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2016年11月

2016年11月30日 (水)

猫と警官(16年11月29日)-テント2

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 主役は猫。不当極まりない家宅捜索中の1シーン。ちょっと視線を外したら、これだよ。猫は警察なんて知らないよ。自然体でやっている。因みにこの警官は猫を見ていないようだ。道路外の人人を見張っている。このいきちがいが、おもしろいね。

 しかし現実問題、ここに基地が出来たら猫も犬も人間も住めなくなるだろう。みんなの力で勝手なことはさせない。

 弾圧されても、楽しむ余裕が必要だ。想像力を失ったらおしまいだ。

ヘリ基地反対協議会(テント2等)等への家宅捜索と令状逮捕

 2016年11月29日。気持ちいい晴天。朝8時、私は久しぶりに辺野古漁港内で県警公安部が乗ったレンタカーを見かけた。「やはり工事再開の下見に来たか?」と思ったのだ。

 8時過ぎ、電話が鳴った。高江で2名が逮捕されたと。1名は令状逮捕。他は関西から来ていた人で、道交法だと。8時15分過ぎ、「警察が来ているよ」、「家宅捜索だ」との声が飛んだ。私達はテントからテント2(プレハブ)に走った。

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プレハブに着くといるわいるわ。警察官約20名。家宅捜索だ。8時18分。

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県警刑事課が捜索令状を示し説明。8時21分。

容疑罪名は、威力業務妨害。シュワブゲート前でのことらしいが、詳細は分からない。どうも先に別件で逮捕されているYさんの再逮捕と、3名、計4名に令状が出ているようだ。

私が捜索後原状に復帰しろと指摘した。きちんと監視しないと、ガチャガチャにされてしまうことがあるからだ。捜査員は了解と。

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プレハブに上がり中を点検していく警察官。8時27分。

古いビデオカメラが出てきたが、電源をどう入れるのかと聞いてきた。ここだけど、これは2年以上使っていないよ。私達はこれまでみたことなかったよ。全く動かない。

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捜査員の車。左が最初に漁港内でみかけたもの。レンタカー。8時29分。

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こちらの撮影を妨害しようと立ちはだかる機動隊。捜索令状があるからと撮影を違法行為にできるわけがない。8時31分。

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急を聞きつけて駆けつけてくれた人達を規制する機動隊。8時49分。

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プレハブを終わり、シャワー室、トイレ。「何もないよ」。9時。

物置小屋を見て、もうひとつのプレハブ。

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手前の彼が私の撮影をしきりに妨害してくる。邪魔!バスケットをやろうか?あっちをむいてしまった。9時40分。

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ゲート前のテントを捜索していた連中が降りてきた。なにやら打ち合わせ。9時45分。

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ここは棚がつられており物が多いためか、時間がかかる。それにしても威力業務妨害を裏付けるようなものがあるわけがない。9時49分。

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ラストのテント内。犬たちも呆れて、寝込む。10時1分。

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応援の捜査員が加わり約30名。わさわさだ。10時6分。

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捜査は終わったようだ。押収品目はなし。当たり前だ。そもそも嫌がらせのためにきているようだった。10時13分。

次はヘリ基地反対協議会の事務所を捜索すると。

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道路側から撮影。捜査員の車両で溢れた。10時17分。

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応援できた捜査員。サングラスに携帯電話。感じ悪い!10時28分。

全部で2時間余りの捜索だったが、警察は何も押収できなかった。今回の特徴は①徹底的な証拠資料の捜索ではなかった。見ましたよ。②携帯電話で何回も打ち合わせしながらやっていた。極めて組織的な弾圧だ。

 新聞社やテレビからの取材が入る。しかし一体何に対する弾圧かが分からない。警察は威力業務妨害というが、いつ、どこでのことなのか。被疑者の名前も分からない。総じて把握した上でお答えします。

 家宅捜索は、ここテント2、ゲート前テント、ヘリ基地反対協議会事務所、平和運動センター事務所(那覇市内)、個人宅3箇所の計7箇所(11月30日の新聞報道では「8箇所」とあり、要確認)。前の3箇所での押収物はなかった。

 令状逮捕はYさんが再々逮捕。地元の彼、名護市内の彼らの計4名。高江での道交法で捕まった人は全くの別件だった。

 そんなわけで、私はオキナワギクの撮影どころじゃなくなった。不愉快千万。

 権力は高江の工事を年内に終わらせようと力み、次の辺野古にターゲットを絞ってきた。今回の弾圧は先制攻撃だろう。絶対に許さない。自信と勇気と、希望をもって新基地建設を止めていこう。私達は負けない。

 私達はお昼過ぎにかけて名護市街に出た。テントに戻ったら、来訪者が多く居た。スタッフはいつもと変わらぬ対応に追われていた。皆冷静だ。


2016年11月29日 (火)

昨日「辺野古再開の予兆」と書いたが、来たぞ!(16年11月29日)

 今、帰宅。昨日辺野古再開の予兆と書きましたが、来ました。弾圧が。今朝、8時過ぎに沖縄県警20名が、辺野古の「テント2」(これは浜のテントが1であり、ゲート前テントは第3のテント)に。家宅捜索だと。8時26分から10時23分。ゲート前テントにも1時間余り。令状逮捕も出ており、同時に高江で、道交法で1名が現場逮捕。一時情報が混乱しました。

 そんなわけで、オキナワギクを撮るはずが、とんだものを撮るはめに。詳細は夕食後。

 ただし、今夕、8月25日の件で逮捕拘禁されていた仲間2名がシャバにでました。良かった!ご支援ありがとうございました。勝利を我等の手に!

11・20宮古島平和集会に参加して

 去る16年11月20日、再び宮古島に行った。「新たな基地建設に反対、子どもたちに平和な未来を残そう-11・20宮古島平和集会」だ。朝早い便で那覇から向かった。やや時間があったので再び野原の第53警戒隊の工事の状況を確認。宮古空港から野原経由で平良まで徒歩で3時間。速い。ところが昼食を食べていざ、会場に向かえば、どしゃぶりの雨の中。庇の下で30分雨宿り。濡れまくる。会場は音楽をやっていたので、ここだと分かった。1時間近く遅刻。会場は野外。あれだけの雨でも参加する人がおり、決行となった。300名。

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主催者挨拶。岸本実行委員長。標的の島にさせないと。地元の人人、国会議員の参加も得て、声を出していこう。

まず予定地の方々が発言。大福牧場周辺の福山の方。水源問題で撤回させたが、これからも共にありたいと。今予定地の千代田地区の代理の発言(上の写真右)。

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第53警戒隊もある野原地区の方。今やられている工事の内容も知らされていない上にさらに陸自への警戒感を語られた。野原は千代田に近い。

国会議員は照屋寛徳衆議院議員、赤嶺政賢衆議員員、

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玉城デニー衆議院議員。

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仲里利信衆議院議員。地元らしく丁寧に。

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糸数慶子参議院議員。いつになく真剣。

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奥平一夫郡民の会会長。

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ティダぬふぁの石嶺さん。若いお母さん達のグループ。宮古島の水源の保全の話をしっかりされていた。水は死活問題です。

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辺野古から駆けつけた島袋文子さん。71年前の体験を話された。自分とおかあさんと、弟との逃避行。艦砲に被弾して、頚が飛んだはなしなど。多くの話は知っていたが、直接本人から伺うと、あらためて、無念の思いに、そして二度とあってはならないと強く思う。

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ご本人も思い出すのは苦しそう。

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亀浜県議。共に反対していこう。

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上里宮古島市議。

基地の県内移設に反対する県民会議も発言。

最後に集会決議を確認。

①宮古島への陸上自衛隊配備、ミサイル配備計画の撤回を求める。

②高江ヘリパッド・辺野古新基地建設に反対する。

                            参加者一同。

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16時過ぎデモに、雨の中出発。

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市役所前まで。













2016年11月28日 (月)

やっと空間を確保したです(16年11月28日)

 先週の25日当たりから自分の部屋はもう足の踏み場もない状態でした。資料の山が、あちこちに散乱していた。今日は其れを概ね片付けて、少し落ち着いた。この3年、本を買える機会が激減したはずだが、やたらある。資料の類も整理できていなければ、宝の持ち腐れ。ただのゴミに等しい。なんとかしなくちゃ。ただ今回役に立ったのは自分の講演会資料のファイル。あのときこう言ったの類があったので、捏造せずにすんだ。

 また26日の参加者は、名護市の皆さんばかりか、宜野座や宜野湾からもお出でになっていた。いやいや東京、神奈川、千葉からも。まさかわたしのこのためばかりじゃないだろうが、ありがたいことでした。また、飛行機が遅れて、行くつもりで居たのに間に合わなかったという関西からの女性もいたようだ。このブログをご覧いただいている人がいると知って、嬉しい。

 頭の整理や読書、考えごとの環境をどうつくるのか?これは難問だが、東京時代と異なって近くにそうした喫茶店がないから、自宅でやるしかない。気分転換を混ぜながら。

 やっとアイスコーヒーが終わった。アイス用の粉がなくなったので、ホットでいく。衣類の入れ替えもやらないと。布団も出さないと。冬支度だ。探したがグリーンティーがない。おたべ(伊勢のお菓子)をいただいたので、お茶だと思ったのだが。なかなかうまくいきません。

16年11月26日スライド&トーク報告(名護)

 16年11月26日夜、名護市中央公民館で、「琉球諸島をめぐるスライド&トークー与那国島・石垣島・宮古島・沖縄島を中心に」と題して、山本の問題意識と分析、各島の様子を報告しました。

 私は、何故この国の政府が辺野古に拘っているのかを考えてきました。要はこの国が、「南西方面重視政策」と呼ぶような自衛隊の再配置を行い、自衛隊を使いたいのです。また米国にとっても自衛隊を下請け軍のように組み込んでおけば、安泰であり、安上がりです。

 参加者は宣伝が行き届かなかったにもかかわらず、16名が参加してくださいました。ありがとうございました。

 なお、様々なご指摘、こうあれとうかがいました。今後、できる限りの改善ができるようにがんばります。

 レジュメは下記。プロフィールを略すなど、当日のものを一部改訂しました。

「suraido_toku_nago1_161126.odt2.pdf」をダウンロード (他に1枚の資料アリ)

なお、スライドは60枚で構成。与那国島・石垣島・宮古島の写真です。

辺野古陸上部の工事再開の予兆等(16年11月28日)

 16年11月25日、「政府・沖縄県協議会」第4回作業部会が開催され、国の陸上部の2棟の工事を再開したいとの申し入れに対して、沖縄県は2棟の再開を認めたという。安慶田副知事は隊舎は老朽化したものの立替。建設予定地でもない」として認めるとしている。

 この2棟は昨年来枠組みの鉄筋のうちこみ段階で止まっていたもの。確かに建設予定地外だが、予定地にあったものをどかし建て変える作業の一環であり、無関係とはいいがたい。100歩譲って、2棟再開からなし崩しに本番用のセメントプラントの建設に到るかもしれない。ドサクサにまぎれた動きに警戒を強めなければならない。

 本日11月28日15時頃、かの2棟の位置から東に200~300m余り離れたところ(国道側からみれば左、海側から見れば右)でクレーンが動いていた。何を吊り下げ、動かしているかは建物に挟まれて見えないが、要注意の動きだろう。

 また本日15時30分ごろ辺野古テントの隣である辺野古漁港に自衛隊の車が再び入ってきた。1両。白の乗用車(「沖地本」)。沖縄地方協力本部の車で男4名が乗っていた。あえて「沖縄防衛局か?」と尋ねると、厳つい顔の運転手が「自衛隊だ。何をしていても勝手だろ」と言い放った。彼らの任務は「広報・募集・援護・予備自衛官業務」に「国民保護・災害対策連絡調整」だそうなので、基本任務としてここに来る必然性はないはずだ。

 確かに車内にカレンダーらしいものを多数積んでいたので、近くにある沖縄国立高等専門学校等に配布にきたのかもしれない。いずれにしても自衛隊・自衛官が建設予定地のそばに屯することに私達は警戒を強めなければならない。彼らは自衛隊がこの新基地を使いたいとの欲望をプンプンさせるような緊張した顔を一様にしていた。

ひとつひとつ解決を図りたい

 昨日は一日雨。辺野古テントには来訪者が絶えませんでした。しかし今朝の沖縄タイムスの1面を見ると、「内閣支持率60%に上昇」とあります(共同通信調査)。日本国民の皆さんは一体何を考えているのでしょうか?信じられない思いが致します。

 これは何も沖縄の現状、闘いから物申しているばかりではありません。沖縄の現状も含めて、明らかに戦争に向かうことに、GO!だからです。安倍政権は、戦後日本がいただいた《主権在民・平和主義・基本的人権》のすべてを壊しつつあります。こんな政権を過半数を超える人たちが支持している国・国民。自滅の、地獄の道に落ちればいい、と言いたくなります。

 しかし現在、この渦中に置かれているのが沖縄。1945年以降、ずっと戦争の出撃拠点であり、殺戮の訓練が続けられている。そして再び沖縄が日本国によって、「最前線」(対中の)におかれ、軍事拠点化されつつある。

 この国の人々は、いつまで沖縄を食い物にして、戦争に加担し後押しするのだろう。いくら経済成長のいいとこどりをしたいと思っても、そんな時代はとっくに終わっているのに。しかし、反公害からおきた成長主義、物質主義への批判も、「環境問題」というくくりにされて、この40年で内実はほとんど崩壊してしまった。

 自分にできることはたいしてないが、これから何をどうすればいいのか、考えながら、より的確にやるべきことをやっていきたい。このためには考える時間が必要だ。そこをしっかりできる自分のライフスタイルにしていきたい。

 安倍政権がもくろむ12月20日の北部訓練場返還式典に対抗する問題提起も可能な限りやっていきたい。「過半の返還」による「負担軽減」という見せ掛け・大嘘を許さない。やんばるの森を全部沖縄に返せ!「国立公園」にしてもらう必要もない。見せ掛けのサービスは要らない。

 

 

2016年11月27日 (日)

雨降る中、バスの前を飛んだズアカアオバト(16年11月27日)

 今日は寝坊した。0時前に寝たはずだが、疲れは尋常じゃない。それでも10時前のバスで辺野古に行った。そのバスが二見交差点にあがる坂の手前で、右の森から左にズアカアオバトが横切った。雨降るなかで、視界は悪かったが、はっきり見えた。いや、かっこいい。ほぼバスの屋根ぐらいの高さを飛んだ。

 森がこれだけひろがる場所だから、ズアカアオバトが居て当然の環境だが、なかなかもろに見ること機会は少ない。ちょっと嬉しい朝のできごとだった。

 註:ズアカアオバトーキジバトよりも大きく、概ね黄緑色。森の中に単独でいることが多い。

何とかスライド&トークを無事に終えました(16年11月26日)

 昨日11月26日、「琉球諸島の基地建設をめぐるヤマヒデのスライド&トーク」を無事に終えました。23日夜から準備を始め、26日16時過ぎに何とかまとめて、開会に間に合わせることができました。

 沖縄でやるのは初めてのことで、やや緊張しました。頭の準備(企画の構成)が完成しておらず、やや整理の悪いものになってしまいました。反省点多数です。プロジェクターを通すパソコンの操作もどうも難儀。

 しかし今回改めて「防衛白書」を何冊も読みました。「何年度版」というやつ。ちょっと古い資料は載っていなかったりするので(因みに30冊ほどもっています)。辺野古問題が表面化したこの20年を追いかけながら日米政府が如何なる立場から「辺野古が唯一」といってきたのか、それと日本政府の「南西方面重視策」がどう絡んでいるのか。

 改めて防衛計画大綱を読むと、彼らは「島嶼部」と記しています。島嶼部=琉球諸島のようです。彼らにとっての「前方」が、対ソの北海道から、対中の「島嶼部」に変わり、そこをオブラートに包みながら、自衛隊配置計画を進めています。

 考えてみると、80年代までの米ソ冷戦構造下では、「北海道奪還作戦」などの造語をきいたことがありません。自衛隊に可能なことが憲法-自衛隊法等で制限されていたからでしょうが、それだけなのでしょうか。

 今は「島嶼奪還作戦」が公・公然と語られる時代。さすがに「島嶼部」などとごまかしていますが、「島嶼部」って、こちらの琉球諸島が戦場に予定されているってことなんです。

 私は力で対抗するという発想を克服しなければならないと考えます。暴力で打ち負かす、殺し負かす、壊し負かす、こんな発想は、何処の国にもいらない。個が生きるためには、類が生きなければ個は続かない。因みに国家なるものは、個でないばかりか類ですらない。人間が勝手に作り上げてきた幻想です。この世の支配者達が編み出した幻想形態です。

 話を戻しますが、事前の宣伝が行き届かず、大きな部屋を借りたもののこじんまりになると思っていましたが、16名の方々にご参加いただきました。ありがとうございました。自分が知らない方もおいででした。何しろ東京の友人が来てくださったり(びっくり!)、また、「ああ」とう懐かしい方が、こちらも東京からきていただいたり。びっくりびっくりでした。

 米軍の動きと自衛隊の動きをもっときちんとみなければいけないという私の主張は、ご理解いただいたと思います(レジュメを後でブログにあげます)。

2016年11月25日 (金)

沖縄も不意に冬になってきました(16年11月25日)

 昨日東京では雪が降ったそうですね。54年ぶりとか。もっとも私は11月の東京で雪に降られた記憶がありません。今日沖縄から東京に行った人からの連絡では、まだ雪が残っていたそうです。

 昔の私は北国派。寒い寒い山や道東に行っていました。あの美しさ、歩くのにも力をいれなければ、歩けない難儀さ。油断しながら歩いていると、すぐそこにエゾシカがいたり。絵になる光景が無数にありました。

 沖縄も絵になる光景では、北国に負けないと思います。たくさんあります。ただ、基地問題などのベールが重たくのしかかっているので、素直に美しいものに迫れない感があります。

 もっとも、一般の観光客の皆さんは、直ぐ隣に見える基地も、見てない人が多すぎます。いいとこどりというのか、観光を消費するだけ。基地の大半を狭い沖縄に押し付けておきながら、米国が日本を守ってくれているとか、軍事力がなければ国の安全を守れないなどと信じ込んでいる人が多いらしい。

 難しい話は別にして、とうとう私も上着を出しました。しかし丈が短いので、下半身が冷える。膝上ぐらいの長い上着を買いたいです。そろそろ帽子も冬用をだしましょう。無理に寒さを我慢することもないですから。

 ススキやチガヤの仲間がたくさん咲いています。やっと其れらしい気温となり、冬に向かう光景を撮るのも楽しそう。

 冬といえば、沖縄は冬鳥が少ないです。カモ類やカモメ類が殆ど居ない。パラパラ。先日の与那国島では水辺にカモ類を見つけて、懐かしがってしまいました。

 寒さにもめげず頑張ります。

2016年11月24日 (木)

昼すぎから資料の読み込みで、疲れた(16年11月24日)

 本日は11月26日の準備で現場を休み、午前中、資料を探し出し、昼から資料の読み込み。新しい「防衛白書」(2016年度版)のなかから特に関連事項を読み直した。疲れました。2015年度版ガイドライン(防衛指針)も読んだ。主に中国を仮想敵にして書かれているのだろうが、あな恐ろしや。概要だから、これだけ読んでも穴だらけにしか思えない。が、軍事こそクソリアルなものはないわけで、こうした文書の背後に隠されている軍事機密(国家機密)をあぶりださないかぎり、実像は見えてこない。それでも抽象的言葉の影からウーム、ウームと唸らざるを得ない事態が想定できる。

 当日までにどこまで頭の中に整理し、併せて与那国島・石垣島・宮古島等の現実を描き出しながら、「島嶼奪還作戦」なるものが如何なる事態を生み出していくのか、このへんに迫りたい。ご来場をお待ちしています。

 東京は雪が降ったとか。本当か?と思うがどうもそうらしい。今日も地震が度々起きているらしい。地震も怖い。今回の津波でもやはり被害がでている。カキの養殖などの施設がだいぶ破壊されたらしい。漁船も転覆している。人間は自然災害すら防げないのに、わざわざ人災である戦争まで起こすのか。学習能力がなさ過ぎるだろう。

 私がいつも観察しているツノメガニですら、同種間では、儀式的にハサミをぶつけあうだけだ。他種に対してはなかなか獰猛だが。これは生物の宿命だろう。自分の命を維持するためには他の命を頂戴せざるをえないからだ。ツノメガニはミナミコメツキガニも食べるが、逆にカラスやマングースに狙われている。人間がやっている戦争は、自分が人類が生き延びるためではない。誰かさんの贅沢のためであり、誰かさんが儲けるためだ。

 生物には個と類の問題があるが、人間は個の方向に進歩してきたはずだ。しかし、自立できずに長いものに巻かれてしまう傾向を否めないのが現状だ。これが今世界中でナショナリズムのベクトルに流れている。

 人間以外の生物は類としての生存に懸けているのだが、人間はそこからも外れてしまった。原発であれ、戦争であれ、多くの化学物質であれ、自滅の素を作り出し、「進歩」という人がいるようだ。これほどアホな生物は他にいないだろう。一知半解な「万物の霊長」を速やかに克服したいものだ。私は無理だと諦めたくない。 

あれはどこにいったのだろう?

 実を言うと、この2回の宮古島行きに当地の地形図をもっていけなかった。見当たらなかったからだ。地図を入れているファイリングボックスになく、そのほかの地図の群れにもなかった。探す時間もなかったので、頭の中にある地形図で足りることにした。足りた。

 今日は26日のスライド&トークのための準備中。まず資料を探すところから。資料の山を掻き分けていたら、あった。地形図ばかりか、宮古島関係の資料の一部がでてきた。

 普段私は、あれはどこにいったなどとの探しものをしないで済むように努力している。何を何処に置くかを決めておき、そこ以外におかなきゃいいのだ。どうせ大邸宅じゃない(小邸宅でもない)。これが一番賢い方法だ。

 しかしそうはいっても、行方が分からなくなることもある。この場合、慌てず騒がずなのだ。慌てれば慌てるほど、見つからない。これをどこにおいたか、しまったか、じっくり考えて思い出す。何時何のために使って、どこに置いたか。探してみる。それでもない。この場合は、徹底的な捜索の前に、視点・発想を変えてありかを考える。案外、思い出したりするのだ。

 人間の脳がすごいのは、今現在使っている思考情報はたいした量がないのだが、しまいこんでいる情報・記憶は侮れない量がある。これをどうやって必要に応じて、表に引き出すか。

 人間は論理的に考えるやり方と、発想・想像力でイメージを喚起するやり方がある。物事によって、この両方を使うか、どちらかの適切な方法を使うかだ。

 無駄な時間、消耗な時間を減らして生きましょう。

2016年11月23日 (水)

土曜日なのに大型ヘリが現れた(16年11月19日)

2016年11月19日晴れ。まだまだ暑い。監視船(隻数未確認)とマリンセキュリテイのゴムボート1隻。

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朝のうち雲間が多い。太陽の微妙な光。9時33分。

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いつのまにかテント内に飾っていた美しいバナーが取られていました。ではと新しいものを展示しました。お送りいただいた京都の皆様、ありがとうございます。9時41分。

今日は某団体の恒例行事。150名さまが集まってくださいました。基地建設反対の1点から共に。まず本日の講師は真喜志好一さん。辺野古新基地建設を巡る歴史的な流れを追いながらの批判。

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わずか20分で話された。10時30分。

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集会中に豊原上空(テントから海を前に見て、右側)に、ゴ・ゴ・ゴ・ゴーとCH-53が4機編隊。今日は土曜日なのに何なんだ!11時9分。

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右へ4機。11時10分。やや遠いのだが、4機集まると騒音は馬鹿でかい。

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テント前に座り込む参加者の皆さん。逆光の海に日傘が映える。11時16分。

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集会まとめのご挨拶。

今年も辺野古テント村に木炭をいただきました。ありがとうございます。

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また4機きました。沖合いですが、音が凄い。12時26分。

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松田浜からシュワブの基地内を覘く。残照というには早いが、雲間から光のカーテンが。15時13分。













偶然から次々に見えたこと(16年11月18日)

2016年11月18日 晴れ。監視船(隻数未確認)、マリンセキュリテイのゴムボート1。

今朝は埼玉からの来訪者らとフェンスにバナーを結びに行く。

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志をもってやってきた人たちが加わるだけで、華やかな気分になる。8時46分。

彼と彼女(右側)はダンスで今の沖縄を辺野古・高江を表現したいと。来年沖縄でも公演会をやりたいと。出会いの中から直観力が冴えれば、うまくいくんじゃないか。無論、学ぶことは重要だ。

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漁港前を飛ぶUH-1。12時34分。

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今度はCH-53がテントの裏側(北)を通過。13時23分。

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そして沖縄高等専門学校そばにあるヘリパッドから上がって、東へ。13時26分。

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今度はAH-1が2機。沖合いを東に。13時28分。

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天気がよいので海がきれいだが、ふとみると和船が2隻。作業員が黄色のブイを点検している。13時54分。このブイは臨時立ち入り制限区域を示すもの。海を日米政府が囲い込んでいるのだ。右奥は平島。

「和解」になった3月4日以降、海の上に設置されていたフロートが撤去されていったが、こうした動きは珍しい。何をしているのだろう。

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今度は奥のブイをやっている。仕方がないので、私はテント前から近くに移動。14時6分。

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移動中、漁港前でミサゴが飛んだ。14時7分。

東側の護岸についたら、和船は消えていた。そのかわり。

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シュワブの中で訓練中の部隊を発見。16名ほど。何故か自転車に乗っている男もいる。14時12分。

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私に気がついたのか、アルソックがやってきた(左)。14時16分。たいした観察力だこと。

















騒音の後のハーモニー(16年11月17日)

2016年11月17日晴れ。監視船(隻数未確認)とマリンセキュリティのゴムボート1隻。

今日は朝から松田浜のフェンスにバナー張りに同行する。

途中の森で、

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オオジョロウグモ。秋らしさがにじむ。9時37分。

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今日の表示。砂浜に刻まれているヤドカリの足跡を撮ろうと思いましたが、人の足跡が多いので断念。

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沖合いを飛ぶUH-1とAH-1(攻撃ヘリ)。9時39分。2機同時は実にウルサイ。

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オキナワギク。

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久しぶりにCH-53大型ヘリがテントの頭上を飛ぶ。11時44分。右の黄色はテントの単管の端っこ。

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2度、3度。11時49分。近すぎて、画面からはみ出ている。ウルサイ!!

13時10分頃からゲート前辺りから独特な騒音が響いてきた。

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今日は4台か。14時23分。うるささの質が違うが。

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テントの中にも入ってきて、差別言辞やら肖像権侵害行為の連発。警察官も肩を叩くだけ。14時35分。

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椅子を蹴倒し、その反動でバケツが倒れて水が散乱。ロープをひっぱり、切ってしまう。14時57分。

今日の特徴は、約20名。差別言辞で挑発し、すごんだり、何台もの動画で無断撮影を繰返す。他のグループもきており、共闘体制。ピアノコンサートをターゲットにきたもよう。

15時やっとお引取りになった。

始まり始まり。ピアニストの河野康弘さん。パレスチナでやったときより緊張していると。恐縮です。

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音が鳴り出した。

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一気に騒音・雑音が抜けて、ジャズハーモニーの世界へ。

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聴衆は約20名。来てくれてありがとう。待ってくださってありがとう。

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これがジャズの演奏だ。

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left alone

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どの花見てもきれいだな。ジャズバージョン。歌いながら。

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ジャズピアニストとしては静かめの演奏でした。「ゲート前」などのオリジナルもあった。嬉しいね。

15時40分終了。彼はこれから高江でもやると。彼と握手。音楽の力を再確認したのだった。



















2016年11月22日 (火)

8月25日をめぐる弾圧の拡大について

 16年8月25日の高江N1裏付近での沖縄防衛局による内側からフェンス設置工事の強行の中で生じた「事件」(公務執行妨害と傷害罪)で6名が逮捕されており、さらに昨日、都内で新たな家宅捜索が入った。

 昨日の家宅捜索は、何故入ったのか? これまで五月雨式に令状逮捕されてきたが、11月17日、8月25日当日の現場で撮影していた東京のカメラマンが令状逮捕された。そして昨日11月21日の家宅捜索にエスカレートしたのだ。これは何を意味するのか。どうも「事件」に関わる情報がネットから拡散されたようだ。もしかするとさらに不当逮捕、家宅捜索の拡大が懸念される。

 この国の治安当局が今何をもくろんでいるのか、その全貌を私は現時点で明らかにできないが、相当大きな弾圧の構えできていることは間違いない。沖縄の闘いの「暴力化」を演出し、非暴力の闘いを貶め、沖縄の闘いの全国的な影響力を、まやかしの「負担軽減」論を盾に、この「暴力化」を槍にして、一気につぶしに掛かってきているようだ。

 8月25日のその現場周辺には、相当数の市民が居たという。警察が逮捕したのは6名だが、先に記したようにカメラマンまで逮捕するやりかたをみれば、私達は家宅捜索、逮捕の拡大もありうると、心して警戒を強めなければならない。

 弾圧の拡大を誘発するような情報をネットにあげることは、厳に慎しむべきだろう。良かれと思う情報の発信も自身の主観だけでなく、権力や右翼との関係の中で細心の注意をして行ないたい。これは、①現場での撮影、②発信時の検討の2段階を通してだ。

 私たちが今やるべきことは何か? ①権力の弾圧の総体の意図を分析・共有して、高江の現場から、沖縄の、全国の闘いに対抗策を打ち出していくこと、②高江での救援対策活動を組織化し、反撃の第一歩を記していくこと、③非暴力の闘いの原則を再確認し、非暴力の闘いを創り出していくこと、などだろう。

 私自身は去る8月21日東京の経済産業省前で、警視庁公安部に突然突き飛ばされたあげく、公務執行妨害罪で逮捕された(2泊3日で検事釈放)。この結果、沖縄への帰宅が遅れたあげく、右肘の怪我が全治1ヶ月を要してしまった。8月25日はまさにこの間の出来事であり、私自身が何ひとつ現場を撮影・検証できていない。申し訳ない。

 フォトグラファーである私に何ができるのか、共に可能なことをやっていきたい。諦めることなく、「命どぅ宝」の思いを共有していきたい。 

与那国島をあとにして(16年11月6日)-簡単なまとめ

 今回の与那国は16年11月3日から6日であり、実質4,5の2日間。なかなか体力的にハードでした。自衛隊の動きは思いのほか静か。鳴りを潜めている。この裏に何があるのかは、今後の調査にまたなければならない。ただ私が2012年10月にみてきた稚内の沿岸監視隊(第301沿岸監視隊)も静かだった。レーダー基地が目立ってどうする。

 本件の場合、国・防衛省が島民をいかに取り込むのかが、要諦だろう。反対や疑問の声を沈静化させる技がでてくるだろう。また本件の場合、盾と槍の問題がある。いくら盾を用意しても、槍を備えなるまでは、ほどほどにしないと、いかんともしがたい。その意味で宮古・石垣・奄美大島、そして辺野古に新基地建設を急ぐだろう。そうはさせない私たちの闘いがいよいよ正念場を迎えているだろう。

 またこなければならないようだ。特に島の人人を励ましていかなければならない。あの人たちを孤立させないことが飛び切り重要だ。

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久部良から飛行場に向けて歩いた。朝のすがすがしさ。7時18分。久部良岳。

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暗雲立ち込める朝。7時19分。しかし途中で見知らぬおじさんが車に乗せてくれたのだ。最後は楽チンさせていただいた。感謝。

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飛行場に張られていた掲示物。外来生物の侵入阻止。辺野古では国をあげての大車輪。

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16年4月から導入されたDHC-8-400.客室50名と荷物室の拡大。2500キロ。

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飛び立った。東崎。馬たちが懐かしい。朝日が素晴らしい場所なのだ。

イトバショウと実バショウ、野菜パパイアとフルーツパパイア、

先日パパイアをあるレストランでいただいた。野菜パパイアを食べて、「お気に入り」にした。しゃきしゃきとなかなか美味しい。

 これで味を占めた私はパパイアをいただいた。だが、剥いたら黄色い。感触も違う。余り気にず、野菜パパイアの調理法を採用したが、どうみてもフルーツパパイアだった。

 何処で区別できるのか。同じ種だが、若いのが「野菜パパイア」、熟してくるとフルーツパパイア。なんだそうなのか。

 ただしイトバショウと実バショウは種が異なる。イトバショウは芭蕉布の原料だ。実バショウは所謂シマバナナの類。どこが違うのか。ネットで観たが、良くわからない。これまた宿題だ。

  しかし、いいじゃないか。多少の勘違いならば、このように確かめれば身につくから。ただし重要な問題は「勘違いでした」、「やってしまいました」ではすまないことがあるのだ。お互いに充分に注意したい。

 もっとも国家権力や大資本はすごいぞ。あちら様の「都合」を押し通してくるからね。厚顔無恥にも。私たちがよほどしっかり見張らなければ、ウソを固めて押し通す。私達は認めてはならないことがあるのだ。やられてはならないのだ!

2016年11月21日 (月)

やれやれ帰宅しましたが(16年11月21日)

 実は宮古島に1泊2日で行っていました。20日昼すぎ豪雨にやられましたが、平和集会(陸自駐屯地の建設反対)もデモも無事に行なわれ、無事帰宅。この豪雨、半端じゃなかった。雷鳴もないし、横殴りの風雨でもないのに、一番酷いとき、雨宿りしていたのに、全身びしょびしょ。さすがの私も30分動けなかった。お陰で30分ほど遅刻。この雨の中にもかかわらず、開催されていました。参加者は300名と少なかったのですが、集まった方々の志は熱いものがありました。

  午前中に那覇に戻り、東京での20日(350名参加)、21日の最高裁への辺野古上告審への署名提出行動との沖縄・那覇高裁前での同時行動にやや遅れたものの参加。そのご、食事をして、本屋さんを巡って帰宅。

 20日は宮古の集会、最高裁前でのキャンドルナイト、武蔵野での天皇の生前退位を問い、天皇制に反対するデモが行なわれていました。関係者によれば、同デモに対する右翼の襲撃(先導車のガラスが割られたなどなど)と右翼サポーターと化した機動隊の様子もネットにあがっています。

 20日は、駆けつけ警護等を含む南スーダンPKO部隊が派遣されましたが、戦争の時代へのトバリがはっきりと開いた日であることを印象付けられました。

 やれやれと嘆いている場合ではありません。頭を明晰に保ちながら、今後のことを考えなければならない時代に入ったようです。

 まずは腹ごしらえをしてからね。

2016年11月19日 (土)

生き物たちの与那国島(16年11月4日、5日)

 私の与那国島への旅はすっかり基地観察になってしまった。しかしこの島はそれだけではない。魅力的な魅惑的な島であり続けて欲しい。これは私の願望だ。まだこの島には希望をもてる。

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久部良のミトゥを上から眺めたら、カモ類、オオバン、サギ類、カワウ、ユリカモメがいた。このシラサギの集団をよくみると、へんなのがいる。そのボリュームから判断すれば、クロツラヘラサギだろう。3羽。明日下の道からちゃんとみたい。今日は先を急ぐ。11月4日8時59分。

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久部良岳下部の舗装された道に止まるアカタテハ。10時40分。やや気温がさがっているので、暖かいアスファルトの上がいいようだ。動きも鈍い。

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北からの渡りの途中だろうエゾビタキ。単独行動。久部良岳から比川の途中の森の中。4日12時57分。虫を取るいかにもヒタキ類らしい動きをみせてくれた。今回何回もみることになった。

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旧南牧場の海側の草地で餌を食む。15時21分。馬を撮るのは最高だ。

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親子づれ。こちらを意識しながらも子に愛情を注ぐ親馬。旧南牧場の海側。16時42分。ここに排除されたのが不当なことだ。

11月5日。

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久部良のミトゥに入り込む。すると見慣れぬ鳥が1羽。何だと思っていたら飛んだ。羽は真っ白。アカガシラサギの冬羽だ。愕いた。8時7分。

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いよいよサギの群れに接近。やはりクロツラヘラサギのようだ。

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3羽。クロツラヘラサギ。8時19分。

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牧場の脇の斜面。小さな花弁。これはマクロレンズで撮りたいが。9時51分。

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もう1枚。地べたに座り込んで撮る。足元に注意。

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アマサギ。背景は海。前景は牛の背中。10時42分。

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馬の親子と見守るアマサギ。13時20分。祖納。

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祖納沖を行くフェリー。かっちょいい。13時41分。

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比川の水田。17時38分。日没時。右端はセイタカシギ。

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久部良に戻った。11時間、20キロを歩く。飛行機が北西方向に飛んでいる。18時8分。頑張った。



















与那国でオブジェを撮る(16年11月4日5日)

 これまで展覧会などで、オブジェなるものを見ることがあった。私にはシュールでやや違和感を伴うものが多かった。今回与那国島を歩きながら考えた。シュールなメッセージは何を言いたいのだろうか。作家の心の中の空洞を描いたものだろうか。

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これはシュールではないが、考えようによっては変わっていく。ロープの絡み合いが影を伴いながら、想像力を喚起しないか。

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リュウキュウアサギマダラ。枝とのコラボ。

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ススキの穂だが、カールがおもしろい。

お粗末。




与那国島が変わりつつある(基地がらみの動き)

 私が最初に与那国に行ったのが、11年6月。とても好感を抱いた。①大海原に囲まれた自然豊かな島。②集落以外に人工の構造物が殆どない、③牛と馬が居て、柔らかで楽しい島、④適度な起伏があって、実にフォトジェニックな島。

 しかし14年以降基地建設が始まる前後からこの島も変わってきた。上記の4点が崩されつつあるのだ。南牧場が取られてしまい、牛が居なくなり、馬が追い出された。自動車が増え、走行スピードが上がり、集落以外にも構造物が立ち始めた。

 今回は気付いたことをアトランダムになるが報告する。

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祖納小学校の隣にできた自衛官の官舎。3階建て、20戸だろうか。

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近くから見ると。既に多数が入居しているようだ。このほかに久部良、比川に建設予定とか。

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ここは祖納地区だが、飛行場隣の空き地が重機等の置き場になり、土砂等の廃材置き場にされている。

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こんなかんじ。

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島中央部の農地の中にコンクリートブロックの置き場が見える。インビ岳東部から撮ったので、今後要確認。

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比川の水田に重機が入っている。土地改良事業とのことだが、

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サギも脇に追いやられている。騒音はかなりのものだった。

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やや離れてみると。

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比川の協同売店の隣に建設中の重機整備工場。



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工事が完了すればこうした飯場も解体されるのか?(久部良地区最東端)

◎未調査の場所も多く、予断を許さないが、美しき与那国島であってほしいものだ。

島の活性化が島の土台を壊してはどうにもならないはずだ。

◎補足

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フォークリフトのフォークが歩道に突き出ていた。久部良から飛行場に向かう道。11月5日撮影だが6日の朝まで同様な姿だった。危険だろうに。ここは推進派が経営している給油所。

与那国島の陸自基地の現況(16年11月5日)Ⅱインビ岳方面

2016年11月5日、私は与那国島を徒歩で3分の2周した。約20キロ、11時間かかった。撮影には晴れていたのが幸いしたが、暑くてたまらないことはなかった。本稿では基地の現況のⅡとしてインビ岳方面のアンテナ群を報告する。

 アンテナ群は島の中央よりやや東側の南部にあるインビ岳(164m)の中腹にできた。今回のコースは祖納からアヤミハビル館、宇良部岳(231m)東側、県道に出て林道からインビ岳に向かった。

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ここはインビ岳東側の休憩所だ。15時57分。近くにあるはずのアンテナ群が見えない。インビ岳(左奥)に隠れているようだ。逆に言えば、インビ岳、宇良部岳方面(東側)はレーダーの死角になっているのだ。いやストレートな電波よりも空中を拡散してくるような電波を拾っているから問題がないのかもしれないが、スッキリしないはっきりはわからない。

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林道沿い東側から。5本のアンテナがほぼまっすぐな位置。

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間近な場所から。16時14分。

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フェンス脇から。監視カメラが倒れ掛かっている。

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真横から。右は電源を引いている電柱。16時29分。

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やや左側(下)から。

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アンテナ群の真下に設置された貯水槽?

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制御室の排気塔。冷風機が回っている。要するにレーダーは動いている。

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林道と県道合流点(西側)から。16時39分。ここは無人らしい。これだけじっくり撮影したが、誰も出てこない。兵隊は不在なのか。

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県道合流点。下の舗装は本復旧が終わっている。マンホールは防衛省所管の光通信網。久部良のアンテナからつながっている。16時42分。

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前の写真と同じ場所だが、比川方面。2車線とも本復旧されている。

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18時12分。かなり暗くなっていた。比川から久部良の途中で、インビ岳方面に疾走していった軽装甲機動車。何しに行ったのだろう。不思議だと思っていたが、もしかすると夜間のみ有人警備なのかもしれない。要確認。

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久部良のアンテナ。18時22分でたっぷりと暗くなってきたのだが、夜間照明灯がついていない。違法でないか、要確認。

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久部良側からインビ岳を望む。夜間照明はついている。因みに久部良のアンテナからインビ岳のアンテナまで直線距離でほぼ4000m。








2016年11月18日 (金)

沖縄でも上告審にむけた抗議行動へ(16年11月21日)

東京で来る11月20日21日、辺野古新基地建設の絡みで公有水面埋立法に基づく翁長知事が行なった「承認取り消し処分」を国が違法であるとした高裁判決に対して抗議と撤回を求める最高裁行動が取り組まれる。これに呼応して、沖縄でも東京に呼応した行動を起こす。

 16年11月21日12時~13時

 福岡高裁那覇支部前 城岳公園

呼びかけ オール沖縄会議(註:訂正しました)

参加して沖縄の心を示しましょう。

沖縄・辺野古いのちの海をこわすな!最高裁キャンドルナイト

沖縄・辺野古いのちの海をこわすな!最高裁キャンドルナイト

11・20,21連続行動

11月20日18時~20時 キャンドル集会

11月21日8時~9時 情宣 10時~署名提出・要請行動

       12時~13時昼休み集会 最高裁周辺

呼びかけ:「止めよう!辺野古埋め立て」国会包囲実行委員会

問い合わせ:沖縄一坪反戦地主会関東ブロック(090-3913-4140)

詳細は下記へ

http://www.jca.apc.org/HHK/

◎大結集を御願いします(ヤマヒデ)

事件が起きると大勢が見にきてくれるが、今こそ注意を

 今日は突然多くの方が当ブログを見に来てくださっています。それはそれでありがたいのですが、問題は事件だけではありません。形事弾圧は許せないことですし、特にカメラマンという表現に関わるものを逮捕するという暴挙を同業の一員としての私は見逃すことはできません。因みに、この一点からも、もはや戦前回帰が始まったといえるでしょう。

 ただし弾圧を拡大している要因に私たちの脇の甘さがあるのではないでしょうか。以下の諸点は要注意です。

①現場の情報をツイキャスなどでそのまま垂れ流さない。これなど私たちの常識でなければなりませんが、まだまだ垂れ流しが続いていたらしい。権力が現場に居なくても「情報」が流れてくれば、弾圧に使えるものは権力に蓄積されていくのです。そもそも撮る際に要注意であり、撮ってからも何を出して、何を留保し、何を消すのかなどは、私たちの日常の取材活動の基本です。

②闘いは非暴力に徹してください。言論すら、非暴力。要は差別語で返さない、挑発しない、明らかに弾圧に利用されるようなことは厳禁です。飛んで火に入る夏の虫になってしまいます。況して現局面は、沖縄と「日本」を徹底的に分断し、沖縄を貶めていく事態になっているのですから。

 「負担軽減」の言葉一つで分断できる状況の中で、さらに現場の機動隊員に「土人・シナ人」と言わせる一方で、今回の事案は「暴徒」のイメージを創り出すための格好の事例になってしまったのではないでしょうか。

 権力の弾圧は、実に狡猾で、計画的です。彼らの筋書きに乗せられるような稚拙な対応ではいかんともしがたいのです。

 ブログには書けないことも多々あり、個々の現場での討議が不可欠です。悩ましいことが多いですが、落ち着いて時に断固としてやるしかありません。沖縄の中での団結と、沖縄と日本の、さらに近隣諸国の人人との団結をしっかりとできるような取り組みが重要です。

 辺野古では陸上での動きが出てきていますし、海上でも怪しい動きが見えてきました。要注意です。来年早々の工事再開に向けて動き始めたのかもしれません。まだ要確認の段階ですが。

 他方で安倍首相がトランプ次期大統領に会いに行ったが、まともな会談にならなかったようです。「日米同盟」を軸にした日米関係が壊れていくのか、ますます米国に縛られていくのか、これを逆転する今が最後のチャンスかもしれません。軍事力による平和(「積極的平和主義」)の愚を徹底的に曝露しながら進むしかありません。安倍首相が米国大統領の番狂わせに狼狽している今こそ逆転に向かえるかもしれないのです。だからこそ脇を固めましょう。

2016年11月17日 (木)

3度の令状逮捕(16年11月17日)

2016年11月17日朝、東京で、フリーカメラマンのRさんが令状逮捕されたとの報が入ってきた。やはり8月25日の件で、容疑は公務執行妨害罪と傷害罪。彼はその現場にいたとされ共謀だとされたようだ。しかし彼は現場の撮影でいたはず。その彼を共謀ときめつけ逮捕するとは、言語道断。決して許されない。

 今回の弾圧では既に2名が起訴されており、さらに「周辺」にも拡大しようとの魂胆だろうが、まだ捜査中だとして、起訴された2名の保釈請求を否認するための意図的な弾圧でもある。こんな弾圧の拡大を許してはならない。

 特に彼はカメラマンであり、あちこちの現場に入って果敢に撮影を繰返してきていた。権力はこうした表現への弾圧を強化しているといわざるを得ない。断じて許せないことだ。表現に関わる私達は、明確な意思表示が求めらている。安倍政権の凶暴な弾圧を許すな!

 なお、彼は今日中に沖縄県警内の留置場に移管されている。具体的な場所については、要確認。

静かなオスプレイとうるさいオスプレイが登場(16年11月16日)

2016年11月16日 晴れ。監視船7隻、マリンセキュリティゴムボートの1隻。こちらは船もカヌーも出さず。

 今朝もバナーをフェンスに張りに行く。今日は私も一緒に張ってきた。8時20分ぐらいから40分過ぎまで。

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作業前。

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8時49分。

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そのとおり!

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ヤドカリの足跡がついている。陸から海へ、海から陸へ。

10時頃から米軍のゴムボート3隻が出ていて、飛ばしている。

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テントから見ていたら、シュワブの中にクレーンがニョキットでていた。何をしているのだろう?何もしないはずではないのか。要調査。11時3分。

12時過ぎ、米国のグレゴリー・カウキーさん来訪。トランプ大統領になれば、核戦争を起こしかねないと。

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低空をCH-53が飛ぶ。12時3分。

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テントからふわっと見ていたら、ダイビング。失敗。ミサゴ。漁港内。14時24分。

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今度はオスプレイだ。沖合いを飛ぶ。14時36分。

因みにオスプレイはミサゴの英名。

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ふっとテント前をみると。ツノメガニが睨みあい。15時3分。

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互いの間をあけた。15時3分。

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メスが下がる。

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15時4分。ミナミコメツキガニを挟んでいる。食べるのだ。15時4分。

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15時18分。西に帰る、米軍のUH-60.












フェンスの向こうはゴミだらけ。

2016年11月16日 (水)

与那国島の新基地の現況(1)-久部良地区を中心に

 16年3月28日に隊旗授与式を行ない新編された与那国沿岸監視隊はどんなだろうかとの現況把握が今回の旅の目的のひとつだった。以下2回に分けて報告したい。

 与那国島は東西に長い卵形の島である。面積は約30ヘイホーメートル。周囲は30キロ弱。集落は祖納(島の真ん中あたりのやや東側。町役場があり、港もある)、比川(南側の真ん中あたり)、西端に港のある久部良がある。なお飛行場は島の真ん中あたりの北側。 

 第1回は久部良地区にできた場所を中心に明らかにしたい。

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これは久部良地区にできた隊舎群。小さめの赤瓦の建物が正面ゲートの管理棟。左手前は作業員の飯場。

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やや左側(東)トラック類が見える。

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西側。黒っぽいところは弾薬庫。警備隊50名等の分にしては異様に大きい。そのなかにある細長い建物は射撃演習場。海に浮かぶ船はダイビングショップのもの。

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西側はまだ工事中。クレーンが上がっている。

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上記の西側の建物。南から見る。まだまだ完成は遠い。

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近くから。島民への説明では、ここは体育館。
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南からみた久部良のレーダーの制御棟。

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工事は17年6月30日に書き換えられている。今年の6月30日ではない!1年3ヶ月延長か。

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制御棟とアンテナ。外には誰もいないようだ。

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左の道が隊舎群に通じている。

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隊舎の南側。監視カメラが先の台風のせいか倒れたまま。2箇所このようになっていた。果たして「監視中」なのか?

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隊舎から赤土が流れる。右上は海。今日は晴天。それでも流出。

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現場から赤土がこぼれているのがわかるだろう。

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この赤土の山は基地建設工事で出た残土。自然を壊したよと分かる証拠物件だが、何時までこのままにしておくつもりなのか。また赤土が流出する。

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同じ場所だが、道路から撮影。防衛省はアダンの森(手前)や牧草地を壊しました。

新編されて7ヶ月の与那国沿岸監視隊はまだ工事中だが、予定の機能のどこまでが稼動しているのか。総じて人影がない印象。基本的にレーダー基地だから、そうなのだが、警備の隊員も外からは見えない。今後160名の皆さんが何をしているのか、しっかりと調べたい。



















 

琉球諸島の基地建設をめぐるスライド&トーク (名護市)

◎拡散にご協力ください。

ヤマヒデのスライド&トーク(名護市 第1回)

琉球諸島の基地建設を巡るスライド&トーク

 -与那国島・石垣島・宮古島・沖縄島を中心に-

 安倍政権は何が何でも辺野古・大浦湾に新基地を造る、高江・伊江島の演習場・オスプレイパッドを強化すると強引です。何故これほどまでに固執するのでしょうか。これは「対米合意」ばかりか、この国がまとめた「中国脅威論」を盾にした「南西方面重視政策」なるものに根ざしているのです。私(ヤマヒデ)は、2011年から与那国島・石垣島・宮古島等を歩き撮影を重ねてきました。

  しかし与那国島では陸上自衛隊与那国沿岸監視隊(レーダー基地)が住民の反対・疑念の声を押さえ込んで16年3月に発足しました。石垣島、宮古島でも一部の候補地は示されたものの多くの問題が島民にすら隠されたまま進行中です。

  こうした問題は小さな島の問題でしょうか? 安倍政権は島々を、海と空を勝手にひとつながりに軍事戦略を考えているのです。だとすれば私たちは、71年前の沖縄戦を想起しながら、あちこちで起きている現実の新基地建設を共に考えなければなりません。また、彼等が準備してきた「島嶼奪還作戦」なるものが日米共同演習の中に組み込まれてきたことも見逃せません。

 来る11月26日は報告会の第1回として、与那国島・石垣島・宮古島のことを中心にお話します。多くの皆様のご来場を心よりお待ちしています。

日時:11月26日(土)18時(開場) 18時30分~21時

会場:名護市中央公民館1・2研修室

 名護市港2丁目1-1 ℡:0980-53-5428

       国道58号線沿い名護市役所の反対側(海側)名護市市民会館隣の2階

話者:山本英夫(フォトグラファー)

費用:500円

主催:フォトプラザ・ヤマモト 

問い合わせ eメール pzyamahide@lemon.plala.or.jp

 

●山本英夫のプロフィール/1951年東京生まれの世田谷育ち。1967年、東京湾の干潟を守ろうと、「新浜を守る会」結成に参画。当時の農民漁民から「野鳥を殺せ!」との声を聞く。1989年から基地の島沖縄を撮り始める。04年から辺野古・大浦湾の新基地建設問題に出会う。一部の海人が基地建設に協力する姿を見て、驚愕する。2011年から与那国島・石垣島・宮古島にも通い始める。2013年10月から沖縄県名護市に居を移して、辺野古テント村を中心に撮影中。ブログ「ヤマヒデの沖縄便り」を14年6月から更新中。

「nago_ryukyusyotou_1kai_1661126tirasi.pdf」をダウンロード

2016年11月15日 (火)

スーパームーンを大浦湾で撮る(16年11月14日夕)

16年11月14日17時20分、大浦湾の瀬嵩の浜に着いた。明るいうちに三脚等の準備を行なう。初めての月光撮りなので、やや緊張する。

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汀間から安部方面。17時37分。

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奥は長島。17時46分。

17時50分かすかに出た。大慌て、速く決めたい。

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汀間の上から。ムーンライズ。17時53分。

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17時55分。

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17時59分。

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18時。

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サンセットを迎えたキャンプシュワブの弾薬庫周辺。18時5分。

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キャンプシュワブ。18時6分。

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18時15分。やっと月光が海に流れたが、ダメだ。

上に厚い雲があり、帰路のバスの時間もあり、諦める。









今日も忙しい中、干潟に出たら(16年11月14日)

2016年11月14日 晴れ。暑い。監視船数隻、マリンセキュリテイのゴムボート1隻。

今日も朝から来訪者がいらっしゃった。嬉しい悲鳴。でもこの機会を最大限生かして欲しい。高江での闘いとこれからの辺野古。私の説明でもこの2つの関係を詳述することが増えている。

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10時頃から米軍のゴムボート3隻が演習を始めた。終日。

12時過ぎ。ツノメガニ3頭が水のある場所に進出中。おやどこにいくのだろう。

此処で失敗。私が前に出すぎた。いつの間にか彼らは居なくなった。地下に潜ったのだろう。何処に行ったのかとジーット待ったが、出てこない。

ならばと干潟を歩き始めた私。

小さな穴は知っていたのだが、ご覧の通りミナミトビハゼの棲家だったのだ。

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12時45分。

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出てきた。無数にある穴に潜んでいるのだろうか。

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こちらはリュウキュウコメツキガニ。小さくて砂の色そっくり。12時52分。上から。

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進行方向に私が移動して、横から。挟みは透明感がある。12時53分。

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13時。ミナミトビハゼの巣穴。水深1,2センチ。

これまで何故ミナミトビハゼの存在に気付かなかったのだろう。彼らは巣穴の色と一緒であり、浅い水深で水の薄い膜に反射して気付きにくかったのだ。無知。

干潟には横方向に何10本もの溝ができている。ミナミトビハゼは此処をツ・ツーと軽快に泳いでいる。

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今日もテントでの説明や船での海案内が行なわれた。引き返す平和丸。15時23分。

今日嬉しかった来訪者。私が20代の頃からお世話になった大先輩の元目黒区議会議員の宮本尚美さんが8名とお見えになった。私の説明を聴いて一言。「悔しいね」。実感が篭っていた。悔しいけれど、私には嬉しい一言だった。

私は夕方再び瀬嵩に向かった。








大忙しの合間の華麗な演舞

2016年11月13日 晴れ。なぎ。監視船、マリンセキュリティのゴムボート出ている。

 今日は日曜日だが、やんばるではツールド・オキナワ(自転車のロードレース大会)が開催されており、交通規制が敷かれる。また、15時~16時、辺野古の平和の塔で嘉陽のオジィの告別式。忙しくなりそう。

 8時、埼玉から20代の女性が一人でやってきた。一日居ますと。まず今日はここから。1時間余り話した。ネットで調べたというのだが、よく確かめているし、勘がいい。応答がいい人に話すのは、本当に嬉しい。

 ここでぼやくのだが、こちらから質問を投げかけても反応がない人が少なくない。勉強して来ているはずのグループでもありがちだ。何故なのだろう。ここを探らないとダメなのだが、自分の問題だと認識していないからなのか、頭の思考回路がズレているのか。私はわからないことを論難したいのではない。わからないならわからないでいいのだが、自分から考え出す思考をもってもらいたいのだ。これは訓練の問題でもあるが、自分自身の怒り、苛立ちが自覚されなければダメだ。そこを触発するような平和学習でなければ、覚えて終わりになってしまう。それはダメ!

 午前中、次々にお出でで、グループ、個人。私も4,5回話した。

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今日はカヌー教室。16名。11時頃休憩で上がってきた。

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沖合いに大きな船が通る。タンカーのようだ。11時1分。

しばし来訪者が空いた。周囲にリュウキュウムラサキが乱舞。オウ・オウ・オウ。

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防潮林であるモンパノキにつく。11時13分。

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トリオ。

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クインテッド(5頭)。

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シックステッド(6頭)。

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なかなか表を開かないのだ。こやつらは個体差が激しい。台湾産、フィリピン産、いろいろらしく、亜種間の交配もあるとか。

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パタパタとされると表が写ることもあるが、よほど高速のシャッターを切らないと止まらない。奇怪な絵になってしまう。11時23分。

10分間の撮影タイム。何十枚と撮ったが、なかなか難しい。開け、ゴマ!

結局、付近に8頭いました。

午後も来訪者はやまず。

わざわざ大阪からN君がおじぃのお葬式に来てくれた。また意外な人も。

こちらは来訪者の応対に追われながら。

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孝子さんはいつも理路整然と順々に解いていく。分かりやすさでは、ぴか一。見習うべき点がたくさんある。こちらが話したことの吸収力、応用力も優れている。

15時30分、速めにテントを切り上げて、私たちも告別式の会場に出向く。間に合った。多くの方が来ていらした。ただ地元の方が少ないようなのが、寂しい。

そのあと、満月まつりに参加(既報)。









 

音楽2題-オキナワンボーイと地球ハーモニー

 オキナワンボーイである知念良吉と何時知り合ったのだろうか。忘れさるほど昔のことだ。多分90年代後半の東京でのコンサートの時じゃないか。最近、瀬嵩(せだけ)での市民集会と満月まつりで2度も会った。健在だった彼に乾杯! 60代になっても「何処へ行くオキナワンボーイ」を歌う良吉に乾杯!私たちに乾杯!

 彼はブルース系の音楽をやっているのだが、ただのブルースじゃない。オキナワンブルースだ。彼はコザ生まれだということだが、彼の歌には沖縄のコザ(沖縄市)の心が籠められているようだ。そこは是非とも直接聴いて欲しい。

 近く東京で知念良吉ライブが開かれる。「泥の花 キャラバン 2016-めだかの学校と心の楽園」

日時:16年11月27日18時~21時頃まで

会場:東京琉球館(駒込駅下車2分) ℡:03(5974)1333 豊島区駒込2-17-8

料金:2800円(予約) 3300円(当日)(1ドリンク付き)

◎コンサート後交流会アリ(ここの陽子さん手作りのお食事は美味い!ーヤマヒデさん推奨)

◎琉球館のブログ http://dotouch.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-a4a7.html

 こちらはジャズピアノ。「地球ハーモニー」を立ち上げて、世界・地球に足を伸ばす河野康弘さん(ピアノ)。「音楽は国境、人種、言葉を越えて、すべての人が仲良くなれる神様からの贈り物」という。全くそのとおり。

 その彼が昨日辺野古のテントに来た。少し立ち話。彼は一昨日開かれていた今帰仁でのジャズコンサートに行ったという。私も行きたかったあれだ。私の先輩である村上寛さん(ドラム)もでていた。

 河野康弘ソロコンサートが辺野古と高江で開かれる。

◎11月17日(木) 14時30分~ 辺野古ゲート前(雨天決行)

     同日    17時~    高江共同売店前(雨天時は高江公民館)

問い合わせ 地球ハーモニー ℡090(1657)0174 メール wahaha1113@yahoo.co.jp

◎スタンダードナンバーから辺野古応援曲まで多彩。

音楽は聴いたことがないと、書きようがない。でも期待できそうなお人柄でした。 

こんな日常でいたいもの(16年11月11日)

2016年11月11日 晴れ。

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辺野古に咲くススキ。秋めいているのだが、晴れれば暑い。

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今日も波が高い。11時7分。逆光で光る海。左上は監視船。

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テント前のツノメガニ。今日も砂だし作業に大童。

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こちらはオス。

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投げた瞬間。初めて撮った。なかなかタイミングが合わなくて、何百枚目にして初めて。快挙! 12時12分。

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うんともっている。

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潮が満ちてきた。13時9分。

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波が迫ってきました。13時10分。

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ツノメガニは自分の穴の中に。13時14分。こうして水の世界に没していきます。

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昨日の修学旅行生へのシュノーケリングで使ったウエットスーツ。60着。手洗いして干しています。これはエコツァーのガイドの皆さんが実施しています。

この海に潜ったらこれを壊そうとは考えられなくなるはずです。若い子達には、お金しか頭にない大人にはなってほしくない。

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テント2の畑で取れたばかりのカボチャと愛知県から送っていただいたカキ。私もおすそ分けいただきました。カキはおいしかったけれど、カボチャは甘みにかけた。カレーに入れたら、さくさくしていて、良かったです。

それにしても留置場の中に入れられている5名のことが気がかりです。高江への総攻撃の次は辺野古ですから。頑張りましょう。














2016年11月14日 (月)

琉倉運の大型トレーラーが停まっており、一瞬緊張が走る

2016年11月10日。曇。

 8時頃、第2辺野古のバス停の反対車線に(シュワブゲート方向)琉球倉庫運送の大型トレーラーが1台停まっていた。14年7月から9月に資材搬入で再三入った会社であり、緊張が走った。ゲート前に電話して、要確認だと連絡。

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9日の大統領選でトランプが勝ったと。驚かされたが、慌てず騒がずだ。トランプは日本政府に重ねて軍事費を出せというに違いない。私達はこれを跳ね返せるのか。

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モンパノキに止まったリュウキュウムラサキ。美しいものは美しいのだ。

11時58分、P3ーCが1機、東に飛んだ。

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今年もオキナワギクが咲き出している。

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これからどんどん咲き出すだろう。

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フェンスにバナーの群れが。毎日のようにとられたので、毎朝つけて、毎夕はずしていると。

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嘉陽のオジィがなくなったのでつけた。私達はこれからも共に歩みたい。

辺野古の海に監視船2隻とマリーンズセキュリティのゴムボート。












久しぶりに与那国島に着いて気付いたこと(16年11月3日)

16年11月3日曇。

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窓から写す。雲上は晴れている。

着陸態勢に入った。

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久部良側から。やや!基地が眼下に見える。慌てて撮影。正面海側に見える。右の緑の建物がレーダーの管理室。左がアンテナ。その奥の赤がわらが兵舎群。

午後、与那国空港着。今日は宿までゆっくりと行く。

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県道をツバメが飛び交う。速い、俊敏。車が通るが平然たるもの。これを狙ったが、難しい。30分余り粘った。ここでわかったこと。基地建設は未だ終わらず。工事車両が通るのだ。確か16年3月31日までだったよね。どういうこと。

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牛は目がかわいい。道路際で。

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久部良までの途中で海が見える一箇所。

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久部良の給油所前。ランナーは自衛官。こうして走る自衛官が目立っていた。彼らはスマホを持って走る。基地からの緊急連絡のためと途中で何かあったときの連絡用だろう。

左上がレーダーの管理所。

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高台から見た兵舎群。(拡大してみてください)

こうして与那国の初日が始まった。



石垣島あれこれ(16年11月)

 石垣島をめぐる新基地建設をめぐっては、2回書いた。今回はいわばあれこれを日程順に紹介する。

16年10月31日。石垣飛行場。着いたからには見ておきたい。

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到着後、展望台にあがる。飛行機は何か居ないか。軍用機は居なかった。であれば、これだ。11時30分。お客さんの貨物を搬入中。

そして港に移動。

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石垣新港(南ゲート奥)で。タテハモドキ。後翅の目(紋)がドッキリ系。何だろうと思うが、これが威嚇効果になるらしい。

11月1日

八重山にもアカバナーの類は多いが。

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名蔵付近で。これしぼんでいるわけでもないようだ。

11月2日

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川原から宮良川の下流側。広々としているわりには川の流れは細い。相対的に氾濫原が広い。

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平得付近のジュース屋さんで。風が強くて煽られた。慌てて押さえて撮った。美味しかった。このあと、店を出たのだが、ここに帽子を置き忘れた。店員さんが追いかけて届けてくれた。感謝。これはリピーターになるしかないだろう。

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キビにまとわりつくつる性の植物。さて、種名不明は?

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サトウキビの手前に咲く。沖縄や八重山にはよくみるのだが。平得。

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シマバナナの茎? 横に並ぶ中に食い込み突き出ている。

11月6日(与那国~石垣~宮古で)
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与那国~石垣空港で。貨物室が大きくなった新型の飛行機を降りた。スマートだが、全長と翼長、尾翼の長さの関係を読み間違えて、飛行事の撮影は失敗。今後の課題に。

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11月6日。宮古に行く前、やや時間があったので宮良川河口へ。カヌーが上がる。

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トビハゼの仲間。けっこういる。宮良橋の下。

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宮良橋の下。マングローブの林が広がっている。

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宮良川。すいすいと、気持ちよさそう。自分も乗ってみたい。

石垣空港に戻る。

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離陸。ボーイング737

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乗客が降りるまで待機中。客室の整理整頓をする人たち。飛行機も様々な人達のサポートがあってこそ私達が利用できる。感謝。

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出発。13時52分。見送る作業員。飛行機の中に居ると全貌が分からないが、こうした人たちが飛行機の出発を支えているのだ。

そうでした。陸自の新基地の予定地は左奥の飛行機の尾翼のやや右、山の下(手前)。飛行場から5,6キロ。ここから撮ったこの写真の意味はこれでした。

こうやって場所が分かるのも地形図と、あちこちを歩き、あちこちから探索しているから。地形はあちこちからみたものを自分の頭の中で組み込んでこそ、立体図に浮き上がる。






2016年11月13日 (日)

満月とオジィがつなげてくれた(16年11月13日)

 今日16年11月13日(日)は朝から千客万来でテンテコマイ。私はボルテージがあがりっぱなし。これも嘉陽のオジィが呼んでくれたのか。告別式は安次富浩ヘリ基地反対協議会共同代表が弔辞を読んだようです。多くの方々が参列されていました。私達テント村のメンバーは、テントを15時30分に切り上げて、告別式の最後のほうに間に合いました。

 私は喪服に着替えるやら何やらと忙しく(珍しく白のワイシャツに黒のネクタイ)、また偶然昨日、東京からお見えになっていた大木晴子さんがお出でで、告別式にも参列されました。晴子さんからネコの「NO WAR」と丸木美術館50周年の2017年カレンダーをいただきました。ありがとうございます。独特な味のあるネコ。また、本橋成一さんが撮った丸木位里さん、俊さんの写真はお二人の共作ぶりを描いた素敵な写真カレンダーです。

○大木さんのツイッター https://twitter.com/kuronekoroku?ref_src=twsrc%5Etfw

そしてこちらが終わってから、辺野古テントのメンバーと夕食後、大浦のマングローブロードなるところにはじめて行って来ました。丁度満潮の時間帯で、マングローブの生物を見るには不適切な時間態でしたが、概況を掴みました。今後、私なりに撮影して報告します。こうしたところは潮の状況を読んで出かけないと、がっかりします。

それから程近くの瀬嵩で開かれる「満月祭り」に参加。主催者でもあるまよなかしんやさんは、お病気を押して、克服しようと、頑張っていらした。地元の人たち等によるフラ、地元の子ども達の踊り、瀬嵩青年会によるエイサー、コザ生まれのブルースの知念良吉さんらによる歌、海勢頭豊さんのグループによる歌などで、充実していました。司会は地元の悦子さんとカヌー隊のプレティさん。小さくとも地元仕掛けの試みは素敵です。良吉さん、豊さんの個性が輝く力強いイベントでもありました。

 今日は先約があり、これないと言っていたケンコさんが来ていたのには驚かされました。嘉陽のオジイが亡くなったからと、先約を途中で上がってきたらしい。さすがです。

 今日の出会いは、満月と嘉陽のオジィがつなげてくれたのだと思います。ありがとうございました。

○註:本当の満月は16年11月14日です。

今日は嘉陽のオジィの告別式(16年11月13日)

 一度旅に出ると、ブログに書く時間がごちゃごちゃになるが、ご容赦願います。

 今日11月13日は、去る16年11月3日に突然亡くなられた嘉陽宗義(94)さんの告別式。辺野古で行なわれる。オジィはここ辺野古に新基地建設問題が生じた96年から地元で反対運動をやってきた。彼の口癖は、戦争は絶対にナラン、と、あの(71年前の)戦争のとき、この海があったから私たちが生きながら得た命の海なのだ。

 彼の体の中には、撃ちこまれた弾丸で除去できないものが、そのままあった。戦争を忘れるにも忘れらず、人生を全うしたのだ。毎週火曜日、辺野古テントに座り込みにきていたのだが、数ヶ月前から来られず、私たちも心配していた。入院されているが、お元気そうと聞いていた。

 11月3日夕方、私は与那国島で、今日亡くなられたと電話を受けた。丁度今から皆で食事の時間だったこともあって、慌てた。慌ててもしょうがないのだが、やはり動揺した。私自身、長年、励ましをいただき、今日まで辺野古のオジィらと共にやってきたから。

 出棺式が5日と聞いた。自分は見送れないが、与那国でなにかしようと考えた。あいにく11月5日の予定は、基地の撮影に特化しており、海を見るいい場所には行かない。どこがいいか考えながら歩いた。海を見ながら、オジィに追悼とお別れの言葉を呼びかけたかった。

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5日14時45分撮影。宇良部岳登山口のある牧草地を前に、島の南東方向だ。辺野古方向ではないが、お赦しを。半ば目を閉じながら、半ば海と相対しながら、これまでのオジィの活躍に感謝しつつ、これからもオジィの遺志の一端を担いながら、辺野古に新基地を造らせないように頑張ります、と。あわせて、ここ与那国島が戦場にならないように、島の人達の安全が真に守られますようにと願い掛けをした。

 与那国の海と辺野古の海は、約600キロ離れているが、海は地球をめぐっているのだ。海はあらゆる生物の起源なのだ。その海を戦争の具に使うなど、もってのほかだ。怒りも改めて湧いてくる。しかし私たちが相手にしている権力は、巨大だし、狡猾だ。人様のお金も勝手に使う。

 私は、これからもオジィの顔を思い浮かべながら、闘い続け、撮り続ける。

2016年11月12日 (土)

「宇井さん、今の沖縄をどう思われますか?」に参加してきた

 今日16年11月12日は、旅疲れから1日、辺野古テントを休ませていただいた。しかし起きたら10時30分。これではブログを書く時間がないし、洗濯や布団干しも無理。如何しようと思ったが、行くと決めていたのだから行くべし。決断ができなければ、那覇までとてもじゃないが行けない。

 今回の集会のことは、11月8日の新報の「論壇」欄で知った。後藤哲志さんが「宇井純先生、没後10年 沖縄の危機打開で対話」を書かれていた。

 そうか亡くなられてもう10年も経つのかと思った。彼は1986年に沖縄大学に招かれて、生涯初めて教授になったのだった。1965年に東大都市工学科の助手になり、「万年助手」と言われながらも、わが道を走ってこられた。

 ここでは直接今日の報告はしない(別の機会に)。しかし行ってよかった集会であった。宇井さんといえば、「公害の政治学」の著者であり、水俣病告発の立役者のお一人であり、水処理工学の先駆者でもある。むろん、公害自主講座(70年から85年)の主催者だった。

 私は70年に「公害の政治学」を読み、71年からのチッソ本社前座り込みにも参加した。公害自主講座にも何度か参加した。しかし、86年に沖縄大学に行かれたときは、やはり助手よりも教授のほうがいいのかなどとも思ったものだ。要するに当時の私の沖縄認識は、その程度のものだったのだ。

 今日の報告の中で一番印象深かったことは、80年代の金武湾闘争の話だった。あの時代、日本政府は金武湾を壊してでも、日本国の石油備蓄基地を造ることを至上命題にしていたと。植民地主義の体質は、当時も今も変わっていないと。今の辺野古、高江の事態に通じていると。

 最近の私は、この金武湾をあちこちから眺め、撮影する機会があるのだが、さまざまなことが隠されているようだ。今は軍事の問題から見ていることが多いが、やはり島暮らし、島の自立を考えれば、島にふさわしい最適な技術、最適な経済があり、地域があるはずだ。何が必要で、何が不要なのか。この問いを先日の石垣島、与那国島、宮古島から持ち帰ってきたばかりだったのだ。そこに後藤さんの投稿を読んだものだから、ズバリ宇井純さんのことを想起したのだった。

 今の沖縄の現実は極めて厳しい。高江・伊江島・辺野古、与那国・石垣・宮古、金を掴まされて黙らせられる、弾圧・差別、自治の思想と実践、などなど。課題ばかりだ。

 厳しいから、どういうつながりを造りながら立ち向かうのか。ここが問われている。今日の席に私はやや遅れて着いた。隣の女性から挨拶された。誰?(すいません) 沖縄国際大の先生だった。どうも辺野古で学生さんにお話したときの引率教員らしい。覚えていてくださったのだ。少しづつつながっていければ、中期的にはいいのだと思う。短期的にやらなければいけないことが多数あり、長期的に目指すべきことがある。その核心は自治の思想であり、実践だろう。其れを何処から手繰り寄せていくのか?

 私の自宅の近くに住むおじいと昨日も立ち話した。彼は辺野古の50年代からの歴史も知っているらしかった。今の高江の話にも通じていた。沖縄で、70年、80年を生きてきたことは重いことなのだ。おじい、おばあに学ぶことは、いやというほどあるようだ。同時にもっともっと若い人とのつながりをつくらなければと、切実に思う。

今日は那覇まで宇井純さん没後10年の集会に出かける

 さすがに旅疲れ。おきたら、10時30分。今日は那覇で開かれる宇井純没後10年の集会にでてくる。彼は都市工学の専門家で長年、東大助手。水俣病の解決にも貢献した。沖縄大学に移籍して教授に。私は、彼が東大時代の「自主講座」に通った。

 今日の新聞に、「故障放置で燃料流失」(普天間基地)とか、県知事が東村、国頭村長と「着陸隊 再アセス要求」とか。オスプレイ飛行のアセス(これやっていません)。

 ひどいことが多すぎる沖縄。「土人」発言を追認する沖縄担当相。高江で事件をでっち上げて、逮捕・起訴する前に、こういう閣僚を更迭するのが先だろう。私達は、侵略者のお惚けなど聴きたくないわ。「事件」の根をつくってきたのは、この国だ。

陸自駐屯地はこのへんだといわれているが(16年11月2日)

今日は南東側の川原から。

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川原の公民館がある場所。ここも入植地だ。住民が開墾した場所なのだ。

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川原のバス停から。於茂登岳(右奥)、嵩田岳(左)がみえる。予定地はその下側。

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赤瓦は川原小。キビやパインの畑が広がる。

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川原区も反対!

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宮良川を抜けて平得に向かう。正面の山が於茂登岳。

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平得の角。ここも反対だ。この通りの先には誘致派の宿や工房がある。

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牧草地。平得。

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元牛舎があった。

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海上保安庁が飛んだ。10時49分。

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嵩田で。

地元はこぞって反対だ。農地を潰して、軍事力を用意して、威圧する態勢を整える「南西方面重視政策」。誘致に傾く石垣市は、住民・市民のことぐらい考えてもらいたいものだ。

 その全体像を分析することは、来る11月26日夜に名護市内で報告会をもつ。詳細は後日明らかにします。

石垣島の陸自駐屯地建設予定地付近を探る(16年11月1,2日)

 安倍政権は、琉球諸島を中国脅威論を煽るためのプレ戦場にしたてようとしている。この3月に与那国島にレーダー基地を新設し、今、石垣島、宮古島、奄美大島、馬毛島・種子島に新たな陸自の駐屯地と演習場を造ろうとしている。

 今回の旅は、ひとまず石垣・与那国・宮古をめぐった。石垣島にも私は10回目(1989年以来)の旅になった。

 候補地は石垣島中心部(港)から約6キロ北側だ。飛行場から西へ約4キロの平得・大俣地区。同地を訊ねたのは3度目だ。

 11月1日、西側の名蔵から入り、北側の嵩田山の尾根を抜けて、東の於茂登、平得に。

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名蔵のサトウキビ畑(7時30分)

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名蔵小学校。もっともな標語だが、自衛隊が来たらどうなるか?壊されないのか。

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名蔵ダムの脇。戦前、台湾の人たちが入植し、水牛とパインをもちこんだと。今でもパインの畑は多い。

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嵩田山の北西の林道。交通量はもとんどない。

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尾根に出ると奥に飛行場が見えた。雨が降ってきて霞んでいるが。

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尾根から降りると於茂登だ。地元の集落はこぞって反対だ。正面の奥が於茂登岳(沖縄県の最高峰)。

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於茂登は開拓地。先人の苦労が刻まれているのだ。

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奥が於茂登岳。525m。

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大本少の児童が立てた看板。

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大本小と自然保護を訴える看板。

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近くには賛成派もいるのだ。

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於茂登から平得の道で

○続く












2016年11月11日 (金)

波乱の1日(16年11月9日)

2016年11月9日。曇。急に薄ら寒い。朝、辺野古川河口部でミサゴ2羽を認める。波が高いせいか監視船は見えない。ただマリーンセキュリテイのゴムボートが1隻。

 この間、私はメールでもきいていたのだが、フェンスのバナーが再三盗られており、やむなく夕方回収し、翌朝またつけていると。それに今朝はこれだ。

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誰だか知らないが、落し物?

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大きな忘れ物?

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わざわざ、90リットルの袋にごみの山。よほどお暇なのだろうか?

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波は高い。沖の造礁サンゴにぶちあたる波。10時53分。

昼前からゲート前で騒ぐ音が聞こえてきた。日の丸大好きなウチナーンチュがいるのだ。
13時3分。こちらにも降りてきた。

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丁度、高校の修学旅行生の来訪時を狙ってきたのか。誰からお金をもらっているのか、誰から情報を得ているのか?13時5分。

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同じ学校の1学年が3つに分かれてきていただいた。テント前。15時2分。説明は安次富浩ヘリ基地反対協議会共同代表。

私も1班・2クラスに話した。16時20分終了。

旅の疲れもあり、疲れたが、無事終了。



石垣島の港にて(16年10月31日と11月3日)

 先ずは石垣島の港から。石垣といえば、尖閣対応の海保の警備力の強化の動き。ごらんの通り。

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石垣港北側の浜崎に新しく海保専用の埠棟ができた。フェンスが張られ入れない。この奥に10隻、右に1隻+小型の船も置ける。「警告」が英語、中国語、台湾語だ。

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大型の巡視船。フェンス越しに撮影。

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これは右の岸壁。機関砲がむき出しだ。現場でしか見れない構図。手前の日の丸は他の巡視船のもの。

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石垣港には台湾から来たクルーズ船が停泊。多国籍の人たちが島に下りていた。

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釣りをする母子。レンタカ-じゃなかった。

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10月31日残照。南の新港の建設が進む。

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沖の建設現場から戻ってきた作業船。18時頃。

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対岸にクルーズ船が止まり、手前に作業船等が止まる。左奥の現場のクレーンにも注目。どれだけの規模の港になるのか。ここに自衛隊の船がくることもできるようになる。

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アジアからクルーズ船を本気で招くならば平和な海にする努力が第一だ。

以下は11月3日朝。

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波照間島のフェリー。これから出港の様子。

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周辺の島々に行きかう観光船。

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ダイビングの船。風が強いが、ゴー、ゴー。サザンゲートの下を抜けていく。

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次々とダイビングの船が出て行く。こうできるのは平和だから。

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波照間島行き出港。波照間島は過去に強制疎開が行なわれ、マラリアによる死者を多数出している。今こそ平和の意味を考えたい。

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南港の現場を遠望する。これからどうなるのか。別の機会に報告したい。
















2016年11月10日 (木)

少し晴れ晴れ(16年11月10日)

 琉球諸島から戻り、疲れをとるべく努力中。そんなわけで、しばらくは身体を休めながらやらせていただく。イーや、今回は相当頑張った。

 世間では高江の闘いに対する国家権力を挙げた弾圧がかけられ、他方で右翼の妨害行動も活発化している。米国ではトランプ大統領に決まり、反トランプの闘いが街頭に広がっている。移民の人達の苦悩もますます烈しくなり、生活を直撃していくだろう。沖縄に対する攻撃も、一層、熾烈を極めていくだろう。

 そうしたなかで、今朝、辺野古に向かう途中、近くのおじぃが、「いつもご苦労様。頑張ってね」と声を掛けてくださった。私が辺野古に新基地建設を止めるために通っていることを彼は察知しているようだ(随分以前から)。ナゴンチュ・シマンチュたちの期待をいただくのは重いが、その一声に晴れ晴れとした思いが私の胸に湧いてくる。私はこうした人たちとのつながりこそを大切にしたい。一人ひとりの力は微力でもどれだけ広がっていくのかが、大きくことを動かせる力になるはずだ。今重要なのは突出した力ではない。

 今日の午後、名古屋からひとりの学生がテントに来てくださった。彼は卒論に基地問題を書きたいと。そうですかとばかりに私が1時間余りお話した。というか議論を吹っかけた。卒論を書くという学生だから、多少は勉強していることが前提だ。トランプ大統領になれば、一層、世界の人々は破局を迎えるだろう。だからこそ、私たちが覚悟すべきなのは、米国一局支配、軍事力による支配は終わっている、終わらせることの意味が極めて重要な段階を迎えたことを示さなければならないのだ。日米安保の歴史的変化から、地位協定の役割、アジアの中の沖縄の占める位置、日本が変わることの意味など、うるさいオヤジだなと思われたかもしれないと思いつつもバリバリと話した。「少しは役に立ちましたか?」と最後に聞いたところ、「たくさん」と答えてくださった。また日本はヤバイ方向にあると思うと彼が言うので、何故そう考えるのかを問い詰めろと応じた。残念ながらヤバイと思っているのは少数派。そこのヤバサを見極めないとならないはずだ。

 15時過ぎには、台湾から3名が来てくださった。英語の資料を渡したが、私は英語や中国語での小難しい話はできない。ただ印象的だったのは、彼らははっきりと素振りを含めてソリダリティを意思表示してくれた。彼らは多分、中国と台湾の和平が大切だと考えているはずだ。そこに絡み合う沖縄の重要性を承知しているのだろう。帰り際にも団結を示すポーズを交し合った。

 ささやかな流れが小川となり、奔流となることを期待していきたいものだ。がんばろう。

まさかのトランプの勝利の中で(16年11月10日)

 私が石垣・与那国・宮古に行っている間に、米国大統領選が最終番を迎え、昨日9日にトランプが勝ったと。所詮、米国のことだから、どちらがなっても、ろくでもない。ただトランプはウルトラ差別主義者であり、「アメリカンドリーム」幻想を煽り、経済成長を追求するだろう。これは戦争と不可分な思想であり、世界の破滅を招くだろう。核戦争の危機すら生まれるだろう。

 日本にとっては、膨大な貢物を差し出せとなり、ますます日本の財政・経済破綻は必至だろう。そこでますます米日安保に答えるのか、独自核武装に走るのか。ヤバイ!双方の長が差別主義者となったのであり、時代を見極めるのは一層困難になるだろう。

 此処で私達主権在民の良心が復活しなければ、私たちも奈落の底に転落。否、真っ先に突き落とされる。恐ろしいが、こうした事態に真正面から立ち向かわなければならないのだ。

 日本の民衆は、もう少ししっかりと、冷静に物事をみてもらいたい。破滅を避けられるのか、否かの最後の局面に入ったのだ。私達は、何が何でも沖縄周辺を戦場にさせない。これはアジア大の闘いだ。石垣・与那国・宮古から帰った今、改めてそう思う。この国が仕掛けてきたミステリアスな動き。これを謎解きしなければならない。島の要塞化をとめなければならない。

 9日間で、1107枚撮った(この他、多くを削除した残りの枚数)。石垣320枚、与那国485枚、宮古302枚。頑張ったのだ。更に頑張る。

 トランプや安倍、あまたいる権力欲の塊のようなやからに負けない生き方をどうやって作り出せるのか。これは小さな市長選でも基本は同じ構造だ。私達人間の愚かしさを克服できなければ、ダメなのに。あぁ。皆さん、頑張りましょう。

 ただ、昨日、辺野古にきた東京の高校生達の笑顔をみていれば、なんとなくだが、若者達に可能性を感じた。素直な笑顔。そこからしっかりと学び、生き方をつくって欲しい。

 生き続けられる可能性は、私たちの中にあるのだ。ただそこに多くの民衆が間に合う形で気づくかだ。

2016年11月 9日 (水)

博多駅前の大規模陥没事故の事業者は大成建設だ

16年11月8日早朝の福岡県博多駅前の地下鉄延伸工事で起きた大規模陥没事故は、長さ約30m、幅約27m、深さ約15mの規模に及んだ。この事故は早朝であり、陥没の前兆が約50分前に起きたから、作業員はぎりぎり避難でき、現場では人身事故に到らなかったが、重大な事故に違いない。

 地中の電線、通信ケーブル、ガス管なども損傷し、電気が止まり、ガス漏れ事故になったようだ。福岡市が発注した工事だが、あの大成建設が受注している。マスコミ報道によれば、ボーリング調査が不足しており、地下での出水の蓋然性を軽視したのではないのか。

 大成建設は国内最大手の土建屋だが、辺野古・大浦湾の主たる工事受注者だ。今回は福岡市の事業であるから国土交通省は、重大事故と認めたが、これが国の事故ならば、スルーする可能性も否定できまい。まして辺野古・大浦湾の防衛省、米国の工事ともなれば、何が起きるのか分かったもんじゃない。

 今回の事故原因をしっかりと解明し、公開しながら、工事を行なわなければ、再び禍根を残しかねない。大成建設にも発注者にもしっかりとした対応を求めたい。

 しかし私が知りえた範囲では、取材に訪れた記者に対して、警備員が対応しただけという。まだ答えられないと。確かに事故から1日では解明できていないからかもしれないが、工事責任者が応対しないのは、同社の無責任体質の表れだろう。工事の難易度が高ければ高いほど、きちんとした下準備と責任体制を講じてやるのが常識だろう。

●取材報告http://www.data-max.co.jp/281108_dm1857_2/

私達は今回の事故の顛末を注視していきたい。こんな大成建設に辺野古・大浦湾の埋立て造成工事を任せるわけにはいかない。最もその前に工事じたいを止めましょうね。

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