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2016年11月13日 (日)

今日は嘉陽のオジィの告別式(16年11月13日)

 一度旅に出ると、ブログに書く時間がごちゃごちゃになるが、ご容赦願います。

 今日11月13日は、去る16年11月3日に突然亡くなられた嘉陽宗義(94)さんの告別式。辺野古で行なわれる。オジィはここ辺野古に新基地建設問題が生じた96年から地元で反対運動をやってきた。彼の口癖は、戦争は絶対にナラン、と、あの(71年前の)戦争のとき、この海があったから私たちが生きながら得た命の海なのだ。

 彼の体の中には、撃ちこまれた弾丸で除去できないものが、そのままあった。戦争を忘れるにも忘れらず、人生を全うしたのだ。毎週火曜日、辺野古テントに座り込みにきていたのだが、数ヶ月前から来られず、私たちも心配していた。入院されているが、お元気そうと聞いていた。

 11月3日夕方、私は与那国島で、今日亡くなられたと電話を受けた。丁度今から皆で食事の時間だったこともあって、慌てた。慌ててもしょうがないのだが、やはり動揺した。私自身、長年、励ましをいただき、今日まで辺野古のオジィらと共にやってきたから。

 出棺式が5日と聞いた。自分は見送れないが、与那国でなにかしようと考えた。あいにく11月5日の予定は、基地の撮影に特化しており、海を見るいい場所には行かない。どこがいいか考えながら歩いた。海を見ながら、オジィに追悼とお別れの言葉を呼びかけたかった。

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5日14時45分撮影。宇良部岳登山口のある牧草地を前に、島の南東方向だ。辺野古方向ではないが、お赦しを。半ば目を閉じながら、半ば海と相対しながら、これまでのオジィの活躍に感謝しつつ、これからもオジィの遺志の一端を担いながら、辺野古に新基地を造らせないように頑張ります、と。あわせて、ここ与那国島が戦場にならないように、島の人達の安全が真に守られますようにと願い掛けをした。

 与那国の海と辺野古の海は、約600キロ離れているが、海は地球をめぐっているのだ。海はあらゆる生物の起源なのだ。その海を戦争の具に使うなど、もってのほかだ。怒りも改めて湧いてくる。しかし私たちが相手にしている権力は、巨大だし、狡猾だ。人様のお金も勝手に使う。

 私は、これからもオジィの顔を思い浮かべながら、闘い続け、撮り続ける。

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