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2016年7月23日 (土)

昨日の高江は無法地帯だったのだ

 2週間連投だったので、今日は休むことにした。あしからず。

 昨日の高江は無法地帯。日本国機動隊をどれだけ動員したのかわからないが、500名を超えていただろう。南側だけで機動隊のバス13台と指揮官車、その他の車両が20台ほど並んでいた。北側にも20台余りいたとの報告だ。単純に計算すれば600名あまりだろう。

 県道を封鎖して完全にシャットアウト。道交法第5条だと、立っていた警官がいっていたが、これは緊急事態の場合に、公安委員会から所轄の警察署長に委任できる条項であって封鎖を可とする条項ではない。22日に沖縄の何処で災害や大事故が起こったのだろうか。安保絶対の政治がやったこと。

 物件の排除も何を根拠にできるのか、全く説明がない。通行妨害だと言うならば、まずはその原因になっているオスプレイパッドの建設強行の意味を説かなければなるまいに。国・沖縄防衛局は何もやっていない。

 そして暴力による強制排除。市民の抵抗権、表現の自由を安保絶対政治が踏みにじる。

昔、三里塚空港(「東京国際空港」)反対闘争の中で、団結小屋解体のために国家権力が暴力の限りを尽くしたが、成田治安立法を作り、「合法性」を装って見せた。今回はそんな建前も全く考慮しない。沖縄差別一直線だ。

 前夜からを含めれば5名が緊急搬送され、他に肋骨骨折を負わされた男性もいたと報道されている。

 私は彼ら機動隊にこういった。君たち法的根拠のない暴力をやっており、単なる暴力集団だ、否ヤクザ以下だと。ヤクザは仁義を分かっているが、機動隊は仁義も知らぬと。

 高江を辺野古を、沖縄を戒厳令に置くようなやり方を許さない。昨日の私は安倍政権が目指す緊急事態条項、基本的人権の制限の先取りをはっきりと見た。

 日本国民の皆さん(私も含む)、安保絶対の政治を容認し続けるのか否かが問われています。無関心を装えば、いつかまた皆さんが国家によって殺し殺されていく。71年前までのの経験をかみ締めるべきです。今の沖縄の現実を考えるべきです。

 私たちは今、ここから再出発するしかないのだ。

 追伸:昨日、機動隊に首を絞められて緊急搬送された仲間が、今日は辺野古に来たとの電話が入った。良かった。

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コメント

ネットでデモ隊のみなさんが不気味なプロ集団機動隊に囲まれて必死に抵抗されていた光景を何度も拝見しました。その場でみなさんとご一緒できないことに歯がゆさを感じながら、黄色いT-シャツを身に着けていらっしゃったお父さんの子供たちが米軍の騒音で眠れない、學校に行くことを拒んでいる状況を切実に訴えられていたことに対して、涙が出て日米両政府、とくに、自国民の命と財産をないがしらにしているとしか伝わってこない現安倍政権、その側近、そして、彼らの取り巻きの沖縄の政治家たちに怒り、そして、なぜなんだ? 

何故同じようなことが戦後71年も続き、そして、また、同じようことがこれからも、もし、高江にヘリパット、辺野古に新基地ができれば次世代に生きる県民も同じような不条理な生活を強いられるのだと思うと、どうしても、みなさん、こちらで踏ん張らねば、”負けるもんか” と自分自身に言い聞かせました。戦争のできる国にさせないためにも頑張らねば! 若い自衛官たちの命を守る為にも!
武器で富を増やそうとする企業の利益を、投資家たちの思うつぼには、させまいぞ! 

結びに、ヤマヒデさんがご紹介されておられました高江の安次嶺雪音さんの詩、普通に生活することも拒否されていると訴えられておりました。今の沖縄の基地問題は、国策のために個々の生活が、人権が、生存権までが奪われているのではないかと思いました。多決で物事が決まってしまう。小数の意見は無視されることを何時までも沖縄県民は背負わなくてはならないのでしょうかと、いつも思おうのです。
沖縄県民、何か悪いことでもしましたか?

本当にわじわじしますね。この国は沖縄に対してならば、何をやってもいい、と本気で考えているようです。本気も本気、100%の濃縮ものです。これに対抗する手段はあるのか?国会議員の3分の2が改憲派で占められた今日、沖縄に対しては3分の2以上が、力で抑え込むと言っていることに等しいです。

 沖縄への暴力はいいのだとすると、海外への暴力もよいとなり、また、内なる暴力を是認することになります。国家万能の国が再びできていくでしょう。
 そうなってからでは止められない。だからこそ、今時から、私たちは立ち上がらなければならないのです。今日は辺野古テントで、約1時間みっちりはなしました。秋田から来た青年でしたが、まだまっすぐです。頑張り続けるしかないのです。

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