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2016年7月24日 (日)

朝、アカショウビンのさえずりを聴きながら

 今朝、出かけに、前の森からアカショウビンが鳴いていた。「キョロロロー」とやっていた。今年の彼らの来訪はどうも少なかったようだが、こうして正面から聴くと、こころにしみる。特に高江での暴力の後のことであり、感慨深い。

 私が沖縄に居を移したのは、様々に撮影現場が広がり、東京からの通いではどうにも追いつかないと覚悟したからだ。無論、辺野古も高江も自然を守りたい。「基地の島沖縄」を改めなければ、沖縄の自然も守れない。

 この間、高江にいて、騒然とした中でも、アカヒゲや、アカショウビンを認めている。集会の上をオオゴマダラが飛び、ナガサキアゲハが飛んでいた。

 もういい加減に、「基地の島沖縄」を返上したいのだ。高江の人人が言っているように静かな暮らしを取り戻したいのだ。ささやかな願いだろう。何故聞き入れないのだろうか?沖縄ならば何をしてもいい?!これが政権の常識らしい。ありえない非常識。そこに人が暮らしていることを忘れている。否、無視している。沖縄に住民なんかいないのか。

 米軍は違う。沖縄に住民がいるからこそ最適の演習場足りえているのだ。戦争とは人がいるところでやるものだから、人を無視して殺せることが兵隊として必須なのだ。まして自然なんて関係ない。ベトナム戦争の頃の枯葉剤作戦。皆殺し作戦だ。田畑や森を壊滅させ、あらゆる生き物達を殺しつくした。人間も米兵も亡くなった。現代化学戦争。

 私が沖縄に来たのは、考えてみれば、アカショウビンのさえずりを聴ける楽しみを得続けたいからだ。戦争にでもなれば、夢のまた夢になってしまう。だから本当に負けられない。

 人間は誰でも生きていたいと思うはず。殺されたいとは思わないだろう。もっと生きていることを正面から見据えないと、私たちの進路は開けない。

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