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2016年7月23日 (土)

高江から返ってきました(16年7月22日)

 7月21日早朝から高江に行ってきました。22日未明から権力が入ることが明らかになり、やむなく高江N1ゲート前に野営して頑張りました。詳細はのちほどになりますが、この国の沖縄に対するすさまじい差別、態度を見せ付けられました。

 N1ゲート前、N4ゲート前は封鎖され、工事再開にむけて、この国(沖縄防衛局)が新たなゲートを設置しました。

 21日午後、高江住民の会、高江現地行動連絡会、県内移設に反対する県民会議の共催で1000名規模の集会が開催され、1600名が狭い県道にあつまりました。

 しかしこの国は21日夕刻から突然、沿道を駐車禁止にする暴挙に出てきたので、市民がこれに烈しく抗議。なんとかやめさせました。この途中、機動隊の指揮官車が座り込んだ市民に接触し、彼は倒されました。機動隊は明らかな交通事故であるにもかかわらず、事故扱いをせず、その車を逃がしてしまいました(ひき逃げ)。倒された彼は機動隊員によって無造作に反対車線の路肩に排除されたのです。

 彼は緊急搬送されましたが、打撲ですんだもようで、翌朝には退院できました。しかしこの国は目的のためには手段を選ばない姿を鮮明にしたのです。安保絶対政治を貫くためには法も人命も関係なしの暴挙を働き、座り込む人人を排除し、テント等を撤去したのです。遂に22日朝から県道70号線の新川ダム入り口からN1ゲート前先までの区間の交通を禁止にしたのです。「名護警察所長の権限」だと愛知県警機動隊員は言っていました。どうもはっきりしないのですが、期限の明示ナシであり、県民の生活道路を長期に渡って塞ぐ意味が分かりません。こうしたことは安倍政権がやろうとしている緊急事態法の発動であり、市民に対する弾圧で示したやり方は戦前の治安維持法の先取りに見えてきます。

 私も警告して来ましたが、恐ろしい時代になりました。私たちはこの国がバカ国家(権力の命令一筋に動く)に成り下がったことを見据え、戦争国家への道を沖縄の立場から、許しません。必ずや、高江の工事も辺野古の工事もとめていきます。頑張りしていきましょう。

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