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2016年9月

2016年9月30日 (金)

異種間の攻撃は凄まじかった(16年9月30日)

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2016年9月30日 晴れ。朝のうち、風もなく暑かった。すっかりまた夏雲(雄大積雲)が浮いていた。

9時30分頃から水陸両用装甲車がシュワブの浜に出てきた。

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9時57分。一番上もこれもAAV7。側面に波波の装甲版を装着している。

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前部にハッチが3つ。操縦士、射手、車長。今日は戦闘員は来ていない。

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ちょこっと海に出てすぐに戻ってきた。10時5分。今日は3両。

因みに自衛隊もこれを導入するのだが、新しいタイプを三菱重工が造る話もあるらしい。

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台風が来週来るので今日も監視船は0.これはマリーンセキュリティのゴムボート。

今日は来訪者も少なくゆったりしていた。

つうことでツノメガニを撮ろうとテント前の浜に下りた。穴から出てくるのを待つ。

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あれ、ミナミコメツキガニにツノメガニ(子ども)が襲い掛からんばかりだ。13時18分。

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睨む会う。そもそもなんでミナミコメツキガニがツノメガニの領分にいるのだろう。それも単独個体だ。

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とっくみあった。かぶさるようなツノメガニ。13時19分。まじにやっている。

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しつこく追いすがるツノメガニ。逃げるしかないコメツキガニ。

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逃げ出すミナミコメツキガニ。砂だらけ。13時19分。

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追撃。13時25分。

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ツノメガニが突撃して突き飛ばした。お前、やりすぎだろう!13時28分。

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辺野古川河口。13時28分

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14時45分。上げ潮だ。

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ツノメガニ。砂をもって投げる。砂に無数のえさがついている。感謝。















週刊金曜日の「人権とメディア」欄に書いていただきました

 昨日の午後、長野のM君から「週刊金曜日に載っていたね」とメールをいただいていたが、すっかり見落としていた。別件のメールが届いたお陰で、これをみつけた。帰宅したら、その週刊金曜日(9月30日号)が届いていた。

 この記事は中嶋啓明(「人権と報道連絡会」会員)さんが書いてくれた。「あからさまなフリー差別-取材妨害の公妨弾圧」だ。内容は警視庁による8月21日の経済産業省前の私に対する弾圧の件だ。弾圧された私がフリーのフォトグラファーであり、この事件を在京紙は取り上げていないと。

 まさにその通りだ。私なりに公表しようと考えて、自分のブログ(関連3本)と、元地元の市民運動紙「世田谷市民運動いち」のニュース、反弾圧の機関紙「救援」にも載せていただいた。そして本紙に簡潔にまとめていただいた。私の件が少しでも知られ、今の状況を掴む一端になればありがたい。

 その後、私は連れの入院、手術で、9月2日~13日まで東京におり、11日の新宿での辺野古新基地建設に反対するデモ等を撮影した。夜の経済産業省前の集会にも足を運んだ。様々な方々から激励をいただいた。ありがたい。が、気恥ずかしい。

 あのとき、約25m身体を引きずられた際、右肘を打撲したのだが、外傷は治ったものの内側がまだ腫れている。両肘を使った低位置からの撮影は未だできない。

 これはあのときに受けたものか確証がないが、頚堆がずれており、吐き気がする。やっと落ち着いてきたものの、揺れるバス等の乗車を避けている。お陰で9月は高江に行けずじまいだった。

 週刊「金曜日」の特集は「沖縄・高江」だ。あわせて読んでいただけると大変嬉しい。

安倍首相の所信表明演説を読んでみた

●いやはや疲れました。まだ問題にすべき点はあるでしょうが、参考までに読んでいただけるとありがたい。他の方々にもお伝えください。

 

       安倍首相の所信表明演説を読んでみた-衣の下の鎧を隠さず

【はじめに】

 相変わらず分かりにくい演説だ。文を読んですら分かりにくいのだから、演説を聞いた国会議員たちはどれだけ分かったのだろうか。

 我思うに、安倍は自公政権のいわば内輪に伝わればいいと思っているのだろう。野党や国民に届ける気概はあるのか。全体構成(基調)と部分のつながりがデタラメ、敢えて具体性を避けているようだ。

【構成】

 「1 はじめに」の出だしが「世界一への執念」。リオ・オリンピックの日本人選手の活躍から2020年東京オリンピックの大成功を決意。「同時に、わが国の『未来』を開く。私たちもまた、世界一暮らしやすい国、世界一信頼される国を目指し、新たなスタートを切るのです」。スポーツに仮託してこの国の「未来」を語る120%のイメージ戦略だ。だから内容がないが、選挙に勝った自信だけはある。いかに国民を騙しながら金儲けしようか、そして改憲の執念が滲み出ている。

  これも15年12月の衆議院選挙、先の参議院選挙の国民の選択が安倍政権にもたらしたのだ。

 「2 災害復旧・復興」も現実を好き勝手に描きだしている。「『観光先進地・東北』をめざし、(中略)福島を「未来のエネルギー社会を開く『先駆けの地』」にすると。あの福島第一原発から放射能が漏れ続けていることじたいを隠している安倍が言う台詞か。

 「3 アベノミクスの加速」を強調しているが、所詮、失敗作であり、その復活はありえまい。しかし経済成長という既存の「常識」に固執し、「経済の好循環」を「中小・小規模事業者の皆さんの元気にかかっています」と責任転化。社会保障の具体策などあるわけもない。

 「4 1億総活躍」が踊るが、要は「世界一の大国」をめざしたいとの執念があり、少子高齢化が加速する中で、その屋台骨(労働力)が危ういので、何とかしたいとの焦りが露呈している。「同一労働同一賃金」とか「『非正規』という言葉を一掃しよう」などの言葉だけが踊る。

 経済成長の停滞は世界的に避けられない時代に入っており、日本では少子高齢化と重なっている。これをソフトランディングさせるためには、価値観と手法を変えなければならないが、頭は「経済成長」と「世界一」願望のまま。このままでは軍事・戦争を志向していくばかりだろう。

 以下、「5 地方創生」、「6 地球儀を俯瞰する外交」、「7 おわりに」と続く。この5~7が本論なので中間総括。何をしたいかを明言せず、本音をごまかす。アスリートの頑張りをかざして、「誰もが生きがいを感じられる社会を創ることができれば、少子高齢化というピンチも、大きなチャンスに変えることができるはず」と言葉巧みに、働き方改革を提唱する。だが、新自由主義の政策を積み重ねどんどん不安定雇用を推進してきたのは、これまでの自公政権だ。その責任も取らずに、働き方改革は企業と個人の努力にお任せし、ピンチをチャンスに変えられるはずと言い募る。

【「地方創生」の本性】

 22歳の山形の女性の「美しい田んぼを守っていきたい」から始まり、「地方の持つ個性は、いまだ十分に生かされているとは言えません。ここに大きなチャンスがあります」と語り、いきなりリニア中央新幹線と整備新幹線の整備加速。東京と大阪を大きなハブとして全国を1つの経済圏に統合する「地方創生回廊」を整えるだと。話がぶっ飛びすぎだろう。

 否、これが彼らの本音だ。大企業が大儲けする事業をやるのだ。地域がどうなろうが、大企業が儲かるための「地方創生」。「観光立国」、「農政新時代」(農産物を輸出せよ)でTPPの推進。ここでも「世界一を目指す気概」を持てと説教を垂れる。

 ところで、次期米国大統領候補はお二人ともTPPから後退しているようだ。2人芝居が崩れて一人芝居をやる器量が安倍さんにあるのだろうか。こんな軽薄な演説に騙されてはいけない。

 一言私論を述べておく。この国で言う「地方」とは中央あってのものだ。私は人々が生きている暮らしの場=地域からこそ経済を創り、政治を変えたい。もうひとつ言えば、安倍の常識では、中央に反旗を振りかざす沖縄は、とっくに可愛い地方じゃないようだ。否、一度もなかったのではないか。

【「6 地球儀を俯瞰する外交」を説き、米国べったりの軍事国家を固執】

 この冒頭は悪ふざけが過ぎる。「一生懸命頑張れば、東京ではメダルを取れるかもしれない」。誰の言葉か、リオ五輪難民代表団のユスラ・マルディニ選手だ。そして「夢はかなえられる」と続く。一見「弱者」にエールを送るとみせかけながら、次のセンテンスはこうだ。「地域紛争、大量の難民、相次ぐテロ、地球温暖化。世界は多くの困難に直面しています。日本は積極的平和主義の旗を高く掲げ、国際社会と手を携え、世界の平和と繁栄に貢献する決意であります」。

 オイ・オイ・オイ、地域紛争、大量の難民、相次ぐテロを生み出してきたのは、安倍が言う「希望の同盟」の相方だろう。米国様だ。この「積極的平和主義」を掲げる日本国は、米国がイラク戦争に踏み込んだ根拠「イラクは大量破壊兵器をもっている」との予断・偽証を検証すらしていない無責任ぶりなのだ。

 ひたすら「日本の外交・安全保障の基軸は、日米同盟。これは不変の原則です。日米の絆を一層強化し、『希望の同盟』として世界の諸課題に共に立ち向かって参ります」。安倍らしい日米同盟絶対論。いつも米国を頼りにしながら、軍事大国になりたいとの宣言だ。

 「その強い信頼関係の下、抑止力を維持しながら、沖縄の基地負担軽減に全力を尽くします」。北部訓練場の4000haの返還を金科玉条とし、ヘリパッドの建設を「もはや先送りは許されません」と公言したのだ。

 だから法治主義も何も関係なしにガムシャラにやる。それは相手が沖縄だから許されるとの差別の構造。安倍政権が述べる「沖縄の基地負担軽減」論は単なる面積の減少。実質を全く顧みない。「沖縄の未来」は、いつまでも日米安保の最前線であり、軍事基地。沖縄の民意は、イヤダといっている。人々は毎日現場で闘っているのだ。安倍はこのすべてを潰したいのではないだろうか。

 このあと安倍は、ロシア、韓国、中国に言及し、それぞれ願望を述べている。また、100を超える諸国・地域に訪れ、「地球儀を俯瞰する視点で積極的な外交を展開してきました。自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった基本的価値を共有する国々と連携を深めてまいりました」という。地球儀を俯瞰する視点とはどんなだろう。上から目線であり、この演説では一言も触れていないが、原発や軍事物資の売込み、資源を買いあさってきたのだ。朝鮮民主主義共和国に対しては、名指しで非難し恫喝しながら、最大の仮想敵国中国に対しては、特定せず、思いのほか穏便に「東シナ海、南シナ海、世界中のどこであろうとも、一方的な現状変更は認めらません。如何なる場合でも力ではなく、国際法に基づいて、平和的・外交的に解決すべきであります」。ここにも相互の力関係と米国への配慮が垣間見える。

 敢えて触れるが、アイヌモシリ、琉球、台湾、朝鮮半島、中国、東南アジア、太平洋の島々を侵略したのは誰だ?!大日本帝国が暴力を用いて人々を支配し、土地を、言葉や文化を奪った。そして安倍首相らは、こうした侵略の歴史を反省せず、歴史の改ざんを繰返してきた。また、沖縄戦は誰が引き起こしたのだ。今「希望の同盟」という両当事国だ。両国共に、この反省が皆無だから、沖縄を戦後71年間、軍事植民地のままに置いてきたのだ。

 また、ここに明記されている国際法に基づくならば、何故沖縄を無視できるのか。侵略で奪われた普天間基地等はハーグ陸戦条約に基づき無条件で返還させるべきだ。

 安倍はこう続けている。「そして、わが国の領土、領海、領空は断固として守り抜く。強い決意をもって守り抜くことを、お誓い申し上げます」。強い決意で武装を固めて、領土・領海・領空の中に沖縄県のエリアも含めてやろうとしている。安倍政権は沖縄の民意を無視する一方、沖縄を含む国土を抱きしめたいのだ。だから自衛隊を与那国島、石垣島、宮古島、沖縄島等にも新増設する計画だ。また集団的自衛権や、平時から有事までシームレスな作戦を可能とする戦争法を成立させたのだ。既にこうした軍事演習を開始し、沖縄での演習も一層拡大していくつもりだろう。

 こうした自衛隊や戦争法の動きに触れないまま、「現場では、夜を徹して、そして、今この瞬間も、海上保安庁、警察、自衛隊の諸君が、任務に当たっています。極度の緊張感に耐えながら、強い責任感と誇りをもって、任務を全うする。その彼らに対し、今この場所から、心からの敬意を表そうではありませんか」と、議場で自民党の国会議員は立ち上がって拍手をしたようだ。国権の最高機関である国会の場で、行政の長が呼びかけ、あたかも行政が立法・国会を取り仕切るように集団的意思が形作られたのだ。

【国民が決める改憲の行方?】

 最後に改憲がこう提示された。「憲法はどうあるべきか。日本が、これから、どういう国を目指すのか。それを決めるのは政府ではありません。国民です。そしてその案を国民に提示するのは、私たち国会議員の責任であります。与野党の立場を超え、憲法審査会での議論を深めていこうではありませんか」。巧みに9条の問題を隠しながら、改憲案を出すから国会の場で、国民投票で決めてくれと、呼びかけたのだ。ここにも先の参院選の結果を最大限打ち出している。

【私なりの総括】

①2016年のリオデジャネイロオリンピックから2020年の東京オリンピック。スポーツ人気を当て込んだ国威の発揚と、箱物建設で大企業に儲けさせ、同時に、対テロ対策を飛躍的に強化し、人権侵害を拡大する。野宿者等の生活の場を次々に奪っていくだろう。また、原発災害をなかったかのように隠蔽していくつもりだろう。

②沖縄が日本復帰を希望したのは、平和憲法を希求したからだ。それが風前の灯だ。これからの沖縄の闘いは、困難を極めるだろう。だからこそ、戦争そのものを否定することが一層重大な時を迎えているだろう。地位協定の見直しに取組まなければなるまい。併せて、非暴力の闘いの意味を問い直し、より普遍化していきたい。

 沖縄の闘いを日本全体に、アジアに広めていくために、どうすればいいのか、お互いに智恵を出し合おう。私たちも各地で起きている諸問題を注視しながら、私たち人間の未来を創り出していこう。(16年9月30日)

 

 

 

2016年9月29日 (木)

昨夜の話し―何故こんな狭いところで(16年9月27日28日)

 今、16年9月29日朝に書いています。一昨夜と昨夜(9月27日21時頃と28日20時頃)、外出していたら、微かに射撃演習の音が聞こえてきた。ここは普段は聞こえないのだが、風向きのせいだろう。小銃音ではない。装甲車などのてき弾銃(40ミリ)だろう。

 方角と地図で確認したが、やはりシュワブの射撃演習場からだろう。同演習場は国道329号(辺野古など)と沖縄自動車道、県道71号(昨日丁度車で走ったばかり)に挟まれた、辺野古岳、久志岳の山麓に広がる山野。東西南北5,6キロの中だ。撃ちかたが悪ければ当然、民家や車両を標的にしかねない場所だ。

 普段姿が見えず音だけだから、さほどの恐怖感をもたないが、この周辺(私の住居も含む)で事故がおきる可能性は否定できない。こんなところで実弾射撃訓練が当たり前のようにやられていることじたいが、尋常ではない。

 人的被害の出る事故を起こす可能性のある場所で、堂々と訓練が罷り通る沖縄。冗談じゃないと改めて考えている。安倍流の「負担軽減」を許すことはできぬ。

●補足●今思いついたのだが、「日本」の演習場と、同じスケールの地図で重ねてみたい。トレペ(コピペじゃありません、トレーシングペーパー)に地図から落として、比較すれば簡単。留意点は基地周辺との隣接部。原野・山林がある、田畑がある、道路が走っている、人家がある、学校があるなど。沖縄の異常さが浮かび上がるだろう。

2016年9月28日 (水)

テント復旧したがまた来週18号が来るらしい(16年9月28日)

2016年9月28日晴れ、一時雨。風はなかなか強いが。

 昨日から今日はテントを復旧するつもりでいた。8時から作業を開始。2枚目の屋根をかける途中で、風が強まり作業に当たっていた人が飛ばされそうになる。落ちては大変なので、一旦中止を促す。

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雨雲が辺野古・大浦湾の上を覆う。9時11分。これが来ては一大事。

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大浦湾の奥に向かっている。9時15分。

無事にテント復旧は完了。県外からここ数日通ってくれた助人もありました。感謝。

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そしてフェンスにバナー張り。あれ、砂が盛り上がっている。9時54分。

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シュワブ側は、盛りさがっている。川は流れるだ。9時55分。

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来訪者のお手伝いもあって素早くできました。ありがとう。10時4分。

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赤ちゃんが目立つように撮影。10時4分。

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意味分かるかな? 10時5分。

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実にタイムリーな安倍の所信表明を見抜いていたのか? 拍手!10時6分。

上空を見上げると、RC-135が通過。嘉手納に向かうのか。

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浜からテントに戻る日常の風景の中に見えるもの。10時10分。

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先日送られてきた一枚。テントの中に張り出した。

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子どものツノメガニ。

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ツノメガニ。雄。デカイ!つうか、距離が1.5mほど。近い。やった!

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まだ波高し。15時8分。海藻がたくさんだ。

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打ち上げられている。15時11分。

もっと応答しようよ

 皆さん忙しいから、なかなか応答しあえないのだろうが、もっと応答しあいましょう。例えば、「デモに行ったら逮捕された」(東京の学生さんか)のブログに私が自分の体験も含めて書き込んだ。それがまた他のツイッターなどに流れている。無論自分のブログにも書いたが、多数読まれている。

http://photoyamahide.cocolog-nifty.com/yamahideblog/2016/09/post-43cb.html

一人の発信力は限られているから、いくつもの分野から発信されればより大きな力になるはずだ。よろしく御願いいたします。

 他方で、ある映画会の場に写真の展示もやりたいとの申し出を受けて、協力させていただいた。無事に終わったのかと心配していたのだが、全く連絡がない。反響等どうだったのかと思っていたのだ。確かに著作権提供の契約の際、報告もつけてとは申し上げていないが、一言ご連絡いただけると嬉しい。と思っていたら別のサイトにあがっていた。

http://www.labornetjp.org/news/2016/ikusabak0903

 いつも書いていることだが、自分の写真は分身だ。自分が直接お伺いできなくても、それなりの役割を果たすはずだ。応答どうかよろしくおねがいいたします。

いやはやの連続ですね

 昨日は原稿書きに昼すぎまで追われました。いいタイミングで書けたと思います。「沖縄・高江は何故強行されているのか」です。丁度、安倍の所信表明の中でも言及されていましたし、現場もガチャガチャしているようですが、私たちは決して譲れない問題です。

 安倍首相の所信表明演説とやらを3回読みました。相変わらず空疎です。矛盾だらけで、ウソと法螺ばかり。「世界一」が大好きで、「未来」のためにの連発です。若者の「未来」とか、「沖縄の未来」にまで言及しているのです。

 ここで気になるのは、改めて沖縄の「負担軽減」を強調していることです。基地面積が減るからという単純な理屈です。「負担軽減」のためだから辺野古新基地建設も当然なのだの屁理屈です。今回は辺野古には一字一句も触れず、先日の事故にも何も言及していません。

 他方、16年1月の宜野湾市長選の頃騒いでいた「普天間基地の危険除去」については口を噤んでいます。これは選挙のための言説だったのでしょうか。また辺野古に移設しても新たな危険が増えるのだから、言わんでおこうなのではないでしょうか。

 13年8月のヘリの墜落事故の際、この国は、防衛局長が「理解できる」と、事故調査中に飛行再開を容認していたようです。こうした姿勢を改めない限り、事故は繰返されます。まねいてしまいます。

 こういう連中に「沖縄の未来」を語って欲しくないですね。叩き潰せとやりながら、沖縄の未来を語るのは、日本国は沖縄を基地の島に強化しますが、その範囲で未来を造れということでしょう。冗談じゃありません。

 昨日、整骨医に行ってきました。楽になればいいのですが。めまいとか、吐き気がなくなりますように。

2016年9月27日 (火)

沖縄・高江の工事強行の意味を考える―沖縄から世田谷へ

○以下の文は、世田谷市民運動「いち」のニュースに書きました。

 沖縄・高江の工事強行の意味を考える-沖縄から東京・世田谷の人々へ
                                                           山本英夫(フォトグラファー/名護市在住)

【はじめに】本紙8月号に高江のことがでていなかった。何故書いてくれないのだと、私は寂しかった。それで連絡した。挙句に「あなたが書いて」と言われてしまった。9月号に間に合わず時間が経った。何故高江の工事が強行されているのかを私なりにまとめたい。

 本紙読者は、「辺野古」といえば、ある程度知っているだろう。高江はどうだろうか? まだ知られていないだろう。まず、三上千恵監督の『標的の村』を観て欲しい。

 高江は、沖縄島の北部やんばるの森が広がる一角にある。東海岸側であり、辺野古から直線距離で北東に30キロ余り。名護市街からも辺野古からも車で約1時間。東村の一番北東側にある人口約150名の集落だ。辺野古から観ていると沖合いを北東方向、南西方向にオスプレイやヘリが飛ぶ。普天間基地から飛び立った米軍機がここを掠めながら米軍の北部訓練場(ジャングル訓練センター)に飛んでいくのだ。

 亜熱帯の森と川と海がひろがる。不便でも静かな暮らしを守りたいという住民の願いは不遜なものなのか?道理がないのか?

【16年7月11日未明から】7月10日の参議院選挙。予想通りの沖縄の反基地陣営の圧勝と日本全体の対比がもの悲しい。沖縄の「もう基地はやめてくれ」と、多くの都道府県の改憲・戦争に突き進むことの「了解」? 改憲派が3分の2を占め、いつでも改憲を発議できる条件が整ったのだ。

 翌未明から日本国沖縄防衛局は北部訓練場メインゲートからオスプレイパッド(着陸帯)の建設工事を始めた。重機やプレハブ等の資材搬入。機動隊を出して抗議行動を排除。

 こうしたことにも安倍政権の自信が見える。日本国民が安倍政権を支持したのだと。沖縄を踏み潰せと。

 7月19日、何と県外の機動隊を沖縄に派遣してきた。警視庁、神奈川県警、千葉県警、愛知県警、大阪府警、福岡県警から計500名余り(詳細不明)。

 ここではっきりしたことがひとつ。安倍政権は沖縄選挙区の選挙に負けることを見越して、2、3ヶ月前から、工事強行を準備してきたのだ。そうでなければ、夏の観光シーズンに宿を大量に予約することは不可能だろう。手回しが速い!

【7月21日~22日の闘い】そして沖縄防衛局は7月21日以降、N1ゲートを開き、工事にかかると宣言。これに抗して、21日の午後、現場前の県道70号線に1500名が集まり集会。夕刻から150名余りが泊り込んだ。私もだ。色々なことがあったが(私のブログ「ヤマヒデの沖縄便り」同日分参照)22日未明から機動隊が動き出した。600から800名居たのではないか。彼らは北側(国頭村)からと南側から襲い掛かってきた。こちらは150名余りで、5時頃から160台の車を路上に並べて強制排除に立ち向かった。

 この未明4時頃、機動隊が県道70号の北側を封鎖したと情報が入ってきた。やりやがったな。この県道封鎖は、沖縄県の了解を得ていない。誰の指示かも分からない。道路交通法の掟破りの荒業だ。道交法には「道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図り」とあるが、自ら道を塞いでいいとはどこにも書いていない。またゲート前に住民の会が置いていたテントや車その他の生活道具を「廃棄されたもの」とみなして勝手に持ち去ることも法的根拠を欠いている。

 この強制排除の中で3名が救急搬送された。また1名が(翌日分かった)、肋骨骨折を強いられていた。9時30分ごろ、第1ゲート前の車の屋根から無理やり引きずり落とされ人たち。座り込んでいた全員がゲート周辺前後200m程から排除された。最終的には機動隊の暴力の前に、自主退去の形で追い出された。私は119番した手前、救急隊に様子を伝えようと機動隊の警備の外側に止まっていた救急車側に出てしまい、そこから再び中に入れなかった。

 警察は、15時頃まで県道を完全に封鎖し、ゲート前から工事車両等を入れて作業が始まった。

【7月23日以降】翌23日から警察はほぼ毎日5、600名態勢であり、第1ゲート前どころか、土砂を運ぶトラックの交通を確保するために沿道に機動隊員を並べ、トラックの前後に警備車両10から20台余りを伴って走らせている。

 不当逮捕も続いている。公務執行妨害罪、往来妨害罪。7月11日以降、5名だろうか。やはり酷いのは、警察(現場指揮官)の判断で、道路をあるときは全面、また片側を封鎖し、車両を排除し、トラック等の作業車を通している。作業車優先の交通の確保が危険と道路渋滞と住民生活の支障をもたらしているのだ。

 工事は進み、県道70号から内部の道路建設がN1オスプレイパッド予定地まで完成し、さらにもうふたつ(GとH)のオスプレイパッドにつながる作業道路の建設が国有林を管理する営林署との協議もなく進められている。N1ヘリパッド予定地では既に樹木が丸い2つの穴のように伐採され裸地になった姿がドローンの撮影で確認されている。9月13日にはとうとう陸上自衛隊の大型ヘリCH-47、2機をわざわざ木更津の中央即応集団のヘリコプター隊から派遣してトラック等の機材を奥のG、Hに搬送した。

 この輸送も法的根拠を欠いている。防衛省は防衛省設置法第4条第1項の19号だ言うが、これは防衛省という組織が何を任務にしているかを決めているだけのものだ。自衛隊(隊員と機材)を動員できる根拠足りえない。自衛隊法には「土木工事等の受託」があるが、これを政府自ら否定しており、本件を一般的な土木事業でないと認識している様子。

【ここにいたる経緯】安倍政権は法治主義を捨て、がむしゃらに工事を強行し完成を急いでいる。何故なのだろうか。そこを考える前に基本的なことを再確認したい。北部訓練場の沿革とオスプレイパッドを新設する流れだ。1957年に「北部海兵隊訓練場」として開設。72年5月15日、沖縄の日本復帰に伴い、「北部訓練場」に名称変更。この日から森は国有林に指定されながら実質米軍の訓練場として継続使用。

 このやんばるの森は57年に米軍に盗られて以来、今日まで米軍の利用に供されている。また県道70号はやんばるの東側を南北に走る唯一の道であり、県道や新川ダム他の4箇所のダムも米軍提供用地内に在る。

 そして96年12月の沖縄特別行動委員会の決定で、北部訓練場の過半(3987ha)を返還するが、新たにヘリパッド6箇所を高江集落を挟む格好で建設し提供することが決まった。また海上からの上陸訓練の為に宇嘉川河口等159haを追加提供。

 何故日米政府はこうした合意を交わしたのか。米兵が95年9月4日起こしたレイプ事件を逆手に取る形で、普天間基地撤去の甘言から、辺野古への新基地建設を中心にして、中部を軸にある海兵隊基地群を北部にシフトさせ、より合理的に訓練ができるように面積を集約する。かつ集落を挟む格好にオスプレイパッドを並べた理由は住民を追い出すためではないだろう。しかしそこに集落があり、住民の姿がみえるところが戦場に想定できるからだ。人々の暮らしを無視しながら、人々を殺すことも厭わない兵隊を育て上げるためだ。

【なぜ安倍政権はガムシャラか?】第一に辺野古新基地建設の予定が住民、沖縄県の反対を受けて停滞している中で、まず訓練場としての高江のオスプレイパッド建設が至上命題になっている。米国様のためならば。第2は、新基地建設予定地周辺に演習場を整備すれば(高江と伊江島)辺野古・大浦湾に新基地を造る圧力になるからだ。第3に、2017年に岩国基地に海兵隊の対地攻撃戦闘機F-35Bが導入されるが、演習場を伊江島ばかりか高江も狙っているのではないのか。第4は2016年度末に陸上自衛隊もオスプレイの部隊(佐賀)や水陸機動旅団(2100名規模)(佐世保)を新編するので、日米共同演習場として高江を含む北部演習場を使いたいのだろう。

 今安倍政権が狙っている米国の手下としての日米共同軍化は、日常的な演習を不可欠とするのだ。琉球諸島への陸自の部隊配置と重ねながら、「対中脅威論」を煽り、堂々たる国軍を持つことが安倍の野望なのだ。だからこそ改憲なのだ。

【沖縄は闘う。皆さんはどうする?】

 沖縄は微力ながら闘い続ける。何としても高江のオスプレイパッドの建設と辺野古への新基地建設を許さない。その向こうにしか私たちの人間の明日を見ることはできないからだ。武力による平和の虚しさばかりか、沖縄戦の経験を教訓にすれば、武力の残酷さと人間を非人間にすることを想起できるだろう。54基も在る原発を考えれば、もはや答えは明瞭だろう。

 東京の、世田谷の皆さん。皆さんはどうするのか。皆さんが沖縄に来て学び考える一歩にしたいのであれば、微力ながら私も御手伝いしたい。「ヤマヒデの沖縄便り」などを見てご一報を。

 

バスに乗り遅れN1裏へ(16年8月31日)

 ウーム。朝一のバスに乗り遅れた(名護十字路5時58分)。どうしようかと思い悩んだが(定期バスは日に3本のみ)、名護バスセンター付近発9時の支援者用の車があるはずと考えた。ありました。初めて乗せていただいた(今この送迎者は運行されていない)。

 県道沿いの闘いは終わったようなので、N1裏のテントに下ろしてもらう。10時20分過ぎだった。

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テント持ち主側のこんな張り紙が。

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中への道が塞がれている。正面は3mを超える板が、サイドには鉄条網が。奥にぽつねんとガードマンが立っているのが見える。お気の毒。(10時32分)

折角の森に鉄条網。人間にも脅威だが、アカヒゲもヤンバルクイナも住めなくなる。あえて言う。殺すな!

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こんなだよ。土地入り禁止だということだろうが、軍事演習場のために沖縄の土地を奪ったのは誰なのだ?米国であり、日本政府だ。らしいやりかただこと。

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テントに戻ると隙間から人人の車が見得る。今日も多数がきているのだ。

お昼前から集会が始まった。常連の京都のKさんが歌う。いつも元気付けられます。

ブルーシートの中なので一面青くなり、申し訳ない。色補正できますが、ひとまずご勘弁。

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毎週水曜日に辺野古、高江に那覇から来られている元衆議議員のFさん。今日は高江でお会いした。ねばり強く闘おうと。

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米国からベテランズ・フォー・ピースの皆さん。平和のための退役軍人の会。ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争等で兵役についた7名の方々。平和こそ大事だと実感されているがゆえに、一言一言に重みがある。米軍のこれ以上の戦争のためにオスプレイパッドを造る無意味さを語る。ものすごく元気をいただいた。(左端は通訳のMさん)。14時。

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世代を超えた団結がまた素晴らしい。

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支援の広がりに感謝しながら、闘い必ず工事を止めて行こうと訴える山城博治さん。14時36分。

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外は今日も暑い。私は、15時30分、高江を後にした。

今日は中途半端になってしまったが、9月2日から暫く東京なので、行けてよかった。運んでくださった方々に感謝。







2016年9月26日 (月)

緊急に台風対策を行なった(16年9月26日)

2016年9月26日台風17号の影響で、風が強く、波も高い。曇時々雨。

朝方、海っぺりのテントに行く。風の調子を確認。これはやっぱり撤収をしないと危ないと判断。6,7名で撤収作業を行なう。看板類を外し、サイドの幕を撤去し、上部のテント幕を一方にまとめる。既に風が強く、看板を一人でもつことは危険。2名がかり。県外から来た人にもお手伝い願って、やりました。9時15分頃終了。

今日はテント2で。

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台風16号接近時にもいだシマバナナが食べごろになっている。緑色から黄色に。いただきまーす。やっぱり美味い! 

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そうだ、このバナーを外さないと。既に1枚は紐が切れ掛かっていました。9時21分。

午前中は来訪者が重なったりして。時々大雨が降る中で。

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漁港を前景に、サンゴ礁の先を見る。13時26分。

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マナヌ岩あたりも大波がはじけている。13時29分。

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フェンス際にもこれほどの波が。13時32分。

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浜辺にヤドカリが。13時35分。

14時20分頃。携帯が一斉に鳴り出した。地震警報。奄美で震度5弱。沖縄島でも震度1~3.直ぐに揺れた。(隣の豊原で震度2)

郵便が届く。

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9月の10日頃来た人から。

ありがとう。丁寧に縫っている。

高江からの情報。今日は30台余りのトラックが入ったと。多勢に無勢。交通禁止に。2時間30分待たされたとぼやきの情報。

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このバナナ、夕方には大分減っていた。万有引力の法則でバナナが次々に落ちる。15時36分

自分、食べ過ぎたかな。

 

国連人権理事会で「琉球・沖縄の表現の自由」について声明

 去る16年9月19日、国連人権理事会で、反差別国際運動などは「琉球・沖縄の表現の自由」についての共同声明を発表しました。日本政府による沖縄に対する弾圧を表現の自由の観点から警告しています。

 私たちも大いに広げながら、国内外に訴えていきましょう。

全文は以下のサイトからご覧ください。

http://imadr.net/freedomofexpression-ryukyu-okinawa-japan-hrc33-2016-joint-os/

 

オリイオオコウモリの飛ぶ姿をバッチリ見た

 2016年9月26日、18時頃、夕闇が迫る中で、自宅近くで私の前方30~40m前を悠々と飛ぶオリイオオコウモリ、1頭を観た。これまで木にぶら下がっているところや、間下から飛んでいるところを観たが、斜め上を横に飛ぶ姿をはっきりと観たのは初めて。大きさはカラス大だが、頭部が大きく、全体にふくらみがあり、ボリュームがある。飛び方はまっすぐに飛び、ひらひらした感じは全くない。

 11月が繁殖期だということなので、今後の撮影に期待したい。今日はカメラナシのタイミングだった。

 なお、沖縄動物園に飼育されているようだ。

やっと体調おちついてきた(16年9月26日)

 やっと体調落ち着いてきた。バスでおもろまちまで行くと片道2時間近く掛かり、大変なのだが、高速バスの揺れはひどくないから、無事に戻ってこれた。鑑賞時間はシンポジウムを入れて4時間ぐらい掛かり、難儀だったが、1夜明けたら、落ち着いた。

 今朝の沖縄タイムスに、昨日のシンポの模様が簡単に出ている。また「展評」欄に宮城篤正さんが国展工芸展の陶芸・木工を主に紹介している。冒頭に染織の素晴らしさに圧倒されたとあり、いやはや同感である。

 それにしてもこの春にあった『宮城瑛子展-いのち』が県立美術館でまだやっていたのだ。10月初めまでらしいので、可能だったら機会を改めて行きたい(願望)。

 今日は八重山方向に向かっている台風17号の影響で、曇や雨の見込み。また八重山だと。程ほどに通過してほしいものだ。

 これから辺野古に向かいます。

2016年9月25日 (日)

「工芸沖縄展」と「沖縄の工芸展」を県立博物館で見てきた

 今日(16年9月25日)は、現場を休み、沖縄県立博物館、美術館で2つの工芸展を見てきた。当初沖縄タイムスで知ったのは、「90回記念国展-工芸沖縄展」(会期:9月13日~10月2日)に行こうと思ったのだが、別に「日本民芸館80周年 沖縄の工芸展―柳宗悦と昭和10年代の沖縄」(会期:9月21日~10月23日)も開催中であり、ならば両方と欲張ったのだ。前者は国画会工芸部と沖縄タイムス社の主催。沖縄県立美術館にて。後者は県立博物館・美術館の企画展である。県立博物館の会場にて。

 私は、90回目の出品(入選)作が並んでいるだけでなく、黎明期に活躍し、国画会工芸部を創設した人人の作品を見たいとた思ったのだ。創部に尽力したのは富本憲吉であり、その後、民芸運動を推進した柳宗悦、濱田庄司、バーナード・リーチ、河井寛次郎、芹沢銈介、柳悦孝、黒田辰秋らが参加し、基礎が築かれていったらしい。

 個人的なことだが、私が幼少時、栃木県益子で、濱田庄司、河井寛次郎、バーナード・リーチ、芹沢銈介さんらとお会いしているというのか、お世話になったらしいのだ。そんな微かな記憶があり、また柳悦孝は私の伯父であり、自分が中学生ぐらいまではしばしば家族で遊びに行っていたものだ。だから彼が女子美の学長時代など、お弟子さんが何人もお宅に来ていたのを見ているし、その中に、沖縄からきていると紹介された学生さんも記憶している(お名前は覚えていないが)。

 私が沖縄・工芸などに関心をもつというか、線がつながったのはずっと後のことであり、悦孝さんが亡くなった(2003年)あとのことだった。今から考えれば、惜しいことをしたものだ。いずれにしても、今回の企画展で悦孝さん、悦博さん(悦孝さんの弟)の作品と出会えた。昔から兄の作品は渋みがあり、弟の作品は明るい色合いだと記憶していたが、まさにそんなだった。

 一々書くと長くなるので省略するが、黎明期の人達の作品は重みがある。どっしりと○○さんのだと、一目で分かる。しかし現代の出品作も皆さん、手抜きなく、カチッと製作されている。私など老眼なので、やや離れて全体を見て、近づいてめがねを外して、マクロにみる。これをやらないと鮮やかさ、精緻さが見て取れないのだ。どれだけの時間をかけて構想を練り、制作に入るのか。一つ一つが感嘆の連続だった。

 私個人は渋いのが好みだが、全般的にド派手なものはなかった。落ち着いたものだ。国展工芸の「生活の中にあって人間を豊かにする」趣旨が今日まで活かされているようだ。

 芹沢さんは沖縄の紅型に接して沖縄に渡って(1928年)染織に目覚めたらしいが、他の黎明期のメンバーも沖縄の工芸に触発され、敬意を抱き、沖縄の方々と学びあう中から作風を新たにしていったようだ。そこに伝統と自由な創作意思が絡み合いながら発展してきたのだろう。

 現代の作家たちについて、私はコメントできる能力はないが、もっと見て、研鑽を重ねるうちに、何かいえればいいだろう。

 工芸が沖縄を元気にし、平和にすることに貢献して欲しいものだ。(続く)

自己中の頭では、事故の再発防止は不可能だ。

新聞報道によれば、昨日16年9月24日、在日米軍のチャールズ・シュローティ副司令官は名護市内のホテルで稲田防衛大臣と面談した。墜落事故について謝罪はなく、操縦士を素早く救助できたと自画自賛し、「大惨事を避けた」と口外したようだ。

 こうした自己中の軍人がトップでは何も解決できまい。自画自賛の頭では、事故原因の解明などできるわけがない。敗因をしっかりと洗い出せ。住民や漁民の暮らしを意識しながら。

 それにしても軍人とは日本の皇軍のことを引き合いに出すまでもなく、大概自己中なのだろう。こういう連中がのさばる社会になることじたいが、どれだけ住民の目線から外れていることなのか。

 私達は恐れることなく、過去・現在・未来にわたって、彼らが何をやっているのか、しっかりと見て、批判していかなければならない。

 註:「自己中」と書きましたが、違和感ももつ方もいるのかもしれない。自己中ではなく国家意識だと。素晴らしいお国のためにだから、謝罪せず。お国の資源であるパイロットは元気に退院したなどと言うのです。国家に絡めとられている「自己」は無意識的に自己と国家を同調させているのです。だから怖い。

 一度、国家と自己との心理学をきちんと勉強したいものです。

 

稲田防衛大臣が沖縄にきた(16年9月24日)

 この人、運悪いよね。海兵隊のハリアーが海上に墜落した2日後だから。しかしその分(知事の言い分を適当に聞き流しておけば)、辺野古新基地をめぐる会談時間が短めになったのだから、ラッキーなのかもしれない。

 今日の報道を読めば、防衛相は「裁判手続きを進めながらも、しっかりと意見交換をすることが重要だ」と言ったようだ。今更何を言うかと私は思うのだ。このせりふは「和解」が成立した時点であればともかく、明らかにポーズだけ。言うことは「辺野古が唯一」に終始するわけだ。政府代表だから、この問題をひとまず譲れないとすれば、普天間の危険性についての認識を磨り合わせるとか、ハリアーの事故について協議するところから始めたらいい。政府は口先だけで「負担軽減」などと言えるが、沖縄は実際に沖縄県民が暮らしている場であり、様々な問題が直接のしかかってくるだけに、発言が重くなるのは当然だ。

 翁長知事は、沖縄が負わされてきた歴史をかいつまんで指摘したらしいが、稲田防衛大臣は、うん、うんと聴いただけ。拝聴しただけでは、いかんともしがたいのだ。それにお国が一番の稲田さんからすれば、たとえ、聴くだけでも聞き流せないことがあったはずだ。まぁ、こうした歴史的事実は基本の基だけに、お互いに譲れないだろうが、沖縄からすれば、だから新基地は県外に、なるのだ。政府の露骨に沖縄に押し付け続けますの姿勢を変えなければならないのだ。

 また知事は地方自治を尊重せよと述べたようだが、当然すぎる。国が高江でやっているような連日にわたる暴力の発動は、沖縄に基地を押しつけてきた歴史の上にたってなされていることだ。だからこそ、民意を踏まえる知事は、もっともっと毅然として発言すべきだ。私たちは、自治を形式の中に封じ込めてはならないのだ。

 事故の問題もいつもその場だけの収拾を許さない姿勢が重要だ。抗議に留まらず、徹底的な原因究明を公表させ、一つ一つ釘を刺していかなければならない。在沖米軍は一年に1度の墜落事故やっているんだよ。

やっと遅れを取り戻せるか?

高江、8月31日を書けば追いつく。7月の宮古島、3月の与那国島を書いて。次の段階での取材に進めて(10月)、沖縄島での報告会をめざす。1月には宮古島市の市長選がある。基地建設推進派と反対派の闘い。

体調を整えて資料を整理して、次のステップに向かいたい。

明日は(今日)沖縄県立博物館へ。国展沖縄工芸展と民芸館80周年展のダブル。期待しています。

砂利採取場に行ってみた(16年8月30日)

16年8月30日、晴れ。土砂を搬入している現場に行ってみた。名護から「辺土名」行きのバスで。終点下車。国頭村辺土名。村の役場がある。北勝建設もある。

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街の案内図。

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バナナ(芭蕉)の木。

そこから戻ること徒歩20分。半地の交差点(信号)斜めに南に入る。

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坂を上がる。右奥に海が見えた。案外急坂だ。この先を左折。

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採取場が並ぶ。

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砂山が広がっているのだが、見えない奥がメインだろう。奥は作業場であり、立ち入り禁止のようす。北側にも砂山が広がっているようだ。

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上から降りてきた。これだけの砂山だったら、しばらくは不足しないだろう。

この道広いから、ここでとめるのは無理だろう。

たいして役にたたなかったが、知っておいて損することはない。



裏での攻防。(16年8月26日)

○高江の件、書き遅れていました。申し訳ありません。9月の東京で体調を崩して以来、本調子でなく、車に揺られて行くことに自信がありません。先日は那覇まで出たのですが、帰りのバスでやはりダメ。明日はおもろまちまで出ます。様子見しながら、高江にも顔を出したいと思っています。(9月25日ヤマヒデ)

朝は辺野古へ。多くの海上メンバーが高江に行っており、ヤマヒデさんが東京でパクラレタんだって、心配しているよと言うことで、私も高江に行きました。

ひとまずN-1ゲート前を目指しましたが、直前で止められた。何だ?!

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アルソックに止められた。前方からこちらの一団がやってきます。機動隊がゲートから裏に回ったと。12時3分。仕方なく私たちも裏へ急行。

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裏テントから中に入るとガードマンと業者が通せんぼしてる。12時26分。

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通さないというが根拠は?通せ!12時27分。

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ここからGやHへ道を造るのか。ガードマンが待機。

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こちらでも止められる。相手は防衛局か。12時33分。

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土砂が敷き詰められている。奥は防衛局。12時37分。

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周囲の木も伐採されている。

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やはり機動隊が来た。12時49分。追いだされている。12時49分。

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ガードマンと警察連合。 12時50分。

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機動隊約50名。裏入り口。12時58分。

それ以上の介入はないとのことで、私たちも下がりました。

しかしこの後、彼らはこの金網を強固にし、板を打ち付けて中に入れないようにしたとのことです。

辺野古の海上メンバーの多くと会いました。皆さん心配してくださいました。元気な姿をみて、安心したり、励ましてくれたり。ありがとう。










2016年9月24日 (土)

軍事機密という壁を破らない限り

 16年9月22日午後、米国海兵隊所属の戦闘攻撃機ハリアーが訓練空域ホテルホテルで、墜落した。昨夜私が新聞の切り抜き作業中にも「ハリアー墜落」の記事を見つけた。去る5月の米国本国での事故だった。

 昨日23日、海兵隊第31遠征部隊の司令官ローレンス・ニコルソンは、同機種の運用を一時停止すると発表した。停止理由は「運用基準を満たしていることを確認するために検査する」とし、停止期間を明らかにしていない。

 沖縄県や周辺の市町村長、県漁協組合長会、住民等は、抗議の声をあげ、国に、米軍に同型機の飛行中止、原因究明などを求めている。しかし日米政府は今回も従前と同じような対応に終始するだろう。デキレースはいつも決まっているからだ。

 分かりやすく言えば、事故原因の解明は、常に軍事機密の壁にガードされており、一歩も動かないのだ。04年の沖縄国際大の構内にヘリが墜落したときは、米軍が周辺を占拠し、証拠物をすべてもちさった。13年のヘリの「着艦失敗事故」なるものは対ゲリラ制圧作戦だったようで、証拠隠滅の時間を作りだし、ありもしない「着艦失敗」をでっち上げた。低空から甲板に武装襲撃するさい、ローターが船の何処かに接触して墜落したはずだ。如何なる演習だったかを隠蔽する彼らの体質と日米同盟の強固な態勢が、事故を再生産しているのだ。オスプレイの事故も原因が明らかにされたことはない。

 こうした軍事機密の壁は日米地位協定とその運用によって、特に日本政府の大サービスによって維持されている。

 私達が、事故機の飛行中止と原因究明を求める以上、軍事機密の壁を破る努力をしない限り、彼らは薄笑いを浮かべて事件をもみ消すだけだ。基地撤去に迫るためには、基地の運用を秘密とするあり方に肉薄できない限り、私達は大きな力をもつことはできないはずだ。

 今回の事故で言えば、嘉手納を離陸して、何分後の事故なのか、いかに飛んでいたのか、エンジントラブルなのか、対地攻撃の過剰な負荷のせいなのか。パイロットは軽症で、24日に退院しており、比較的余裕を持って脱出できたのだろう。突発的な事故よりも、何らかの兆候を感じていたのかもしれない。

 私達が、軍事機密の壁を破るのは容易なことではない。だが、軍事機密の壁の前で立ち止まっていてはあちら様の思う壷なのだ。あなた(日米政府)任せのやり方を超えることはできないのだ。

 話題を新基地建設や高江や伊江島等に振りたい。新しい基地を造る、新しいヘリパッドを造る、基地を改築することは新しい運用ができることであり、新しい軍事機密が結ばれることだ。海を壊し、森を壊し、生活環境を破壊するだけではないのだ。このことは新基地建設をめぐるアセスは、オスプレイが飛ぶことを隠して行なわれたことにも現れている。

 軍隊が懸念していることは、周辺住民の安全ではない。軍隊の秘密を守ることだ。周辺の人口が少ないほうが、如何なる演習を行なっているのか、隠しやすいものだ。

 私たちが基地撤去を主張する以上、軍事機密に肉薄する努力が不可欠だ。首長の皆さんにもこの点の覚悟を求めたい。

 軍事機密とは金庫の中の重要な文書のなかにあるだけではない。すぐそこの現場に、現実にあるのだ。だからこそ、戦前、戦中の日本はどれだけの軍事機密法をもっていたか。

 今回のハリアーの事故から私たちが考えるべきとこはたくさんあるはずだ。

 

美しいもの、醜いもの(16年9月24日)

2016年9月24日。晴れ。今日も監視船が出ていた。

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朝の逆光の中で、監視船が見える。8時47分。

昨日、フェンスのバナーは何者かによって、すべてはがされていた、という。早速、新しいものを描く作業が始まった。

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どんどんできる。8時50分。辺野古テントの中。

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辺野古川河口は潮が満ちていく。逆光がいい。8時59分。

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すぐそこまで汀が迫る。外洋の水が入ってくると、ここらでも美しい。9時。

突然、バリバリ音が響いてくる。今日は土曜で演習はないはずだがな。音で言えば、CH-47か。外をのぞけば、これだ。

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陸自だ。2機とは珍しい。東側から。10時26分。

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やや近づいてきた。10時26分。

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正面沖合いを通過。10時26分。何だろう。

高江に行っていた人の情報では、高江上空にもこの2機飛んだと。稲田朋美防衛大臣ほかご一行様らしい(2機目にマスコミが乗っている?)。なるほど。上から視察か。順調に工事進んでいます、と。高江には今日300名が抗議行動。

ふとみると、辺野古の海から監視船がいなくなっていた。平穏ですよと、見せたかったのだろう。何を小細工しているのだろう。

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辺野古漁港にミジュンが入っている。小イワシの群れ(画面下の濃い部分)。14時5分。

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テントから漁港と外。下がミジュンの群れ。辺野古ブルーも微妙に違うと分かるだろう。13時55分。外の赤の柱は航路標識。

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長島を望遠で撮る。14時5分。今日は鮮やかだ。

テントの中に人がいなくなり、静かになった。リュウキュウムラサキが飛んできた。

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地上から約50センチの低い位置。距離1,5m。もう少しいい位置に止まって、羽を広げてよ。14時21分。

粘って粘って。木陰から出てこない。そこに出かけていた人たちが戻ってきた。もう今日のところ撮影の可能性はないだろう。静かにしてと怒鳴ったら、蝶は逃げる。そーっと、目配りしただけでは、人は気付いてくれない。

大浦湾から帰ってきた人たちによれば、大浦湾でもサンゴ礁に白化現象がでていると報告。水温が熱くなり、死滅しているようだ。台風が来ないと水温が上がり、自然環境を撹乱するのだ。サンゴたちよ、頑張って!生きて。










2016年9月23日 (金)

米軍海兵隊の戦闘攻撃機が沖縄近海に墜落(16年9月22日)

 今日の沖縄タイムスによれば、16年9月22日13時55分ごろ、沖縄島最北端の辺戸岬東方約150キロの海上に戦闘攻撃機AV8Bハリアー1機が墜落した。同機は米国海兵隊の第31海兵遠征部隊に所属するものであり、山口県岩国基地を拠点にしている。今回は嘉手納基地を飛び立ち、ホテルホテル訓練空域で演習を行なっていた中での墜落事故。

 在沖海兵隊は事故原因を調査中としており、詳細不明。乗員は無事救出されたのだから、事故原因は明瞭に分かるはずだ。ただしこれまで明瞭な事故原因は、軍事機密の闇に隠されてきている。

 同機の事故は、沖縄が日本に復帰後19件目(米軍機の墜落は46機目)であり、頻繫に起こってきたと言わざるをえない。今回は爆弾やミサイルを積んでの飛行でなかったこともあり、運よく直接被害を受けた漁船等はなかったようだ(同訓練区域は6時~0時まで立ち入り禁止区域)。ただ情報によれば、事故機は岩国から来て以来不調であり、テスト飛行を繰返す中での事故だった可能性が識者によって指摘されている。

 私が繰り返し指摘しているように、軍用機の飛行はただの移動訓練ではない。対地攻撃機である本機は、急上昇、急降下、急旋回などを繰り返し、地上の目標を破壊することを想定したミッションをテストしていたかもしれない。また若し普通に飛んでいて事故ったのであれば、整備等の欠如がありながら、飛行させたことじたいが問題だ。また、落ちたところで海上ならば、乗員は助かるという奢りもあるのかもしれない。

 翁長知事は22日、「日常的に米軍基地と隣合わせの生活を余儀なくされている県民に大きな不安を与えるもので、大変遺憾」としたうえで、「一歩間違えば人命、財産に関わる重大な事故につながりかねない」と指摘し、米側に事故原因の究明と早期の公表、再発防止策を含む一層の安全管理を求めたと、報じられている。

 来年、ハリアーの後継機F-35Bが岩国基地に配備され、そのための格納庫が嘉手納基地に造られようとしており、伊江島演習場にも離発着用の滑走路が建造中だ。米軍が沖縄周辺の空・海・陸で演習を行なえば、日常的な騒音被害から、事故の危険まで常に住民等は、押し付けられるのだ。住民の生活圏と密着しているエリアが演習場であることじたいが不条理であり、あってはならないことだ。

 

2016年9月22日 (木)

今日は休養日にしました(16年9月22日)

 今朝、起きたらなんだか頭が痛い。昨夜、疲れたので頭が重いのか。大事をとって1日、休養にしました。随分寝ました。書きたいことは山ほどあるのですが、気持ちが落ち着かないと頭が回らない。

 今、「米軍戦闘機、沖縄本島沖で墜落か」のニュースが飛び込んできた。沖合いとはいえ、です。

 こういうことも、私の気持ちをおちつかせないのです。朝は新聞を読む力が出なかった。よくみれば、辺野古のこと、高江のこと、宮古島のことなど満載。「県、明日上告」とある。

 南北大東島の診療所に、若い医師夫妻がそれぞれ赴任しているとか。過疎地の地域医療はまったなしだ。それこそ島ぐるみの態勢がないと、命を救えない。頑張って欲しい。

 また、日本民芸館創設80周年記念の「沖縄の工芸展-柳宗悦と昭和10年代の沖縄」が沖縄県立博物館で開催中とも出ていた(10月23日まで)。

 私は先に東京の民芸館で、「沖縄の工芸展」を見ている。ややそれとダブりはあるのだろうが、沖縄タイムスに「戦前の工芸品が里帰り」とある。因みに博物館というと著名な殖民地博物館は強奪してきた品々を展示して、「世界の美」を競っているかのようで、反吐がでる。対して、日本民芸館の収集品は、沖縄戦で失われた沖縄の民芸の復興に役立ったのだ。相互信頼と、独自の美を追求することが大切ではないのか。

 柳宗悦と言えば、天皇制の「大日本帝国」のさなかで、ウチナーグチを公然と擁護した人だ。無論、沖縄の工芸にも意を尽くした。先日の「沖縄の工芸展」で私は坂本万吉さんが撮影した首里城の姿に大注目した。戦災でぶち壊される前の姿がそこにあったからだ。

 私の伯父や大伯父が沖縄につながって居たと知って愕いたものだ。私の友人に、あの沖縄戦の指揮官の孫がいるが、彼は彼で真摯に沖縄とかかわり続けている。私達後代のものは、先代が何をしでかしたかで評価するのではなく、やったことを真摯に見つめ、向き合い、自分らがそこから何を引き受け何をするのかが問われているのだろう。

今日も軍事演習を重ねる強襲大隊を研究する(16年9月21日)

2016年9月21日 曇 今日は暑いような涼しいような1日でした。

私がバスを降りた途端(8時)、シュワブの演習場方面から実弾射撃の音が聞こえてきました。あーアっ、です(夕方まで)。

8時40分、辺野古テントにも水陸両用車の音が聞こえてきました。見えました。

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フェンスの奥に兵隊も見える。その奥にはアルソックもみえるでしょう。拡大してみてください。8時41分。

浜に行った人からメールが届いて、6両、約50名居ると。早く来いとのお知らせです。モーニングコーヒーをほどほどに松田浜に向かいました。

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こうしてみると3種類の制服があります。真ん中の淡色の繋ぎが乗務員。1両3名が乗る。運転手、射手、車長です。右の迷彩色が戦闘員です。銃をもっています。今朝は何人乗ったのか分かりませんが、1両に25名も乗れるのです。濃紺のは何だろう。8時47分。

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いよいよ出発準備間近か。ヘルメットを被り、救命胴着を着て。8時55分。

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奥ではゴムボートの部隊が出発準備。9時6分。

浜の正面に居た沖縄防衛局雇い揚げの漁船2隻が動き、どきました。9時4分頃。無線で指示があったんでしょうね。

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赤と緑の旗が準備されスタンバイ。9時9分。

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出た。海に入った瞬間。9時10分。

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2両目。エンジンがかかっているようで、キャタピラから砂塵が。銃座に突き出たものが見える。大きいのが照準機でしょう。手前の穴(銃口)が40ミリてき弾銃。着弾地から半径5m以内の人を殺傷で来る。装甲車等の装甲板も貫通できると。9時11分。

昔から言われていることだが、矛と盾は矛盾しているのだわ。

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ドーンと海の中に。9時12分。

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装甲車が行くと、マリーンズセキュリテイのゴムボートも左に移動。9時13分。そりゃ勝てませんから。

9時25分、私はテントに戻る。9時30分、先ほど出た装甲車がマナヌ岩あたりを右へ。何処に行くのだろうか。宜野座村潟原からシュワブの演習場に(国道329号をまたいで)上がるのでしょうか。9時42分、6両目が沖合いを右にターン。続きます。

9時42分米軍ゴムボートが4両海に出ました。

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大型輸送機の音だと見上げると、高い空に機影が。多分、米国空軍のC-17でしょう。東へ。9時53分。

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なんだか急に潮が引いています。流れが見える。辺野古川河口。11時49分。

今日の来訪者はぼちぼちでした。グループあり、お一人の取材者あり。東北の「復興」事業を取材されている方が来られて、来なければ分かりませんねと。利権は同じでも沖縄の基地問題はやや複雑。来てくだされば、新しい発見があるはずです。

私なんか毎日毎日新たな発見があるのです。だから厭きない。

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ススキが穂を付け始めていましたよ。松田浜に向かう道沿い。15時29分。

16過ぎに私は那覇に向かいました。途中の潟原で、私は確認しました。干潟にキャタピラの跡がくっきりとついていた。多分、装甲車はここから演習場に上がったのでしょう。今度待ち伏せしてみます(撮影です)。











不当判決に抗議する!辺野古新基地建設反対県民集会

 昨夜(16年9月21日)、不当判決に抗議する!翁長知事を支え!辺野古新基地建設反対県民集会がオール沖縄会議主催で県庁前広場で開催されました。参加者数は1500名と発表されました。

 県知事の弁護団長、竹下勇夫さんは、最悪の判決だと断じ、この判決は知事の違法確認訴訟といいながら、代執行裁判、和解、国地方係争委員会の流れを無視し、全面的に国の主張を正当と決め付けたものと、呆れていました。因みに、代執行裁判と同じ裁判長です。同じ人がやって、以前を読んでないとか、知らないとは、言わせません。

 発言者の多くの皆さんが、どれだけ沖縄叩きの判決かを論難し、改めて沖縄は屈しないことを誓い合いました。

 以下アピール文です。タイトルは上記の通り。

「2016年9月16日は沖縄県民にとって忘れらない屈辱の日となった。

 またしても沖縄県民の圧倒的な民意は踏みにじられた。公正・公平であるはずの司法の場において安倍政権追従の不当な判決が言い渡されたことは、逆にかってないほどの県民総ぐるみの新基地建設反対運動が県内各地に広がっていくきっかけをつくったにすぎない。

 『辺野古でなければ普天間飛行場の被害は継続するしかない』という主旨の不当な判決は沖縄県民として断じて受け入れることはできない。

 日本国憲法は、国会、内閣、裁判所の3つの独立した機関が相互に抑制しあい、バランスを保つことにより権力の濫用を防ぎ国民の権利と自由を保障する『三権分立』の原則を定めている。にもかかわらず日米両政府は、これまでこの沖縄にだけ、戦後71年間、米軍専用施設の約74㌫を押し付けておきながら、普天間基地を返還する唯一の条件と方法は、辺野古への新基地建設だという詭弁で民意を封じ込めてきた。そのような手法はもう通用しない。

 私たちは翁長雄志沖縄県知事と共に、全国・全世界の支援者や仲間たちと一緒に団結し、安倍政権が辺野古新基地建設を断念するまで抗議行動を継続する。

 私たちは全国民に訴える。辺野古に新基地を造ることは、沖縄県民の民意を圧殺しているのだということを。戦後、銃剣とブルドーザーで奪われた自らの土地を一刻も早く無条件で返還するという当然なことを多くの沖縄県民が望んでいるのだいうことを。復帰後、沖縄県民は米軍基地があるがゆえの事件、事故に苦しめられてきた。もうこれ以上、私たちの子や孫たちの時代に負の遺産を背負わせておくことはできないのだということを。

 そして私たちは、全国民に訴える。この国に真の民主主義、地方自治があるのならば、沖縄の民意に寄り添い、沖縄の声に真摯に耳を傾けていただきたい。

 今、この国の民主主義が問われているのだと。

 私たちは、日米政府に対し強く要求する。辺野古新基地建設断念、オスプレイの配備撤回、一刻も早い普天間基地の閉鎖・撤去を。

 沖縄の歴史と未来に禍根を残さないため、島ぐるみで、県民総ぐるみで最後まで闘い続ける。

 2016年9月21日 不当判決に抗議する! 翁長知事を支え!辺野古新基地建設反対県民集会」

 

 集会最後に玉城愛さんよびかけの沖縄民謡「芭蕉布」の会場全体での合唱が良かったな。

 それにしても米軍と安倍政権御用達の連中の騒音が、ずっとあたりをわーわーしていた。だが、集会参加者の皆さんは、誰一人気をとられずに集会に集中していた。

2016年9月21日 (水)

弾圧を受けても挫けない心

 自分が直接弾圧を受けた(16年8月21日~23日・東京)からかもしれないが、他人が受けた弾圧にも敏感になった。自分ならば、自分なりにこうすればいい、こうしてはダメだと分かるが、他人のことはなかなか分からない。

 先週の15日に高江で不当にも逮捕された女性は、初めての経験だろうし、如何しただろうと心配してたが、17日に無事に釈放された。ご本人の友人から聞いたところによれば、沖縄署から出てきた彼女は、揺るがぬ確信に燃えていたそうだ。立派だ。

 16日、辺野古ゲート前でやられた彼は、昨日辺野古テントでお会いしたとき、ややはにかんでいたが、至極元気だった。安心したよ。17日に3名とも無事に釈放された。やれやれ。

 弾圧を受けたとしても挫けない心と体力と、支えてくれる家族・友人を普段からつくっておこう。

2016年9月20日 (火)

普天間基地にオスプレイ2機等計6機が追加配備される

今日の報道によれば、オスプレイ2機、CH-53、1機、UH-1、3機が追加配備される。岩国基地に揚げられ、整備後に普天間に飛来する。

日米政府は「負担軽減」といいながら、実は負担増を図っているのだ。普天間基地の誘導灯等の修理を進め、滑走路の補修もこれからはじめようとしているのだ。沖縄を甞めるな!さっさと撤退しろ!

それにしてもなし崩し的にオスプレイを増強する米軍とそれを容認する安部政権。宜野湾市の佐喜真市長はこの点について、何らかの態度を示すのだろうか?

記事 http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/62849

因みに在沖米国海兵隊のツイッターには現時点で本件関連の告知はありません。(16年9月20日23時現在)

如何にも辺野古だから(16年9月20日)

2016年9月20日。晴れ。台風が去り、辺野古テント村を復旧した。やれやれ。

漁船が何隻か海に出た。明日から監視活動に出るのだろうか?

(今日まで、監視船は0。マリンセキュリテイが1隻)

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ごらんの通り。看板も再設置。9時13分。大汗かいた。

朝からシュワブ演習場から実弾演習の音が烈しく響く。

10時頃、米軍ゴムボートが3隻海に出た。

11時30分頃、水陸両用装甲車5両が海に出た。マナヌ岩の左側まで行った。

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5両。ここには4両だが。地元の子ども達が魚釣り(19日運動会で今日が代休)。テント村前から撮影。11時51分。

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浜に戻る。見学者が多数居た。上陸演習のこうした場面を見て、何を思うのだろうか。11時55分。

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装甲車とは、装甲版つきの兵員輸送車。乗員のほかに20名あまりを載せる。装備は機関砲に、機関銃。フェンスに張られているバナーの文字にご注目。11時55分。

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日米政府よ! この意味が分かるか?!11時55分。

12時過ぎからシュワブ演習場から一段と烈しい音。小銃、機関銃ではない、より大型の砲だろう。多分、装甲車の機関砲だと思う。演習場とは戦争を準備する場なのだ。

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テント前。シロチドリとイソシギがいた。これはシロチドリ。12時26分。

13時頃、水陸両用装甲車5台が再び出た。今度は豊原~松田方面へ。16時までに戻ってこなかった。

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潮が引いてきたらミナミコメツキガニがたくさん出てきた(黒の帯)。辺野古川河口。

14時44分。

15時頃、米軍ゴムボート5台(10時ころ3両が出たと記録しているが、計5両だったのかもしれない)が戻ってきた。

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辺野古漁港。久しぶりに美しい。15時23分。

干潟には大型のシギであるホウロクシギ1羽、中型のシギ類もいた。渡りの季節なのだ。

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夕日を浴びている辺野古川河口。ミナミコメツキガニがたくさん居る(拡大してみてください)。ローアングルから標準レンズで(15時29分)。

来訪者はそれなりに多かった。学生の授業のグループもいた。

辺野古新基地建設反対県民集会へ(16年9月21日)

辺野古新基地建設反対県民集会

日時:16年9月21日 18時30分~

場所:那覇市 県民広場(沖縄県庁前)

主催:オール沖縄会議

 裁判所の判決は、国の主張を全面的に認め、地方自治と民主主義を否定した不当・不法な判決です。

 本来裁かれるべきは、問答無用で基地を押し付け、危険性を放置してきた国です。明日9月21日、不当判決に抗議する県民集会を開催します。ご一緒に抗議の声をあげましょう。

今日は暑かったな(16年9月20日)

 昨夜、パソコンの調整を行なった。テキストブックをつれに買ってもらったので、色々と試してみようと思っている。何件かやったうちの一件、なにやら動かない。どうも再起動した上でないとダメだったらしい。今朝それが動き出した。お陰で朝は、何も書けず。

 先ほど見たら、しっかりと動いてくれた。やれやれ。

 今日は台風明けで、再び暑くなった。沖縄はまだまだ夏なのだ。あのばかばかしいほどに沖縄を愚弄する高裁判決を受けて、如何したものかと思案中であり、ひとまず私個人のありかたとしては、「これからのこと」としてまとめた。

http://photoyamahide.cocolog-nifty.com/yamahideblog/2016/09/post-0d49.html

それにしても46都道府県の皆さんが動かなければ、安倍政権のやりたい放題を覆せない。このままいけば、再び戦争国家のど真ん中に突入する。沖縄はその足がかりに使われ、悪くすれば再び戦場にされるのだ。冗談は、休み休みにしろ!

 今辺野古テント村で、非公式に話題になっていることは、全国行脚だ。如何したら実現できるのか定かでないが、2つの方法のよしあしが話題になっている。

 ①従来からつながりのあるグループを通じて、広げていく、②全く知らない人に伝えられるように行脚する。

 確かに全く知らない人たちのほうが多数であり、そこが動かなければいかんともしがたいのは、分かる。しかしどうやったらつながれるのか??! ①は確実だが、どうしたら広げられるかが、難しい。

 デモをやっても、集会をやっても、新しい人はぼちぼちしか集まらない。しかし3年ぶりに東京でのデモを撮ったが、知らない人も随分いた。経済産業省前の脱原発テント跡地に、姪の保育園時代の友人のお母様が来ていた。私に声を掛けていただいたので、沖縄のことを話したが、原発ばかりか沖縄にも関心があるようだった。

 無関心というサイレントマジョリティの壁を越えなければ、安倍ー米国に益々ぼろぼろにされていく。日本の若者たちが、平然と人を殺せるようにされていくだろう。次のラウンドは、沖縄の新基地建設と日本の改憲が焦点だ。

 2020年東京オリンピックで「国威発揚」など、ありえないことを言うバカ政府。原発で人を殺し、戦争に加担して人を殺すような「国威」など、お引取り願いたい。

 私個人は、①をてがかりとしながら、②の人人に伝わるような工夫を加えながら、何かできないかと考えている。暑いだなんて、ぐだぐだしていられない。

2016年9月19日 (月)

まだまだ風強くテント復旧は明日へ

 2016年9月19日。晴れ。波・風強し。台風16号は沖縄島を外れて、過ぎ去った。まだ波も風も強く、今日もテント2にて。9時過ぎからテント2の復旧作業を始め、テントを建てた。私はその一角を担ったが、テント支柱の角に左手首をかませてしまい、やや出血。ドジしてしまいました。

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こんなふうに立てた。そのあとに来訪者がお出でになった。

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安次富浩共同代表が、静岡からの来訪者に説明。

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書いてきたバナーに書き足す。ありがとうございました。

このあと別のグループもお出でになった。

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海を見に、松田浜に。丁度満潮。波がざぶざぶいっている。フェンスの上から片手で1枚。

11時頃。

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巻貝の殻が乗っていたので、撮影してみた。不細工なフェンスだが、シャドウは使えた。

明日から海辺にテントを建てるだろう。







米軍・日本政府による人権侵害事件国賠償訴訟(第2回)

 来る16年9月20日14時~米軍・日本政府による人権侵害国賠訴訟

13時 那覇地裁前の城岳公園 集会

本件裁判は、去る3月4日の国と県の「和解」後も海上での作業をやめない国に対して、カヌーチームは連日抗議行動を繰返していた、4月1日、辺野古崎で、突然、軍の警備員がカヌーメンバーに襲い掛かり、拉致していきました。

 米軍は拘束した理由・根拠を告げず、弁護士への連絡を拒否したのです。沖縄県警、海上保安庁、沖縄防衛局は何れも知らぬを連発したのです。この裁判は、市民が米軍の基地の中の治外法権がまかりとおっていることを告発し、法定手続きの遵守を求める裁判です。

 ヘリ基地反対協議会のよびかけです。多くの人人の集会参加と傍聴を要請します。

これからのこと(2016年9月19日)

 去る9月16日の高裁判決は、予想されていたといえ、一方的に国側の視点しかみないものだった。沖縄を差別し、邪険に扱い、日本全体を戦争する国に導くものだ。

 私は、①基地の島沖縄の軍事の問題を、一層住民目線から読み解いていきたい。②辺野古・大浦湾や高江が生物達が生きている生命圏であるからこそ、残し、新たな価値を見出していきたい。③沖縄の文化を尊重し、特に私に縁のある伝統工芸の問題から考えていきたい。沖縄の伝統工芸の多くがあの戦争で壊滅させられてしまったこと、その中から、地元の人達の頑張りと私の伯父達の外からの協力によって、復興してきたことを知れば、自分に何ができるかはともかく、関心をもちつづけたい。

 ④そして、この国がどこにいくのかだ。最も安倍政権が引っ張る方向は鮮明になってきた。だから私には、この国が何処に行こうが、関係ないのだが、沖縄を除いた46都道府県の人々がどうするのかに、関心を払わざるをえない。愚劣な民のまま、再び戦争に突っ込んでいくのか、こころを洗いなおしながら、新たな道を切り開いていくのか、いけるのか。否、このことは沖縄の民も問われているのだ。

 無関心であることが、愚劣なのだ。戦争というお金儲けに走ることが愚劣なのだ。結果として、未だに対テロ戦争はやまないし、毎日暴力がはじけている。人人は生地に住めなくなり、「難民」として押し出されている。

 沖縄の闘いは、まだ微力だが、今やグローバルな課題になってきたのだ。⑤沖縄発の民衆のグローバリズムを打ち出していきたいものだ。アジアの人人との民際交流にも取組んでいきたい。

 こうした努力は、無論一人でできるものではない。多くの人人との協力ナシにできるものではない。

 「46都道府県の住民(人人)」という言い方は、地域自治の観点から考えてきたことばだが、この国が基地を沖縄に押し付けておけばいいという発想から抜け出せない現実を見る中で、敢えて、「46都道府県の皆さん」と呼びかけることで、そこのあなたの問題なのだと分かればいいと思ったのだ。分かるかな?

2016年9月18日 (日)

9月18日という日の中で(16年9月18日)

 与那国島、石垣島などの皆様には申し訳ないが、台風16号の沖縄島への影響はほぼなかった。今日辺野古テントは台風の影響を見込んで、座り込み活動を中止した。おかげさまで、当ブログの遅れを大分取り戻した。一日書いているとさすがに疲れてきた。

 今日は2016年9月18日。1931年9月18日から85年が経過した。日本皇軍が中国東北部に既に駐留しており、満州事変を起こしたのだ。「大日本帝国」はこの日から中国との15年戦争に突入したのだ。32年5・15事件、36年2・26事件、陸軍の一部が叛乱(クーデター)を起こしたのだ。36年11月日独防共協定締結、38年4月国家総動員法、41年3月国防保安法施行。

 そして今、2014年、特定秘密法、15年9月19日、戦争法成立、いよいよ自衛隊は新たな軍隊としての演習を始めている。

 過去の戦争は侵略戦争であり、今の戦争は対テロ戦争が前面にあり、また過去の戦争ではアジア侵略から日独伊対米英の戦争になったが、今では「日米同盟」などと蜜月関係を築いているようだ。基本的な構造が大きく違うのだから、雑駁な比較はできないが、もはやかなりヤバイところに入っているようだ。基本的な構造が違うにも関わらず、戦前回帰の様子が透けて見えるのは何故なのか?

 私はフォトグラファーであり、ジャーナリズムに関わる以上、ここらの視点を外すことはできない。9月16日の安倍政権による沖縄県知事の違法確認訴訟の判決は、露骨に国の立場を示したものだった。この国の沖縄への差別と併せて、戦争の時代に地方自治も基本的人権もじゃまになるので、司法も一気に踏みにじることを約束していたのだろう。

  こうした時代だからこそ、沖縄以外の46都道府県の人々が沖縄に関心を持つ意味は決して小さくないはずだ。明日の日本がどうなるかではなく、今私達はどうするのかが問われている。共に頑張りましょう。

工事車両が固まって猛スピード出していた(16年8月13日)

2016年8月13日晴れ。高江バス停に7時10分頃到着。手前に数台の警備車両が並んでいた。

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その警備車両を確認に戻ったのだが、もはや姿を消していた。何処に行ったのだろう。

バスが名護に戻っていく。7時14分。

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高江バス停から徒歩2,3分ぐらいのところから。右端の白い建物は新川ダムの施設。7時24分。

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上記の場所から県道70号を見ていたら続々と警備車両が通過。7時27分。

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パトカーがサイレンを鳴らしながら通過。7時29分。

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覆面パトカーもサイレンを鳴らしながら疾走していく。7時36分。何があったのだ。

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N4ゲート前。工事車両がダンゴになって(10台前後)、猛スピードで駆け抜ける。警備車両は30台ほどいただろうか。7時46分。それほどのお荷物なんだ?

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同上。後続は警備車両。ぞろぞろ。7時47分。

このスピードで行かれては、徒歩の私には追いつけない。

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8時46分。やっとメインゲート手前まで来た。完全に止められている。

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バイクのお兄さんも。気の毒に。8時47分。

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メインゲート前。右がアルソックのガードマン。後ろ後方が軍ガードマン。わたしを撮影中の様子。8時52分。

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メインゲート奥のガードマン詰め所。こちらからも動画撮影、肖像権侵害中。8時53分。

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県警のヘリ。9時2分。珍しく低空飛行。

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9時40分、やっとN1表ゲート前に到着。さっさと全車両が入っていったと。2台づつ。ここから見えている諸君はアルソック。炎天下ご苦労様だ。

遅かったので、仕方なく私は戻る。

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新川川。この先にダムがあるのだが、殆どは米軍提供区域。10時26分。ちょっと力が抜けた。休憩。

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県道70号の沿線で。真っ赤なトンボ。ベニトンボだと思う。10時49分。

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アオスジアゲハ。11時35分。

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警備車両が県警ごとに車列をなして、続々と宿に帰っていく。11時35分。腹が立つ。

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オオゴマダラ。11時51分。余り蝶に集中できず、適当に。

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リュウキュウムラサキ。12時28分。なかなか表面を開いてくれないのだよ。

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リュウキュウムラサキ。12時30分。バックがきれいだから。

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高江バス停のそばで。クモがリュウキュウムラサキを襲い、体液を飲み込んでいる。13時4分。

























共謀罪新設反対集会へ(9月26日)

◎以下の情報をいただきましたので、転載します。(ヤマヒデ)

<転送・転載歓迎>
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
         秘密保護法、戦争法と一体
  話し合うことが罪になる共謀罪の新設に反対する院内集会

■とき  9月26日(月)13時30分~ 15時30分
■ところ 衆議院第一議員会館多目的ホール
■講演 「共謀罪×秘密保護法×盗聴法で日本の未来はどうなるのか」
      海渡雄一さん(秘密保護法対策弁護団)
    「共謀罪と内心の処罰の危険性」
                  村井敏邦さん(一橋大学名誉教授)
■発言       国会議員
     小林基秀さん(マスコミ文化情報労組会議議長)
                 高田健さん(解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会)
     篠田博之さん(日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長)
     川上園子さん(アムネスティ・インターナショナル日本) ほか 
■資料代    500円
■共催    「秘密保護法」廃止へ!実行委員会、解釈で憲法9条を壊すな!実行
                委員会、盗聴法廃止ネットワーク
■協賛     戦争をさせない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会、日本マ
                スコミ文化情報労組会議(MIC) ほか
■連絡先
                ○「秘密保護法」廃止へ!実行委員会
                            新聞労連jnpwu@mxk.mesh.ne.jp
                            憲法会議03-3261-9007
               ○解釈で憲法9 条を壊すな!実行委員会
                             許すな!憲法改悪・市民連絡会03-3221- 4668
               ○盗聴法廃止ネットワーク
                             盗聴法に反対する市民連絡会(久保) 090-2669-4219

安倍政権は、東京オリンピックを成功させるためにはテロ対策が必要として
市民が法律に違反する行為を実行しなくとも話し合っただけで処罰できる共
謀罪新設法を臨時国会に提出しようとしています。
共謀罪は、2003年に提出 されましたが、話し合うこと、即ち、言論・思想
を処罰するものという世論の批判の前に三度廃案に追い込まれました。その
共謀罪を「テロ等組織犯罪準備罪」として名前を変えただけで国会に提出し
ようとしているのです。
日本の治安は警察白書でも明らかにされているようにかつてなく良好です。
また 「テロ事件」がおきているわけでもありません。三度も廃案になった共
謀罪をつくらなくてはならない客観的状況は存在しません。
安倍政権は、オリンピック成功のためのテロ対策といえば、どんな法律でも
つくれると考えているのです。そのためにまず共謀罪をつくり、市民監視の
社会を一挙に強めようとしているのです。これを許せば、秘密保護法、戦争
法とが一体となり戦争への道が開かれかねません。
私たちの平和と人権を守るために、共謀罪新設法に反対しましょう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<転載・転送歓迎>
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10月3日
    「監視社会を考える]超党派国会議員と
      市民の「シチズンフォー」上映会

日時:2016年10月3日(月)17時30分~20時
場所:参議院議員会館講堂
資料代:500円

昨年、長編ドキュメンタリー部門でアカデミー賞を受賞した「シ
チズンフォー スノーデンの暴露」の上映会を開きます。
元CIA(米中央情報局)、NSA(米国家安全保障局)職員だったエ
ドワード・スノーデン氏は、アメリカが世界の電話やメールなどを
盗聴していたことを暴露し、衝撃を与えました。
盗聴は、北朝鮮、イランなどアメリカの「敵対国」だけではなく、
ドイツ、日本などの同盟国、さらに国連、自国の市民も対象とされ
ていました。この事実は、世界的な盗聴・監視システムが、私たち
の予想をはるかにこえる規模で進行していることを明らかにしまし
た。「シチズンフォー  スノーデンの暴露」は、スノーデン氏の告
発の経緯、その内容を追った作品です。この上映会を通して世界で
進む監視社会化の問題を考えていければと思います。

■呼びかけ
有田芳生(民進党参議院議員)     糸数慶子(沖縄の風参議院議員)
井上哲士(共産党参議院議員)      伊波洋一(沖縄の風参議院議員) 
逢坂誠二(民進党衆議院議員)     小川敏夫(民進党参議院議員)
階   猛(民進党衆議院議員)    清水忠史(共産党衆議院議員) 
仁比聡平(共産党参議院議員)     畑野君枝(共産党衆議院議員)
福島みずほ(社民党参議院議員)  真山勇一(民進党参議院議員)
山本太郎(生活の党と山本太郎と仲間たち参議院議員)
小笠原みどり(ジャーナリスト)   海渡雄一(秘密保護法対策弁護
団)    新津久美子(「スノーデン・ショック」翻訳者)

■連絡先 福島みずほ事務所(03-6550-1111)

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判決の日を辺野古テント2で(16年9月16日)

2016年9月16日、晴れ。波、風強し。監視船なし。今日もテント2で。

さすがに来訪者もなく、ひっそりとしている辺野古。

午後、松田浜に。潮が引いていて、海藻類が打ち上げられている。

汀にて。

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ちょろちょろの流れが流れている。上が海側。13時34分。

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珊瑚類かな?13時35分。

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微かに海水が来ている場所。カニの仲間が穴の中にいるようだ。

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これは何?こちらは海藻類か。

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キキョウランがまだ真青の実をつけていた。

14時前にテント2に戻った。

判決の情報がネットに流れたようだ。予想通りの不当判決。

マスコミが取材に来た。

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取材に応じるK船長。淡々と不当性を語り、再び現場での闘いを準備していくと。彼もうちなーんちゅの意地を示していくだろう。14時33分。

自分も他のマスコミにしゃべったが、予想通りだからこそ、怒りは増幅してくるのだ。

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ネコタンはお昼寝タイムのようだ。14時34分。

16時まで、少人数ながらここで座り込み(3名が那覇の裁判所に出かけた)。







戦争準備の海を、ただの美ら海へ!(16年9発14日)

2016年9月14日晴れ。波、風強し。監視船なし。

私は久しぶりの辺野古だ。

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テント前。グンバイヒルガオ。三角形を意識した構図。8時28分。

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テント前。澄んでるね。8時32分。

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漁港側を見れば。がっちりとした雲がかっちょいい。8時33分。

しかし9時頃から水陸両用装甲車が演習を始めた。

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12時過ぎてもやっている。では撮りに行くか。

波がサンゴ礁に当たって、大きく砕けている。その前を戻ってくる装甲車2両。12時28分

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フェンスのこの主張が目に入らぬか!12時35分。

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マナヌ岩脇から戻ってくる3両。12時39分。

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戻ってきた1両。フェンス脇を行く。12時44分。フェンス先端下からも撮れるが、潮加減で波を被りかねないので、要注意。なお、このフェンスのコンクリートブロックの上からも撮影可能。ただし落ちるな。長いレンズの取り扱いに要注意。因みに常時米軍と沖縄防衛局はここを監視下に置いている。

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目の前をシュワブ内の浜に戻る。12時代の訓練は4両だった。12時45分。

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12時45分撮影。

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12時45分撮影。
排ガスをたっぷりと出していた。悪臭が漂ってきていた。

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まるで弾幕を張っているかのような排ガス。奥は長島。12時51分。これで4両目。

浜には8両居たから計12両。朝いちは3両だったので、計15両か。夕方までやっていた。

こんな戦争のための演習はやめろ!人殺し訓練をやめろ!この海は米軍のものじゃないのだ。

















今日も晴れ、東京に出かける前に辺野古を記録(16年9月1日)

2016年9月1日晴れ。明日から東京に出かける。その分、辺野古を記録しておきたい。

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朝、テント2で。カヌーの上でちょこんと寝ている。前足の微妙な置き方に注意。

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今帰仁スイカをいただきました。氷で冷やされており、甘くて最高の味でした!こうした差し入れ、大歓迎!私は今夏はじめてのスイカでした。(一人暮らしで冷蔵庫が小さいので、まず買えない。)

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テント前にトウネンがきていました。数羽。辺野古では珍しい。私には懐かしい。

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ツノメガニ。よくみると、はさみで抱えて、右足にも載せています。

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ここまできて砂を落とした。

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ツノメガニは良く睨みあい、巣の中に入り込もうとしています。しかし分捕り合戦ではない。

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睨みあい。ツノメガニは睨みあっても業つくじゃない。この辺が人間よりも賢いのです。

東京でカニの研究の本、小菅丈治著「カニのつぶやき」(岩波書店)を買ってきました。参考になることが記されていると思います。







東京・新宿のデモを撮る(9月11日)

 去る9月2日~13日まで、つれの入院・手術・退院のサポートに東京に出かけた。病院に四六時中居てもと思い、いろいろなことができるかと思っていたが、自分が体調をくずしたこともあり、全然だった。なかなか2兎追うものは、なのだろう。

  9月11日に、辺野古への基地建設を許さない実行委員会主催の集会とデモが新宿アルタ前であるというので、出かけた。

 新宿は相変わらず人が多い。多いが、すれ違うだけの群集だ。名護暮らしの私には、ファッションは関係ないし、街の広告はどきついだけだ。

 こうした場所でデモをするのは、ビルの狭間に反響するだけではないか。しかし、しないわけにはいかぬ。伝える努力は大切だから。実行委特性のカラーチラシをまいていたが、こうしたやり方は効果的だろう。

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新宿駅東口アルタ前の小広場。東京に集う群集はこうした文字を読み取れるのだろうか。

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14時頃。参加者が集まってきた。200名を超えている。

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最近高江に行った人から近況報告。

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彼も行って来た。

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シュワブゲート前テントのHさんがきていた。できたばかりのパンフ「あなたの行動が沖縄の民意を支える」(100円)を紹介。彼のやや渋面(シブツラ)がいいね。普段の笑顔も素敵だが。

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日音協の人たちによる歌。もっと元気出して歌ってよ。周囲の騒音に負けてるぞ。(失礼)

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脇で腕を振っていた彼女達は、ガッツがあった。気付いて撮りに近づいたが、やや遅かった。(申し訳ない)

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国際自然保護連合のハワイ大会の報告をする花輪伸一さん。埋立て土砂の持込による外来生物混入の反対決議が圧倒的多数で可決された。

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本日のゲストスピーカー、大城悟沖縄平和運動センター事務局長。いつも辺野古、高江の現場に居て、指揮を執るお一人。沖縄は挫けない。高江も辺野古もつくらせない。ともにがんばろう。ここは東京だからか、やや控えめなトークでした。

15時からデモに出発

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私は初体験の長いコースだった。

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賑々しいでしょ。しかし「高江」、「美ら海」と言っても東京の人間には分からないだろうな。「ヘリパッド」なんて言っても全く分かるまい。そのぐらい遠いんだ。

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先頭の横断幕を掲げて行く。

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西口に回る。参加者は350名。

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ここに大成建設本社があると。自然を壊す異様な会社よ、恥をしれ!

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私は知らなかったのだが、このビル(新宿センタービル)の地下に私は縁があったのだ。無知は恥だな。

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空港リムジンバスの車体を背景に撮る。曇天だと、どうしてもパネルが映えないから。

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再び東口へ。

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元気にデモした。大城さんも真ん中で終始元気だった。

私は3年ぶりの東京でのデモ撮。改めて、東京という無反応の箱(環境)の中で、何をしたら伝えられるのか。10000人、100000人集めたら。ひとりひとりが確実に伝えていくことだろう。

沖縄への弾圧の指揮者が東京に居るのだ。奴等をたっぴらかさなければ、勝てない。そのためには、東京の人々がどうしたら変わるのか。沖縄が、東京が廃墟にされる前に変わってね。

辺野古実の皆さん、これからも頑張って。いや頑張りましょう。負けるもんか!

















2016年9月17日 (土)

「デモに行ったら逮捕された」のブログができたと

 2015年9月、安保法制反対の大衆運動が盛り上がった頃、いつの間にか10数名が逮捕された事件が続いた。さらにデモの参加者やネットから「逮捕されるものが悪い」かのような言説も流れていた。私は、誰でも逮捕されたくて逮捕されるものじゃないし、警察官を信頼するのは、いただけないと考えているから、困った傾向だと考えてきた。

 自分が東京で逮捕されるという事件が発生し、幾つかの問題点をまとめたところだが、1年前の事件に対して、新たな動きがでてきたので、ご紹介したい。

https://demoniittarataihosareta.wordpress.com/2016/09/16/about/comment-page-1/#comment-1

 これからますます不当逮捕が多くなり、策略的なものもでてくるだろう。こころして注意して取り組んでいくことが大切だろう。

 若者達の勇気ある取り組みを歓迎したい。共に頑張っていこう。

ニューサンダルとオリイオオコウモリ出現(16年9月17日)

 先ほど、買い物に行ってきた。連れからもらったサンダルを履いていったのだが、なかなかの履き心地。これまでサンダルや下駄は、磨れてはけなかったのだが、これは上等。大丈夫だ。

 途中で、森の上を飛ぶ大型コウモリを2頭観た。久しぶりにこの森に戻ってきたのだろう。もう暗くてシルエットだったが、多分、オリイオオコウモリだろう。今度こそ撮影に成功したいものだ。随時観察していきたい。

余りにも不当な判決の翌日(16年9月17日)

◎当分、日にちが前後しますが、ご了承ください。

 2016年9月17日晴れ、風強し。不当判決の翌日。台風対策後の今日も、テント2にて。私達は決してめげません。ゆったりとした1日を過ごしました。

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庭に実っているシマバナナを収穫しました。2房。美味そう。

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ピンクに咲いているクロヨナ。テント2の裏手に。

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新たにTシャツができてきました。辺野古テントムラの売り物です。

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頑張りウーマンのYさんらが畳んで販売の準備。台風明けからゲート前のテントで販売予定。2000円。

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台風16号は、与那国島直撃コースらしい。去年のような被害がでないことを願います。

これは辺野古漁港。全部の船が陸にあげられています。

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いつもより海の色が鮮明です。

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松田浜。こうしたフェンスをはがし、陸と海と空がつながっている辺野古・大浦湾を取り戻したい。必ず。

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辺野古の海。左が長島、右が平島。

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岩と岩が仲良さそうでしょう。

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右側がキャンプ・シュワブ。手前の黄色の花はウコンイソマツ。

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ウコンイソマツ。案外きれいだった。

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幻の建設予定地。真正面。海面を10mかさ上げするとか。そんなことは、断じて許さない。

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ここもです。海も陸も空も沖縄のものです。戦争(殺戮)の拠点はいらない!米軍には出て行ってもらいましょう。正気を取り戻すのは今です。

15時過ぎからテント2の台風対策をやりました。助っ人がきてくださいました。ありがとう。

















昨日の判決は国側一辺倒、昨夜は豪雨に見舞われた

 昨日の福岡高裁那覇支部の判決は、私の予想通りのものだった。①仲井真知事の埋立て承認を是認し、翁長知事の「取り消し」を認めない、②翁長知事は国の是正指示を認めず、違法に取り消し処分を放置した、③国防、外交上の必要性について、不合理でない限り、県は国の判断を尊重すべき、④辺野古埋め立て事業は、県の基地負担軽減になるので、基地建設反対の民意に沿わなくても、軽減を求める民意には反しない、⑤新基地建設をやめるには、普天間飛行場による被害を継続するしかない、ときたもんだ。

 私は昨日の朝日新聞の取材時にも話したが、この裁判長の視線は100㌫国を向いているのだ。いや中途半端に県の主張も斟酌したら、明らかに矛盾が生じてしまうので、突っ込まれることも警戒したのだろう。

 要は国と県は水と油であることを100㌫露骨に示した上での判決だ。極めつけは、④にあるだろう。裁判所が勝手に「民意」を読み込む。沖縄の反対の民意を否定して、国の軽減の「民意」を持ち上げる。こんな「民意」がどこにあるのか?宜野湾市周辺の民意は、普天間基地から発生する被害を除去しろということだ。他にその被害を移せではないはずだ。辺野古・大浦湾に、高江に、伊江島に、やんばる全体に拡散し、実際の被害は拡大するのだが、裁判所はこれも見ていない。

 政権・行政も司法も同じ立場だということが、はっきりした中で、私達はどうするのか?これに屈するのか、拒否するのか。当然拒否する。拒絶する。この「論理」の目先には戦争の大口が開いているからだ。住民の基本的人権も地方自治も100㌫見ない先にあるのは、戦争する国であり、再び沖縄を戦争の最前線に位置してもらいますの「論理」だ。改憲を準備する「論理」なのだ。

 私達が生き続けていくために、これだけはという最低限のやりかたがある。基地とは戦争に備えるためのものであり、「抑止力」というが、海外での戦争に備えるためのものであり、沖縄を、日本を守るものではない。そもそも軍事力で住民の安全は守れないのだ。

 私達は再び国家の命令に従えば、今度は人類が死に絶えるだろう。今こそ愚劣な生き方を改めよう。そのときがきたのだ!

 昨夜は名護署前で豪雨に当たった。財布の中の紙幣は濡れ濡れ。私の優秀な靴もずぶぬれ。沖縄は暑いとか言っていたが、体感気温はぐっとさがった。

 今日から台風16号が接近する。八重山、宮古は直撃の構えだ。被害が少ないことを望む。沖縄島は明日、あさってだろう。皆さんご用心を。

 こんなことで私達は挫けない。正面から非暴力で押し返していく。

名護署前160916夜

 既報のとおり、昨日(16年9月15日)高江の県道70号線上で2名が不当逮捕され(内女性1名は昨夜沖縄署に搬送された)、また本日辺野古キャンプシュワブ前で1名が逮捕された。

 今日午後から名護署前で、沖縄署前で、不当逮捕を糾弾し、即時解放を求める集会が行なわれた。私は17時50分から名護署前の集会に参加し撮影してきた。

 昨日逮捕されたAさんは、今日14時過ぎに那覇の地検に送致され、まだ戻されていなかった。

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名御署前17時55分

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突然雨が降り出して慌てて合羽を着る機動隊。17時56分

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17時58分。雨が降る中で

途中、豪雨となった。

20時頃、福岡県警の応援部隊約30名が到着。

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突然増えた機動隊に抗議。何しにきたのか?!

やや押し合いになる。

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戻ってきた。帰ってくるのを待ったかいがあった。20時14分。

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20時19分。

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20時21分。抗議の声をあげた。確実に届いているはずだ。がんばれ。

これでAさんは18日まで拘束されるが、そのまだ先を読めていない。

明日も午後から名護署前抗議集会だ。



2016年9月16日 (金)

予想通りの不当判決に泰然、激怒

 今朝予想したとおり、福岡高裁那覇支部は、あからさまに国(安倍政権)よりの不当判決を書いた。

 今日も台風対策後なので、座り込みはテント2で。午前中はゲート前で、1名が不当逮捕された(刑特法)。またもや軍警が彼をオレンジラインを越えたとして、連行したようだ。下のテントへの来訪者は少なかったが、2組の若者がきたので、やや丁寧に説明した。

 午後2時頃、那覇での不当判決の情報が入ってきた。そののち、RBC放送が判決をどう受けとめているのかを取材にきた。私が対応し、朝書いたようなことをしゃべった。その直後にQABがきて、Kさんが対応した。

 さらに朝日新聞がタクシーで来た。彼が判決の要旨を教えてくれた。普天間基地を撤去するためには、辺野古しかないとか、そうすれば、負担軽減になるなど、あからさまに国の主張に沿ったものらしい。

 話を聞き、判決批判をしゃべったのだが、余りの形式論議(国の主張しか聴かない姿勢)に腹が立ち、途中でぶちぎれた。普段なら1時間あまりをかけて話す内容を10分程度で説明。判決の空疎な論理展開に呆れはてる。「辺野古しかない」、「沖縄しかない」と、この国が長年沖縄に押し付けてきたことを100㌫度外視して、「負担軽減」になる、などとよくも言えたものだ。実質を全く見ない判決が、まかりとおれば、恐ろしいことになるのだ。この判決は、埋め立て承認の取り消しを巡る判決を超えて、改憲への道を掃き清めるものであり、この国が再び戦争をする国になるための判断でもあるだろう。

 今日は泰然と対応するつもりだったが、結果として激怒してしまった。ただかなり分かりやすく説明したので、記事になればいいのだが、デスクあたりで、止められてしまうのだろうか。

 あっという間に4時になっていた。

 いよいよ闘いは最高裁に。闘いは新たな段階を迎えるだろう。

嵐の前の静けさか(16年9月16日)

 今朝の名護は、朝やけに染まっています。台風の周囲に浮かぶ雲が、赤いです。そして静かです。

 今日は違法確認訴訟の判決日。翁長知事の埋め立て承認取り消し処分が、違法だとする判決が予想されます。そうなれば、改めて、沖縄の民意が司法の手によって否定されることになります。

 断じて許せません。「負担軽減」なるまやかしの言葉で、沖縄をこれからも軍事基地のシマとして置き続け、戦争に向かう最先端の島としておくのです。

 私は「日本人」ですから、沖縄に対する差別の側に居ることも意識しないわけにいかない。だからこそ、私は沖縄のこれからばかりか、日本のこれから、アジアのこれからにも注視していきたい。

 安倍政権が進めている戦争への道は、地方自治と基本的人権を奪うことナシに不可能です。沖縄に居れば、この問題もはっきりと見えるのです。

 今この国が辺野古に高江に伊江島に、琉球諸島に造ろうとしているものは、ただの軍事拠点ではありません。戦争に備え、戦争を引き起こすきっかけになり、戦争を煽る拠点です。無論、人人の暮らしを壊し自然を壊し文化も壊す。

 安倍政権は沖縄の民意を無視して、強行に進めています。しかし、私達はこれを必ずや阻止するでしょう。私たちの生き残りがかかっているのですから。軍事力で平和はつくれないばかりか、軍事力で人類は生き延びれないのです。もう、いいかげんに、愚かな思い込みを捨てるべきです。

 日本在住の皆さんの、意識が変わることを希望しています。否、変えなければなりません。再び、身の回りに戦死者がでる時代を阻止しましょう。米国に追随する愚を改めましょう。

2016年9月15日 (木)

ひさしぶりに大汗かいた(16年9月15日)

 今日(16年9月15日)は久しぶりに大汗かきました。台風16号接近に伴い、台風対策を行なったからです。現在のところ八重山、宮古に接近パターンの進路を取っていますが、何れ北に振りますので、要注意なのです。

 朝から辺野古のテント撤収作業を行い、さらにテント2の撤収も行い、カヌーの位置も変えました。さらに船団関係者は船の留めの強化をやってくださいました。私は先に体調を崩しており、上向いて、下向いてのような作業はダメ。ダメなのに頑張らないとばかりにやったら、気持ちが悪くなっていました。沖縄ではまだまだ大汗かけますよ。

 オオシマゼミの派手な声が目立ってきています。午後の松田浜は、波がサンゴ礁の防波堤を乗越えてきており、ややダイナミックなかんじです。

 今日の高江で2名が往来妨害罪(形法)で不当逮捕されてしまいました。警察のやり方は、防衛省御用達であり、米軍様であって、オスプレイパッド建設の一翼を担いでいます。奴等は好き放題道路を塞ぎながら、工事車両を通そうとしているのです。ソモソモなんでそんなことをするのかが先に問われるべきです。

 私も早く高江に行きたいですが、そのためには体調を戻さないとなりません。今しばらくお待ちください。沖縄に置ける警察の構図をしっかりと捕らえたい。

16年8月8日県道70号での抵抗

16年8月8日、NI裏テントは無事だった。徹夜した私は帰宅することを考えていた。ところが、県道70号が警察に封鎖されているとの情報が入ってきた。私は徒歩で大急ぎでメインゲート方面に向かう。

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メインゲート手前。両側共に止められている。11時15分。

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徒歩で前にでた。警察に止められている車。通れるのもあるようだ。11時18分。

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北側から降りてきた人たちに機動隊が密着している。11時25分。

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メインゲート前。両側に機動隊。11時30分。

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反対車線で拘束されている。11時31分。

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北勝建設のトラックが通過していく。11時33分。

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機動隊に封じられている、ツイキャス中。

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機動隊に押し倒されて背中が泥だらけ。11時33分。

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また工事車両が通過。運転手と路上の市民。感情がむき出しだ。落ち着いて。11時43分。

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米軍トラックを止めれば作業車も止まるはずだ。11時44分。

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市民が車を止めたら、機動隊がどかしにかかる。11時46分。

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反対車線に押し出された。米軍トラックが通る。11時47分。

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新手のトラックがメインゲートに入って行く。が、止められない。11時52分。

今日県道で見ていると、県道での車両阻止の闘いが重要そうだ。作業を止めなければできてしまうのだ。


















緊張に包まれたNI裏で(16年8月7日夜から8日朝)

2016年8月7日夜。7月22日にNI表のゲートの座り込み体制が警察権力によって破壊されたあと、今度は裏に再び暴挙が押し寄せるかとの緊張が走っていた。再び沖縄防衛局は裏のテント等を8月7日までに撤去せよと迫ってきていたからだ。

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呼びかけにこたえて全国から約300名が集まっていた。沖縄民謡で場を作り上げる。

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歌にあわせて踊る踊る。盛り上がってきました。21時11分。

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シュワブ・ゲート前のいつものコンビ。

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明日に備えて、仮眠をとる。私はテントの外で頑張る。22時8分。

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8日、6時46分。外の異常はないようだ。中央は三上智恵監督。

会場に参加されている人の大半(8割ぐらい)が「標的の村」を見たと。監督もどよめいていた。

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山本太郎参院議員も参加していた。福島瑞穂参議院議員、玉城デニー衆議院議員らも参加。

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8日8時過ぎ。もう機動隊の乱入はなさそうだ。1晩頑張ったと、盛り上がる。

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山内徳信元読谷村長が激励に来た。彼は憲法を駆使して、こぞって闘えば勝てると力説。読谷村長時代の実績があるから、確信に満ちている。参加者も勇気をもらった。

10時ごろ一旦解散。








中央即応集団第1ヘリコプター団のCH-47を使った意図は?

 2016年9月12日、稲田防衛大臣は中央即応集団司令に第1ヘリコプター団(千葉県木更津市に駐屯)第1輸送ヘリコプター群(103~106飛行隊)の2機の大型ヘリCH-47JAを高江でのオスプレイパッド(G、H)建設のためにトラックや重機の搬送に当たるよう空輸協力の命令を出したと報道されている。

 結果として、何と海上自衛隊輸送艦おおすみ(母港は広島県呉)の甲板から離陸させ、現場に向かい、北部訓練場メインゲート奥から吊り上げて、それぞれの現場(G、H)近くに下ろしたようだ。「おおすみ」はどこにいたのか不明だが、わざわざ「おおすみ」を動員し、甲板から離発着をさせたことは、沖縄防衛局の土木工事の一端を担っただけでなく、国内外でのミッションの訓練をかねたと推察できる。

 中央即応集団の輸送ヘリコプター群は、国際協力活動やPKOの先遣隊、対テロ作戦の支援や災害派遣等で兵員等の輸送を主任務としている。

 以下に示す写真は、16年1月10日、習志野駐屯地で行なわれた第1(習志野)空挺団の降下訓練初め式の模様だ(撮影―山本英夫)。当日の訓練は「島嶼奪還作戦」と称したプログラムだった。

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高空から空挺団員を降下させる。

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小型トラックと迫撃砲を吊り上げ、搬送する。

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地上に下ろしたところ。地上で、兵隊がセットして、軍事作戦を行なう。

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次々と中央即応連隊員がロープで降下し、戦闘配置につく。

 今回の高江での目的は確かに戦闘ではない。しかし彼らは、2度と沖縄を戦場にしないと断言できるのだろうか。沖縄の人人を敵にしないと断言できるのだろうか。安倍政権は、こうした意図を全否定していないからこそ、こんな作業を平然と命令でき、隊員も何食わぬ顔でできるのではないのか。疑問は尽きない。

 自衛隊の工事への「協力」を許してはならない。

 

2016年9月14日 (水)

やっと、一段落した(16年9月14日)

 約2週間近く家をあけていたので、色々と片づけが大変。東京で偶然重大なミスに気付かされ、その確認をやったり、公共料金の支払い(の為の書類の整理)や、その他の書類整理などに約3時間を要した。事務的な仕事を殆どやらない生活をしていると、頭が悪くなる。思い出し思い出し、そうかとなるのだ。シャッターも暫く押さなければ、勘が鈍る。

 時間が掛かっても、身の回りが整理されると、頭の整理や、業務効率は上がるように思う。身の回りも頭もごちゃごちゃが一番イカン。

 沖縄に帰ってきたら、やはり暑いね。それでも汗ダラダラでないぶん、落ち着いてきたが。今週は何かと片付けの1週間にしたい。

 で、台風16号が接近中。今日の夕方には台風の接近を知らせる雲が湧き出していた。明日の辺野古では台風対策を行なう予定。朝方、テントを撤収して、テント2(プレハブ)で座り込みの予定。では順次ブログにあげていく。

今朝の新聞から―高江の工事強行と国展工芸沖縄展

 今朝の沖縄タイムス1面は悲しい。前面に「陸自ヘリ、重機搬入」であり、その下に「名品と現代美一堂に」だ。前者については書いたとおりだが、後者は国展工芸沖縄展が昨日から那覇市の沖縄県立博物館で始まったのだ。

 何が悲しいのか。この対立的な現状。戦争の準備と、平和でなければ成り立たない文化。沖縄の工芸等の諸文化はあの沖縄戦で、悉く破壊された。製作者も、素材も、製作物も。そうした戦火を潜り抜けて、新たに再建を図ってきた人々がいたからこそ、今回の展覧会も成り立つのだ。

 にもかかわらず、再び破壊されるような時代が迫っていることは、断じて容認できない。

 ちょいと個人的なことで申し訳ないが、特別展示の歴代作家には、私の二人の伯父の作品があるようだ。柳悦孝と柳悦博だ。

 私は、二人の伯父さんに再び沖縄で出会えることに愕いている。だからこそ、彼らにも誓って、基地建設を止める闘いに全力を尽くしたい。

オスプレイパッド建設工事への自衛隊ヘリ導入の法的根拠は?

 安倍政権は予定通り、高江で強行しているオスプレイパッド建設工事に、自衛隊ヘリCH-47JAを16年9月13日、2機導入した。トラック、重機等を北部訓練場メインゲート奥からG、H地区の予定地近くに搬送したようだ。

 私はこの件について既に2回書いた。

○http://photoyamahide.cocolog-nifty.com/yamahideblog/2016/08/9-2c1a.html

○http://photoyamahide.cocolog-nifty.com/yamahideblog/2016/09/post-2730.html

だが、法的根拠について、論じてこなかったので、やや立ち入って考えたい。

 まず政府はなんと説明したのか。稲田朋美防衛大臣は、防衛省設置法第4条1項19号を示したと報道されている。これでは100㌫ペケだ。

 ご存知のとおり、防衛省設置法とは、防衛省が如何なる組織であり、如何なる事務を担当しているかを規定している法律だ。第4条は「所掌事務」の規程であり、1項に1号から34号までの事務を列記している。この19号に駐留軍への基地提供の事務が記され、提供、建設、使用条件の変更等とある。

 賢明な読者ならば分かるとおり、これは防衛省の取り扱い事務を決めているだけで、自衛隊を動かせる根拠ではない。分かりやすく言えば、米軍に基地を提供する事務は防衛省の仕事であり、米軍基地建設・提供もそうですよというだけだ。基地建設のために自衛隊を動かせる規定ではないのだ。

 ただしこれまでも、政府は自衛隊法に規定のない段階で、新たな目的で自衛隊を動かす際に、この防衛省設置法を持ち出して、苦しまぎれの答弁を行なってきた。繰り返しになるが、根拠法足りえない屁理屈だが。

 もしも安倍政権が(稲田は法律の専門家の弁護士)今回の工事に自衛隊を投入するとすれば、当然法的根拠は自衛隊法に根拠を求めなければならない。同法の第6章「自衛隊の行動」は、防衛出動ほかであり、米軍基地建設の工事に自衛隊を動員できますの規定はない。あるとすれば、同法第8章「雑則」第100条「土木工事の受託」だろう。

 「防衛大臣は、自衛隊の訓練の目的に適合する場合には、国、地方公共団体その他、政令で定めるものの土木工事、通信工事、その他政令で定める事業の施行の委託を受け、及び、これを実施することができる」。

 本件の事例の場合、同条の適用の問題点を洗って置こう。 ①自衛隊の訓練の目的に適合しているのか、②国といった場合、防衛省自身が委託して、受託できるのか、③土木工事の委託の申し出をおこなっているのか(自衛隊法施行令第123条)。委託するための書類(目的、計画、期間、理由、その他)を提出しているのか。

 こうしたことすべては、クリアーされているのか? 私は現時点で判断しがたいが、何れも?だとしか思えない。①は何とでも言い募れるとして、②は、沖縄防衛局長が中央即応集団司令に委託して、受託する契約関係のはずであり、防衛大臣が命令したとすれば、明らかに自衛隊法第100条の解釈とは異なるだろう。③の書類も出していないのではないのか。

 そのうえ、この現場は、住民らから反対されて居るからこそ、容易に工事を進められず、その結果の選択として、自衛隊機を使うことにしたのだろう。住民の権利侵害を不可避とする工事のために自衛隊と自衛隊機を導入すること自体が、自衛隊法第100条の想定を逸脱した工事だと断じざるをえないだろう。

 自衛隊機を使った目的は、あくまでも米軍への奉仕であり、日米一体化を進めたい安倍政権の焦りが、色濃く反映したことは明らかだろう。くり返せば、法的根拠の検討もせじに、実質的に進めることを第一義としているのであり、沖縄の住民からみれば、いざとなれば、自衛隊であれ、何であれ、やっていくという戦前回帰の動きとダブって見えてしまう。断じて許しがたいものだ。

○小口幸人弁護士の立論を揚げておく。しかし彼は自衛隊法第100条の検討を余りしていないのは、残念だ。

http://www.nanzanlaw.com/column/802

補足―大型ヘリは地元の第15旅団のヘリコプター隊にもある。それなのにわざわざ千葉県木更津市の中央即応集団のヘリコプター隊からもってきたことにも疑念が湧く。同団のヘリ隊は日常的に榴弾砲や迫撃砲をも吊り下げて運んでいる実戦部隊だ。15隊よりも練度は高いだろうが、だからこそ、私はこの国の政府の沖縄の住民運動への敵愾心を見る。重ね重ね許しがたいことだ。

2016年9月13日 (火)

やっと東京から帰ってきました(16年9月13日)

 本日21時頃、無事に自宅着。つれが「寄り道せずに帰れ」と言っていたので、素直にそうしました。本当に前回(8月)は、ご心配をおかけいたしました。

 9月9日以降、ブログが途絶えていました。ちょいとしたミスでパソコンが開かなかったのです。結果は全く問題なかった。良かった!

 今回の東京は12日間。沖縄に引っ越して以来もっとも長い滞在になりました。目的がつれの入院サポートでしたから、ある意味では楽だった半面、やはり、なれないことなので、疲れました。しかし結果は無事に早めに退院できました。まだまだ痛いとかあるようなので、気がかりですが。

 しかしこの12日間(結果として)、暇があれば、あれをしようこれをしようと思っていたのに、殆ど不可でした。一応やれたことは、本屋さん周り(買いこみました)、日本民芸館(柳宗悦の蒐集)の見学、ジャズライブ(森山威男グループ)を聴くぐらいでした。6日から8日ぐらいに自分が不調になり、病院行っても、全然、回復の程度を確認するとか、励ますとかできないの。ただしその原因が分かりました。ここで治療しておかないと、あとあと重大事態になると困るので、時間をかけて治療します。

 あと、家族会議(私の兄妹、息子ら)というか、8月の不当逮捕された際、ご心配おかけしましたということで、飲み会をやりました。まぁ何があっても慌てずに、と念をおしてきましたが、まずは大丈夫そう。

 その他いろいろありましたが、以下省略。

 この12日間、沖縄では、何があったのでしょうか。これから新聞を見たり、していきます。明日は辺野古に行きます。

 

2016年9月 8日 (木)

やれやれだな(16年9月8日)

 昨日、今日と、自分がダウンしてしまい、辛くも病院に行っただけ。今回東京に滞在する時間が長い分、色々やろうと思っていたことがあるのだが、まだひとつもやれず。何れも+アルファなのだから、無理することもないのだが。

 今日は峠三吉の「原爆詩集」を読んだ。峠三吉といえば、「にんげんをかえせ」が有名だが、これは「原爆詩集」の「序」に当たる部分なのだ。こんなことも知らなかった自分の無教養ぶりを恥じる。これは導入部としての詩であり、ここからグサリグサリと言葉が差し込んでいく。彼自身がヒバクシャでありながら、個人を超えて、時代を超えて、世界をめぐることばが、すさまじい。

 詳しくは、何度も読まなければ書けないが、私はこれまでにヒロシマに向き合ってきたのか、戦争に向き合ってきたのかと思うと、唸るばかりだ。あとがきの中で、彼は「私は言っておきたい。こうした私に対する圧迫を推進しつつある人人は全く人間そのものに敵対する行動をとっているものだということを。/この詩集はすべての人間を愛する人たちへの贈り物であると共に、そうした人人への警告の書でもある。52年5月10日 峠三吉」

 ここで彼が触れていることは、50年から始まった朝鮮戦争と日本の「独立」の時代の中で、再び戦争に向かう時代に逆戻りしつつあるとの認識を示し、こうした勢力からの圧迫が強まっており、重大な時間に入っていることを警告しているのだ。

 確かに私も朝鮮戦争をめぐる反対運動の経過や文献を殆ど知らないまま、読まないままに来ている。またこの時代は、日米政府が、様々な密約を交わし、日本が米国に従属することを約束していく時代と重なり、沖縄を切り捨てていく時代と重なっている。ここに①日米関係、②米日韓―朝鮮半島をめぐる関係、③米日・沖の関係が3重に重なっていたはずだ。また、この3つを貫いて安保と核をめぐる関係があった、否、あるのだ。

 というシビアな関係を突きつけられているのだが、それから64年の歳月が経ちながら、私達はこの体たらくなのだ。

 何故なのかについては様々な論点があるだろうが、私達は戦争との向き合い方に失敗してきたのではないかと、私は先の「原爆詩集」を読んで痛感させられたのだ。

 

2016年9月 7日 (水)

書評「これから戦場に向かいます」山本美香著

 昨日街の本屋さんで買った一冊。故山本美香著「これから戦場に向かいます」ポプラ社。(1600円、2016年7月刊)。美香さんは12年8月シリアのアレッポで政府軍に撃たれて亡くなった。

 この本は写真絵本。美香さんのしっかりとした、優しい視点が貫かれたグッドな写真集に仕上がっている。小学校高学年から中学生がみたらいい。無論大人にも見て欲しい。理想は親子で見ることだろう。

 撮影地は、アフガニスタン、イラク、チェチェン、ウガンダ、コソボ、アメリカ、トルコ、シリア。美香さんは、この20年の主たる戦場にでかけてきたのだ。冷っとする写真が並ぶ。ホテルから観た爆撃の模様。車で銃撃音が聞こえる中を駆け抜ける。そして自らも居たホテルに戦車砲をくらって、仲間のカメラマンらがなくなった。「ちくしょう」と呻いた美香さん。この気持ち、よくわかる。分かりすぎる。このとき、私の盟友のフォトジャーナリスト豊田直巳もいたのだ。

 何処の戦争でも被害者は民衆だ。特に、女性、子どもら。たくましく生きながら、次の瞬間に殺されていたりするのが戦場の現実。これが戦争だという、軍が民衆を足蹴にする写真もある。

 こんなことを何時まで米国はやるのか。ロシアはやるのか。○○国はやるのか!

 美香さんは志の道半ばで倒されたから、「これから戦場に向かいます」のタイトルになっている。まだまだ戦争の時代が終わらないからだ。終わらせていないからだ。

 それにしても私達は戦場を見ていない。見る機会が奪われていることも確かなことだが、見ようとしていない。私たちの「同盟国」だといわれている米国の戦争であり、その息子のような「日本国」がこれから戦争をしかけていくというのに。

 人間の笑顔を沈黙させ、命を奪う戦争がなぜこれほどまでに大きな力をもっているのだろうか。私達は、戦争機械を止めなければ、なくさなければならない。

 戦場は遠いと思っているかもしれないが、日本が何時「テロ」攻撃にあうか、もはや予断を許さない。台風の被害にさえ対応できない日本が、「テロ」の被害に対応できるわけがない。

 沖縄の現実は、まさに戦争をするための準備のシマだからおきていることだ。戦場をみつめ、改めて、戦争にイエスなのか、ノーなのかを考えたい。

 この写真絵本は、子どもと見たい。子どもの視点から新たな発見、問いが生まれてくるはずだから。

 最後に注文をひとつ。こういう絵本にありがちだが、文が難しすぎる。子どもに見せたいならば、子どもの感覚に会うことばを綴って欲しい。

 

今日明日の東京は雨らしい(16年9月7日)

 台風13号が屋久島あたりにいるようです。ズンズン日本列島を縦断のコース。小さいけれど、これまでにあちこちで雨が降ったので、また被災しないように注意したいものです。

 今日から少しあちこちでかけようと思っていましたが、雨に濡れたくないので、予定を変更。しっかり、読書の時間ももちます。成果は、当ブログに書評として上げますので、お楽しみに。

 東京暮らしのペースにやっと慣れてきた。フー。

 

2016年9月 6日 (火)

今日(16年9月6日)の東京新聞に載りました

 去る8月18日に新宿区内で行なった私の沖縄報告会の模様が今日16年9月6日の東京新聞(メトロポリタン欄)に掲載されました。「辺野古・高江の問題 山本さんが現状報告」との記事です。そもそもいくらでも話せるような問題を90分でしゃべるのですから、大変ですが、その報告をわずか5,600字ほどでまとめるのは、至難の技です。沖縄の闘いはこの国の安保問題であり、今何が進んでいるのかに絞った報告文でした。字数の関係で、やや無理のある整理でしたが、東京に居ると見えにくい安保・軍事の問題が沖縄ではどのように現れているのを写真を示しながら語ったことを記事にしてくれました。

 東京新聞は沖縄のことを継続して報じている数少ないマスコミです。安保を絶対視し、批判を抑える立場のサンケイ新聞や読売新聞、そこまでいかないものの、批判的視点を欠いている朝日新聞や毎日新聞に比して、戦争を人間として許さない立場を堅持している東京新聞を私は応援しています。東京新聞の今後の活躍を期待してやみません。

●ただし私は東京新聞や沖縄の2紙ですら、様々な限界点をもっていると考えている。東京新聞の最近の報道では、去る8月21日未明の脱原発テントの撤去の際、当局から事前に連絡を受けていたが、市民側に黙っていたという。結果的に権力のテント撤去に手を貸し、市民を押さえ込む役回りを担ったのだ。

 こうした傾向は、マスコミが本音のところで資本の意思を代弁しており、お金や、マスコミ業界の連合の力によって、何処に転ぶかを予見させてくれる。だからこそ、私達は彼ら、彼女等に問い掛けなければならない。あなたがたは、誰のためのメディアなのかを。戦後71年の今、もはや建前だけの市民の立場は成立しない。国家はいっそう悪どくなり、簡単に人人を騙し、戦争に引きずり込み、原発禍の中に叩き込む。

 営業が第一になったメディアは、簡単に死ぬ。私はこのことを押さえてこれからも取材を進めたい。

高江で福岡県警が女性1名を不当逮捕(16年9月6日)

 琉球新報が伝えるところによれば、本日16年9月6日10時ころ、沖縄の県道70号線の新川ダム入り口近くで、女性1名が福岡県警によって、逮捕されたとのこと。オスプレイパッド建設作業のトラックの前をゆっくり走行したとして、3台のうち、真ん中を走っていた人が狙い打ちにあったようだ。

http://ryukyushimpo.jp/photo/entry-351725.html 

 名護署前で抗議行動がおこなわれたが、名護署に留置されている。名護署の看守態勢は男性のみであり、女性を留置できる準備がないはずだ。仮に女性警官を臨時看守にあてるにしても、設備面の不備があるだろう。明らかなセクハラ行為であり、明白な人権侵害である。今からでも遅くはない。名護署は彼女を即刻釈放すべきだ。

今日も病院通い(16年9月6日)

 2016年9月6日。東京。晴れ。今日も半日病院に居ると思います。今回の東京への旅は、まずこれだから。少々写真も撮りたいのですが、まだ1枚も撮っていない。あそこに行こう、ここに行こう、誰それに会おうとか、何しようとか、色々と考えてはいるのだけれど、まだ何もしていない。本を2冊読みましたが。

 最も何をするとか、誰に会うとか、なかなかブログには書けません。公然の秘密になってしまいますから。日本語で書いていても、世界中の情報機関が読んでいるかもしれないのですから。こういうことを考えながら書くのは、なかなかのストレスです。

 沖縄に居を移して、ストレスは大幅に減りました。ただ、安保・基地によるストレスと、上記の情報ストレスが、私に大きくのしかっています。

 昨日は原稿依頼のメールと電話がありました。高江を巡る写真を使わせてと。私ははっきりというのですが、原稿料を払えますか。これなしには、よほど特別の事情がなければ、不可です。こちらも、メシを喰わないとならないのです。現場で撮るとき、命を張り、逮捕されるかもという覚悟をもっています。また、いつなんどき、特定秘密法でやられるかもしれない。これヤバイかなと思うこともあります。

 ただ私たちが表に出していかなければ、どんどん秘密の壁が厚くなるのです。其れを重ねていけば、ますますヤバクなる。

 東京はこうしたヤバサの基なのです。がちゃがちゃしたなかに、政治が隠され、どこにむかっていくのか? 安倍・プーチン交渉がかまびすしく報じられていますが、お互いに経済を表の顔に押し出しながら、日本は従来の「北方4島返還論」を放棄していく流れに転じるでしょう。ただ米国の圧力があるでしょうし、まだまだ先を見通せない。

 ロシアは対米交渉を背景にもっていますから、この意味でも米国の手下である日本国を使うでしょう。私は、日本の外務官僚や政治家の手腕をしっかりとみていきたいと考えます。

2016年9月 5日 (月)

不当弾圧―拉致・とり調べ・留置(16年8月21日~23日)

  拉致・監禁・取調べ、そして解放(16年8月21日不当弾圧関連3部作のⅢ)

①白昼の拉致(16年8月21日13時10分頃から)

 16年8月21日13時10分頃、経済産業省前で、警視庁公安部らの私服刑事らに突如、突撃され、押しつぶされた。左側から倒され、右に倒れた。このとき、私は右手でカメラを持っていたので、カメラを突き飛ばされないように、過度に力がかかる抵抗をしなかった。数人の公安らが私の両手両足をつかまえていたようだ。咄嗟に左足でキックしようかと思ったが、私の左足の両側にデカ2名の顔が見えた。ここでやると逆効果だと判断して、キックを諫めた。ここで思い切って蹴り上げていたら、この段階で「公務執行妨害」をとられたかもしれない。

 次の私の記憶は、信号のある横断歩道を渡っているようだった。が、何も見えず。途中の分離帯で、地面に落とされた。アスファルトが熱い。熱と傷で、イテー! この熱さで、私は咄嗟に沖縄を思い出した。横断歩道を渡って数秒後に丸の内署の車両が回されてきた。私は車に引き揚げられて、私の左側と後ろに刑事が乗ってきた。車はサイレンをけたたましく鳴らしながら走る。別にそう急ぐこともないのに(これはワーワーさせて、被逮捕者を不安に陥れるためだろう)。車内で手錠をかけられたと思う。

 丸の内署に着く(建物の中の駐車場)と、ぞろぞろ警官が出ていた。これも威嚇のつもりだろう。5階(刑事組織犯罪対策課)の取調室に連れて行かれた。ここで私の持ち物を全部取られる。押収品と一時預かり品に分けられるのだが、パンツ以外の服と靴も全部取られ、代替着(体操着みたいな)を着せられる。財布のお金は金種ごとに数え、確認した。領収書の類や保険証等、携帯電話、カメラ、鍵等。このへんの整理が終わって、いよいよ取り調べ。

 その前(自分の服を脱がされる前)に、現場での衣装を着た撮影が行なわれた。取調べのはじめに、指紋の採取。ひと指、ひと指、10本と、手のひら全体。そして身体計測(身長、体重)、全身の写真。パソコンのプリンターの程度の悪さが際立つほどのストロボ機器は優れものを使用している。

②取調べの1

 担当は50代の刑事・組織犯罪対策課の係長。

 こちらは保険証等を取られたので、名前はばればれ。いや、私を承知の輔でぱくったのだろうが、人定質問には答えない。この意味は、取調官にこちらの抵抗の意思を示すこと。警察のペースに乗りませんよと。言葉を選び、決して権力の土俵に乗らない。次に事件について聞かれたが、私は「何もやっていない。押しても押されてもいない」と断言。「何が公務執行妨害に当たるのかを説明するのが先だ、不当な監禁だから、早く解放せよ!」ときっぱりと対応。

 彼は如何なる公務執行妨害なのかを説明できない。つまり拘留している根拠を明示できないのだ。

 こちらはフォトグラファーであり、いつどこで何をしたのかの記憶は鮮明であり、全く暴行を振るう余地がない。やっていないことに確信がある。ただ如何せん、牛のオブジェのワーワーの中で、警察も私もその「牛」に眼が点になってた。私の動向を撮っている人は多分、誰も居ないだろう。

 私は完全黙秘していない。やっていないものはいないのだから。彼は私が経済産業省前のテントにきたことがあるかをきいてきた。「黙秘します」。ただこう言った。21日朝のテレビで、たまたま未明にテントが撤去されたニュースを見たこと、10時過ぎに、そういえばまだ時間があるので、現場に行ってみることを思い立って、11時頃、現場に行ったことを話した。これも全くの事実。ただ以下略(話さず)。

 幸か不幸か、私は脱原発運動に関心はあるが、基本的な取材対象でないし、活動課題でもない。脱原発の友人も少ない。まして沖縄から来ていただけだ(目的や日程は黙秘)。そんな私だから取材妨害には抗議するが、経済産業省の「公務」(?)を排除、抗議する立場でもないことも示唆。取調べは2時間ぐらいで終わった。

③取調べの2

 翌日の午後。今度は公安と思しきデカが取り調べ。留置場から取調べ室に移される。7,8名の恐持てのデカが並んでおり、睨みを利かせてくる。おっとっと、ここでビビッてはならぬ。深呼吸、深呼吸。取調べ室に入ると、40代のデカが担当。やはり人定質問から。昨日と同じ答え。事件については、やはり何が公務執行妨害に当たるのかを聞いたが、彼も答えられない。30分余りで終了。

④取調べの3

 検事調べは23日に延期された(22日に台風接近の影響もあっただろう)。朝の留置係りの話では午前中に検事調べ、午後地裁調べと聞いていた。10時過ぎに地検に移送された。11時頃から地検検事調べになる。

 彼ははじめて言った。公務執行妨害の見立てをこう説明。「あなたの左肩が警察官に当たったのだ」と。やれやれ。私の前にその機動隊の指揮官がいた(ここまでの認識は同じ)。前にいる人間に左肩で押せるか?押せない。こう反論された彼は、私の話をさえぎり、両方(警察と私)の主張を聞いて判断しますと言ったのだった。取り調べ時間は30分足らず。昼食を挟んで地下の鍵のかかる待合室で待機。

 13時過ぎに、新たな判断が示された。丸の内署の看守係曰く、「これで署に帰るから」。はて、地裁調べはなしだ。拘留は付かなかったのだ。

 丸の内署に戻ると、これで帰ってよし。地検の拘留もつかず。押収されたもの、預けられたものすべてが返却された。逐一確認。

 こうして私は8月23日14時頃無事にフリーの身になったのだった。初めから不当逮捕だから当然の結果だが、やれやれだ。

⑤弁護士接見等について

 最初の取調べに際して、刑事は黙秘権と弁護士選任の手続きを定石どおり教えてくれた。私は救援連絡センターの選ぶ弁護士を依頼した。03(3591)1301。今頃こんな電話番号にお世話になろうとは。

 弁護士は予想よりも早く来た。21日の15時頃だ。早いなと思ったら、国が訴えたテント撤去を巡る裁判の被告側弁護団の一員の大口昭彦弁護士だった。丁度テント前を通りかかったら、不当逮捕があったと聞いて駆けつけてきたと。

 私も彼の名前を重々知っている。原則的な弁護士であり信頼できる方だ。如何に捕まったのかを話し、全くの不当逮捕だと説明。怪我の状況も詳述。私が連絡してもらいたい人の名を上げる。ここで困ったのは、携帯電話を取られており、自分が電話番号を覚えていないこと。これはまずい。連絡のしてもらいようがないのだ。弁護士は、あらためて「完全黙秘」するように念押し。差し入れについてお願いした。

 翌日、地検調べがないときいて、どうなっているのだと、留置係りに弁護士を呼んでもらった。昼過ぎにお願いしたのだがいつまでたっても来ない。最も台風だし、やむをえないか。19時頃やっときてくれた。今日は地検調べがなかったと話したら、明日地検、地裁だろうと。もしかすると「23日」拘留がつくかもしれないよと釘をさされた。

 私はヤバイなと思いながら覚悟もした。完全黙秘ね、場合によっては取り調べ拒否もできるからと言われた。私は地検調べの上で、次を判断すれば良いと考えた。

⑥救援・即時釈放要求

 8月21日13時10分過ぎ、その現場に居合わせたある友人が私が拉致されたことを現認したらしい。他にも私の友人が若干名いた。もしも誰も知人がいなければ、かなりやばかっただろう。なにしろそこに私の大きな荷物を2個置いていたからだ。これを警察にもっていかれたら、と冷や汗ものだった。彼が確保してくれていた。感謝。その彼が沖縄に、東京の連れなどに電話連絡してくれた。友人の友人を通じて、息子にも伝わった。

 現場ではテント撤去に抗議する集会を行ないながら、他方、丸の内署への抗議・即時釈放要求の声をあげてくれた。15時頃からと18時過ぎからの2回。4階の留置場に抗議の声が聞こえてきた。やはり嬉しい。「カメラマンさん、頑張れ!」と。発言の詳細はコンクリの壁に反響して分からないものの、沖縄がらみの話をしている人、気になることもあろうが、頑張れとの声(つれあいだった)も聞こえた。この日、2度の抗議行動が行なわれたのは、Aさんの働きかけらしい。夜しかこれない人もいるし、やってと。お陰で、夜の部には、つれも間に合った。この辺の話を後で聞くと、持つべきは友人だなと(女性の友人はしっかりと、連れに認知してもらっていることが肝心)。

 22日は台風。電車も一部だが止まっていると。それでも18時過ぎから抗議の声が聞こえてきた。こんな悪天でも来てくれたのだ。

 2泊3日で出たので、救援会などの立ち上げには到らなかった。「俺が(救援を)やるしかないかと思った」といってくれた友人がいた。ありがたいことだ。東京から離れた自分からすると、誰が救援してくれるのかと、やはり不安だった。

⑦留置の状況

 留置場は4階。5つの檻が在る。私は「丸の内14号」。同室は3名だった。若い二人。21日22日に居たのは全部で15名。朝と夕方+看守が変わる度に点呼がある。4号-ハイ、14号-ハイ、23号-ハイ、などと。食事は弁当。粗末だが先ずは食える。昼食は大きなコッペパン2個とおかず、ジュース。私には食いきれず。

 起床は6時30分、布団をしまって、洗面、朝食、7時30分。9時、運動(別室で髭剃り)、12時昼食、18時夕食。洗面、布団をもってきて、消灯21時。電気1個が付きっぱなしで、眠りにくい。入浴は5日に一度だそうだが、たまたま私は2日目に当たった。午前早めの時間だった。風呂場はシャワーと風呂桶もあり。看守にみられるのだが、気にしなければ、いい湯だな。タオルの使用が許される(紐状のものは留置場内への持ち込み不可)。また、洗面のときに私が思わずタオルを首に巻いたら、怒られた。自殺防止を気にしてのことらしい。因みにボールペンも先が丸い特殊な仕様。自傷・他害の武器にならない工夫らしい。

 日中は比較的ごろごろできた。姿勢について注意されなかったし、本も1日3冊読める。2日目に差し入れ本も入ってきた(5冊まで)。ここで私がオヤッと思ったのは、ホッチキスで綴った本。ホッチキスが外されて、紐綴じになっていた。これも武器の持ち込み禁止か。

 外国人の被疑者もいたようで、言葉は色々だった。時々怒声が聞こえていた。看守は比較的穏便だった。私と怒鳴りあったのは1回。弁護士はまだこないのかと尋ねたとき。分からないというので、どうなっているんだと怒鳴ったら、俄然罵声をあげてきた。怒鳴りあっても仕方がないので、まぁまぁに。

 看守達の人柄は比較的穏便だ。地味な仕事だ。縁の下の力持ちだろうが、一人ひとりに話しかければ、けっこう房の内情や個人的なことも話してくれた。ただ組織の人間だから、一旦上から統率が入ったら怖いだろうが。 

 冷房はきいていた。寝るときの毛布は2枚。適度だった。しかし24時間監視されているわけで、嫌な気分。トイレも外から見える。留置場から取調べ室に移動するとき、取調室からトイレに行くとき、警察署から検察等に移動するときなどは、すべて手錠をかけられ、腰紐をつけられる。取り調べ中は、手錠は外されるが、腰紐を短くして椅子に固定される。

⑧解放後

 私は、ここはどこの状態。返却された携帯電話をみても、真っ暗だ。電源切れか(否、ただスイッチオフにされていただけ)。逮捕された現場に行っても誰かいるか。そうこうするうちに電話が復旧。

 色々と骨折ってくれただろう友人に電話。弁護士事務所に行けとの指示。了解。事務所に向かったのだが、途中で逮捕された現場に先に行ってと弁護士から連絡が入る。右往左往して最初の現場に戻る。握手攻め。知り合いも少なくない人がきていた。その場で事の顛末を話す。帰りの飛行機代をカンパしてもらう。

 そのあとで、弁護士事務所に行き、事の顛末を説明して、連絡が遅れたことをお詫びした。無事にでたことを沖縄の仲間にも連絡。よかったとの声が広がる。

 24日午後、沖縄に帰った。やれやれの3日遅れの帰宅であった。25日辺野古テントに。よかったねと。私は沖縄の人なのだ。

⑨総括

 油断大敵だったの一言か。まさか逮捕されるとは。彼らの狙いは分からないが、嫌がらせであり、脱原発運動のけん制であり、沖縄の闘いへの威嚇だろう。と考えれば、私が沖縄と福島、基地と原発をもっと自覚的に取り組むことだ。「希望の牧場」には取材に行きたい。ひとまず9月11日の経済産業省前での集会に参加し、撮影しよう。そして表現の自由について、徹底的に追求し、実現していきたい。

 逮捕されて拘束されたら、まず体の健康と心の健康に最大の注意をむける。怪我しない、病気にならないは、闘うときの鉄則だ。決して弱気にならないことだ。「悪法は法にあらず」とは私の憲法学の先生の教えだった。

 落ち着いて何があったのかを振り返り、確認する。決して敵のペースに嵌らない。取調べ方針を探りながら、完全黙秘・非転向を原則に、事前にこちらの出方を考えておく。2度以上の言い直しは不可。そうなりそうならば、完全黙秘する。

 友人たちとの関係を今まで以上に大切に創っていく。これに尽きる。ご支援いただいた方々にあらためて感謝の言葉を申し上げる。これからも頑張りましょう。(2016年9月5日)

2016年9月 4日 (日)

東京で(16年9月4日)

 今日は寝坊した。昨夜は0時頃寝たのにだ。都会暮らしは疲れるね。今日はお昼頃出発。息子にお土産のパイン(石垣島産)を渡した。このお土産は、先の不当弾圧のお疲れ様賃。余計な心配をかけたから。

 彼は予想通り、冷静だったと言っていたが、ひやりとしただろう。しかし私がこれまでにしっかりとしこんできただけのことはある。弾圧とかで本人の周囲が崩れるのが一番消耗するからね。くれぐれもよろしく、です。

 夕方、池袋のジュンク堂をじっくり下見。色々あらぁな。これ欲しいとやっていたら、いくらあっても足りません。自分としては沖縄ものと「日本」をつなぐ視点が欲しいのだが、ここいらはなかなかズバリの本はない。安倍本(「昭恵」本も)や「日本会議」本も増えている。久しぶりにたくさんの本を見たので、疲れた。

 今日の東京新聞の「こちら特報部」に「ゆんたく高江」のことがでていた。活動紹介記事だが、関心が拡がることは大歓迎。確かに、こちらでの沖縄報道は余りにも少ないよね。何故かと言えば、沖縄での事態は「日本政治」によって引き起こされており、更に「日本」に波及していくことが分かっていないから。1500キロの距離を平然と無視しているのだ。居られるのだ。警視庁機動隊(各県警、府警)が何をやっているかぐらい、報道したらどうだ。災害派遣で行ったならば、そのぐらいの報道はしているよね。中央紙ならば何故って言う疑問があるべきだし、その根拠を探るべきだ。

 最も安保政治絶対の新聞があることは事実。こうなると、議論の余地がない。私達は安保政治を叩き壊さなければならないのだ。

 民進党の代表選は、3者3様、50歩100歩。今後も「野党は共闘」できるのか、雲息が怪しくなってきた。

2016年9月 3日 (土)

高江の工事に動員しようとしてる同型機はこちら(CH-47)

 既報のとおりこの国は自衛隊機をも動員してオスプレイパッド建設工事を強行する構えを見せています。この件は9月3日のNHKテレビでも、9月中旬から使う予定と流していました。自衛隊の工事参加に反対します。これは機種の導入に留まりません。ヘリを動かすためには管制・通信・警備等の要員や車両がでてきます。住民運動への無言の圧力になることは必死です。高江周辺での飛行をやめろ!

機体はこんなです。全長30m。乗員2名+55名。重量は22トン。約10トンの積載量。

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16年3月30日 与那国空港 同機は那覇基地所属。第15ヘリコプター隊。

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同上。

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同上。

NHKの報道では、木更津基地から派遣の見込みとのニュースがながれました。

皆様もこのヘリが高江に向かう模様を見たら、ご注意ください。高江住民の会にご連絡ください。

2016年9月 2日 (金)

工事が進むN1ゲート前等の緊張(16年7月27日)

 7月22日に安倍政権は機動隊約700名あまりを動員して、N1ゲートをこじ開け、オスプレイパッド建設に向けた前段工事を始めた。7月27日私も現地に向かった。

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メインゲート前も機動隊がびっしり。人が歩いていれば、寄ってきて、「安全確保」だとへばりつく。邪魔!7時37分。

北に向かって歩く。

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やんばるの森が広がっている。7時49分。何もなければ、気持ちいいところなんだが。

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新川橋の上で、作業のトラック(2台)と警備車両(6.7台)が通過。8時26分。

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8時32分新手のトラックが来た。

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次のトラック。見送ればフレコンバッグに土砂を入れている。8時51分。まだゲートからの道が悪く、普通に載せると不具合があるのだろう。

やっとゲート前の手前に自分が着いた。

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両側を囲む機動隊。たくさんいるな。9時6分。

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ゲート前に並ぶアルソック。やはりご苦労なことだ。後ろの白は沖縄防衛局。9時11分。

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北勝建設のトラックが入る。機動隊は黙って警備。暑いからな。9時14分。

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国頭側から演習場を覘く。兵舎群が見える。9時23分。

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N1ゲート前。トラックの進入を警備する機動隊。9時58分。

ゲート反対側に集会場ができていた。

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照屋寛徳衆議院議員が挨拶。闘いはこれからだ。10時1分。

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参議院議員の糸数慶子さんと伊波洋一さん。頑張って。

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国会議員総出演。福島瑞穂(赤)さんもきていた。

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住民の会の3名。明るそうだが、事態は深刻なのだ。

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張り切っている伊波さん。やんばるの森をとり戻そうと。

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ゲート前でも一人行動のおじさんが憤然としていた。12時40分。

食事後裏に移動。

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N1裏。警察もアルソックもいた。14時21分。

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テントの中から見た光景。ノンビリの中に警察車両。14時24分。

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揚水発電所に着いて説明する山城博治さん。あの奥にGとHが造られる。発電所は経営難から撤退。14時56分。






















2016年9月 1日 (木)

なかなか落ち着かない(16年8月29日)

2016年8月29日晴れ。やっと波が落ち着き、やや気温もさがる。海上行動なし。

 朝テントに向かうと沖合いを弾薬補給艦が西へ進む。天願桟橋に向かうのか。

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テントの設営を尻目に撮る。7時58分。ノンビリしてたら影に隠れてしまう。

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リュウキュウムラサキ。テントの脇で。しかし表面をなかなか広げてくれず。8時46分。

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テント前の干潟。マングースがちょろちょろしてました。10時45分。岩陰が棲家。

暫くするとオスプレイが4機。沖合いから豊原の先を行く。

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11時57分。次々に飛ぶ。

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干潟が大きくなってきた。ムナグロが7羽。12時5分。

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今度はCH-53が2機。沖合いを飛ぶ。12時7分。

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12時22分。オスプレイが2機戻ってきた。沖合いに向かう。沖に揚陸艦がいるのかも。

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ツノメガニの接触。巣穴をめぐるバトルではない。餌を探しながらの衝突か。しかし餌を分捕ったり、巣穴を独占することはない。12時34分

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ツノメガニのオス

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キアシシギの飛び立ち。13時20分

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水陸両用装甲車が海にでた。7両。13時36分。

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14時22分。けたたましい走り。

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14時59分。夕日が顔を出してきた。

今日はテーブルにカメラを載せてじっくりとれた。















明日から約10日余り東京です(16年9月1日)

 今日9月2日は辺野古テントでした。小さな台風が近づいているというので、台風対策をどうしようかと思案しましたが、概ね大丈夫だろうと最小限の保全柵に留めました。

 明日から10日余り再び東京です。連れの入院に伴う付き添い・サポートのためなので、何時帰宅するかは定かでありません。様子によっては共通の友人に頼んできますので、遅くとも15日までに帰ります。9月2日から新規記事は暫くお預けになります。ご了承ください。

 今日の帰り際、皆さんに散々言われてしまいました。「今度はパクられないでね」「パクられるなよ」。いやはや、多くの皆様にご心配をおかけしたものです。ありがとうございました。というか、申し訳ありません。自分が悪いわけじゃないけれど、ご心配をおかけしたという事実は消えません。

 それにしても権力が狙った獲物は逮捕するのであれば、こちらは堂々と対峙する以外にありません。相手に隙を与えない鉄壁な防御態勢をつくっていきましょう。「オイ!コラ!警察」になっているのであれば、真正面から対峙していくほかにありません。

○関連記事:抗議声明 

http://photoyamahide.cocolog-nifty.com/yamahideblog/2016/08/post-b3d2.html

○何故私が狙われた?(8月21日当日の様子)

http://photoyamahide.cocolog-nifty.com/yamahideblog/2016/08/8-2d8a.html

 

 高江では沖縄防衛局が告訴したようで、再び不当逮捕があるかもしれません。今回の事案は、東京からのメンバーも含まれているようなので、場合によっては東京の仲間や弁護士たちとタイアップしなければならないかもしれません。

 揚げ切れていないものを今晩できる限りあげていきます。よろしく御願いいたします。

声明が届きましたー「生前退位」のメッセージは、おかしいだろ

 この国はおかしいことだらけです。「伝統文化」とかいいながら、これまでの歴史の歩みの中で、様々な文化を吸収したり、強奪してきた。漢字も他国からの文化だし、仏教も。伝統文化といえば、天皇制を中核とした文化。しかし明治政府が作り出した代物。男系文化であり、無責任を決め込む文化。

 あの侵略戦争を経たにもかかわらず、過去に目を瞑り、現行憲法の第1章は「天皇」。過去を問わないからできたこと。過去を問わないから、迷走できる。52年4月28日は、日本の独立と同時に沖縄を切り捨て、旧植民地の人人を切り捨てた、私たちにとって忘れてはならない日だ。

 「生前退位」と言い出したアキヒト天皇。このどこが問題なのか、以下の声明を参考にしながら、私も考えていきたい。「アメリカ様」と聴かされまくる沖縄にいると、こうした日米関係は疑問附だらけ。

 主権在民であり、私達こそが、主権者なのだ。「天皇陛下」などといわされることじたいが、おかしなことだと気付かなければ、主権者であるはずの私達が、未来を譲り渡していく。もう殆どの「日本」の皆さんは、譲り渡しているようだが。ここは、頑固でなければならないはずだ。

○○○○○○○

「天皇メッセージ」は違憲! 世襲制「国体」なんてまっぴらです

 7月13日、NHKが天皇の「生前退位」の意向を間接情報として流した。そして8月8日、なぜ「生前退位」であるのかを縷々述べる天皇のビデオメッセージが、各TV局によって流され、新聞各紙が大きく報じた。それは周到に準備され、「玉音放送」とも表現されるようなものであった。その後も、この天皇「生前退位」問題はメディアを賑わせている。
 憲法には、「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負う」(三条)、「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない」(四条)とある。その憲法下で、天皇はメディアを介して直接「国民」に語りかけた。
 その手続きを無視した天皇の行為の違憲性については、すでに批判が上がっている。また、「生前退位」の意向や、「天皇のあり方」など、メッセージの内容も憲法や皇室典範の変更を迫るもので、明白な政治への介入であり、違憲行為であるとの批判もすでに出ている。私たちも、こういった状況に女性と天皇制の問題を考えてきた視点から批判を加えていきたい。

 私たちはこの「天皇メッセージ」に、世襲制「国体」護持への天皇の強い意志を感じた。そして、家父長制・家制度を唯一残す天皇家の家長が、この国の家長であるかのように動き出した状況に驚愕した。家業の運営や家督をいつ譲るかは家長が決める、と言わんばかりに国政に口を出したのだから。

 思い出してみよう。2004年、男系男子による皇位継承が危ういとの判断で、「女性天皇」容認のための「皇室典範に関する有識者会議」が小泉首相(当時)のもとで発足した。しかし2007年、秋篠宮家に男子が産まれ、有識者会議の報告書は白紙に戻された。また2011年、宮内庁が出した、このままでは皇族不在の危機という「緊急課題」に対して、野田政権(当時)は翌年、「女性宮家」創設のための「皇室典範改正へむけた論点整理」を発表し、同年、安倍が首相に返り咲いて「白紙」宣言した。そして今年4月、「女性宮家」創設を検討する有識者会議発足の噂も流れたが進展の気配は見えない。

 この10年の流れをみれば、この「天皇メッセージ」は、政府主導では早期の「皇室典範」見直しはのぞめないという判断の結果ではなかったのか。

 昭和天皇は、「国体護持」のために終戦を遅らせ、敗戦後も「国体護持」のために沖縄を米国に売り渡し安保条約に繋がる「メッセージ」を発した。いま同様に、明仁天皇も「国体護持」のために動いている。立憲主義を踏みにじり、象徴天皇制を再定義し、その明文化を求めるメッセージを発することで。その「再定義」には、メッセージにはなかった「安定的な皇位継承」のための「女性宮家」、あるいは「女性天皇」の容認なども含まれてくるだろう。皇位継承と皇族維持は「国体」にとって最重要課題なのだ。

 女系を認めてでも「万世一系」の「伝統」を守りたいと考える者たちと、男系こそが「伝統」だという者たちの確執など、私たちには関係ない。ただ、この国の憲法・法律が定める制度である以上、人権主義や民主主義、立憲主義の立場から声を発していくしかない。

 また、「女性宮家」や「女性天皇」の容認は、男女平等や女性活躍に寄与するように見えるが、世襲制は女に子どもを産ませることで成立し、出自による差別を是認する制度であることにかわりはない。問題は世襲制や家父長制・家制度を法体系に残し、女性の身体を制度の道具とし、差別を是認し再生産していることである。そして、それを「伝統」とする天皇を、「日本国と日本国民統合の象徴」としていることだ。
 制度の廃止によって、私たちだけでなく、天皇一族も解放される。私たちは天皇が訴える「生前退位」を介した象徴天皇制の再定義=「国体護持」を拒否し、天皇制廃止を求めていきたい。

2016年8月31日 
女性と天皇制研究会(http://jotenken.hatenablog.com/)

N1裏の金網について

今アキノ隊員のブログを見ました。http://akinotaiinnorinshitaiken.ti-da.net/e8946550.html

私は8月31日に現場に行きましたが、足元から高さ5mほどまでご丁寧なフェンス。鉄条網でぎっじり。こんな軍事基地のフェンスみたことない。国内のみならず。

 アキノ隊員じゃないけれど、動物達にとっても明らかな脅威。この国は、自然のことなど我関せず。立派な国だこと。これでどこが偉大な国なのか?! 「やんばるの森を世界遺産に」の虚しさが伝わる。

 ガードマンと防衛局(?)、警察官、哀れ。囲いの中でただ立っている。人間性を喪っている姿がものの哀れを誘う。俺は万葉詩人か?

 多くの両生類、爬虫類、蝶類、鳥類すらも脅威だろう。私は鳥類学者志望だった者として書いておくが、ヤンバルクイナは殆ど飛べないの。ヤンバルクイナは地球上のやんばるの森にしかいない。飛べなくとも、ここは安心して暮らせた環境だったの。ホントウアカヒゲは飛べますが、地上にいることが多い。カラスは「バーカ、バーカ」て鳴いているぞ。

 この国は何が何でも米軍様の言うとおり。まともな国じゃない。軍事って人を殺すのが本旨なのだから、動物達の命など問題外なのだろう。武力による安全保障は自然を壊すことが大前提。其れは戦争を始める前から。

 自分は10歳ぐらいのときに、このままいったら、人類は終わると予言していたが、大当たりなのだから、困った。経済開発ばかりか戦争までもが、しっかりと人類を終わらせてくれる。

 人間ならば、もう少し賢く、冷静に生きようよ。こうした現実に目覚めた人が、闘うしかあるまい。勝てるか、負けるかじゃない。人としての生きる道なの。だから必ず勝つし、諦めずに闘うまで。

 N1裏は世界中に通じている。むろん、この国の官邸にも国会にも、米国の政治中枢にも。日米の軍事情報は米国の中枢に通じているが、私たちの視点も通じてしまうのだよ。

9月になる

 昨日は高江から帰ってきて、暫く寝てました。起きたら、9月1日になっていた。8月の後半は、警視庁に捕まるというハプニングに見舞われ、予定が大変乱されました。しかし昨日の高江でも「お帰りなさい」と声をかけてくれる人がいました。そこまで知っていたのという感じです。また当ブログをきちんと読んでいる方がいるのだとも再認識しました。ありがたいことです。

 また先日は西表島の友人から励ましのメールをいただきました。じんときました。東京の若い友人からも海外からメールをいただきました。自分は全く元気です。本当に負けてはいられませんよね。

 時代はずんずんおかしくなり、怪しい道に入っています。これからどうなるのか、特に「日本」の行方は気がかりです。経済の破綻、原発の再稼動、米国の戦争への加担、日中関係、右翼の動向、天皇制の問題。

 途方もない、波乱の時代に入っているからこそ、私のような人間をも不当逮捕するのでしょう。どう考えても意味ないのに。「オイ!コラ!警察」の復活です。何時何があっても大丈夫なように、こちらも警戒態勢を固めて、人間関係をよりしっかりさせていきたいと思います。

 東京でやられると、東京と沖縄で構えなければならず、大変です。ご迷惑も拡がります。しかし自分の生き方に惑いがなければ、大丈夫です。弱みがあったりすると、本論でないところで、つい弱気になったりするのです。いつでも、どこでも強気で堂々といられるように、ありたいと思いました。

 今日は関東大震災の日。1923年9月1日。朝鮮人虐殺が広がり、侵略戦争に大きく反転していく時代。今はそんなエポックメーキングはないけれど、何時同じような事象がおきないとも限らない時代に舵を切っています。

 日露戦争の頃、まだ対馬の漁民は敵味方の別なく、遭難者を救助していました(そんな碑を見てほっとしたものです)。何時から敵を捕獲して殺すようにさせられたのか。海人ならば、ひとまず誰でも助けるのが常識です。

 人間が貧しくなると、くだらないことが、さも当然になっていく。くだらないニュースに振り回されて、肝心なことをネグっていく。どんどん人間がバカになっていく。孤独になればなるほど、右翼的な心情に落ち込む。再び同じような奈落の底に入ってしまった日本。

 沖縄は元気だからこそ叩かれる。まっすぐだからこそ、しかとされる。人間の豊かさを育みながら、闘うことが重要なのだと、学んだ2016年8月でした。がんばりましょう。

 9月2日~暫く私用で東京に行っています。高江がどうなるのか気がかりですが、つれの入院・手術なので、申し訳けありません。最も台風ができたようで飛行機飛ぶかな。やや心配。

 

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