左から右に動かしている。彼らは準備を怠っていなかったのだが、こうして最終調整中なのだろう。15時15分。

いよいよ明日からだ。ただ年末年始の休みに入るだろう。だから、27,28と形式的にやって、本格的には年明けからだ。

明日27日早朝からゲート前行動が始まる。海上も出る。共にがんばろう。

2016年12月26日 (月)

クリスマスの日、大忙し(16年12月25日)

 2016年12月25日晴れ。暖かい。監視船あり。

 今日は日曜日だが、年末で(冬休み)予約の来訪者も多く、相当賑わいそうだ。なので、私が辺野古テント村の人たちに用意したクリスマスケーキを早めに分けて食べた。

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名護市内のお菓子屋さんのケーキ。予想以上に美味しかった。カットはYさん(映画「ザ・思いやり」に出ている)に御願いした。感謝します。

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外は気持ちのいい青空、つうか雲が織り成す光が素晴らしい。8時32分。

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同時に一緒に食べる余裕がないので食べれる人から、いただきます。

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再度、光と雲と海と。8時59分。

そうこうしているうちに来訪者のグループが続々とおいでになりました。私は最初の教職員組合3団体を続けて担当。何れも10分ほどでと言われた。あのぅ、10分では入り口で終わりになりますが、よろしいですか? 考えだすきっかけになればということで、思い切ったイントロ。

この目の前が辺野古川河口であり、当初の案はこの沖合い。ごらんの通り、ここは海が残っています、から始める。この国は何故「辺野古が唯一」と言い、ここに執着しているのか、何故だと問い掛ける。そして、辺野古・沖縄、日本、皆さん、子ども達の将来、すべてが繋がっているのです、と説く。教育労働者の宿命は厳しい。子ども達を将来的に戦争に送り出すのか、抵抗して抵抗して、新たな地平を切り開けるのか、もはや戦争に大きく舵を切ったこの国に対して、沖縄と皆さんは大いに共通点をもっている。共に頑張りましょう。

短時間しか聞かないという集団は余り熱心に聞いてくれない人が多いものだが、この皆さん(若い人が多い)はしっかりと聞いてくださった。質問も出て、なかなかいい感じ。なかには個人的に話し込んできた人もいて、彼らとゆんたく。若い教員だが、若い分、ナイーブで、疑問を問い掛けてくる。私は生きかたに係わることまで全部答えられるわけもないが、自分流の哲学を披露する。社会の中で生きている中での拘り、矛盾、衝撃などをきちんと見つめることからしか始まらないと。案外納得してくれたようだ。もっとワンツーマンで対応できる時間のある日ならば良かったのだが。

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こちらは確か学生のグループ。仲村善幸名護市議が珍しく話したので、撮影。

日曜日のカヌー教室も盛況。16名だと。すぐにもまた海上行動が始まるから。

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テントで休憩を挟んで、カヌーの練習生が再び出て行った。テント前。11時28分。

昼から午後にかけても人の波が止まらない。やはり、30分、40分話すと、目からうろこのようになる人が少なくない。また相手が少人数だと、質問・議論になっていい。自分も疲れを忘れる。少しでも沖縄が置かれている現実を身近に感じ取っていただければありがたい。16時までこんなで、ぐったり。

午後、Y船長とマグロさんが平和丸(1号)で海案内。やや揺れて、濡れまくったようだ。汀間~辺野古の2往復。ご苦労様。

私は帰宅して20時に寝てしまいました。2連続で睡眠時間を削っていたから。ほんとにぐったり。
 

墜落後11日目の安部ギミ崎に行った1日(16年12月24日)

2016年12月24日 晴れ。監視船あり。マリンセキュリティもいる。

 朝、辺野古テント村に行くと、今日は安部(あぶ)に行こう、「行け」とのお達し。この発信源がMさんらしいので、行くしかあるまいと、私は決意する。安部は、12月13日夜にオスプレイが墜落した場所。米軍は原因究明もしないまま、多くの反対、怒りの声を無視して19日からオスプレイの飛行を再開している。12月23日、沖縄防衛局が水質調査などを行なった。海上保安庁も現地調査していたとの報が入ってきている。

 だが、まだまだ残骸の破片が散らばっているらしい。墜落地点の岩が割れて、潮流が変わっていると。これは、海で暮らしている人にとってはただごとではない。

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改めて、安部の浜。今最干潮。8時56分。ギミ崎の先まで岩場が出ている。あそこに落ちたのだ。

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砂浜を歩けば、黒い小片があちこちに漂着している。これらも残骸の破片。9時2分。

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このあたりが14日から19日まで米軍・警察に立ち入りを規制されていた場所。奥の島は安部オール島。その右奥が大浦湾。9時7分。

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岩場に入ると、美しいのだ。9時17分。

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こうした岩場を行く。9時19分。

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現地に着いた。一見何もなくなっている。9時24分。

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ここの海。ところどころに岩が突き出ている。お二人がカヌーで浜から来ていた。9時29分。

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こんな海。赤茶にみえるのはさんご。9時33分。

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こんな小片があちこちにおちている。9時36分。

小片を掴んだSさんが「イテイテ」と喚く。指にこの繊維が刺さったようだ。オスプレイの棘。

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私はカヌーに乗って。Mさんに引いてもらう。9時53分。

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海の上、カヌーから撮影。岩場を見る。きれいなのになぁ。9時53分。

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この岩の白くなっている部分にガツンと落ちた。海の下の白さもそのとき磨れたため。9時54分。

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ビスのような部品が落ちていた。Mさん。9時56分。

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ほんの少々引き揚げた。9時59分。無数の如く落ちている。

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海の中の状況を新聞記者に説明する。

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さんごが魚が棲む海にオスプレイが落ちている。右の灰色の小片。10時4分。

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こうしたものが危険なのだ。刺さる。米軍は後始末しろ。日本政府は後始末させろ。責任を取れ。10時6分。

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小さなカラフルな魚がいます。魚たちはオスプレイ騒ぎにさぞかしびっくりしただろう。殺されもしただろう。10時7分。

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安部の浜(集落はこの裏手)から現場方面を眺める。10時27分。

一体こんな残骸の小片をどうするのか。この国は無視するのだろう。決して許されないことだ。海を、浜や岩場を汚し、危険物を置き去りにするなんて。海流に流されても居るから、海で漁をする網にかかるだろうし、真違って魚やカメが食べたら死ぬだろう(殺される)。人間の海遊びにも危険だ。此処の海で暮らしている人たちがいることを、この国は自覚しなければならない。安倍さん、分かっているか!

昼頃、辺野古テントに戻る。皆さんに報告。

その頃、キャンプ・シュワブの工事ゲートから20トントラック2台が入ったと。何だろ。

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やはりクレーンが動いている。13時42分。この下でフロート等の設置準備を行なっているのだろう。漁港の護岸から撮影。

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近くにツワブキが咲いている。13時45分。

























2016年12月25日 (日)

昨日、今日(16年12月25日)

 昨夜は、外食にした。帰りに聖公会の教会から鐘がなっていた。2階の部屋をのぞいたら、人が見えた。自分はクリスマスケーキを買って来た。今日テントで仲間たちと食べようと。ささやかな楽しみがあっても、いいでしょう。

 昨晩、2月にまた講演会やりたいと書いたら、早速反応をいただいた。未だ決まりじゃないが、これこそクリスマスプレゼントだと、嬉しくなった。2016年はいろいろなことがあった。何しろ自分がぱくられたし。それも東京で。昨日は初めてカヌーをまたいだし。

 昨日、伊藤光晴さんの「ガルブレイスーアメリカ資本主義との格闘」を読了。私は学生時代にガルブレイスの「豊かな社会」や「新しい産業国家」を読んだが、こうして彼の経済思想史を読みなおすと、いかに自分が不勉強だったのかと恥じ入るばかり。従来の通念を見直して現代の課題にアクチュアルに迫る。なかなかできることじゃない。近代経済学といわれていたが(当時はマルクス経済学がまだまだ元気だった時代)、ガルブレイスらの現実との格闘は、もっともっと見つめておかなければならないものだったようだ。

 アクチュアルに迫る。私たちだって、これだ。反対だけじゃダメなのだ。対案を出すという発想じゃない。反対の先を見通す、力わざと、知的展望、人と人のつながり方だ。

 いつまでも戦争の準備して、戦争をやって、儲ける、なんてせこすぎる。愚の骨頂なのだ。こんな流れに無関心だとすれば、「人類は終わる」といつも言ってる。既に人類はヒロシマとナガサキ、スリーマイルとチェルノブイリ、それにフクシマまでやってしまったのだ。少しは懲りてくれよ。御願いだから。

 人間はオバカだから、なかなか懲りない。全く懲りないやつらを政権につけておく、日本。情けない。最高裁じゃなくて、サイテイサイもある。オスプレイを首相専用機にという名案がだされている。これは私も思いつかなかったグッドアイデアだ。

 オスプレイの破片が周囲の海に散乱している。拡散している。これは厄介な代物だ。何故か。危険物だから。触れば棘が刺さる。オスプレイが刺さるのだ。そして軍事機密に包まれているからだ。へたをすれば、特定秘密法で御用だぞ。

 私達はこんな年末プレゼントはいらない。冗談じゃない。日本政府には、社会的責任はないのか。

白昼にバナーが全部取られた!(16年12月23日)

2016年12月23日 晴れ。監視船あり。

昨日の今日で、私は調子が今ひとつ。休みたい気分。

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何だと思います? わからない? 拾ってきたので分かりにくいでしょうね。オオハマボウの花が落ちたもの。こうしてしぼんでしまうとヘンですが、赤の紋が妙に美しい。一種の美学かな。

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マナヌ岩。波が高い。このあたりにサンゴ礁広がっている。14時11分。

今日は静かだなと思っていた。が、やられた!

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フェンスに50枚近くあったバナーが全部なくなっていた。14時~14時30分ぐらいの間。14時30分。

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14時36分。紐は残っている。幕だけ外されたようだ。

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誰がやったのだろう。米軍。それとも右翼。ミステリアスだ。14時38分。

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こちらは2枚分が剥がされた跡。14時40分。私達は挫けない。

このあと、20名ぐらいの来訪者が来た。中に古い友人が居た。此処で会うとは思っていなかったそうだ。旧交を暖める時間は全くなかったが、お互いに元気な姿を確認できたから、それだけで良かったことにする。

時間が前後するが、千葉から来た学生が居た。彼は卒論に沖縄の基地問題を書きたいと。その割りに15分しかいなかったので、これから度々きてくださいと行っておいた。

彼が問うた。今沖縄で何が足りないのかと。私が答えた。「ひとりひとりが自分に問いかけること」だ。「これでいいのか、どうしたいのか、どうしたくないのか」と。この答えは私の意見。この答えは「沖縄が」じゃない、「一人ひとりが」だ。ひとりひとりが気付かなければ、誰も救ってなどくれない。自分は微力だが、ひとりひとりが動き出し、繋がっていくことだ。この先に展望が見えてくるだろう。決してあきらめてはいけない。あきらめない。

私達は名護市長を変えて来たし、沖縄県知事まで変えてきたのだ。すごいことだ。

最高裁の判決批判(要旨)

 16年12月20日、最高裁は、福岡高裁那覇支部の地方自治法251条7の第1項の規定に基づく不作為の違法確認請求訴訟について、16年9月16日の判決に対して、上告人(沖縄県知事)から上告があったとしながら、県知事の上告理由を逐一検討することもなく、高裁判決を支持している(論旨は不採用)。

 全文が12ページに過ぎないものであり、前知事の承認時に遡って、埋立て承認を可としている。ここでは、普天間基地の危険除去が必要であり、普天間から辺野古は面積が減り、沖縄の負担軽減になると断じている。また、前知事仲井真の判断に違法性がなければ、其れをとり消すことはできないと、翁長知事の上告理由(判断)をすべて切り捨てているのだ。

 こうした政治的な判決に私が言うことは何もない。3権分立がどうのこうののレベルではない。裁判という仕組みそのものが、機能不全に陥っているのではないか。国にしか目を向けない裁判では、県知事が主張した地方自治や住民の基本的人権、沖縄発の民主主義などが通るわけがない。

 だからこそ、翁長知事は、12月22日に行なわれた北部訓練場の部分返還式展を欠席し、オール沖縄会議主催の「欠陥機オスプレイ撤去を求める緊急抗議集会」に参加を決断したのだろう。改めて市民と共に、なったはずであり、もはや市民と共にやるしかないのだ。

 12月22日夜の同集会は、会場一杯の4200名が参加して、熱気溢れるものになった。翁長知事も参加して、檄を飛ばした。拍手と指笛が会場一杯に響き渡ったのだ。

2016年12月24日 (土)

予定は未定の1日(16年12月24日)

 予定は未定の1日だった。朝、辺野古テントに行くと、ある「命令」が。オスプレイが落ちた現場周辺は、まだまだ残骸が多数あり、危険だという。この現状を記録せよと。現地のある人から連絡を受けたらしい彼は、困惑しながらも、「お前やってくれ」と。

 昨夜中に連絡してもらえれば、水中カメラもってきたのだが、致し方ない。カヌーに乗って海の上から撮れと。実は私はカヌーに乗ったことがない。規制線が解除になったギミ崎は美しい。しかしよくみれば、異様な黒い破片が散在している。岩場を行けば、灰色のぺらぺらもあちこちにある。何が片付けた、のだろうか。証拠隠滅しただけじゃないか。

 そのうち、Sさんが騒ぎ出す。指に刺さったと。破片を持ち上げた瞬間に、特殊な合成樹脂と思われるものが突きささったのだ。「オスプレイに刺されたのは俺だけだ」と言っていましたが、確かに鋭利。極細だが、硬い。一見危険物に見えない。こんなものが、5万とあるのだ(実際はいくつあるか分かりませんが、相当数だろう。細分化しても、決して分解しない、悪質な部品だ。

 こうした残存物をどうするのか? 安部区だけではなんともならないし、名護市、沖縄県が動かなければならない。基本的に事故を起こした米軍の責任だ。日米地位協定が米国の責任を放置してきたのだが、いつまでもそんなことを言わせてはならない。ここは日本国政府が動いて、地位協定を変えて、米国の責任を取らせなければならない。

 子供などが何も知らずに水遊びしていたり、海のスポーツをやったり、大人でも海遊びすることに明らかに脅威となる。オスプレイの墜落の問題は簡単には片付かない。私達は日米政府を逃がさない。

 なお、極細なので、軍手でも危険だろう。触るときは、ゴムの手袋をすること。近くの海岸で、見慣れないものには決して触らないことだ。

 因みに回収作業をやっていた海兵隊員が1名救急搬送されている。クラゲに刺されたということだが、ほんとうか?

 そんなわけで、クリスマスイブは、予定は未定のうちに過ぎていきました。

今日はクリスマスイブ

 おはようございます。今日はクリスマスイブ。那覇まで遊びに行こうかとも思いましたが、そんな場合じゃない。ブログも追いついていないし。

 ただ同じようなことばかりではおもしろくないので、キャンプ・シュワブのツリーを撮りに行きます。バックに兵舎を入れて。兵隊も入ればいいですね。合成写真とかでもいいか。デジカメの得意な分野だし。

 夜は、少々プリントしよう。たまにはやらないと忘れてしまう。

 昨晩はベニイモを噴かした。中はムラサキ。今後沖縄の自慢みたいなものを時々あげるつもり。沖縄を知っていただくには、柔らかい話も重要だから。

 日本文化は中国文化や朝鮮文化を抜きには語れないが、琉球文化の影響もある。日々の暮らしでは重なり和合しているのに、政治の場になると、非難の大合唱、殴り合いは、いただけない。無知をさらけだすだけ。暮らしの中から現在をみつめ、世界を見つめ、未来をみていきたい。

 私達は、愚劣な声に押されてはならない。流されてはならない。

北部訓練場の部分返還式典-県民無視を糾弾

 2016年12月22日、曇り後雨、時に大雨。今日は日本政府と在日米軍・米国関係者等による北部訓練場の部分返還記念式典が16時から名護市ブセナリゾートホテルで開催されるという。彼らは何を記念し、祝うのか、私たちには全く理解できない。否、彼らが口をあければついて出る「負担軽減」なるマジックワード。

 この北部訓練場に限ってみてみよう。場所は東村、国頭村、大宜味村にまたがる約8000ヘクタールの沖縄の中では最大のジャングル演習場。ここのほぼ半分を返すことになった。確かにめでたいか? 否、米軍が長らく使用不可として使っていなかった場所だ。だから何も仰々しく返すよといわれる筋合いはない。そもそもこのやんばるの森は、1957年に米軍に接収されたのだ。地元の入会林を。奪われた土地を「返していただいて、ありがとう」と言わされるのか。明らかにおかしなことだ。

 そのうえ、高江住民の会が主張してきたように、返す代わりに新たにヘリパッド6箇所を造るのが条件とされ、さらに159ヘクタールが米軍の提供地域になる。何故こんなことがおきるのか。米軍の演習場だからだ。演習場とは戦争の演習を日々行なっているわけだ。戦争は無人島では起こらない。人が居るところでおきる。だから演習場の近くに人が住んでいる場所が好都合なのだ。眼下に人家が見え、人の顔が見えることが。兵隊は黙って、軍事行動ができることが、平然と人家を破壊し人を殺せることが評価される集団だからだ。

 だから政府が言うように面積が減らされても、その周辺に住んでいる人人には、軍事演習場がもたらす危険が被害がより迫っていく。

 マヤカシの返還、負担軽減にだまされるわけにはいかないのだ。そしてこの「返還」の次は、辺野古の新基地建設に王手をかけることになり、さらにいえば、やんばる国立公園の動きにみられるように自然を破壊し、生態系を分断しながら、「国立公園」でございと、新たな利権をばら撒くネタが埋めこまれているのだ。もうふんだりけったりなのだ。

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ブセナリゾート前の交差点で抗議行動。13時35分。

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お坊さんも。13時41分。

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左は警視庁機動隊。13時43分。

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高江の怒りが渦巻いている。13時44分。

私は交差点をぐるぐるしながら撮影。いいポジションを探す。

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この機動隊員のうちなんちゅーを見る侮蔑的な目。身体で押しやり彼女の表現を押し潰そうとする。13時47分。ホテル入り口への通路で。

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ヤスさんが力強く歌う。13時55分。

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交差点に向けて高く掲げる。13時59分。

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風雨の中横断幕を掲げるYさん。みんな声を嗄らさんばかりに叫んでいた。14時7分。

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交差点の真ん中に機動隊指揮官車。警備が厳しくなってきた。14時34分。

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また、暴音の右翼が来た。2台。14時37分。

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高江の看板を設置した。機動隊が覆い隠すように前に立つ。14時42分。

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やんばるの森の全面返還を、オスプレイパッドの撤去を叫ぶ。耳を塞ぐ機動隊。14時52分。

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12月13日夜に落ちたオスプレイを掲げて抗議。14時53分。

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機動隊が交差点の中で構える中を、関係車両が入って行く。15時8分。

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なんとしてもこの思いを現実にしていくぞ。15時13分。

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平和市民連絡会のSさん。絶対に許さないの訴えだった。何人もの発言者のイデオロギーを超えた思いが印象的だった。15時8分。

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15時35分。

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要人が入って行く。許さんぞ!15時43分。

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入って行く。隣は警視庁だ。15時47分。

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機動隊の壁に向かって抗議。式典、やめろ!15時48分。

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少し離れて見ると。ワッショイの感じ。怒りが爆発だ。15時49分。

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抗議の中を入って行く車両。許さんぞ!

15時54分。

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瀬長県議のアピール。15時57分。

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怒りはやまない。悔しさもやまない。これからもがんばる。16時5分。

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威圧して、歩道に上がれだと。何しにきているのだ、沖縄まで。16時9分。

熱気渦巻く抗議行動を貫徹したのだった。みんな凄い。雨にも負けず、頑張った。

そして夜のオスプレイ事故抗議の集会へ。





















2016年12月23日 (金)

水陸両用装甲車が走る(16年12月22日)

20216年12月22日 曇(午前中) 監視船なし。風と波は高い。

今日は北部訓練場一部返還式があり、午後抗議の撮影に行くのだ。

手始めに気持ちをほぐす。

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テントの裏の道沿い。モミジヒルガオ。ススキとのコンビが意外とお似合い。

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辺野古川河口を跳ぶミサゴ。9時27分。

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9時過ぎから水陸両用装甲車が出てきた。浜に行くと。10時16分・

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観光客か。10時16分。

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食い入るように見ているな。10時17分。

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沖から戻ってきた装甲車。

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金網の中を走る。10時29分。

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上がってきた。10時31分。

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戻ってきた。どうも計8両のようだ。10時37分。

これが辺野古の現実であり、新基地ができれば、一層軍事演習は激しさをます。住民はすみにくくなり、危険が増える。軍事演習を見あきてはならないのだ。

演習は船の航路で行なわれていた。どうもマリンセキュリテイが出なかったのは、演習との兼ね合いかもしれない。

やっと少し落ち着いてきた(16年12月23日)

 12月13日の夜にオスプレイが墜落して以来、昨日まで全力で走ってきて、昨日の雨で、くったくたになって、ダウン気味。今朝は、普段走らないはずの時間にバスが通過したので焦った。よく考えたら今日は休日ダイヤか。慌て者してしまいました。

 そんなわけで、書くべきことが書けていない。そのうえ、昨日の雨でカメラ1台アウトっぽい。これは私の油断。沖縄の雨をなめてはいけないのだった。昨日は雨具をもっていなかったばかりか、帽子もなくて、殆ど濡れるに任せるしかなかった。目の上に雨が当たると見えなくなるし、レンズのガラス面(フィルターですが)にまで雨滴が。

 12月26日から海上での作業が再開されるだろう。いかにこの国と対峙していくのか、米日同盟(権力)に対抗していくのか、課題は重すぎる。最低限言えることは、やるべきことを確実にやっていくことであり、そのときに友を増えしていく努力だろう。やさしそうで難しいことばかり。荷が重い。

 他方、昨日の雨の中の撮影中、Rさんから電話をいただきました。明日某所でオスプレイの墜落問題の講演をやるのだが、先日の墜落現場の写真を使わせてくれませんかと。大いにご活用くださいと申し上げました。友がいて、使ってくださることで、また関係が広がっていく。

 最も著作権のあるものですから、誰にでも無条件で了解はできません。無断使用・無断転載は硬くお断りしています。事前にお問い合わせください。

 そんなわけで、今日は久しぶりに自分で料理して食べますよ。

新たな火蓋が切って落とされた(16年12月23日)

 昨夜は疲れ切って、書けず。22日の昼も夜も、沖縄の叫び、怒りが充満していた。この国の暴挙を認めない、諦めない意思が充満していた。

 昼の雨の中の撮影で、機会が故障した上に、疲れて、夜は集会参加にとどめた。4200名の負けるもんか、諦めるもんかの熱気はすさまじいものがある。知事が壇上に立ち、ストレートにオスプレイの墜落に抗議し、新基地建設を許さないと明言。

 一体、大衆運動の場に知事が立ち、共に頑張るという知事が他のどこにいるのか。

 翁長知事のアジテーションは、どこまでもうちなー流。だからこそ、沖縄の人人の心を掴んでいるし、人々が知事を支えようと思うのだ。12月22日の行動と集会は、新たな団結を固めるものになった。

 必ずやオスプレイ配備の撤回、新基地建設を断念させ、やんばるの森の全面的な返還を求めていきたい。しかしこの国は戦争の時代を幕開けさせた。私たちの前に道はない。厳しい茨の道でも、私たちが道を開ける以外にないのだ。ひとりひとりがこれでいいのかと問いなおし、立ち上がる以外にすべがない。

 沖縄を再び戦場にさせてはならない。今こそ、殺戮のための基地・演習場の撤去を求めたい。

最高裁判決に揺るがず(16年12月21日)

 2016年12月21日12時から、福岡高裁那覇支部前の城岳公園で、オール沖縄会議主催で辺野古違法確認訴訟の沖縄県の敗訴確定に抗して、集会がもたれた。

 集会は、オール沖縄会議共同代表の稲嶺進名護市長から始まった。今回の最高裁判決は、3権分立をかなぐり捨てるものであり、沖縄のことを全く無視するものだ。だが、私達は判決に押し切られることなく、これからも闘い続けようと、力をこめた。

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共同代表の玉城愛さんは、やはり3権分立の崩壊を嘆き、ウチナーンチュとして、学生として、市民として、皆さんと共に頑張ると。

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県代理人の加藤裕弁護士が熱弁を振るう。判決批判。①はじめに結論ありきの判決だ。何せ上告のために500ページ余りの書類を出したが、判決文はたったの12ページ。県が訴えたことを悉く無視した暴論だ。②それでも高裁判決が示した「辺野古が唯一」の部分を削除している。③最高裁判決は出たが、これからも他の手段を駆使して闘い続けよう。などと訴えた。

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発言に聞き入る糸数慶子参議院議員、伊波洋一参議院議員、渡久地修沖縄県議。

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玉城デニー衆議院議員(自由党)、左は照屋寛徳衆議院議員(社民党)。デニーさんは軽妙な中にも怒りがあり、諦めないの意思が篭っている。

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沖縄の保守、仲里利信さん衆議院議員。次の選挙は引退の噂もあったが、でますと明言。沖縄を切り捨てる今回の判決を認められないと、きっぱり。

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「沖縄の風」(会派名)の糸数さんもガッテンナランの思いが強い。

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「沖縄の風」の伊波さん。国の圧力に思いが篭る。

沖縄の選挙区選出の国会議員はすべて新基地建設反対だ。

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県議(共産党)の渡久地修さん。引き続き奮闘すると。

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県議(「おきなわ」-会派名)の新垣清涼さん。檄を飛ばす。

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新風会の金城徹那覇市議。共に翁長知事を支えながらがんばろうと。

事務局から明日のオスプレイ事故の抗議集会の案内があり、その場に知事も参加すると報告された。

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最後は高里鈴代さんがしめて、団結ガンバロー!

手短な緊急集会だったが、参加者は700名。最高裁判決にめげることなく、闘う意思を、沖縄は揺るがないの意思を示す集会になった。共に頑張る。









2016年12月22日 (木)

ずぶ濡れになりながら頑張った(16年12月22日)

 今、ブセナリゾート前から帰ってきました。政府の北部訓練場返還式に対する抗議行動です。参加は700名ほど。沖縄の怒りが炸裂していました。ずぶ濡れになりましたが、抗議する皆様の怒りと悔しさと哀しみに、私も頑張りました。

 カメラ2台電気系統に故障。よく拭いて乾かして、多分復活すると思います。これから名護の21世紀の森体育館で、オスプレイの墜落抗議集会です。翁長県知事も参加します。

 ということで、詳細は明日の朝になるかも知れません。暫くお待ちください。

 沖縄の闘いはいよいよ、正念場を迎えます。「諦めない」を合言葉に、みんなで頑張ります。

辺野古から那覇地裁へ、戻れば大型ヘリが(16年12月21日)

2016年12月21日 晴れ。風・波強し。監視船なし。こちらの船も出さず。

 今日は「ラブ子転覆事件」の第3回公判。辺野古から10名あまりで那覇に行く。傍聴に20名ほどが入りました。

 この事件は15年4月28日に大浦湾内で起こりました。私たちの抗議船「ラブ子」が海上保安官に乗り込まれ、片方に傾けられて、転覆させられた事件です。明らかに故意の事件であり、形法126条の2、艦船転覆罪にあたるものです。私達は刑事告訴しましたが、那覇地検はだんまりを決め込み。やむなく国家賠償請求訴訟に訴えました。

 海保は当日のデータを出しません。あからさまに彼らに非があるからです。そこでこちらから画像を出しました。このとき、偶然、あの公共放送がばっちり放送してくれていました。ラブ子が海保のゴムボートに追われているところを。沈没に到るまで。また私たちの乗員が投げ出されながらも的確に動画に撮っていました。

 第3回目の公判は書類を出し合うだけ。2分でおしまい。次回は2月15日。当日の現場をめぐって、因果関係を明らかにさせていきます。

 終わって弁護士さんから説明がありました。

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証拠に出した写真。誰がどう動き、どうして転覆に到ったのか。これからそこらを氏名を特定しながら追及していきます。

 今日の公判に原告のMさんがきてくれました。「ラブ子」の持ち主です。何故「ラブ子」を持つにいたったのか(ある方から寄贈されたのです)、「ラブ子」と名づけたのか、長年海とかかわり、大浦湾の闘いに係わってきた思いを話してくださいました。じんときました。Mさんのこの海を守りたい、基地建設反対の思いは、健在でした。

 城岳公園に暫く居ると、最高裁判決への抗議集会に参加される人たちが増えてきました(この件については別稿で)。

 14時30分ぐらいに辺野古に戻りました。途中の久志あたりから大型ヘリが低空を飛びまわっていました。

 テントに着いても、ヘリはぐるぐるやっています。私は望遠レンズ2本で撮ります。大きくアップで撮って、次に全景をいれる。2本を持ち直しながらやるのは、忙しい。

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右から左へ。テントの後方を飛び去る。全景。

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テントの北東側をターンしてくる。CH-53。アップ。

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近すぎてぶれました。真上。14時40分。

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繰り返し。14時44分。

来訪者が多数来ていました。

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波・風たかしでした。15時7分。辺野古沖。

 

2016年12月21日 (水)

忙しい年末の中で(16年12月21日)

 昨日、今日と飲む機会が続いた。自分は自宅では全く飲まない。お付き合いで少々飲む程度。沖縄に来て3年余りが経ったが、連ちゃんで飲む機会は殆どなかった。飲んだらブログ書けないですから。

 一昨日東京からお見えになったSさんから『オキナワ島嶼戦争』(小西誠著)をいただいた。小西誠さんが与那国島や宮古島を見て、考えて書かれたものだ。大いに参考にさせていただきたい。

 私に対する激励は、その本ばかりでなかった。素敵な辺野古ブルーばりの青系の色のかりゆしが1着、同封されていた。驚いた。感謝・感激。

 自分は、何着かのかりゆしをもっているのだが、沖縄に来て以来、なかなかこれらを着る機会がない。宝の持ち腐れ状態であり、誠に残念だ。気分転換には、ちょっとしたオシャレも必要だろう。これはきっと、早く闘いに決着をつけたいねというメッセージでもあるだろう。

 長期展望はともかく、東京での報告会などで着る機会があればと思う。重ねて感謝いたします。

 明日はいよいよ北部訓練場返還式。米国には高江オスプレイパッドをおつくりしました、次は辺野古新基地をおつくり致しますだ、であり、国民向けのメッセージは、沖縄の負担軽減を進めていますよ、とごまかして、益々沖縄を日本国から切り捨てていくメッセージだ。形ばかりの返還がもたらす地域の苦悩はどれほどか。演習場は過半に減ったとしても米軍・自衛隊の練習密度が高まることは必至だ。私達は殺戮のために貢献したくない。殺戮のための過激な演習によって、私達は殺されたくないものだ。

 ねばり強く頑張るためには、一人ひとりの地道な努力が欠かせない。凶があれば吉もあると信じたい。基地はいくらでもある、という悪い冗談を何としてもやめさせたい。こちらは真顔で言っているのだ。あぁ、無情。私は、ジャン・バルジャンじゃないからね。

 未だ酔いがさめないようだ。

 

弾圧の中で(16年12月21日)

 昨日、16年12月20日、去る11月29日に不当逮捕されていた4名のうち、YさんとⅠさんが不当にも起訴された。この1月28日から30日のゲート前での1468個の建設用ブロックを積み上げ、車両の進入を妨害したとの容疑に対する「威力業務妨害」罪だという。

 なお他の2名は、起訴猶予となり、釈放された。

 これで高江の件から先の起訴までひとまず一段落するだろう。これからは裁判闘争をめぐってどうするのか、ここが大きく問われてくる。国家権力は、12月20日の辺野古新基地建設をめぐる裁判で高裁判決を骨格的には踏襲し、翁長知事が行なった埋立て処分の許諾の「取り消し」を否認し、地方自治権を踏みにじった。裁判官全員の合議だというから呆れる。

 戦争の時代は、個々人の基本的人権、地方自治権、国民主権が奪われるものだが、今回はこの国の「3権分立」をガラガラと崩壊させながら、上からの攻撃だった。其れも歴史的に培われてきた、沖縄の闘いを押しつぶせば、全国的にも潰せるという戦力的な弾圧だとみなければならない。

 沖縄は植民地であることに甘んじない。不屈に闘いがおきていくだろうし、起こさなければならない。小さな小さな取り組みだが、沖縄の留置場内に入らなかった靴下の差し入れが、20日、東京のSさんの尽力もあって、差し入れできるようになった。現場での執拗な取り組み、国会での追及、また東京からの支援者の尽力が重なり合って、漸く可能となったのだ。まだまだ小さな穴を開けたに過ぎないが、私達は小さな穴を無数に開けながら、権力の壁を突き崩していこう。前を見ながら頑張りぬこう。

 

普天間心象風景など(16年12月20日)

ちょいとお口直し。

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眠そうな猫。佐真下公園。10時42分。

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基地のフェンスの下に咲く。

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こちらはフェンスの外で。1,2ミリの白い花。

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サシバ舞う。嘉数高台から。12時58分。

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これはミサゴ。「オスプレイ」とはこのこたちのこと。このこたちは墜落しない。急降下して魚を取るだけだ。かっちょよさが違うわい。13時8分。







オスプレイの本拠地にて(16年12月20日)

2016年12月20日 宜野湾市 曇 

 オスプレイが16年12月19日から飛行を再開した。ならば、私が普天間基地・宜野湾市に乗り込もう。

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これをご記憶だろうか。2004年8月13日、普天間の大型ヘリがここ沖縄国際大に落ちた。そのときの残骸のひとつが今モニュメントに化して残されている。このときも海兵隊が7日間墜落地点周辺を占拠。証拠隠滅を図った。私はこのときの記憶を忘れない。2016年12月20日10時33分撮影。

佐真下ゲートからフェンス沿いに入る。駐機場が広がる。

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手前の2機の配列がおかしい。斜め向いて、地べたに座り込んでいる。もしかして、これは胴体着陸した奴か。竜部隊 8633番機 「05」(墜落したのが「06」) 10時47分

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こちらはエンジンカバーを外して点検中。どうしたんだ。確か全機点検修理したから飛行再開したんだよね。これは昨日飛んだ奴の点検なのかもしれないが。要確認。10時57分

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アップ。11時1分。

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整備士が工具を持って作業中。11時1分。

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嘉数高台から。11時55分。オスプレイは見えるだけで15機。今は静か。

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視点を変えれば。街の中に基地がある。この異様さ。12時1分。

高台の展望台にはテレビが2社。フォトグラファーが2,3名おりました。在京のテレビのスタッフは、事前調査していないのか。もうすこし調べて報道してください。お願いだから。

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北側の嘉手納空域からP3-Cが続けて2機下りる。12時55分。

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光が良かったので、1枚。13時14分。

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奥に居た1機が引かれてきた。13時28分。

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頭上にAH-1、3機編隊。飛び交う。13時42分。ここからの撮影では、住民の視点にならないのだった。そうだったか!

私の予定では午後から那覇地裁に行くはずだったが、オスプレイが飛ばないので、粘ることにした。

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14時34分、2機が飛ぶぞ。

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14時35分離陸。

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14時35分。風向きのせいで東に飛ぶ。私の位置から見れば、反対側へ。

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14時35分。

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14時46分。CH-53。急に飛び始めた。

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14時51分。対地攻撃ヘリ。近い。

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14時51分。CH-53,2機編隊。

宜野湾の空は米軍のものか、沖縄の空は米軍のものか。否、否、否、断じて否。

















2016年12月20日 (火)

クタクタだけど(16年12月20日)

 昨日の睡眠時間は4時間。5時に起きて、19日の報告を書き上げて、今日は普天間へ。中城から上原、長田、沖国大前、佐真下、嘉数、真栄原(ここはバス)上原、中城へ。自宅に18時に戻った。クタクタだ。

 Sさんからコメントをいただいたので、応答。核心をついたお言葉なので。ついつい長くなりそうになる。ありがたい。

 11月29日に逮捕された4名のうち、2名が解放された。S君とK君だ。詳細は分からないが、YさんとⅠさんが起訴された。何で?Ⅰさんは21日間ハンスト決行中。大丈夫なのだろうか。獄内ハンストをやって。粘るな。

 今日の成果は明日朝に。大物は撮れなかったが、けっこうよかった。ムリして行ったかいがあった。ではおやすみなさい。

オスプレイがあっさりと飛んだ!(16年12月19日)

2016年12月19日。曇のち雨のち晴れ。報道によれば、今日、伊江島に居るオスプレイを普天間に戻すときいていた。だから私はどうかなと最初から構えていた。もしも近くを通れば撮影しようと。私の予想が当たった。本日14時からオスプレイの飛行を全面解禁すると。

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朝はご覧の通り。雨域がくっきり。9時43分。

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アップしてみると。9時49分。これは降ってくるぞ。

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雨降らないよねと張りに行く。後ろに装甲車が並んでいる。10時8分。

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5両出ている。左は救急車が待機している。10時8分。

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10時10分。こんな戦争のための演習は、即刻やめてもらいたい。

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1両づつ海に出る水陸両用装甲車。10時16分。左後方は、監視船。

この後、大雨が降った。

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晴れてきた。暑くなった。11時31分。テント前。

再び装甲車の動きが激しくなったので漁港の護岸に移動。

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雨上がり!水溜りが。12時54分。

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出て行く。13時1分。5台のうち4台が海へ。

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13時9分。平島から海保の巡視船が中城方面に帰って行く。米軍は回収作業をほぼおえたのだろう。これは飛ぶぞ!(19日午後時点で、機体回収作業は未完了だそうです)。

このころ、久しぶりに右翼の外宣車がテント脇を通った。分かりやすい人たちだ。

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航路上で演習する米軍。4台見える。13時27分。

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午前中動いていなかったクレーンが動き出した。フロートの整理をやっている? 13時36分。1台が残っている。常に1,2台残る。いざというときの救助用なのか、救急車と。

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14時ジャストに現れた。沖合いから豊原の内側へ。1機。ここに14時ならば、13時50分頃離陸したのだろう。またエンジンは地上で13時35分ぐらいにかけたはず。14時~飛ぶはずじゃなかったのか。オイ!2重のフライングだ。

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海の上はこうだ。14時。

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15時19分。またきた。オスプレイ2機。沖合いを安部、高江方面に向かうようだ。怒りしかない!

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15時42分。1機、また高江方面だ。今日3回、4機。辺野古では沖合いなどで遠かったが、高江では間近を飛んでいるのだろう。

何故こんなことが許されるのか?!米軍は原因究明もせず、空中給油中ははじめての事故だから、機体の欠陥ではないだと。いいかげんなことばかり。また日本政府は常に米軍追従(もっと悪いこともある)。沖縄に人は住んでいないのか? 

水陸両用装甲車の訓練は16時過ぎまで続いていた。

















オスプレイ墜落抗議集会に1000名がシュワブ前に

2016年12月17日午後、キャンプシュワブ前に約1000名が参加して、気勢をあげた。ゲート前での大衆行動は久しぶりだったが、私たちの意志を示すことができた。

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開会を告げる大城悟平和運動センター事務局長。12時57分。

主催は基地の県内移設に反対する県民会議。事故の糾弾、飛行中止、配備撤回、そして海兵隊の撤退を求める。

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皆さん勢ぞろい。事態はわかりやすくなった。それぞれのテーマはひとつに収斂して行く。

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反対車線に並ぶ参加者達。13時2分。事後に聞いた話を補足すれば、交通渋滞を含む様々な事情で到着が遅れたグループがあったようだ。集会中に参加者が増えてきた。

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最初の発言は玉城デニー衆議院議員。墜落の事実は消えない。明らかな墜落だと。

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墜落現場の、今日の会場の地元の稲嶺進名護市長。政府は米国の言いなりであり、私達はオスプレイの配備撤回、新基地建設阻止まで闘おうと、力強く訴えた。

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伊波洋一参議院議員は、確かに墜落の現象はそのときそのときだが、複雑な仕組みが共通にあり、欠陥機であることは間違いない。25人を速く運べるだけの「メリット」のために沖縄が脅かされてはならない、と。

照屋寛徳衆議院議員、赤嶺政賢衆議院議員らも発言。

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安次富浩ヘリ基地反対協議会共同代表。この事故が、あろうことか、名護市で大浦湾で起きたことが、象徴的だ。断じて許されないし、必ず撤退を勝ち取ろうと。海兵隊の撤退を迫ろうと。来春の名護市長選にも言及。稲嶺市長に続投を促す。

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左から照屋寛徳衆議院議員、稲嶺市長、糸数慶子参議院議員、伊波洋一参議院議員。共通の意思を示していた。

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高江住民の会の宜保昇さん。高江の苦しい闘いを続けてきたからこそ、共に闘おうと訴えた。

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県議団も代表が発言。

この場所で一堂に介した意義は大きいだろう。

わずかな時間の中で、これだけ集まる機動力は、各地に島ぐるみ会議等ができたことが、大きな力になっていよう。がんばろう。12月22日に大結集を。

14時過ぎに散会。



2016年12月19日 (月)

いよいよ2016年を締めくくる闘いへ

 情報が前後してしまい、申し訳ありません。遂に16年12月15日からキャンプシュワブの陸上の兵舎2棟の工事が始まっています。これは造りかけで、たなざらしにされていました。これはもはや、鉄筋・コンクリのゴミ同然。取り壊して造り直すようです。

 問題なのは、これにまぎれた埋立て関連工事が始まるだろうこと。12月20日の最高裁による上告棄却を受けて、始まるでしょう。要警戒です。22日の北部訓練場の返還式。同日のオスプレイ墜落の抗議集会。地位協定の問題をしっかりと取り組まないとダメ。

 21日には辺野古の威力業務妨害で逮捕されている仲間の処分が出ます。全員が釈放されるよう頑張りましょう。しかし県警は他の件で任意出頭をかけてきています。新たな弾圧にも油断できません。

 このさき、オール沖縄で海兵隊撤退までもっていけるのか、まだ論議が続いています。オスプレイ墜落抗議から海兵隊撤退、地位協定の全面改訂を視野に入れた取り組みが重要です。こうした中身をもってのオスプレイの撤去、新基地絶対阻止、自衛隊の強化阻止、琉球諸島の要塞化を許さぬ闘いにつなぎたい。

 安倍はプーチンとの交渉で、経済協力の一点で前進したとうそぶいていますが、背後にある領土問題、安保問題をスルーしたようです。そもそも北方4島はアイヌの人人の島。ここを無視した外交などありえません。が、彼らが言っていた領土問題はどうなったのか。71年前の米国の重石は沖縄ばかりか、北方4島にもかかっているのです。

 私は平和に生きることの大切さに拘るからこそ、沖縄にこだわっています。沖縄にこだわるからこそ、平和と戦争の関係を見つめていきます。いよいよ正念場です。頑張りましょう。

またまた安部の海で米軍に抗議(16年12月17日)

 2016年12月17日 晴れ。今日もカヌーチームは安部で米軍の横暴を監視し抗議する。カヌー10艇、船団2隻。カヌーメンバーを船に乗せ、カヌーを引っ張る。大浦湾から外洋にでる。ビシャビシャの波を被りながら。あるカヌーメンバー曰く、「船も大変ですね」と。いやいやこのぐらいなんでもないよ。

 安部の浜の沖に止まる。

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カヌーを離す。10艇16人。10時3分。

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今日は米軍からの妨害もなくささっと沖側に出れた。10時11分。ご覧の通りの波であり、ここが浅場だと分かるだろう。それだけに船は近づけない。

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こちらは尾翼があったところ。既に大半が切断されて、あとかたもなくなっている。後方は県警と米兵。10時11分。

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回収作業を続ける米軍に抗議。英語で叫ぶ仲間の声が響いてくる。10時12分。

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海保は今日もおとなしい。周りから注意してくるだけだ。ただし彼らは眼前で米軍に証拠物をもちさられているのに悔しくないのか。米軍の前では主権は日本にない。10時13分。

だが彼らはこの海に黄色のブイを浮かべていた。多少深いところをチェックしたのだろう。

もしかしてこれは証拠物持ち去りを幇助してないか。彼らの安全のためかもしれないが。

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今日も現れた彼ら。米軍のレスキュー隊だ。うちなんちゅーのおじさんたち。何を思うのだろうか。10時19分。

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オイルフェンスを挟んで監視活動を続ける。10時19分。

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沖合いには今日もPL63「くにがみ」だ。10時22分。

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海の上から監視する意味は大きい。米軍の行動をつぶさに観る。10時25分。

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ゴムボートでひたすら回収作業。ダイバーが5名ほど潜っている。10時31分。

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残骸が見える。10時34分。

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ゴムボートが出てきた。回収したものを浜に上げるのだ。10時39分。

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証拠隠滅の作業にほかならない彼らの業務。10時39分。

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戻ってきた米軍のゴムボート。10時43分。

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フェンス手前で凝視する。10時43分。

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海から陸側を見れば、この美しさ。10時46分。情けなくなる。

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フェンスを開けて中に入ったゴムボートに抗議する。10時24分。

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今日はこれで引き揚げる。再びカヌーを牽引。10時54分。

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すると、浜からサップが墜落現場をめざしているようだ。ヤー・ヤー・ヤー!地元の彼女らはこの墜落に怒り心頭だろう。10時54分。

帰路は余り濡れなかった。

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大浦湾を湾口から望む。広々としている。11時9分。私達は断固としてこの海を守り、新基地建設を阻む。それにしても今回の墜落地点は新基地計画の空路の上だ。ご親切なことよ。ふざけんな!

























 

2016年12月18日 (日)

この国の総攻撃に対抗するために、総力を挙げよう

 いよいよ、12月20日が迫ってきた。最高裁による翁長知事の埋め立て承認取り消しの違法確認訴訟の最高裁判決の日だ。すでに上告棄却であることがはっきりしているのだ。そして22日の北部訓練場の過半の返還式が開催される。

 司法は死に態を決め込み、内閣はオスプレイが重大事故を起こしても、開き直りながら、オスプレイが使用するオスプレイパッドを高江に造り上げ、北部訓練場の返還式(お祝い)をやるそうだ。日米政府主催。地元の意向、沖縄県の意向を踏みにじり、度外視して。

 これに対して、①12月21日、12時から 福岡高裁那覇支部前(城岳公園)で、『不当判決糾弾集会』を開催する。主催:オール沖縄会議 ②12月22日。14時~16時。返還式弾劾のスタンディング行動。ブセナテラスホテル(名護市喜瀬)。

◎http://www.ikyu.com/00000203/access/

③12月22日 18時30分~「オスプレイ墜落抗議緊急県民集会」 名護市21世紀の森運動公園。主催:オール沖縄会議 主催:オール沖縄会議

◎http://www.sports-commission.okinawa/archives/search/0138

最大の結集を持って、私たちの意志を示しましょう。

 なお12月21日は11月29日に不当にも逮捕された仲間4名の勾留期限がきれます。無事に全員の保釈を勝ち取ろう。権力の先制攻撃をぶち破ろう。

カエルを救った話(16年12月17日)

 昨日船を出すときの珍論から。

 『不屈』を暫く使っていなかった。落ち葉が船上に多数落ちていた。これを除去。C船長が「カエル!」と叫んだ。地上においてあった船の甲板に乗り込んでいたカエル君。落ち葉の中にいたら、ゴミだと間違えられて、海に落とされた。慌てたカエル君だが、賢かった。陸地を目指して1mほど泳いできた。岸壁に寄ってきたので、これを救助。引き揚げた。木の下に放してやった。カエル助けに成功。外来生物のシロアゴガエルとみた。だが、撮影をさぼってしまった。

 緊張していると、こんなことが癒し系になり、マッ、いいかとなる。それにしてもカエルが船の上で越冬とは、おかしいな。沖縄だから。

オスプレイの飛行再開へ-こうした馴れ合いが危険を増幅する

 今朝(16年12月18日)の沖縄タイムスから。「国、飛行再開を容認」とあり、今日明日にも伊江島に駐機しているオスプレイ1機を普天間基地に戻すようだ。この1機の点検が終われば、全面的にオスプレイの飛行を再開するそうだ。沖縄に住んでいる住民に何の相談もなく、沖縄県に何の連絡もなく、よくやりますな。

 そして日本政府がオスプレイの飛行再開を「はいそうですか」と容認するようだ。どこまで腐りきった米日同盟なのだろうか。どこまで腐りきった「オトモダチ」なのだろうか。

 オスプレイが沖縄に飛来したのは、12年10月のこと。以来オスプレイはどこでもヘリモードで飛んでいるし、転換モードで飛び回っている。那覇の国際通りの上であれ、沖縄高速の上をまたいだり、住民が暮らしている真上を低空で飛んでいる。辺野古テントの上も飛ぶ。

 今回の事故は空中給油中のことだという。夜間にKC-130からオスプレイ2機とCH-53、1機が給油訓練を行なっていた。そのさいにペラに油送管があたり、事故に繋がったようだ。そもそも夜間にやることじたいが、危険を顧みないやりかたであり、許されない。もしそれでもやるのであれば、緊急避難の対策を用意していなければならない。これがあったのか。ないだろう。こうした事実関係が何も明らかにされていない。軍事秘密だから、内緒ではすまされない。

 米日政府は沖縄に住民は居ないと思っているから、こんな目茶苦茶なことができるのだろう。おぞましい、おぞましい。

 米軍が日ごろからやっている訓練は、海外での戦争に備えるためだ。戦争は無人島ではやらない。人が居る場所で、平然と制圧し占拠できる、暮らしの場を破壊し、殺せることが軍人の能力なのだ。だからこそ危険性が高いのだ。

 今回の事故は、やはりオスプレイが飛行に不安定であること、ちょっとしたことで水平モードから垂直モードに転換できなくなったことは明らかだ。ただ何がどのように作用してこうなったのかは、分からない。米軍が説明しなければならない。日本政府が米軍に説明させなければならない。

 しかしお互いの馴れ合いは度を越している。在沖米軍の最高指揮官が開き直り、全員救助された、海岸べりにまでよく機体をもってきたなどと賞賛している。かのニコルソン中将は開き直って安慶田副知事を怒鳴り机を叩いたのだ(14日)。逆でしょう。加害者が被害者を脅すの図。盗人猛々しい奴等だ。

●海兵隊のツイッターにこんな笑顔の人だと紹介されている。アホか!

 今回も米軍は墜落現場周辺を占拠し、沖縄県警や海保を下請けに使っている。米軍はその中で証拠隠滅を図っている。日本国はどこまで落ちているのか。米軍の墜落に追随していくのだろうか。

 日米政府の間で馴れ合いが続けば続くほど、沖縄の人人の安全はますます脅かされていく。そしてこうした動きは、岩国に、瀬戸内に、佐世保に、横田に、東富士に、木更津に、すべてのオスプレイの飛行ルートの周辺の下に拡大されていく。

 私達はいよいよ海兵隊の撤退・基地撤去を本腰を入れてめざさなければならない。私達の生存の権利を守り、人権をまもるためには、この問題を避けて通れないことは、もはや明らかだ。

見過ごせない反応に一言(16年12月17日)

 今日の午後、シュワブゲート前で、行なわれたオスプレイ墜落事故に抗議する集会がもたれた。その集会に参加した後、ある集団が辺野古テントにもやってきた。ここで私がオスプレイの墜落事故から、高江、辺野古、伊江島との関連、南西方面重視政策の動きにも触れながら説明した。そして来年早々にも政府は埋立て工事を再開する腹づもりであり、私達は再び海保とのバトルが始まるのかと思うと、たまらないのだと話した。

 この場面で、突然、笑いが漏れた。何故笑えるのか、私には理解不能なシーンだった。私達は海上で身体を張って、行動してきた。時に海保に海の中に沈められたり、転覆させられても、カヌーチームは頑張ってきた。船の仲間も海保に乗り込まれて鍵を奪われたり、漂流させられたり、もろに転覆させられもした。私自身、カメラを奪われ、弾きとばされもしてきた。

 私たちが身体を張り、怖い思いをしながらも、なぜ、止めなければならないのか、彼はわかっているのだろうか。このグループは、政治的な認識は深く持っているはずの人たちだ。それなのに、物見遊山のような対応に呆れてしまった。その場でも、何故笑えるのかと問い掛けたが、応答をしていただけなかった。

 海でも陸でも現場での闘いは戯画ではないのだ。漫画を消費するような、笑える場面ではないのだ。一寸先を読めないこともあり、予定調和で行かない、シリアスな場面の連続なのだ。

 彼らの現場の闘いのイメージはどうなっているのだろうか。高江でも辺野古でも、座り込みながら排除される体験をすることが、◎だと思われている人をこれまでも見かけていたが、これも違う。同じように見える体験をすることではないのだ。その中で、自分が何を感じたのかを突き詰めて欲しい。

 どうか、当事者意識を欠いた平和学習を卒業していただきたい。当事者意識がなければ、沖縄とどこそこ、沖縄と自身は繋がらない。沖縄を考えることを通した、自分への問いかけが、様々な問題とも繋がる契機になるはずなのだ。

 無論、笑いは重要なことだ。笑い飛ばす、笑える余裕、などを、私は大切なことだと考えている。しかし今回のシーンで出た笑いを私は看過しない。どこかでじっくりとお話しできることを願っている。

2016年12月17日 (土)

ドタバタしています(16年12月17日)

 昨日は、海に出ず、一休みしたかったが、急遽、ヘリ基地反対協議会で記者会見をやることになり、その資料として、14日、15日の資料が欲しいとなり、急遽一旦帰宅。大慌てでプリントした。15日米軍がオスプレイの墜落現場周辺で、介入してきたことを批判するもの。

 米軍に自由交通権を日本政府が認めていることが問題なのだ。そこを批判する会見を16日15時からヘリ基地反対協議会が行い、私も参加。資料の解説をしながら、15日の模様を記者に紹介。まずは時間に間に合ってよかったのだが、途中で、インクがなくなりそうだったり、印画紙が足りなくなり、危うかった。ぎりぎりセーフ。

 今日は海に出て、カヌー隊ともども墜落現場で抗議活動。それを撮る。久しぶりの海だという人もいて、来年早々からの本番に向けたトレーニングを兼ねる。外洋の波は、荒れては居ないのに、ざぶんざぶん。全身ずぶ濡れ。雨具もザックも。カメラは釣り用の保冷庫の中に。それでも不完全。

 午後は、シュワブ前での墜落抗議集会。こちらの撮影もありながらも、眠かった。

 終わったら浜のテントに来訪者が溢れていた。自分も少々話したが、疲れているせいか、話が途切れてしまい、聞きづらかっただろう。申し訳ない。お久しぶりの再会もあった。

 そんな調子でどたばたしています。

オスプレイ週明けにも飛行再開か

 米海軍安全センターはオスプレイの名護市安部の海岸への墜落事故を「最も重大な事故」(クラスA)としながら、在沖米軍は来週にも飛行を再開させる計画だそうだ。

 無論沖縄県は、猛反撥。日本政府も難色を示しているようだ。しかし12月22日の北部訓練場の過半の返還式後に、米日政府はオスプレイの飛行を再開するつもりだろう。

 私の私権を述べておく。まず事実に基づいた原因究明だろう。このためには「不時着」という認識を改めることが大前提だ。結果に係わる認識を間違えながら、正しい原因が分かるわけもない。またニコルソン4軍調整官の横暴な態度から判断して、まじめに原因究明をするつもりもないことがよくわかる。

 また、オスプレイの「安全性」の問題だけではない。このような米軍の横暴を許すのか否かの問題でもある。沖縄の空・海・陸を踏みにじるようなやりかた、沖縄の集落-人人の暮らしの場を席巻するありかたを改めさせなければならない。

 それができない以上、海兵隊には沖縄から出て行ってもらうしかない。こともあろうに、今回の墜落地点は、新基地建設予定地のまさに飛行コースの上に当たる。改めて冗談じゃないのだ。地元の辺野古区・豊原区・久志区すら付近のヘリパッドの撤去を主張し始めている。それだけ今回の事故の衝撃度が大きかったのだ。

 本日16年12月17日13時~キャンプ・シュワブゲート前で、基地の県内移設に反対する県民会議主催で緊急抗議集会を行なう。皆様の結集をおねがいしたい。

2016年12月16日 (金)

「辺野古・高江・伊江島のトライアングル」(名護市)

シンポ「辺野古・高江・伊江島のトライアングル-ヤンバル全体を危険地帯にしないために」

日時:16年12月19日 18時~20時

場所:名護市市民会館 中ホール

 

発言:真喜志好一(建築家)、屋良朝博(フリージャーナリスト)、名嘉實(伊江村議)

主催:島ぐるみ会議やんばる地域連絡協議会

◎私がいつも言っている辺野古・高江・伊江島の関係について、上記の3名の方がどういうか。興味津々。まして12月13日夜、オスプレイが墜落。ますます目が離せなくなった。

12月20日の最高裁の上告棄却判決、22日の北部訓練場の半分の返還。総じて何が真相なのか? 何を疑い、何を想起しなければならないのか。このシンポは期せずしてタイムリーなものになるだろう。ご参加を。(ヤマヒデ)

海から上がって(16年12月15日午後)

 2日続けて海に出ると疲れた。あっけらかんとした米兵。たいしたものだ。1級帝国主義者の本領発揮か。

 本題に戻る。そんなわけで、午後はぐったり。睡眠不足で海に出たら危険なのだが、この際致し方ない。

 ひとまず休憩と思い、バナナを食べようと思った。ラスト1なので、遠慮しようかと思ったが。

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心優しい仲間がとっておいてくれたのだった。驚いた。感謝じゃすまぬ。感激!!

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テント前の河口も輝いていた。15時20分。

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孝子さんは働き者。早速1枚の看板を描いていた。

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ジュゴンとバイバイ・オスプレイのコラボ。

皆さんから元気をもらって帰宅。



墜落したオスプレイをどうやって撤去するのかと思っていたが

 今朝、船で墜落現場に向かった仲間の報告では、今日(16年12月16日)の現場は静かだったと聞いたが、今入って来た情報によれば、米軍は現場で解体してもちさるようだ。ますます無様。「愛機」を自ら切り刻む屈辱。いいえ、もはやただの金属ゴミですから、か。

 そういえば、日本でオスプレイを製造する予定のF重工が私のブログを見にきていたぞ。これほどの重大事故を未だに「不時着」と言い募る日本国政府。焼き切ってもちさるしかないほどの重態なのだぞ。閣僚が沖縄に来ても現場を見ないのは何故かな?とても不思議。正視できないのと違うか。言っていることの意味を理解できないほどのオツムの持ち主しかいないのか。この国の政治家や官僚たちは、屈辱すら感じないのが「有能」だと思っているのだろう。

 この国はどこまで腐るのか?教えていただきたい。否、私たちの目で見届けるしかあるまい。

 

オスプレイ墜落現場に抗議(16年12月15日)

2016年12月15日。晴れ。今日はカヌー隊が安部のオスプレイ墜落現場で抗議活動をしたいとなり、出ることになった。カヌー6隻、船団2隻で私も同乗する。

 9時頃出港した。今日は現場まで沿岸を行きながら、安部オール島の外洋から安部のリーフの中に入る。海保の巡視船と米軍の船と思われる船が外洋に各1隻いる。

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現場に近づこうとすると米軍のゴムボートが近づいてきてしきりに妨害し、牽制してきました。9時48分。ここは米軍の海ではありません。提供用地でもないのにです。

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彼らは墜落機の砕け散った残骸を回収していました。9時48分。

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彼らは事故を起こした張本人です。日本国はこの事故を航空危険行為処罰法で捜査すべきなのですが、米国の同意をえられていません。その隙に米軍は証拠物を搬出しているのです。これじたい抗議に値する。9時52分。

彼らの妨害により一端浜の近くまで退避してカヌーを離しました。

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いよいよ抗議活動に。浜でも市民が機動隊の規制の中、抗議していました。10時18分。

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米軍の前を行きます。10時21分。

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浜に居る米兵。回収物の周りに。10時21分。

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現場に近づきました。海保が守るの図。10時31分。

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カヌー隊は岩場すれすれを行きます。10時33分。後方は取材陣。

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機首部分。米兵のダイバーが潜って海底に散乱したものを回収中のようです。右は海保。10時38分。

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尾翼側ですが、なにやら点検している。10時40分。

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右の灰色のものも残骸です。10時48分。

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ギミ崎先端の南側。こんな岩場に墜落したのです。10時48分。

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「ひやみかち」のメンバーも抗議に来ていた。規制してくる海保に物申す。10時49分。

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海保は何を守るのかい? 左奥と右奥が米兵。白は県警。10時49分。

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オイルフェンスで一部囲まれてしまったが、周辺で抗議。黒は米軍のゴムボート。10時51分。

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米軍も複数のカヌーに手を焼いている。カヌーは近づきます。10時51分。

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米軍の規制に抗して。11時5分。

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沖合いに居る巡視船(左)と米軍艦船。

段々と潮が引いてくるので、船は戻れなくなるので、引き揚げます。

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カヌーは安部の浜から帰る。米軍の前を行く。11時22分。

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全員上がりました。真ん中が米軍。右に市民と規制している警察。11時23分。オモシロイ否、フザケタ!構図です。

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前の写真と前後しましたが、カヌー隊が上がるところ。警察が着いてくる。11時23分。

私たちの船は大浦湾に引き返します。

途中で、クレーンが上がっているのを発見。

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海保の浜です。クレーンをあげていたのは、和船を下ろすためでしょう。私たちが近づいたら下ろした。ここでの海保は何を守る? 12時

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和船で作業するとしたら、海の埋立て工事関連です。国はまた約束を破るのか。許せません。12時。今後の警戒が重要です。

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汀間港に戻ったら今日も米軍がいました。消防車、水中バイクは米軍です。12時19分。


























2016年12月15日 (木)

悔しいね、悔しい。へばっていられない!

 何故この事故が「不時着」なのか?!完全に大破しているじゃないか。飛行が制御されていたならば、こんな落ち方はしない、こんな岩場に落ちない。たまたま死者が出なかったらしいので、「不時着」と強弁したのだろうが、今一番困っているのは、日本政府でなくて米軍だろう。

 何故か。証拠隠滅したくても機体等を簡単に回収できないからだ。海岸の岩場だから、クレーンを現場に入れることができない。浅瀬だから作業船を近づけることもできない。ヘリでもちあげるのも、容易にいかない。自業自得とはいえ、お疲れ様だ。

 私達は今日も墜落現場に出た。抗議もした。オスプレイをアメリカに持って帰れと、私も怒鳴った。

 しかしこの沖縄の海に米軍が出張っており、盛んに牽制をしかけてきた。まさに米軍は治外法権の如く振舞う。米軍は昨日も今日も汀間漁港に消防車等を入れている。名護漁協に、名護市長にことわりをいれたのか。何故安部の集落に出張っているのか。

 悲しいのは沖縄県警の姿だ。米軍の言いなりで、米軍のやりたい放題をサポートしており、規制線を張っている。

 全国のマスコミもどれだけこの事故を報じているのか。NHKは「着水」報道だし、今日は陸の工事が再開されましただろう。

 マスコミは、空中給油の失敗だとの説が流れていたり、4軍調整官は「県民や住宅に被害が出なかったのは、感謝されるべきだ」と公言したことを、どう考えるのか?

 空中給油の失敗だというならば、通常どのような空路で、高度でやっているのかを検証すれば、今回の事故の概要を掴めるはずだ。

 軍トップの発言は、余りにもお粗末だろう。開き直りだけで、部下の命が助かればいいのか。不真面目すぎる。

 沖縄でおきた事件事故のことを知らん振りする体質は、至急是正しなければならない。「不時着」だというデタラメを許していいのか?事実を事実として追及する基本をもたなければならない。これは沖縄だけの問題じゃない。一人ひとりの問題なのだ。

 私は2日間、海に出て、ブログに書いたら、寝不足でへばっている。この悔しさを忘れずに、オスプレイパッドの建設・強化やオスプレイの飛行を許さず、新基地建設を阻みたい。

 この年末から来る17年が最大の山場になるだろう。がんばろう。

 なおこの事故の私のリポートを「リムピース」さんがあげてくださった。どんどん見て、事実を確認して問題を広げて欲しい。

オスプレイ 竜部隊 8027番機が墜落(16年12月14日)

 16年12月14日午後、私達は改めて船で墜落現場に出た。風が強かったが波はたいしたことなし。汀間から現場まで海路で4キロ余り。

安部崎から湾内に入る。リーフの内側。

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マスコミの中継車や米軍ゴムボートがみえる。奥の建物はカヌチャホテル。14時3分。

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安部の浜から出た米軍。後ろに機動隊。14時3分。

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機材の一部が浮いている。ギミ崎そば。14時3分。

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哀れな姿をさらす機首・コックピット部分。場所はギミ崎先端の南側。陸地まで20m。14時5分。

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こちらはエンジンとローター。哀れ。14時5分。

機首は陸地(北)を向いている。ローターは海(南東)を向いている。あさっての方向に分裂しているのだ。

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ゴムボートから乗り移って作業するようだ。14時8分。

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ゴムボートで乗りつけた隊員が何やら大きなドライバーで工作中。14時10分。

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尾翼等。竜 8027番機。岩の上だ。14時12分。

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所在なげな隊員もいる。ピースじゃないだろ。君たちが起こした事故だろ。14時12分。

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主翼の折れ具合は凄い。バッキリだ。14時12分。

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何だか浮いている。14時16分。

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これは落ちている。14時16分。

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右の色物は救命具か(ゴムボート)。14時17分。

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背後に兵隊が多数。この付近に約40名。14時17分。

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海底に何かが沈んでいる。14時21分。

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作業が進む。真剣だ。14時25分。

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エンジン部。機首から約30m海側。14時25分。

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尾翼側。右の奥に県警がただ呆然と。14時30分。

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はずしていたのはこれだ。フライトレコーダー。赤い箱。14時33分。

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背後の岩場では漂着物を回収中。14時40分。

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外したものを回収する。わざわざ近づいてきた。14時52分。

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汀間からやっと米軍のレスキューが到着。先のオイルフェンスの一部をひっぱてきた。14時58分。

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回りに並べるのだろう。15時3分。

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浜にもオイルフェンスが並べられていた。15時11分。

この後、私達は汀間に戻った。

以上の様子から墜落ははっきりしている。不時着の様とは違う。

日米政府の発表によれば、空中給油の途上でのミス。飛行に支障をきたして、キャンプシュワブの着陸帯をめざしていたらしい。北部訓練場から飛行したのか。シュワブの着陸帯まであと5500m。

それにしても夜間に空中給油の訓練を人家のそばでやっているのか。どれだけ離れた場所を飛んでいるのか、高度は?驚ろくばかりだ。

4軍調整官(在沖米軍のトップ)のニコルソン中将は、「人家を避けたのだから、感謝してもらいたい」と安慶田副知事にのたまうた。凄すぎる居直り。国道まで550m、集落まで700mの距離です。



























何故『不時着だ』といえるのか?!

 現場の模様は次項になるが、日本政府の説明は酷い。「不時着」だそうです。基本の基を。

不時着とは、「航空機が、飛行中故障、また燃料の欠乏などのため航続不能となり、予定しないとき、予定しない場所に降りること」(広辞苑第6版)。「航続不能」とはが問題になるだろうが、一般的には、まだ飛行を保てる状態でだ。これが維持できなくなれば、墜落してしまう。不時着したかったとしても、墜落してしまうのだ。

 今回の主たる残骸は3つ。3分解だ。やや正確にいうと5分解+パラパラ。①機首・コックピット等、②ローターとエンジン+主翼の一部。③尾翼の一部。そのうえそれぞれが全くあさっての方向を向いている。

 不時着したかったけどと泣き言を言っても、今回は通用しない。

 また不時着ならばもう少し安全な場所に降りろ。飛行機が落ちるとき可能ならば、海の上のほうがまだ助かる。機体の損傷も少ないし、救命胴着も活きる。ここは岩の上だ。ダメでしょ。もう少し沖に下りてくださいな。

 要は制御不能だったから、こんなところにおちた。言葉遊びは不可。原因究明は事実関係からしかありえない。原因をはぐらかすな。

 米軍も「クラシュ」といっている。

汀間・安部の現場から(16年12月14日)

 2016年12月14日。雲。えらいことになった。オスプレイが落ちたのは、ご当地名護市であり、安部(あぶ)だという。どこだという方に概略をお伝えする。

 大浦湾の東端が安部崎だ。安部オール島付近では時々米軍が演習をやっている。おなじみの辺野古崎から4キロ余り東であり、辺野古テントから6キロ余り東だ。

 朝、辺野古テントに集合するまもなく、何人かは海に出ると。私は出遅れたが、即船に乗るつもりになる。汀間漁港に向かう。8時15分着。既に消防車がいる。よく見れば、米軍の消防だ。レスキュー隊だ。小船ももってきている。関連車両7両。

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また怪しい車が。8時35分。中和剤でないかとの説。奥に待機。

私達の船は既に安部に向かっていた。私達3名は暫く待機。海からの情報を待つ。

私達は陸路を安部に向かう。陸路は国道331号線沿いに汀間、三原、(途中にカヌチャリゾート)安部がある。安部に着くと警察、米軍(Yナンバーも)が多数来ており、取材陣も。まず浜に出る。現場は安部崎の反対側だった。ギミ崎先端部だ(大浦湾の外。東側)。

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左の岩の上にちょこんと2本。ローターだ。横を向いている。リーフの上は間違い。岩の上だ。9時46分。

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浜沿いに北に向かって歩くと規制線。沖縄県警が止めている。9時48分。ここはギミ崎の付け根。このあたりから岩場が広がる。何故通さないのだ?! 私たちの権限だ。何故?沈黙。奥に米兵がいる。ここから現場まで約500m(25000分の1の国土地理院の地形図)。

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規制線から10m先に待機している海兵隊。9時49分。何を思っているのか?

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4名。所在なげだ。9時50分。

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県警。かれはうつむいてしまった。「県警は米軍の下請けか?」に。彼らも辛いはずだ。9時52分。

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米兵がなにやら担いできた。9時54分。規制線付近で撮影。

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第2の規制線。県警がずらっといる。取材陣を止めている。9時57分。

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規制線からややさがって。2本の千切れたマストのようなローター。9時59分。

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低空を旋回している。何だろう。明らかに偵察活動だろう。10時5分。空自のU-125飛行点検機だろう。

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道路から機動隊がワラワラと出てきた。10時12分。高江から来たのだろう。

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機動隊がずらり。10時18分。狭い道の規制にこんなにいらない。

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安部の沿道はこんなだ。警察様と米軍様。何様だい? 10時31分。

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左端はYナンバー。10時33分。

私は別の場所から現場に接近を図る。

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国道左の空き地に待機している米軍トラック等3台。右に機動隊多数。10時38分。

残念ながら深い藪に阻まれて私の接近は不可だった。

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戻ってきたら機動隊がわらわらでてきた。左が海岸。11時40分。

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走れ。左端に米兵が。11時44分。何人居るの?

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集落に近づくとまだ規制。片側通行。11時48分。

汀間に戻る。

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米軍消防3台等。漁港を席巻していることじたいが異様だ。12時39分。

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米軍がトラックからオイルフェンスを下ろし始めた。13時27分。

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米軍のレスキュー隊が点検している。13時27分。

私たちも船に出る。(別稿で)


2016年12月14日 (水)

辺野古、キャンプシュワブにオスプレイが降りた(16年12月13日)

 2016年12月13日曇。急いでブログに挙げようと、朝出るのが遅くなった。辺野古テント着9時45分。

 高校の修学旅行で2クラス、2クラス。前半が来ていた。遅くなってすいません。

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水陸両用装甲車1台。10時3分。

短時間で中に引っ込んだ。

10時25分、米軍ゴムボート1隻出てきたが、これまた短時間で戻った。

10時25分、再び水陸両用装甲車1台(?)出てきたが、これまた短時間だった。

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辺野古川河口を豊原方面に飛び去るオスプレイ2機。11時18分。

西側沖合いから飛んできたオスプレイがシュワブのオスプレイパッドに降りる。

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12時55分。テント脇から撮影。

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12時55分。赤い屋根の左に下りる。

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12時55分。降ります。

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UH-1が左から旋回してきた。これも偵察用のカメラをつけている。13時13分。

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沖合いから入って来たオスプレイ。13時50分。

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再び降りた。13時51分。

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沖合いを東に飛ぶCH-53,2機。

1日、ヘリ、オスプレイが多かった一日。

この夜、大浦湾東の入り口である安部に墜落するとは。








もうエライこった!

 昨夜は、勾留理由開示公判の報告記事を書いていたのだが(未完)、今度はオスプレイが墜落だか不時着だ。明日からシュワブの陸上部の兵舎2棟の工事が始まるので、今日から事前チェックを行なう予定で居たのに。冗談じゃない!!

 安部にも人が住んでいるの。何が普天間の「危険除去」なのか。危険な訓練をどこでもヤメロ!オスプレイを沖縄から撤去しろ!普天間基地を閉鎖しろ!新基地建設を断念しろ!

 事故の原因は明らかにしろ!証拠隠滅を止めろ!海保も県警も事故の共謀者になるな!日米地位協定を改定しろ!

オスプレイ墜落-乗員2人負傷(16年12月13日21時過ぎ)

 昨夜のニュースで「オスプレイ着水」なる珍報道が入ってきた。私は他の原稿に追われていたのだが、今日の沖縄タイムスによれば、「オスプレイ不時着」「名護東海岸機体大破」とあり、名護市安部の海岸(リーフ)に13日21時30分頃、不時着し大破した(写真アリ)。乗員5名のうち2名が負傷し、海軍病院に搬送された。

 事故の内容に入る前に、飛行機が「着水」なる言葉は、救難艇などの飛行艇が海面におりたときの表現であれば正解だが、これは明らかに事故を隠蔽するための言葉である。

◎http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161213/k10010805961000.html

 最近、宜野座村、金武町、名護市でオスプレイの夜間訓練が続いており、低空で、何やらを吊り下げる訓練を含み、住民から危惧の、怒りの声が高まっていたところだった。墜落現場は新基地建設の予定地から数キロの場所だ。

 この安部の岬付近ではこれまでもヘリコプター等の訓練が行われていた場所であり、今回もこうした訓練を行なっていた際の事故ではないか。墜落なのか、不時着なのかもまだはっきりしたことはわからないが、写真で見る限り微妙な感じだ。

◎墜落とは、上空でのトラブルによって、飛行を保てなくなり落ちることであり、不時着は燃料切れや何らかのトラブルで緊急着陸すること。降りた結果、機体が損傷したり人員が死傷することがある。

 米軍と日本政府は事故の内容を隠蔽するために、本日、機体等を持ち去ろうとするだろう。リーフ上であり、機体の搬出、証拠隠滅は案外簡単に行なえる場所だ。私達は事故の実像を把握するためにも現場を至急写真に収めたい。

2016年12月13日 (火)

昨日、最高裁が上告棄却と聞いた

 昨日、16年12月12日、私が那覇簡裁にいたときに、「辺野古違法確認訴訟」の沖縄県の上告を棄却するとの情報が入ってきた。私自身は11月末から予想していたことなので、特に驚きはない。

 それにしても、この国は辺野古新基地建設に向かってまっしぐらであることが、いよいよ鮮明になった。この国は何故「辺野古しかない」と断言するのかを、どうか考えていただきたい。何故海兵隊が沖縄に居るのかも。

 このまま国に押し切られれば、再び沖縄は捨石にされて、戦争の最前線に押し上げられていく。沖縄の犠牲は当然なのだというこの国の論理を私達は打ち破らなければならない。

 上告棄却とは、高裁の住民自治、住民の人権無視の論理の上にたったものだろう。だからこそ私達は、3権合同での沖縄潰しに立ち向かわなければならない。沖縄にも住民が居るのだ。140万人も居るのだ。ここをはっきりとさせていかなければならない。銭金で自分たちの権利、命を売らない人間が居るのだ。

 翁長知事は昨日、「弁論がなく残念」と言ったそうだ。この一言に悔しさが滲みでている。私がほっとしたのは、22日に行なわれる北部訓練場の一部返還式展を欠席ときめたことだ。せめてそのぐらいやっておくれよだ。

 今年の漢字は『金』に決まったと。お金におぼれて、原発や軍事に収斂して行くこの国。カジノまでやるそうだ。やつらだけが儲かる仕組みに全部作り変えていく。

 71年前の「日本」には戦後があった。米国の属国としての戦後が。沖縄はどうだったのか?未だに軍事殖民地の様相のままだ。米日列強の殖民地。

 沖縄に過大な演習場があるのは、何故だかわかりますか。そぐそばに住民が住んでおり、街があり、学校があるからだ。だから戦争の演習に好都合なのだ。戦争は無人島では行なわない。このことがもたらす住民の恐怖と不安を無視されては、困るのだ。

 私達は自信と希望をもって生きていくだろう。決して諦めない。新たな社会像も提起していきたい。殺すための社会でない、生きるための社会を。これは沖縄だからこそ発信できるのだ。がんばろう。 ことは日本全体に重なる問題なのだ。

追記:ひとり一人が問いを引き受けることなしに、長いものに巻かれろという悪しき慣習にとらわれていたのでは、自滅するだけだ。再びわが人生を命を、こどもの命を国家に捧げるのですか。自分自身に無関心であり続ければ、このドツボに嵌る。

海が荒れ、監視船は出なかったが、米軍は出た(16年12月12日)

2016年12月12日。晴れ。海は荒れていた。監視船は0。マリンセキュリティも見当たらない。

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しかし海兵隊がゴムボートを準備中。9時45分。

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フェンスまで見に来た。風の強さがわかるでしょう。9時49分。

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今日もクレーンが上がり(2本)、なにやら動いている。9時54分。

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ゴムボートに満載。10名以上見える。9時56分。

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もう1隻を搬送用の台から下ろしている。9時57分。このあと2隻で出た。

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米兵の動きを見ていたら、ミサゴが2羽。こちらに来るかと待ち構えたが、このあと引き返してしまった。残念。10時。もっとも私の正面(海側)は目がくらむほどの逆光だったが。

辺野古テントに戻る。

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沖合いをオスプレイが飛んだ。10時12分。高江方面か。

10時頃、2機のヘリがシュワブの中のヘリパッドに降下。兵舎に隠れて全く見えないが、エンジン音が止む。このパターンは珍しい。

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何時飛び上がるかとまっていたら、漸く豊原方面に飛び去った。10時19分。機体はUH-1。2機とも機首に偵察用カメラをつけていた。

11時頃、那覇に出発。拘留理由開示公判を傍聴す。 








2016年12月12日 (月)

いよいよ埋立て工事が再開されるだろう(16年12月12日)

 先ほど那覇(簡易裁判所)から帰宅。辺野古の「威力業務妨害罪」の容疑で令状逮捕された(16年11月29日)4名の拘留理由開示公判。思いの外時間が掛かった。私が法廷に入れたのは、Kさんのとき。傍聴に約100名が参集。このなかに、16の席があり、16×4=64名が傍聴した(はずだ)。詳細については後ほどになるが、まともに考えれば、全員不起訴になる事案。未だに拘留しておく理由もないことは明らかだ。

 しかし今日入ってきたニュースによれば、最高裁は沖縄県の上告を棄却するようだ(12月20日付け)。この結果は私が1週間余り前から予想していた通りの動きだ。何故そう読んだのか? 11月29日の弾圧(上記の件)、12月22日の北部訓練場の過半の返還式典、そして11月30日から見えてきた埋め立てを睨んだ現場の動きなどからだ。

 この12月中の期限は、オバマ政権の終了の時機と重なっている。1月からトランプ大統領の政権になるので、その前に、高江にけりをつけて、次は辺野古だといきたいのだろう。この式典にはケネディ大使も呼ぶらしいので、同大使の任期の終了の時機とも重なっている。

 安倍政権はどこまで米国にオベンチャラ政権なのかが改めてよく分かる。米国へのけじめが何よりも大事なようだ。

 つうことで、まぁまぁ疲れた那覇行きでした。傍聴に見えたかたにも、今日の公判は何をする公判なのかがよく理解されていないふしがありました。何人かに説明しましたが、この点も当ブログにまとめたようが良さそうです。

 今週から陸上の兵舎2棟の工事が再開されますが、ドサクサにまぎれて埋立て工事が再開されることはほぼ間違いありません。徹底した監視行動が重要になります。陸から海からの監視行動に参加できる方を募ります。ただし徹底的に非暴力を貫き、言葉の暴力も行なわない決意をもってきてください。参加される方は事前にご連絡ください。

バーガーフェスタでひとやすみ(16年12月11日)

 昨日、16年12月11日は日曜日でもあり、辺野古テントに出ながらも、ひと休みさせていただきました。連日睡眠時間を削っての生活は、かなりハード。

 そんななかで、宜野座村で行なわれたオキナワバーガーフェスタなるものに行ってきました。バーガーですから、米兵も多数来ており、大いに賑わっていました。むろん、私一人でこんなところに行きません。車がないし。

 埼玉からきていた憲法ミュージカルの若いスタッフ3名をYさんが案内するということで、私も同行させていただいたのです。バーガーフェスタなんてと思っていましたら、沖縄から10店が出展しており、それぞれのこだわりがあり、なかなかいけるものばかりでした。それぞれ地元産のものを使ったり、なかにはパンでなく、ライスに挟んだり。お店によっては、長蛇の列。ハンバーガーといえば、マックに代表されるようなファーストフードのイメージが強かった私にはある種のカルチャーショック。

 ハンバーガーの話題はともかく、ここで書いておきたいことは憲法ミュージカルの若者達のこと。今年に入って、3回目か4回目の沖縄への来訪です。2017年5月に埼玉と三多摩の合同企画で沖縄編(キジムナー)に纏わる話の中に、現代に通じる基地問題を入れ込むとか。どんなものに仕上がるのか、楽しみです。出演者だけで100名を超える規模になるそうで、えらいこった。

 結果がどんなものになるかはともかく、お会いした皆さんは、とてもまじめでいい感じです。憲法と沖縄、そしてミュージカルという表現手段が、どう重なり、違和を放つのか。過去と現在、未来にどう重なるのか。素人集団故の(無論専門のスタッフがつく)、新たな可能性もある。

 時代がこれだけ右に傾き、再び国家・軍隊なるものが私たちの日常の中に浮上してきている現在、人々が自分自身にも無関心になり、個が消され、時代の潮流に流されているように思います。差別して何が悪いのだという居直りが跋扈する時代の中で。

 自分たちが創り出す表現は、自分を問い、自分たちを問うことから始まります。ここを抜きにはありえないからこそ、おもしろい。難しい。

 ただ、沖縄から学ぶことも、今の日本の中で、如何なる対抗軸になるのか、自分を問うことは如何なる方向に目を、耳を、身体を据えるべきなのか、迷路の中を歩くようなものかもしれません。

 私は前を向いて歩きたいという若者達に期待しながら、自分も呼応できるようでありたいと思います。状況は厳しいからこそ、協働の力が重要です。

 昨夜は旧友と旧交を暖めながら、一歩前に踏み出すための議論もしました。帰路フェンスにぶつかり、メガネが飛び、肋骨を痛打。酔っ払い歩行も要注意ですね。たいした怪我じゃなかったです。ご安心を。

2016年12月11日 (日)

くつしたアクション・名護署前(16年12月10日夕)

「くつしたアクション」が呼びかけられた。12月だから、クリスマスだからではない。メルヘンとは、何の関係もない。

沖縄県警が12月の寒空の中でも、留置場内にくつしたの差し入れを認めないことに対する異議申したてだ。何故? 如何なる立場におかれていても、人間の身体を守ることはベーシックな権利だろ。くつしたは身体を守る必需品であり、「自殺予防」の名でくつした全部を認めないとは、屁理屈が過ぎる。これは明らかな人権侵害だ。

こうして16年12月10日16時名護署前に人々は集まった。

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呼びかけ人の挨拶があった。博治さんへの思いから、普遍的な人権の問題だと。

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大勢がかけつけた。

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思いは同じ。名護署・沖縄県警に対して抗議の行動。

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こんな名護署をみたことない。

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愛らしいが、実はシリアスな要求だ。

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くつしたが乱立した。

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おじさんの顔は真剣そのものだ。

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博治さんへのメッセージを読み上げるTさん。頑張ってと。思いの強さが、体中を緊張させているようだ。

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けん子さんもかけつけていた。笑いに包まれた真剣さ。何でくつしたがダメなのかと警官に問うていた。










今日は海案内へ(16年12月10日)

2016年12月10日晴れ。監視船3隻、マリンセキュリテイのゴムボート1隻。

今日は札幌の弁護士さんたちが海に出たいと。とういことで、T船長と私が組んで海案内。

あいかわらず臨時立ち入り制限区域を示すブイに警戒船がずらりと並ぶ。

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レジャービーチ脇。フロートが整理されていたが、12月7日とたいして変化なし。

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レジャービーチ上の道路。今日は工事はないようだ。10時45分。静か。

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海保の浜。9日に出てきた和船が3隻置かれている。手前のゴムボートはマリンセキュリティ。

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アルソックも出てきた。10時46分。

辺野古崎を回って、辺野古の海へ。

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ここからみると、工事再開になる2棟が見えた。左奥の茶色っぽい建物。山は辺野古岳。

11時2分。

ハマサンゴを探す。

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右側。奥は長島。

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やや黄色っぽいところ。

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これです。ハマサンゴ。11時3分。

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海中メガネで中を覘く皆さん。でかい!きれい!の連発でした。この海は残さないと。

しっかりと体験学習ができました。

大浦湾中央部はやや揺れます。濡れても暖かいからよかったけれど、これからの季節、乗りたい方は、防水・防寒にご留意ください。

昼前に辺野古テントに戻りました。

送られてきたバナーを縫い付けて1枚(左側)に仕上げたYさん。絵になりました。

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15時26分。逆光を生かして1枚撮りました。









2016年12月10日 (土)

オスプレイの夜間吊り下げ訓練を見に行ったが空ぶり

 16年12月9日。宜野座村城原地区で4日続いたオスプレイの低空飛行訓練、夜間に機体に荷物を釣り下げて、人家の上を飛んでいた。再三の抗議にもかかわらず、米軍は演習場内だと主張。これを撮影しようと、現場に向かう。

 まず宜野座村内にあるコンバットタウンを見る。

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宜野座村の高速の出入り口のそばから入る。15時3分。

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ここがコンバットタウン。市街戦戦闘訓連場。なかなか探し出せなかった。15時29分。

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高圧線の奥に白い建物があり、煙突がある。何だろう。

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沖縄に茶畑が。愕いた。15時33分。

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宜野座村城原区と金武町中川区の堺の奥にある金武町の清掃施設だった。16時1分。

米軍演習場のフェンスにぶつかり、米兵がフェンス内に警備に出てきていた。

仕方なく、やや戻る。

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素晴らしい残照だ。17時46分。

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嘉手納方面から大型輸送機が飛ぶ。C-17だ。17時46分。

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日が沈んだ。18時1分。オスプレイは来なかった。

住民にとっては大正解だ。さすがの米軍も住民をこれ以上挑発するのはまずいと思ったのだろう。これからも私は実態を見極めていきたい。

宜野座村城原の公民館野敷地で待った。18時40分頃今日はナシと判断。帰路に着いた。

今日も新基地建設関連作業の一端が見えた(16年12月9日)

2016年12月9日曇。監視船6、マリンセキュリテイのゴムボート1隻(辺野古側)。

来訪者はぼつぼつ。私も説明もした。沖縄の原状を知っていただき関心をもっていただくきっかけにしていただきたい。そのためには、10分、15分では何も説明できない。表面の裏側に何が隠されているのかをしっていただきたい。30分~1時間の時間をとっていただけるとありがたい。

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巻積雲がひろがる。11時37分。でも半袖で大丈夫。

友人が来ていたので彼とドライブ。

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瀬嵩の丘から。海保のビーチにクレーンが。何を下ろしているのか。12時56分。

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大浦湾。各ブイに警戒船(監視船)がついている。12時58分。

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下り坂でひっそりと咲くリュウキュウムラサキシキブ。13時14分。

辺野古テントに戻る。和船がいる!

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和船3隻。固まって打ち合わせか。13時56分。テント前から。

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ブイの周りでなにやら作業。7人。私も近づいて観る。13時58分。

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13時58分。何してる?

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13時58分。これまでの観察でも随時、ブイの点検はやっていたが、16年3月4日以降は何もしていなかった。新たな動きであることはまちがいない。

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14時、平島から大浦湾に逃げていく。私が撮影していたのを気付いたのだろう。逃げ足が速い。

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浜のフェンス際を警戒するアルソック。14時4分。

13頃から宜野座に移動。(別稿へ)










今朝の沖縄タイムスに「新基地予定地で道路補修工事」と出た

今朝(16年12月10日)の沖縄タイムスに「新基地予定地で道路補修工事」と私の写真がでました。

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12月7日9時38分撮影 山本英夫(再掲)

これはレジャービーチ前の海から撮ったもの。機械はアスファルト舗装作業車です。後部に積んで居るボンベはプロパンガス。

同記事によれば、沖縄防衛局は、この件が何をしているものか答えていないそうです。今後も継続して観察していきます。

安倍政権による不当な市民弾圧を許さない緊急県民集会(12月8)

2016年12月8日18時沖縄県庁前広場

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県庁と県議会を見上げる。

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約500名が参加する中、仲村未央社民党沖縄県連書記長が発言。決して弾圧に屈することなく闘おうと。各政党も発言。

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ヘリ基地反対協議会から浦島悦子さんが抗議声明を読み上げる。

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今夜も来た、爆音・罵詈雑言集団。集会の声が掻き消されてはなはだ迷惑。

逮捕されていたカメラマンの島崎ロディさんが今夕、処分保留で釈放されました。元気そうだった。私もほっとしました。

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デモに出発。弾圧・妨害に負けない気魄もて。

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国際どおりを行く。騒音カーが通過。

しかし「自主憲法制定」とは、ブラックジョークか?皆さんのアイデンティティは?72年の沖縄の「日本復帰」とは何だったのか?歴史を素通りをしてはならぬ。目を開けよ。

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日本山妙法寺さんも参加。

弾圧を跳ね返して、高江も辺野古も共にがんばる。








2016年12月 9日 (金)

沖縄高速道路でオスプレイを撮る(16年12月8日)

米軍は沖縄のあちこちで(演習場内外)低空を飛んでいる。まるで「頭上の敵機」同然だ。

私は昨日夕、辺野古から那覇に向かった。高速を毎時約80キロで走っていた。宜野座村に入ると、突然前方の歩道橋の上を、左(海側)から右(シュワブ演習場)にオスプレイがほぼ真横に飛び去る。慌ててカメラを出す。これを撮るのは間に合わなかった。次々と出てくる。同じ様なパターンだ。漢那ダム、城原過ぎまで。低空だから直ぐに死角に入ってしまい、撮影は難しい。

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16時27分。左からオスプレイがヘリモードで飛んでくる。

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歩道橋の先を右に飛ぶオスプレイ。16時27分。明らかに集落の上だ。

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これは右側。16時30分。この先1,2秒で森の影に消えてしまう。

今朝の新聞に「米軍機 4夜連続飛行 宜野座つりさげ3日連続」とでている。

こうした日常じたいがおかしいだろ。

そうでした、12月8日は真珠湾攻撃の日。皇軍が真珠湾を攻撃し、日中戦争から太平洋戦争に拡大していった。愚かな過去の記憶。あれから75年が経った今も沖縄は軍事殖民地のままだ。


  

オスプレイが4機高江方面に近くを飛び去る(16年12月8日)

2016年12月8日。曇。監視船あり(7隻)、マリンセキュリテイのゴムボート1隻。

今日も昨日に引き続き8時から銃撃音が聞こえてきた。

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9時5分。UH-1キャンプ・シュワブの上を低空で飛ぶ。

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ついでに兵舎側を覘く。今日もクレーンが動いている。9時9分。一瞬、フロートを吊り下げているのを見た。空き地の整理をしているのだろう。

10時40分頃、東京の労働組合がやってきました。私が話しました。そのとき満潮にちかいのに静かなオスプレイが来ました。静かなオスプレイはミサゴのこと。見事に魚をゲットしました。

11時30分頃、自治労から60名がお出でになりました。

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13時57分。東側からMH-60、2機が沖合いを通過。

午後は私の友人が2組おいででした。

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14時33分。うるさいオスプレイが東へ飛び去った。沖合いですが、通常よりも近く低空飛行。このコースは珍しい。

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2機編隊でした。14時33分。

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太陽の脇を掠めるオスプレイ。14時39分。

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14時45分。計4機が飛び去る。高江行きにしては近いコースだ。

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15時40分。今度はAH-1とUH-1。昨日と同じように
低空で突っ込む。これは2名乗りのAH-1.対地攻撃を任務とする機種。

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15時41分。相棒のUH-1.

低空をテントの北から。前部に監視カメラ。これで索敵して、他方が攻撃する。

名護署前-月光の下でカンツォーネを聴く

2016年12月7日17時過ぎ。名護署前に参集。未だ閑散としていた。

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突然大きな音が。いささか機械の操作を間違っていたのだが、カンツォーネが流れた。そんなしているうちに人が集まってきた。

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怒りのシュプレヒコール、激励のシュプレヒコ-ル。お二人に届け!歌も歌う。

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山城博治さんを、稲葉さんを激励する。稲葉さんは今日もハンスト続行中。頑張るな。

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名護署の脇に待機している警官たち。今日は機動隊が出てきてない(待機しているのだろう)。後ろのバスの1台は大阪ナンバー。

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博治さん!と力強く励ましの言葉を送る。

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名護署後ろ側に回る。2階が留置場。ひとりひとりが励ましの言葉を届ける。その多くが高江から返ってきた人たち。参加者は40名余り。半月だけど、ぶれて丸く見えるのは、ご愛嬌。

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ヤスさんが思いを込めて歌う。負けないな。負けたらいかん。お二人を取り戻し、基地建設にトドメをさそう。

「チャオ・チャオ・バンビーノ」が流れる。稲葉さんのリクエストなんだそうだ。彼の笑顔を思い出す。

明日(12月8日)は県庁前の反弾圧の集会に行こう。


2016年12月 8日 (木)

ひょいと置いてみた

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名護署の塀にひょいと置いてみた。2016年12月7日17時過ぎ。別に意味はない。撮影にちょっと邪魔だから。缶蹴り・官憲・キックオフ。etc.

抗議集会が終わった後に、私は正面前に戻って、一人回収に戻ってきました。で回収しました。ごみは持ち帰りましょう。

沖縄防衛局が新基地建設工事再開に動きだす

 既に工事再開の動きと私が報じたのが16年11月30日。このとき第2ゲートの奥から作業用トラックが3台出てきたのだ。12月1日から第2ゲート奥に重機が見え出し、土砂が積まれだした。それがまた減ってきた。何故と訝っていた。

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12月6日13時頃。第2ゲート前。右奥に重機が見える。

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左奥に止まる作業用トラック。これが12月7日7時55分、第1ゲート(新ゲート)から出てきた。

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第2ゲート奥に積まれた砕石。(以上3枚、12月6日13時頃撮影)

そして海側からも怪しい動きの報。早速確認に出た。

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12月7日9時37分。レジャービーチ前から撮影。アスファルト舗装の作業車だ。この道は第2ゲートから入ると、左奥からここに通じている。

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アルソックがこちらに向かって出て行けと騒がしい。

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9時38分。慌てて隠そうとしている。

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右からローラーが出てきた。転圧だ。9時38分。

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9時43分


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9時50。彼は軍警。動画を撮って居る(撮られている)。右は作業員。

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9時50分。こちらを見ている作業員。フロートの片づけを行なうのだろう。

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9時52分。やや離れてみると。

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9時55分。マリンセキュリテイ。ハンドマイクにカメラ。相変わらず忙しそうだ。

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9時57分。海保とマリンセキュリティ。

沖縄防衛局は何故この道を補修するのか?工事再開に向けてだろう。陸の2棟の工事のためならば、この道は明らかに不要だ。

ゲート2箇所からの道を使いやすくして置けば、当然作業効率が上がり、抗議行動を分散できる。時には道路の渋滞を起こしやすくなる。

私は本格的な工事再開は近いと考えている。警戒を強めよう。












2016年12月 7日 (水)

動と静が混ざり合う1日(16年12月7日)

2016年12月7日曇。監視船7隻、マリーンセキュリテイ1隻。

辺野古の朝。

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8時22分。

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テントからもクレーンが見えた。8時43分。

9時~海に出た。(別稿)

食事後オキナワギクを撮りに行く。なかなかいい光がない。タイミングが合わないのだ。

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13時39分。

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やや、2本が動いていたのか。13時30分。

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13時41分。

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13時52分。右側にクレーン、左が工事再開予定の兵舎(はっきりとみえないが)。

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飛行機だ。14時。こういう静かな空が欲しい。

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14時5分。沖合いをオスプレイが飛ぶ。3機だ。高江に行くのか。

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長崎・広島のご一行(左の方と奥)。14時15分。確かに広島・長崎と沖縄の結びつきがもっと強まってよい。戦争被害者として、強めなければならない。

考えてみれば、沖縄が時間稼ぎの戦いを強いられていなければ、ヒロシマ・ナガサキはなかったかもしれない。ヒロシマ・ナガサキは空前絶後の実戦における人体実験。敗戦時、核兵器は生まれていなかったかもしれないからだ。


色紙をいただいた。この紙はあの千羽鶴の紙を漉きなおしたものだと。確かにところどころろに色がにじんでいる。大勢の思いが籠められている。

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今度はAH-1 だ。15時12分。

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2機編隊。機種が違う。AH-1とUH-1。UH-1が策敵して、AH-1が攻撃する。辺野古付近でも時々見かける演習パターンだ。今日は私たちが見ていたからか、やや沖合いに移動した。私たちが夕方テントをでると、再び人家に近づいてきた。

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15時40分。低空に突っ込んでくる。AH-1。

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16時。わがもの顔。

軍事演習と隣り合わせの沖縄。

反弾圧の取り組み

 今、高江の関連で「8月25日の事案で、2名が、辺野古の「1月28日から30日」の事案で4名が不当にも逮捕され、拘留され続けています。特に山城博治さんはこの2件のダブル拘留です。今日でなんと52日目。

 国家権力の弾圧を跳ね返すために、警察署(留置場)前で激励と早期釈放に向けた取り組みを日々行なってきました。明日緊急ですが、基地の県内移設に反対する県民会議の主催で、反弾圧の大きな、高江・辺野古を貫いた取り組みを行ないます。是非とも集まってください。被逮捕者を取り戻し、基地建設を止めましょう。(ヤマヒデ)

日時:16年12月8日18時~

開場:県民広場(那覇の沖縄県庁前)

集会の後デモ行進も。

◎くつしたdeアクション-靴下と鳴り物を持って集まろう。

12月10日、名護署前で、「くつしたdeアクション」が呼びかけられています。これは寒空にもかかわらず、留置場の中に「靴下のさしいれ」が認められていないことへの抗議であり、要求です。特に寒さに弱い人には致命傷になりかねません。体調の維持こそが中で闘う基本ですから。

 こうした取り組みが、心優しい人たちから呼びかけられています。12月10日16時~18時名護署前(名護市内国道58号線世冨慶交差点近く)に集まろう。

●因みに警察が言う靴下が入らない根拠は「自殺防止」です。タイツを入れろといっているのではありません。靴下のどこがダメなのか、はっきりさせろ!自殺防止よりも健康管理を重視しろ!(ヤマヒデ)

今日はテンコ盛の忙しさ(16年12月7日)

 今日の予定は海からのシュワブ内の工事状況を探ることでした。沖縄防衛局は建設途上の2棟は、新基地建設とは関係ないからと県の承諾をえていますが、第2ゲートから接続する海側の道の補修工事をやっています。これを海から確認しました。午後からオキナワギクの撮影に出るついでに別の場所の作業の様子を確認しました。15時頃に被団協の皆さんがお見えでした。さらに辺野古の海周辺でヘリ2機が繰り返し飛び交い、演習をやっていました。ということで、報告すべきことが山のよう。

 いよいよ辺野古の闘いを力強く再開せざるをえない状況がやってきます。反弾圧の取り組みもさまざま入ります。気合を入れて頑張りましょう。これから名護署前に行ってきます。

これが沖縄の現実なのだ(16年12月7日)

 今朝の新聞によれば、12月6日午後から21時過ぎに掛けて、宜野座村城原の民家の真上をオスプレイが物を吊り下げて低空を飛んで居る。騒音は90デシベルを超え、最大102デシベルだったとある。この音だと騒音を超え、轟音だ。他の音(声やテレビの音など)を完全に遮断するレベルだ。

 吊り下げていた物が何だかわからないが、オスプレイがヘリモードで飛びながらまっすぐに垂れているのだから、そうとうな重量のあるものだろう。これが民家の上に落ちれば、人を圧殺し、民家等を破壊すると考えるのが常識だろう。これまでにも沖縄ではこうした事故が何件も起きている。これを懸念しないほうがおかしい。

 沖縄防衛局は、米軍に抗議したというが、住民からの聞き取りをしっかりやって、政府をあげて抗議すべきことではないのか。

 私がこの現場の写真を見てわかることは、手前の人物の大きさと、オスプレイと後方の樹木の大きさ、高さを比較すれば、高さ30mから50mではないか。

 呼び出された防衛局の職員は、「何故こんな飛び方をするのかわからない」と言ったらしいから呆れる。いかに住民目線で見ていないかが分かる発言だ。何故か、米軍はここを(城原の集落の上を)戦場だとみなして訓練しているからだ。そこに民家があり、人がいる、そのことを意識しながら無視できるのが優秀な兵隊だからだ。

 そして高江の住民訴訟。那覇地裁は違法な騒音を認めずと、訴えを全面的に却下した。司法も、この島に人は住んでいないとでもいうのか!那覇地裁の上も掠めるようにオスプレイがヘリモードで飛んで居るのだ(16年12月1日午後2機を現認)。那覇地裁の上に落ちても知らんぞ。

2016年12月 6日 (火)

ついでにパチリのモンキチョウ(「今日の1枚」ー16年12月6日)

16年12月6日。瀬嵩の丘から降りてきて。

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ツワブキに止まるモンキチョウ。12時42分。

嵐の前の静けさだろ(16年12月6日)

2016年12月6日曇。何故か監視船は不在。

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辺野古の海には何もいないと思っていたら、全力で飛ばしてきました。マリンセキュリティの2隻のゴムボート。9時59分。

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シュワブの浜の前では米軍ゴムボートが2隻、やっています。11時00分。

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テント前。クロサギが朝を求めています。11時17分。あたかも座り込むようなかっこうしている。

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波が来た!ケッ!平気だぜ!11時18分。

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そろりそろりと。11時41分。

さてと辺野古沖には監視船は居ないが、大浦湾側はどうだろ?

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瀬嵩の丘から。いたいた。これはマリンセキュリティの船。12時36分。

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シュワブを覘く。制限区域にそって監視船がいる。12時39分。

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ススキを撮る。 12時43分。

辺野古に戻りました。

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今日もクレーン動いているらしい。14時51分。

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アップしてみたが、建物に阻まれて見えない。14時55分。

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漁港の護岸から。アルソック2名。私を監視中?。右の2人。14時56分。

今日も沖合いをオスプレイがヘリモードで飛んだ。行ったり来たり。CH-53も往復か。




昨日、東京からの電話で「チャ・チャ」て鳴く鳥は?と訊かれて

 昨日(16年12月5日)の朝、東京の妹から突然電話がかかってきました。「チャ・チャ」と鳴く鳥は何?と。辺野古テントに居る私は、やや慌てながら、ウグイスでしょ、と答えました。やや慌てたのは、どこになにが居るか否かが、大きな判断ポイントになるからです。それを頭の中で、ポンと沖縄仕様から東京仕様に変えなければなりません。だから突然訊かれてもとなるのです。

 ただウグイスは国内に限れば知床半島から与那国島まで生息しています。富士山山頂部から0mの平地まで居ます。極めて環境に対して適応力の高い鳥です。だから瞬時に答えられましたが、大概は一瞬の間合いが必要になります。

 そんなやりとりがあったので、昨夜はメジロを揚げました。メジロとウグイスは色合いが似ていますから。

 沖縄仕様といっても、八重山仕様は別ですし、、同じ八重山でも石垣仕様と与那国仕様にも違いがあるようです。まだまだ私の観察は不十分ですが、自分の頭をポンと一叩きしたら変えられるような柔軟な頭でありたいものです。

生活が乱れ、疲れ果て(16年12月6日朝)

 12月3日までに書くと言っていた原稿が4日になって、5日未明から書いたので、遅れるは、寝不足だわで、今朝まで生活のリズムが乱れた。

教訓①原稿を締め切りまでに書くためには、事前に準備を行っておくこと。気力をそこに集中させること。

教訓②もう体力の余力がないのだから、体がいうことを利かないときはさっさと寝る。それからやる。中途半端にやっても無駄。

昨晩は予定は未定の状態に。メシを炊きながら、喰えず(今晩喰うか)。洗濯しながら干せず(今干した)。シャワーを浴びたものの、まだ頭が動いていないかんじ。外は風強しだが、晴れてきた。よし行くぞ!

その原稿ですが、いささか手を入れて、今晩中に当ブログにもあげるつもりです。自分なりの整理ですが、今後に生かせると思います。政治的な弾圧には、こちらも政治的に構えなければなりません。

名護署前 釈放要求・抗議集会に60名(16年12月5日)

毎日の取り組みですが、私も12月5日は参加してきました。今、名護署には山城博治さんとⅠさんのみ。Tさんは那覇の拘置所に移管されたそうです。8月25関連でまだ捕らわれの身は、2名のみ。11月29日関連は4名で、計5名です(山城さんはダブルなので)。

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頑張ってと声をかける。名護署前。17時15分頃。

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釈放しろと、シュプレヒコール。東京からも神戸からもきています。

なんだか私の知り合いが多く来ていました。ご苦労様。ありがとう。

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丁度山城さんが弁護士と接見。2階の正面、明かりのついている部屋に居ます。ガンバレと手を振る。

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こちらは名護署の裏手。留置場のあるほう。この明かりの中にⅠさんが閉じ込められている。彼はハンスト中。12月5日で7日目。接見した人の話では元気だと。

18時20分頃、接見から出てきた弁護士さんが報告。山城さんの保釈手続きを行なっているが、どうなるかと説明あり。余り期待せず、待ちましょう。

名護署の表でも裏でも、一人一人が声を発しました。私も一言しゃべらせていただきました。突然ふられると、やや慌てますが、今次弾圧の狙いと私たちの闘いの意義。

丁度、某紙にこの原稿を書いたばかり。近日中に当ブログにも掲載します。

 

高江帰りの人たちが立ち寄ってくださる辺野古テント(16年12月5日)

 2016年12月5日曇。暖かい(12月なんですけど)。監視船7、マリンセキュリティのゴムボート1隻。静かな朝。

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曇っていますが、雲間から漏れ出す光が美しい。テント前。

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来訪者が来ていましたが、私は河口の撮影。立ち位置を少し替えただけで、全然変わる。

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これはテント前から。以上3枚は半径5mの半円の中からです。1,2分以内の撮影。

今日は人が居なかったので、オキナワギクの撮影は断念。

午後から高江帰りの皆さんが何組もきてくださいました。神戸(複数のグループ)から、など。北海道から見えた家族連れは、これから行きますと。

私は辺野古と高江・伊江島のつながりについて、強調しています。またいよいよこの国は辺野古・大浦湾にも牙を向けてきます、と。

中には次々とご質問を出される方がいます。ウチナーンチュの方でした。今は確か埼玉に住んでおられるとか。私は空間(地理)と時間(歴史)とが重なるように話します。娘さんも隣で聴いていて、納得しているようでした。

ただ残念な反応もあります。米日対中戦争はありえないと、決め付けて、そんな可能性は考えたくもないという反応です。起こってから慌てても手遅れです。

テントをしまう16時頃も来訪者があり、私が対応しました。高江帰りでも、高江に行く前でも、辺野古テントに立ち寄って、見て、聞いてくださいね。お待ちしています。

 午前中は実弾練習の音はしていませんでしたが、午後から聞こえてきました。オスプレイ1機が沖合いを飛びました。戦闘機は雲の上を5機通過。

2016年12月 5日 (月)

メジロのチョコすわり(16年12月5日)

今日は偶然から面白い写真が撮れました。拡大してみてください。

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テントの脇にある木の付近で、リュウキュウムラサキを狙っていましたが、空振り。そしたらこちらがいました。メジロです。よーく見ると足が可愛い。チョコ座り。

大きな望遠レンズをつけていなかったのは残念。

2016年12月 4日 (日)

高江オスプレイパッドは16年12月16日竣工だとよ

 ツイッターを見ていたら、北部訓練場のオスプレイパッド(N1×2箇所、GとHの計4箇所)の工事はやりなおしていたりして、年内竣工無理とあった。ところが今、ヤフーニュースに「12月16日竣工」と出ていた。どちらが正しいのだろうか?

 私が知る限りこんな例もあるから。与那国島の沿岸監視隊の隊舎等の話だが、当初「16年3月31日竣工」だった。が、今看板に書かれているのは「17年6月30日」。1年3ヶ月も遅くなるのだ。未完成にも係わらず、同部隊は16年3月28日、隊旗授与式をやって、新たな部隊が新編されたのだった。

 北部訓練場の場合、米軍への提供施設だから、こんなふざけた形式主義は通用しないだろう。16日に「完成」しても、ちゃんと契約書どおりできているのか、部内ではあるが検査行為がある。この検査を受けて始めて業者に契約金額が支払われる。竣工といえるのは、検査後のお墨付きを得てからのはず。

 現場での反対・阻止の闘いとは別に、同局の検査行為の行方にも注目していきたい。

沖縄防衛局 総務局総務部契約課(検査行為もここが所管だろう)

         調達部土木課(ここが本件担当課)

  因みに総務部長は眞鍋 誠孝(まなべ しげたか) 調達部長は茂龍勇人(もろ はやと)

沖縄防衛局の代表番号は 098(921)8131

辺野古リレーが辺野古・高江の闘いに対する弾圧に抗議声明

 東京の辺野古リレーが11月29日に受けた辺野古の闘いに対する弾圧に抗議声明をだしてくれていた(16年12月3日付け)。改めて感謝したい。

◎以下の通り。

https://henokorelay.wordpress.com/2016/12/03/protest_statment-2/

私は、今後行なわれるだろう拘留理由開示公判や名護署前での激励行動などに極力参加し、継続して報告したい。

今日はお休みして、諸々の用事を済ませます(16年12月4日)

 ちょいとハードな1週間が終わり、次に備えなければならない。だから今日はお休みしています。依頼原稿を執筆中。布団を干して、衣類も入れ替えなければ。

 知らない人は知らないだろうが、久々に村上寛のドラムスをCDで聴いている。サックスは峰厚介だと直ぐに分かった。懐かしい。村上、峰、本田竹広(ピアノ)のネイティブ・サンも懐かしい。

 こういうのを聴いていると、1974年の新宿時代を思い出す。階段を下りていくとおもしろい空間があった。苦しかったけど楽しかったな。今もそうかも知らないが。

 しかし防空壕とか壕に逃げ惑うなんて嫌ですよ。しかし怖いものは台風に、津波に、雷雨まではともかく、テロとか爆撃は、勘弁願いたい。でも、起こりそうだから怖い。めげない精神をもたんとな。培わないと。

 今週末から来週にかけて、複数の友人が来るらしい。きちんと会って、情報交換やら営業やらもやりたいものだ。

 では、本日後半戦に入りましょう。

 

2016年12月 3日 (土)

特約の来訪者との懇談と、海へ(16年12月3日)

 2016年12月3日。薄曇り。監視船がしっかりでていた。今日は10時過ぎからある方を通した特約の懇談が入っている。私は辺野古テントの専従スタッフでないから、こうした対応も許されると、勝手に考えている。ただの「常連メンバー」に過ぎないから。

 9時過ぎから京都の女性がゲート前から降りてきて、ゆんたく。各地の現場の闘いをどうすればいいのかを、ややつき合わせた。私は国とはウソをつくものであり、当初最小に見せかけて、最大を追求して来るものだとお話した。京都の経ヶ崎では米軍のXバンドレーダー基地を造ったが、自衛隊の演習場と繋がる道路を造り、自衛隊の演習場で射撃演習までやっている。これは当初の説明にはなかったことだと。私は国のウソを見破るためには、疑ってかかることが重要だと話した。

 そういえば、辺野古の最初の触れ込みは、「ヘリポート」だったよな。明らかなイメージ操作。

 10時過ぎに兵庫県の弁護士さん3名が現れた。時間はあるということなので、じっくりしゃべらせてもらった。約2時間。SACO合意からの20年。中部演習場と北部演習場の実態の一端。現況。辺野古区における歴史的な問題点。臨時立ち入り制限区域と地位協定の関連など。岩国基地の先例(埋立ての方法、飛行場+岸壁の設置)と、辺野古問題など。質問がどしどしでるので、議論の密度が高い。

 そのあと松田浜に出て現況を説明。フェンスのことや地盤がずれていること。アルソックと監視船のこと、水陸両用装甲車の訓練、目の前にできている大きな水路(通常は涸れているが)も装甲車が烈しい演習で砂を掘ったからだけでなく、上部の兵舎の移転工事に伴うものではないかなど。

 その後、昼食を挟んで、汀間港へ。運よく船に乗れることになった。そしてサンゴ礁を見ることができた。

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アオサンゴ群体。ずっしりと広がっている。視界が狭くて申し訳ない。

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テーブルサンゴ。一部白化している。しかしきれい。うっとりというのか、こうした海をつぶしてはいけないと、改めて思う。

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カヌチャベイホテルの前。

皆さん大満足でした。

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汀間から瀬嵩方面を眺める。15時24分。

そして辺野古に戻る。

2016年12月 2日 (金)

再び自衛隊が辺野古漁港に現れた(16年11月28日)

2016年11月28日曇。監視船はマリンセキュリテイの小型ボート1隻のみ。何故だろう(名護漁協の総会だったらしい-事後情報)。9時8分。上空を戦闘機4機通過(雲の上なので推定)。来訪者(団体)が被ってしまい、テンテコマイ。

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右側のグループと左のテントの中。

午前中、大賑わい。

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テント裏手(北)を飛ぶMH-60.ここでこの機体が演習するのは珍しい。14時36分。

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左(西)に。14時36分。

今日もオキナワギクを撮る。

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こんな岩場に咲く可憐さ。

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こう陽があたってくれると、いいね。14時58分。

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やや日陰だが。15時。

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海をバックに入れた(青い部分)。15時9分。強風に潮に耐える力が小さな体の中に宿っているのだ。

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クレーンが動いている。何をやっているのだろうか。工事再開に向けた準備作業だろう。15時9分。
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テントに戻ってきた。

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漁港の中に自衛隊の車発見。15時21分。何しに来たのだろう。

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このナンバーは自衛隊。

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4人乗っている。沖縄地方協力本部。かりゆしを着ているが、純然たる自衛官。

私たちを取り巻くものたちは確実に増えている。油断できない。追い返しました。15時26分。









大型ヘリが頭上を飛び交った一日(16年11月22日)

2016年11月22日 晴れ。朝から米軍ヘリコプターが沖合いを、裏手を飛び交い、うるさかった。

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これはテント前から北側を見上げたもの。音は左から接近。そこへ右からも飛び出してきた。12時47分。全部で3機だった。

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12時48分。交差して右から来たヘリが前に出た。

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12時48分。頭上を飛ぶ。大型ヘリCH-53.

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もう一度、飛び交う。12時51分。

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再び頭上。12時51分。

真上に来た。12時51分。

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再び頭上。左側にカメラをつけている。12時55分。これはどうも私たちを撮っているのではないか。威嚇力満載。

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更にもう一度。12時59分。こちらも構えているから、あちらもか?

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12時59分。

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今度は沖合いを14時46分。

こういうときに限って、来訪者が少ない。

誰が損して誰が得したのか-余談ですけど-

 先日(16年11月29日)の県警による辺野古のテント2へのガサ入れの状況については報告しました。あの時もうひとつの舞台も回っていたのです。これを報告します。余談ですけど。

 このテント2は三方が森に囲まれています。あのとき、木から木へと移動しているメジロがいました。けっこうな数だと思います。他にシロガシラ、ヒヨドリ、シロハラも付近にいました。そこに2回ほどサシバが木の上に舞い降りました。このタカは小鳥類やネズミ類を主食にしています。このときもメジロなどを捕まえて食べたかったのでしょう。やる気十分でした。

 しかしサシバは躊躇したのです。普段観たことがない異様な人間達。全員がマスクをして、サングラスの奴もいる。人相の悪い彼らが20名余り。さすがのサシバもびびります。急降下しかけましたが、途中で回避。上空に舞い上がって行きました。

 お陰で助かったのが小鳥達。良かった! 

 しかしここに新基地が出来たらどうなるのか? 

シュワブ陸上部の工事は12月10日からだと報道(16年12月2日)

 2016年12月2日。曇ときどき晴れ。監視船等は通常通り。今日も比較的静かだった。オスプレイが飛んだり、地上攻撃ヘリが飛んだが。来訪者も少なかった。

 午後の晴れ間にオキナワギクを撮影。昨日行ったところ、群落の密度が高すぎて、踏みつけかねない。仕方なく逆方向から回ってみた。

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岩場に咲くウコンイソマツ。まだ咲いているのか。

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岩場に咲くオキナワギク。高いところにも咲いていた。下から見上げるように。

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光が当たっているといい。だが逆光だと、難しいからお気をつけください。

岩場を1周しました。踏みつけないで済んだのは、たまたま潮が引いていて、海辺に下りれたから。

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ここが国が陸上部の12月10日から工事再開予定の建物です。右奥。14時45分。

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右側ではクレーンが動いていました。14時46分。護岸から。

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左奥が工事再開予定の建物。右奥にクレーンが見える。14時48分。

工事再開となるとまた緊張します。

今日はSACO(沖縄特別行動委員会)合意20周年。辺野古も高江もこの文書によって、ここまで追いやられてきた。「負担軽減」なるウソを見抜いてもらいたい。住民にとっては負担倍増、いつまでも。海外での戦争準備に明け暮れる海兵隊に、私達はいつまで付き合わなければいけないのか。それに自衛隊がどんどん入ってきています。

 15時前にテントに戻ったら、来訪者が立て続け。この「合意20周年」を軸に説明しました。

◎夕方帰路に第2ゲート前に注目しました。昨日重機が入っていたからです。ゲートから奥で重機が動いていました。盛り土の作業中。何のためか。明日以降しっかりと確認したいと思います。

シマバナナと弾圧(16年12月2日)

 先日いただいたシマバナナが食べ時を迎えている。自重で一斉に幹から落ちてしまう。むろん本体から切ったものがです。さらに剥がれていく。慌てて食べないとアリに食べられてしまう。

 弾圧が続きます。全くありがたくないことですが、漸く敵の狙いがはっきりして来ました。また沖縄の闘いの中で、改めて弾圧の問題をしっかりと組み込んだ総括をしていかなければなりません。

 沖縄の2紙は沖縄特別行動委員会合意(96年12月2日)から20年の企画記事を掲載しています。この合意が何だったのかが問われています。さらに96年4月17日の「安保再定義」以降の米日政府の戦略的な転換が意味するもの。この水準と日本政府の、特に安倍政権の野望。

 このまま行けば、再び沖縄は、日米政府によって、喰われてしまう。「日本」も相当食われていますが、国民はまだまだ気づいていない。お互いに、後の祭りになる前に頑張りましょう。私たちが生きている限り、諦めず。

 シマバナナを食べられる喜び。地元産のものを食べられる喜びは、私は極めて大切なことだと考えています。

2016年12月 1日 (木)

ある写真家に対する「共謀」逮捕のデタラメぶり(16年12月1日)

 本日16年12月1日、11月16日に高江の「8月25日」の公務執行妨害+傷害の容疑で不当逮捕されたRさんの拘留理由開示公判が那覇地裁で開かれた。私は写真家の誼で行ってきた。実際「犯行現場」なるところで撮影していたことが、勝手に共謀とされては、たまらない。権力が「犯行現場」だと認定しようが、そこで何がおきているのかを記録するのが、報道写真家の使命である。権力はそこを承知しているからこそ、敢えて「共謀の上」として、つぶしにかかっているのだ。

 今日の公判でわかったことが多数ある。「8月25日」の現場での行為を公務執行妨害+傷害にするためには、確たる証拠がなければ成立しない。沖縄防衛局が当日やっていた公務とは如何なる公務をしていたのか。これに対していかなる有形力を行使したのか?防衛局職員の右肘に怪我を負わせたといい、彼も暴行を働いたというのだが、彼の暴行について何も具体的な釈明はなかった。職員の怪我と写真家の暴行に因果関係が見えてこない。

 写真家が今正に現場を撮っている時、突然共謀しますなんてことはありえない。写真家は撮ることこそが第一義であって、共謀しているばあいじゃないからだ。写真家が有形力を行使する、暴行を働き、傷害を負わせることは、およそ考えられない。カメラを両手でもっているからだ。もしも片手で殴るとすれば、カメラを破損させかねない。そんな野暮なことを写真家はやらない。足で蹴ったとすれば、その根拠をしめさなければならない。

 にもかかわらず警察・検察・裁判所がこれを認めるとすれば、よほどの立証がなされなければならない。このままでは、撮影者の表現の自由は完全に潰されてしまう。

 また、逃亡の惧れがあり、証拠隠滅の惧れがあるというが、何処に逃げるものか、証拠隠滅するものがあるか。

 また本件で逮捕されたものの内、2名が11月29日に保釈されている。処分保留だ。彼らが暴行を働いたかのように拘留理由書の中に書かれているが、何故彼らは処分保留になったのか。証拠がないからだろう。まして撮影目的で現場に居た彼を「共謀」に仕立てることには無理がありすぎる。

 論理的整合性のない推論だらけの文書で、拘留をよしとする判断を続けることは地裁の恥だろう。これは国による高江ヘリパッド建設に加担することにほかならない。

 この公判への傍聴希望者は50名近くおり、20名が傍聴した。ご本人もしっかりしていた。元気そうだった。

 因みに私は彼の画風(センス)と多くを異にしているし、ものの考え方も相当違うはずだ。しかし同じ写真家として上記の一線を譲ることはできない。

陸上部の工事が隠密裏に始まった(16年11月30)

2016年11月30日 曇 監視船(数未確認)、マリンセキュリティのゴムボート1隻

 昨日の大弾圧から1日たった。昨夜釈放されたT君が本日辺野古テントに戻ってくる。

 10時前に来た。やや、やせたかな。だが、元気。不当な拘留22日目での解放。本当に良かった。カヌーチームの仲間が、ぱらぱらとやってきて、彼を激励。

 彼は検事によって、処分保留になったのだが、起訴されなかったのは、完黙の結果。そもそもがでっち上げ逮捕だから、立証できるだけの証拠がなかった。完全黙秘こそが身を守る。

 辺野古テントのYさんが今日の昼食にカレーを振舞ってくれた。こういう心遣いは、嬉しい。本人は3杯も食べていた(私は2杯)。

 午後、やっとオキナワギクの撮影に出る。満開だ。降りて行きたいが、足の踏み場がないほどだ。

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丁度いい光線が当たっている。15時8分。

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日陰で。風で揺れてぶれている。

シュワブ内の動きとして、クレーン等の動きは見えなかった。

だが帰路、シュワブゲートの第2ゲートから出てきたトラック3台と遭遇。空身。内部に機材を搬入した後か、内部でフロート等の置き場を変更したのかもしれない。陸上部の工事が隠密裏に始まったとみるべきだろう。

夕刻から名護署前に抗議と保釈要求行動へ。

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名護署前。抗議のシュプレヒコール。17時45分。

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安保廃棄の歌。17時53分。

騒音源が来た。

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ホントにうるさい! ガナリ立てる。1時間以上、名護署前を行ったり来たり。半径500mまで聞こえている。

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警察署前をゆっくりと流しながら怒鳴る。18時21分。

それにしても挑発に乗る困ったさんがいる。私は気が気でない。挑発しても何の意味もないのだ。彼らと張り合っても、混乱するだけだ。彼らの思う壺にはまるな。

 

名護署前抗議行動に150名が参加(16年11月29日)

 既報の通り、16年11月29日、沖縄県警は新たに、16年1月のキャンプシュワブゲート前でのブロックを積んだり下ろしたりの行為に対して、今頃になって「威力業務妨害」だとして、新たに4名を不当逮捕した(1名は再々逮捕)。また高江では、道交法違反容疑で、1名が不当逮捕された。

 このうち、名護署には3名が留置されている。こうした弾圧に抗議し、即時釈放を求めるために、市民は14時過ぎから名護署前に集まった。また17時過ぎから再度集まった。150名余り。以下名護署前。

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入り口脇で。立つのは福岡県警機動隊。

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「今こそ立ち上がろう」を熱唱するヤスさん。

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宮古島からも親子連れがきていた。

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目取真さんは、やんばるに生きる者の生活が掛かっているからやらざるを得ないのだと、舌鋒鋭かった。

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Tさんも歌で仲間を激励。

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接見に入った人を速やかに入れろと抗議。

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彫刻家の金城実さんもきていた。不当弾圧を許すなと。歌も交えて。

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中からは性懲りもなく違法な撮影中。抗議。

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川口真由美さん。いつもよりさらに力強く歌う。

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朗報が入ってきた。「8月25日」の件で11月4日に逮捕されていた2名が解放されたと。やった!那覇署、与那原署からでたので、これからつれてくると。

私も電話でこの情報を確認できた。良かった!

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名護署。2階の窓(ミラーのあたり)から手を振るシルエットがみえた。市民の激励の声は届いているのだ。

私は「明日会える」と思い、彼らの到着を待たずに19時頃帰宅した。












 

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