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2016年5月17日 (火)

やっと梅雨入りしました

 先ほど、5月16日の記事を書いていたら、アップするときに消えてしまった。悲しい。ところで、5月16日は時々豪雨が降りました。平和行進も終わっての梅雨入りだからよかったんじゃないの。人は雨だったら、雨だと嘆くし、暑かったら暑いと嘆くものだ。相対良かったと思うべし。

 こちらは、今日など何回も労組の人にお話した。それにしても冷静に考えれば、連合ができて、はや何10年だ。総評が潰され、社会党がつぶれて、早30年近くの年月が経つのだ。「政治改革」だとはやし立てられたのが、94年だし、「分権改革」と叫ばれたのは2000年。護憲の屋台骨が失われて、ここまできたのだ。9条の会ができたり、総がかり行動ができて、失地挽回を図りながらも、歴史的な総括ができていないから、情けないことになる。

 また「民主主義ってナンダ」と言う前に、主権者とは何かを問わなければなるまい。安倍政権が国家主権を目指している以上、ここと正面からけんかできる主体性が問われているのだ。

 こう考えると沖縄は、権力にとって最後の棘。これを抜き出して、きれいさっぱり国家主権の世界を作り出したいのだ。

 平和行進で歩いた人は思い返して欲しい。基地が身近に見えたといっていた長野県の彼ら彼女等。この沖縄の今の空間がいかにしてつくられたのか、方や、長野(46都道府県)の空間には何があるのか。たとえば長野県の中には、阿智村に満州平和記念館があるし、上田市には無言館がある。松代には松代大本営跡がある。それぞれの郷土の歴史を堀り下げながら、沖縄との接点を探りなおせば、新たな出会いがあり、驚愕するような発見があるはずだ。

 平和祈念公園に行くならば、地元の人たちの碑や、平和の礎ならば地元の戦死者のお名前を確認することから始めるとか、ぐっと身近な、新たな視点が見えてくるはずだ。

 こう考えると地元の図書館がどの程度なものかは、かなり重大だ。学ぶためには現場踏査が大切だが、そのためにも調べられる機関の第一は公立図書館だ。

 われわれが71年前に引き戻されるとすれば、其れは悪夢だ。国家のために生きるべし、戦争に積極的に働くべし、あらゆる犠牲を惜しむな、環境をばしばし壊せ、差別は当たり前だし、イジメも当然だ。要は地球を壊し、人間を壊す道なのだ。

 私たちには茨の道しか前にない。それは核爆弾があり、放射能に包囲されている道でも在る。もはや恐ろしすぎる道だ。諦めることをあきらめたとの言説もあるようだが、私達は前に向って進むしかないのだ。

 昨朝、トイレの中に居たら、アカショウビンが鳴き交わす声が聞こえてきた。暫くは梅雨空だろうが、その先を見通す英知を鍛え上げていこう。

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