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2016年5月

2016年5月31日 (火)

あなたも米軍・米兵の「おともだち」…?

 今日(16年5月31日)の琉球新報に辺野古のKさんのことがでていた。彼は以前からの新基地建設反対の人。ゲート前の常連メンバーであり、生粋の地元住民だ。その彼のお母様は、今から42年前の1974年に、辺野古の米兵相手のバーを経営していたが、ある米兵に、お金ほしさから、殴り殺されていた。Kさんがまだ高校生のころだと言う。彼は今回の元米兵による女性の拉致・強姦・殺人・遺棄事件を知って、もう黙ってられんと、怒りに燃えているようだ。基地があったらまた事件は起きると。基地撤去に全力なのだ。

 そんな話をしていたら、彼自身が辺野古テントにお出でになった。

 他方で沖縄には、こういうひともいる。オスプレイ大好きなTさん(50代)。これは彼自身が自分で言ったことだ。自分はまだ食料事情もよくない40年余り前、米兵にジュースなどを飲ませてもらって、嬉しかった。それ以来の米兵・米軍をお慕い申し上げていると。そうか、ジュース一杯でか。人を騙くらかすって、簡単なんだ。

 人の命は金で換えられない。他方で、米軍に尻尾を振る心性は簡単に買収できるようだ。

 米軍はこうした「オトモダチ」を大歓迎しているし、たくさんつくりたいのだ。また今日の記事にこんな話もでていた。米兵が講師の中学生の英語(英会話)教室で、昼間からビールを飲んでいたと。授業料はタダでも、こんな授業はやめてほしいものだ。米兵のスラングを覚えられるって?―そんな特番はいらないぞ。

 

 

民芸館創立80周年なのだ

 今、6月のスケジュールの詳細を立てているのだが、もしかして民芸館の企画展がおもしろそうならば、久しぶりに行ってみたいと覘いたら、6月12日まで『朝鮮の工芸』であった。今年は創館80周年だと。1936年から2016年。

 これはよってみるしかない。柳宗悦の朝鮮の工芸との出会い、おつれあいの兼子さん(声楽家)の朝鮮との出会いが彼らの転機となり、文化運動(工芸の美)にいたり、あの時代の弾圧に抗して、一歩も引かない反植民地支配の生き方を選択していくことになったのだ。そして30年代に入ってからの沖縄文化との出会いがうちなーぐち擁護の主張になり、あっぱれというか、なかなか凄いのだ。6月21日~8月21日は沖縄の工芸の展示だ。これにも来ないわけに行かないだろう。

 つうことで、夏の何処かで再び東京にうかがいます。よろしく御願いいたします。

民芸館展示予定

http://mingeikan.or.jp/events/schedule2016-2017.html

因みに柳宗悦(「そーえつさん」と言っていましたが、正しくは「むねよし」)は私の大伯父に当たります。

2016年5月30日 (月)

ツノメガニ撮影の一日(16年5月30日)

2016年5月30日 曇後晴れ(暑い)

 今日も来訪者少なく、私は勝手にツノメガニを今季初撮り。

 船団3隻とカヌーが数隻でた。

今日も小潮なので、干満の幅は小さく、撮影はやりやすい。

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テント前。ヤドカリの仲間。小さい。

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ツニメガニの背中側。甲長4センチ。砂と同じ色してる。

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約1,5mの場所から。用心深い。こちらがちょっと腕を動かしたりしたら穴の中に逃げます。

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前側に回り込む。ユーモラスな顔。

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はさみに砂を抱えて。

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働き者です。どっこいしょ!

炎天下でも撮影していれば。上機嫌。

13時ころ、ゲート前から山城博治さんじきじきの注文が。米国紙の記者を船に乗せて。先ほど上がったばかりのN船長に無理を言って出してもらいました。感謝。サンゴ礁の一部をみれたそうです。良かった。

今日は戦没兵士の記念日であり、休日。全く銃声とか、オスプレイを見なかったはずだ。5月ラストの月曜日です。

暑さにうだりながらの撮影(16年5月29日)

16年5月29日 晴れて暑い。梅雨は何処に行ったのか。

uvカットのメガネに換えたのでだいぶ楽になったが、光の強さに難儀している。

日曜日なので油断したらバスが行ったしまった。ところが救いの神は現れるのだ。K船長登場で、汀間での一仕事を手伝い、9時前に辺野古へ。ありがとう。

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9時40分。昨日通過したタンカーが逆走。荷が軽くなり、昨日と比べると甲板が格段に上がっている。陸軍天願桟橋で下ろしてきたのだろう。

10時1分、辺野古川河口をミサゴが1羽飛ぶ。カラスがちょっかいをだし、うるせえの感じ。この時季になるとミサゴはもはやほぼいないのだが。

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10時36分 カヌー練習の一部が漁港前を通る。今日は10数隻だと。奥がマリンセキュリテイのゴムボート、沖合いが土砂運搬船。この3層構造は今の辺野古の海を象徴する嬉しくないパターン。

この晴れかげん、どうですか。

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 左が漁港、右が河口。この時期に珍しく筋雲がでている。偏光フィルター使用。12時48分。

今日は小潮。干満の差が少ない。少ない日は少ないなりに生物の姿が。

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これもちいさなヤドカリの仲間。足が赤い。貝が緑でハデ。体調1センチ未満。ゆっくり歩いている。望遠レンズで撮影。

思い切ってマクロレンズで近づく。彼らには大迷惑。貝殻の中に足を引っ込めてしまうので、頭、足を出すのを待つ。

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テント前。ヤドカリの仲間。これ5ミリない。テントから見ていたら砂粒にしか見えず。被写体に10センチぐらいの場から。自分の膝、腕も砂だらけ。

このほかに、ツノメガニもいたが、まだ小さく、透明な感じで撮影は厳しかった。彼ら素早いから小さく透明だと、なかなか見えないのだ。

13時20分、松田ぬ浜に移動。何だかへん。

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これは何? 昨日から『辺野古アート展』をやっていたのだ。炎天下の展示。

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赤い旗を並べていた。雲とバナーがあり、絵になる。

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ゲルニカの模造。幾つか置いていた。しかしこう暑く光が強いと、其れを押して見るのは難儀。

このほかに赤い旗、旗や砂浜にさんごの石を置いていたのだが、これらの撮影は私のドジで没。申し訳ありません。

お二人で企画したようだが、お客さんが少なかったとぼやいていた。事前に相談してくれたら、少しは協力したのに。ご苦労は多とするのだが。

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テントに戻って。カラスがボラを捕まえて食べる姿を追った。相手がデカイからカラスも苦闘していた。15時5分。

来訪者はいくらかあったが(団体も)、私は説明をパス。








2016年5月29日 (日)

沖縄県議選のゆくえ①(16年5月29日)

 去る16年5月27日~沖縄県議選が始まった。今のところどうなるかの予測はつかない。焦点は明白になっており、翁長与党が有利になるとみるのが常識的だ。だがそれだけ自公政権からの介入があるだろうし、激戦区の結果は不透明だ。

 しかし私の住んでいる名護は、定数2に対して2の立候補であり、無投票当選。臨場感0の状態。野党は元職の自民党の末松文信候補。与党から新人の親川敬。稲嶺進名護市長の副市長を6年勤めたバリバリの事務方。今後は名護と北部の声を翁長県政に届ける役割を担いながら、北部振興の鍵に農林水産業を基礎に据え、アジアに目を向けた持続可能な経済戦略構想を打ち出し、教育・子育て支援、医療・福祉の充実、と地域で生き生きと暮らせるまちづくりを支え、沖縄に新基地建設阻止、基地の北部への集中に反対していくとしています。

 むろん、これらの政策はあの凶悪事件の前の話し。被害者が名護出身の人でもあり、より切迫感をもって、海兵隊撤退の声を届けることでしょう。

 相手の末松候補は、経済を前面に出していますが、笑止千万なことに東海岸の基地による自然破壊を黙り込み、西海岸の海にサンゴ礁を復権させて海をまもり、レジャービーチにするそうです。

 こうした裏側を隠して経済の活性化という論法が一番危うい。これを各選挙区で跳ね返せるかにかかっています。沖縄県議選の行方について、随時情勢をかいていきます。

沖縄が沖縄として歩みだすとき

 16年5月26日沖縄県議会が海兵隊の撤退を含む抗議決議をあげた。自民党と2名が退席したが、公明党も賛成した。

http://www.pref.okinawa.jp/site/gikai/documents/h285gatu26nitikougiketugi.pdf

5月27日県議選が始まった。48名の定員に71名が立候補。6月5日が投票日。海兵隊の撤退、地位協定の抜本的な見直しなどの線が焦点に据えられている。経済の問題を有権者がどう判断するか。

6月19日に予定されている県民大会は奥武山公園でとなっていたが、沖縄県高校野球連盟がセルラースタジアム那覇を譲ってくれるらしい。「怒りの気持ちは同じだ」と。

5月28日、ニコルソン4軍調整官が、記者会見した。哀悼の意を表するために綱紀粛正を命じたと。謝罪もしなければ、具体策もない。予想通りだが、許されない。

沖縄が沖縄として歩みだしている。「忘れられた島」から「忘れられない島」へ。「基地のない島」へ。沖縄にしかないものを尊重し、同時にお互いの文化を大切に近隣となかよくやっていきたいものだ。チャンプルー文化とは、単に混ぜ合わせだけではないはずだ。お互いの違いに気付き、敬意をもてることでもなければならばい。「俺だけが優れている」などの発想は歴史のくずかごに投げ捨てよう。

私たちも主権者として歩みだし、地域の自治の主体として歩みだすべきときを迎えている。

人間はこのまま自滅してはいけない。

共に力をあわせてがんばろう。

2016年5月28日 (土)

ただただ暑い一日だったな(16年5月28日)

 2016年5月28日暑い。 

土曜日であり、米軍も休日。静かだ。米兵家族は辺野古川河口にも遊びに来る。タダタダ暑くて、ぐっでり。来訪者は少ないし、私は勝手気まま。

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今日もせっせと新しいバナー作り。

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9時12分。偏光フィルター。河口部。

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10時17分。縦位置。仰ぎ見れば。

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10時20分。河口部。これを辺野古ブルーと言う。

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11時12分。

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11時54分。沖合いを行く、小型タンカー。多分、軍用。

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14時31分。だいぶ引いてきた。河口部沖。

暑くてもこのぐらいは大丈夫。







追悼と米軍撤退に舵をきった緊急抗議集会(16年5月25日)

 2016年5月25日14時嘉手納基地第1ゲート前。辺野古から向かった私たちは20歳で元海兵隊員に殺されてしまった女性を悼み、遺棄された場に立ち寄ってきた(既報)。そしてたった嘉手納基地前。緊張を新たにする。

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滑走路は北側であり、バシバシF-15戦闘機が飛び上がる。縦列4機編隊だ。

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フェンス際の歩道に人が立ち並ぶ。13時37分。

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開会に先立って殺されてしまった女性に黙祷を捧げる。

命は取り返しがつかないのだとの思いを新たにした。

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演壇の下に佇む女性。悲しみと決意が漲っている。

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「オール沖縄会議」の主催者として発言に立つ稲嶺進さん(名護市長)。ガッテンならん!の声がこだました。沖縄の力を見せようと檄を飛ばした。

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何故私たちの命がこんなに軽視されないといけないのか。黙りたくないし、過去と向き合い、受けとめて生きたい。基地がある沖縄で生きたくない。基地は要らないと、声を震わせながら搾り出していた玉城愛さん。同年代の女性だけに他人事ではありえない切迫感があった。

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照屋寛徳衆議院議員(社民党)は被害女性の無念な思いを、遺族の悔しい思いを深く深く胸に刻もう。米兵の犯罪を繰返させないために在沖米軍基地の全基地撤去を求めようと力強い発言。

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赤嶺政賢衆議院議員(共産党)さん。安倍政権の口先だけの発言にごまかされずに、全基地撤去を誓い合おう。長年取り組んできた人達の言葉は重い。

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玉城デニー衆議院議員(生活の党)さん。95年の事件を振り返りながら、普天間閉鎖が沖縄に戻り、振り出しに戻っている。2度といとしい命の犠牲を生み出したくない。命を奪う権利はだ誰にもない、と。

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うちなーの自民党の仲里ですと切り出した仲里利信衆議院議員(無所属)さん。ウチナーンチュには之だけの力があると言うことを示すためにも、嘉手納基地から真っ先に全部を返還させていこうと、訴えた。

そして嘉手納爆音訴訟の新川秀清原告団長は、明解に全基地撤去を主張した。

ゲート前ではご覧の通り。警察と軍ガードマンが監視中。

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嘉手納基地閉鎖・撤去を訴える。

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ゲート内に入る車に意思表示。兵隊に直接私たちの思いを伝えたい。この悔しさが分かるのか!

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ゲート内の建物の上で警備に当たる兵士達。

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65年当事、宜野座村で米兵にひき殺された女の子。嬉野京子さんが撮った一枚の写真を重ねながら現在を観る。

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シュプレヒコールを挙げる。哀しみを抑えながらのシュプレに怒りが膨れ上がる。

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ゲートのオレンジラインの前で。この声を聞け!

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基地撤去の声がこだまする。

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壇上もすべての参加者が声をそろえた。集会参加者は4000名。

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最後に、手と手をつないで、繰返させまい、基地撤去の思いを共有した。正面は辺野古の文子さん。基地・軍隊を許さない行動する女たちの会の高里鈴代さんが訴えた。

思いをひとつにこれからだ。がんばろう。












16年6月8日 東京 世田谷 沖縄報告会

辺野古・大浦湾の現場から-今、沖縄から問いかけたいこと 東京で考え、動き出すために-

日時:16年6月8日(水) 18時30分~21時(時間厳守)。

場所:世田谷市民運動 いち事務所(小田急線豪徳寺駅、世田谷線山下駅下車5分)

報告:山本英夫

参加費:500円

定員:先着25名(狭い会場ですがご容赦ください)

主催:世田谷市民講座

連絡先:いち事務所(世田谷区豪徳寺1-41-6) 03(3706)7204

 

今回の報告会は新基地建設を巡る国と沖縄県の「和解」から来る参議院選挙を焦点にするはずだった。しかし4月28日夜に元海兵隊員が犯した女性への暴行・強姦・殺人・死体遺棄という凶悪事件は沖縄の声を大きく変えている。日米政府は沖縄をあくまでも軍事拠点に押し籠めるが故に、とうとう沖縄の雄たけびがあがり、海兵隊の全基地撤去、日米地位協定の抜本的な改定に向かうだろう。

 こうしたときに、東京で動く意味をあらためて考えたい。私達が問われているのは、単なる沖縄への連帯・支援ではない。沖縄への罪責を明らかにしながら、かかわり直して行くことだ。そのためには、沖縄と「日本」の歴史の歩みの違いに気づき、「戦後日本は平和だった」という幻想を抉り出さなければならない。無論「代執行訴訟」から「和解」を経てどうなるかにも触れていくが、厳しい状況はますます強まるだろう。

 沖縄の問題は、東京の問題に直結してい。あなたの私たちの問題。何しろ根っこは東京にあり、人々の命と生涯を絡めらとれかねない問題なの

 私たちは従来どおり米国べったりでいくのか、アジアの人々と共に生きうるのか、ここが問われている。安倍政権を今、追い込めなければ、私たちの未来も真っ暗闇に陥るだろう。新たな一歩を踏み出すために共に考えよう

 

 

既に真夏。暑さの中で(16年5月27日)

16年5月27日晴れ。完全な夏の暑さ。へばる。

 それでも来訪者はしばしばお出でになる。誰も来ないときは居眠りして、来たら話す。そんな1日でした。11時前に写真家の嬉野京子さんらご一行が。沖縄に長年撮影続けられてこられた大先輩格の方。彼女等の今回の日程をうかがってから話し始める。他の現場とつなげていくことと、彼女がとってきた歴史を重ねながら、今にいたる現状を説明。特に眼前の基地問題と事件の関係を分かりやすくと思うのだが。日米関係の歪みと、2重に支配されている沖縄。ここから抜け出す道を共にと。

 ご質問を受けて、名刺交換。主だった方々と握手も。嬉野さんとも。

 今日もヘリ等飛んでいた。ただ演習場の音はきこえてこない。

 15時過ぎに大阪のグループが10数名。16時テント片付けてから東京の女性3名。「戦場の止み」を見てきたと言われては、少々話さないとならない。10分余り。

 自分で関心をもった方々だから、どんどん吸収して、考えてもらいたい。

 もはや真夏。皆様水分・塩分補給を怠りなく。熱射病、日射病にご注意を。無論日焼けにも。

我が物顔のオスプレイ(16年5月26日)

16年5月26日 曇のち晴れ

10時50分頃から射撃演習の音が聞こえ出す(終日)。12時前後、大型ヘリ1機が沖合いを行ったり来たり。

13時ころからオスプレイの騒音がテントの裏手、つまり沖縄高等専門学校の奥から聞こえ出す。13時37分、その音が大きくなる。テントから外に出て、海側50mの場所で飛び出さないかと待ち構えたが、でてこない。低空でホバリングしているのだろう。

14時16分、デター!我がテント上空を飛ぶ。私はてっきり左側かと思えば、右だった。T君がこっちだと叫んでくれたお陰で取り逃がさなかった。

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溢れた。3枚押した。

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2枚目は少しカメラを右に動かしたが、それでも溢れている。ちょいとシャッタースピードが遅すぎた。

それでもテントからカメラを掴んで、飛び出して、自分の方向を左から右へ大きく変えて、撮ったのだから、まずまずだ。感度、絞り、露出補正は先ほど海の上で準備しておいたまま。

 来訪者は午前中、関西のD大OB・OG会17名に私が説明。比較的きちんと聞いていただき、質問も出た。

 11時ころ、米国籍と韓国籍のご兄弟がこられた。通訳は時々ゲート前に来ている学生。通訳を通して伝えるのは本当に難しい。「日米地位協定」とかの英語がすらっと出てくるとか、大変だし、沖縄の歴史の基礎知識がないと、すらっと翻訳するのは、難しく、3者(私と通訳者とご兄弟)でいったりきたりさせながら、1時間以上話しあった。

 長野から来た数人のグループは、ひとりひとりが自分で考えてきたことがよく分かる反応。ぱん、ぱんと伝わると、嬉しいですね。逆に言えば、普段言葉をもっと丁寧に伝える努力をしないとなかなか伝わらないのだろう。そうすると、もっと時間がかかるわけだが。

 皆様、最低30分、できれば60分ぐらい聞く気できてください。御願いします。10分だとガイダンスのみ。

2016年5月27日 (金)

あの凶悪犯罪に対する米国の態度?

 16年5月27日現在、在日米国大使館の那覇領事館や在日米国海兵隊は、あの事件について一言も発していません。明日、28日海兵隊のトップが記者会見を行なうそうです。何を言うか?注目しましょう。オバマ大統領が謝罪したと言う立場のようですが、本気で変える気はなさそうです。許されません。

ttps://twitter.com/mcipacpao

なお島尻安伊子参議院議員も今日も何ひとつ事件関連の書き込みナシ。ただし本日27日、18日以来新たな報告記事が載っていました。いい加減に立場をはっきりさせたらどうか。

2016年5月26日 (木)

沖縄の人人を愚弄し、切り捨てる茶番劇を押し返そう

 16年5月25日夜、急遽、アベ首相はオバマ大統領と会談し、共同記者会見に臨んだようだ。一体何をめぐる要請行動だったのか、私が報道を読む限り、俄かに判じがたい。

 これは安倍がオバマに申しいれたものだろう。まさかオバマが安倍に申し入れたのではないだろう。事件は元米兵の拉致・傷害・強姦・殺人・遺棄事件に関わる問題だ。

 安倍さんは、なんと言って抗議したのか? そもそも如何なる性格の事件なのか、きちんと押さえているのか、はなはだ疑わしい。犯罪形態に残虐性が伴い、日米同盟の信が問われかねないから遺憾なのか、そもそも米軍の沖縄に対する傲慢な見方を糾し、兵隊に対する管理・教育の責任を問うたのか。女性に対する蔑視を糾したのか。どうみても、安倍政権は日米両国の力の差を見据え反省する立場に立とうとしていない。屈従したままでの「抗議」では何の意味もない。

 オバマも遺憾の意を述べながら、謝罪の意を表明していない。具体的な解決策など窓の外に放り出したままであり、相も変らぬ日本政府の屈従ぶりに胸をなでおろしているだろう。

 こうしたことは地位協定の改訂にお互いが一歩も踏みこまなっかたことに露骨に現れている。いうまでもなくこうした犯罪は直接政府が行なうものではない。だからこそ、米国政府の兵隊・軍属への管理責任が問われるのだ。日本政府の日米地位協定に拠る米軍兵士と軍属に対する治外法権ぶりの改訂に踏み込まなければ、何も始まらない。ここをスルーした会談など、茶番劇に他ならない。

 何故こんなことが罷り通るのか。両政権の沖縄への差別・蔑視であり、国家の「安全保障」こそが崇高だとの信念があるからだろう。

 こうしたことは、私達が日々基地の内外で見ていると、彼ら彼女等の傲慢な態度に、いやそもそも、へらーとした見下した態度に示されている。やつ等の天下人意識を改めなければ、議論にもならないだろう。私たちはこうした態度を拒絶する。

 追記:今私が書いたことは「日本」の中ではなかなか理解されていないようだ。だからダメなのだ。こうした温度差の解決は、如何したら可能か?

 

遺棄された現場で、哀悼をこめてきた(16年5月25日)

私達は辺野古から嘉手納に向かうのだが、あの現場に立ち寄って、哀悼を捧げようと衆議一決。国道329を南下して、キャンプハンセンの手前を右折。県道104を行く。案外交通量は多い。前をバイクが行く。多分同じ目的だろう。

 喜瀬武原を越えて右折のカーブ沿いにに花束が置かれている。

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現場はこの奥だ。私達6名も手を合わせる。

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お友達だろう。追悼のメモが。これからだというのに、これからの人生を奪われたのだ。

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この奥が遺棄されていた現場。先ほどの場は、左手前方。警察が捜査で下草等を刈ったようだ。

マスコミもきていた。

 それにしても、あと数百メートル行くと、人家があり、リゾートホテルがある。その手前の山林なのだ。よくも夜間に捨てたものだ。いや殺して、明るくなってから捨てに来たのかもしれない。

 痛ましさが増し、許せない。

軍の日常が続く中で、抗議集会を打ちぬく(16年5月25日)

2016年5月25日曇時々晴れ

 今日はシュワブゲート前で、嘉手納で抗議集会を打ちぬく。私は辺野古テントから徒歩でゲート前へ。

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イジュの花を撮ろうと歩いたが、ノボタンが美しかった。心が洗われる。

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9時52分。新ゲート前。すでに海兵隊が通常通り動いており、これを守る機動隊が抗議活動を規制。

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9時55分。国道329を行く海兵隊火薬運搬車。

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10時から集会を行なうため、門前行動を収める。機動隊が下がる。ふっとみれば、軍ガードマンの腰に拳銃が。

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基地内で警備に当たる県警。右のカメラは海兵隊

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10時7分。集会開始。大型トラックが入る。

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亡くなった女性に黙祷を捧げた。10時8分。

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開会に当たって山城博治さんが檄を飛ばす。絶対に許さない、基地撤去を訴える。

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基地・軍隊を許さない行動する女たちの会の高里鈴代さん。20年前の闘いが不十分だったと悔やむ。2度とあってはならないと決意を新たにする。

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ヘリ基地反対協議会の安次富浩共同代表も、語気鋭く決意。決して造らせない。

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親川敬県議立候補予定者も物静かにマイクを握る。知事と稲嶺進市長のパイプ役として働き、新基地建設を許さないと。ここの現場をかかえる県議の意味は大きいだけに、彼の活躍を期待したい。

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伊波洋一参議院選挙立候補予定者。私も95年の事件のときから、県議、宜野湾市長としてやってきたが、及ばなかった。2度とこんな事件を起こさないためにも基地は撤去しかないと。

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高江の安次嶺現達さん。あの事件は許せない。北部訓練場でも徹底的に米軍に抗議していくと。

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ゲートに面する前で抗議。悔しさがにじむ。

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しかしいつもどおり、歌も歌う。哀しんでばかりではいられない。

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ゲート前のオレンジライン際で

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集会が終わると大型トレーラーがでてきた。この琉創運は基地建設に一貫して関わっている会社。フロートなどを出しているのかもしれない。

後ろの緑のトラックには鉄筋廃材が満載。これは解体した兵舎の鉄筋だろう。工事は蠢いているのだ。許すな!













心を繋いでください

 昨晩は、もうダウン。暑さと心が痛い。

 やはり、ひとりひとりが、心を繋ぐしかないでしょう。これは「オトモダチ」のやることではないし、あいつはあいつだが、自分たちは「オトモダチ」だというのであれば、まづやるべきことがあるはず。米軍が喪に服して、演習も中止するのが、せめてもの態度です。米軍の中に何が起こったのかも、伝達されていないと思います。

 今、私たちひとりひとりが我に立ち返って、考えるべきときです。このまま、軍との「共存」を絶対化するのか、見直すのか。

 東京でも5月25日に官邸前に400名が参加したようです。また各地でも行ったことでしょう。そして今日も下記のとおり、報告会が開かれます。心を繋ぐために、ここから私達はどこに向かうのかを考え直すためにお集まりください。

 安倍さんの戦争する国づくりとは、なりふりかまわずに人を殺せる国になることであり、一般の人もそれを平気になり、殺人を殺意を煽る社会に生きることです。これは「国家の正義」だからオーケイじゃないのです。「国家の正義」といわれれば言われるほど、私たちは疑うべし。

◎「女たちは怒っている!沖縄女性殺害に関する緊急集会」

 沖縄で、女性が元米海兵隊員の軍属によって強かんされ、殺害されるという凄
惨な事件が起きてしまいました。
  基地がある故に、沖縄の女性たちは、長年にわたって米軍関係者による理不尽
な暴力の標的とされています。政府は、こうした事件が起こる度に「再発防止」
や「綱紀粛正」に努めるとしながら、事件の防止が出来ていないばかりか、「基
地を撤去せよ」という沖縄の声を無視し続けています。

 繰り返される米軍関係者による事件に、沖縄の怒りは頂点に達しています。こ
れ以上痛ましい事件を起こさないために、結集するときです。基地・暴力を許さ
ない女性たちの怒りの声を上げ、沖縄と連帯しましょう!

 ぜひ、ご参加ください。

■日時:5月26日(木)17:30~19:00

■場所:参議院議員会館 講堂

■司会・進行 福島みずほ参議院議員

■沖縄からの報告  糸数慶子参議院議員

■発言(予定)落合恵子さん、国会議員、性暴力問題に取り組むNGO、キャサ
リン・ジェーン・フィッシャー(横須賀米兵被害者・サバイバー)ほか

■問い合わせ先:
福島みずほ事務所Tel03-6550-1111
糸数慶子事務所 Tel03-6550-0712

2016年5月25日 (水)

今日は長いしがんばっている

 先ほど一旦帰ってきました。午前中、シュワブゲート前での抗議集会。この場で、私たちの仲間1名が軍警に拘束されました。またどうなるかと気をもんでいましたが、15時45分ころ無事に釈放されました。良かったです。先ほど当人にも会いました。

 午後の嘉手納基地第1ゲート前での追悼と抗議集会は4000名が参加。熱気あふれる集会になりました。私達は嘉手納に行く前に彼女が遺棄された場に立ち寄ってご冥福を祈ってきました。キャンプハンセンの演習場が終わり、人家が出てくる前の森の中です。下見して、ここなら遺棄できるとあたりをつけていたかの場所です。夜間であれば真っ暗だったはずです。今日は明るかっただけに、明暗の落差を思います。

 詳細の報告は写真をあげながら。これから県議選の総決起集会に行ってきます。県議選27日が告示日です。6月5日投開票日。必勝態勢ができないといけません。こんな事件を繰返さないためにも。頑張ります。

これは何処でも起きる事件なのか?!

 確か一昨日(5月23日)こんなツイッターを見た。「この事件は何処でも起きうる」。元検事の今弁護士の男の発言だ。

 これを読んで私は腸が煮えくり返った。お前は何様なのだ!!たしかに如何なる事件も何処でも起きると言えなくはない。しかし、考えても欲しい。テロはワシントンでもマドリードでもパリでも起きたし、東京でも起きるかもしれない。何故か?米国がイラク戦争を起こし、広く中東の世界を掻き乱したからだ。この何処でも起きるという現象は明らかに同じ原因に根ざしているのだ。この関係を押さえずにテロからの解放(解決方法)はないはずだ。

 沖縄の問題をテロと同列に論じるのは、いくらなんでも言い過ぎなのか。しかし待て。根っこの問題を遠ざけるようなモトケンの発言は全くいただけない。否、冗談じゃない!沖縄が米国と日本国によって蹂躙されてきた結果であり、米軍の占領と駐留と、やりたい放題を放任してきた日本政府の責任は限りなく重く大きい。このことについては私が先に触れてきたとおりだ。

 何故外国軍隊(軍人・軍属)が基地の外でも自由きままに闊歩できるのか。却って、住民が気をつけなければならないのか。この逆転されている関係こそがおかしいと気付くべきなだろう。こうした土台のゆがみを直すことは急務なのだ。否、遅すぎたのだ。そのうえで、彼らには出て行ったいただくことだ。なにしろ安倍政権は沖縄に米軍基地があっても住民自治を侵害していないと言い切っていた。基地・「安全保障」は「国の専権事項」だとも言っていた。もしもこのとおりならば、安倍政権が米国・米軍に謝罪を申し入れたり、解決策を要求することは不可能だということだ。無論、島尻安伊子沖縄担当大臣も同様だ。

 彼らが真に改心するとすれば、自民党をやめるしかないはずだ。さて、どうするのだ。

 以下は補足。私には娘はいない。ただ兄妹の娘、姪がいる。もし彼女たちがこんな事件にあったとしたら、私は犯人をぶち殺してやるだろう(まぁ、まぁ、まぁ)。

 沖縄戦で亡くなった人は4人に1人の割合だといわれている。それだけ今生きているうちなんちゅの人たちは、自分が今生きていることの意味を感じているはずだ。事件があるたびに覚醒させられているだろう。だからこそ、私も命どぅ宝だと考えている。

今日もオスプレイが低く飛んだ(16年5月24日)

2016年5月25日晴れ

今日は私のドジから午前中、大童。今日までの約束を果たすことができた。13時50分ごろ辺野古テントに到着。暑い。

 漸く昼食をあけていたらオスプレイが2機、豊原沖を低空で飛んできた。慌ててカメラを出して、撮影準備。それっ!11枚。

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豊原の上を低空で飛ぶ。ここから高等専門学校奥のヘリパッドに向かうのだろう。ヘリモードであり、車輪を前後共に出している。

この場に宜野湾の方がいて、これが夜10時過ぎにも飛んでいるのと、うんざりの様子。たまらないですよね。

2016年5月24日 (火)

翁長知事、首相にオバマ大統領との直訴を申し入れる

 今回の凄惨な事件がおきてしまった中で、翁長雄志知事は、昨日(16年5月23日)政府側からの会談要請に応じた。10数分間の会談だったらしい。冒頭の着席までの無音のシーンのみが報道陣に公開された。

 知事は、これには私が愕かされたのだが、この会談でオバマ大統領に直談判を申し入れたのだ。首相はこれを無視。そうだろう。地位協定の改定はもとより、新基地建設の見直しすら従来どおりで押し切る態度なのだから。ここに日米首脳会談(26日で調整中)、サミットの主催者の顔を押し出しての7月の参議院選挙での勝利を確実にして、改憲にGO!の彼らの政治プログラムは瓦解するだろう。

 会談後の知事は、「今回の事件は絶対許されないと申し上げた。綱紀粛正や徹底した再発防止というのは、この数十年間何百回も聞かされた。しかし現状は全く何も変わらない。安倍内閣はできることはすべてやると、いつも枕言葉のように言っているが、私からすると、できないことはすべてやらないという意味でしか聞こえないとの話をした」。実にリアルでクリアな応答だ。私はこれを読んで涙が出た。

 「日米の間に沖縄が入らないと基地を支えている県民の思いは届かない。今回の事件を考えても、もう心のなかに押し込めることができないくらい爆発状態だということを官房長官に伝えていただきたい」などとインタビューに応じた。

 ここまでくると、翁長知事の本気度がめらめらと伝わって来る。必ずやこれまで日米同盟の楔の中で押し込められてきた沖縄の現実を変えるのだという本気度が脈打っている。

 他方、沖縄県議会をはじめ、多くの沖縄の市町村議会が抗議以上の決議の準備に入った。オール沖縄会議は、6月19日に数万人規模の県民大会の開催を決めた。明日5月25日14時から嘉手納基地第1ゲート前での3000人規模の集会もうつ。

 沖縄は新たな段階に入った。「日米安全保障」に呻吟され、命を人権を侵害されてきた沖縄が、いよいよ差別政策許さんぞの段階に入ったのだ。

 基地撤去、海兵隊の削減、地位協定の抜本的な見直し、実効力ある再発防止策等が当面の課題になるはずだ。

 キャンプシュワブのゲート前では今日も米軍車両の出入りに烈しく抗議していた。沖縄県民の怒りがあちらでもこちらでも炸裂していくだろう。ガッテンナラン!!

 明日5月25日10時から、キャンプシュワブゲート前でも大抗議集会をもつ。ご参集ください。

気持ちがずんずん重くなる

 今朝、急用ができて(自分のドジで)、辺野古に出かけるのは遅くなる。忌々しい。

 翁長知事がすごい。昨日の安倍首相への抗議で、こう言いきった。サミットで来日するオバマ大統領に直接申し入れたいと。その上で、「安倍内閣は『できることはすべてやる』といつも枕言葉のように言うが、『できないことはすべてやらない』としかきこえない」、「地位協定の元では米国からの独立は神話であると言われているような気がする」などと強い憤りをもって、地位協定の改定を求めた。

 どう考えても、これまでの知事が首相に、こうあけすけに言わなかった言葉だ。しかし翁長知事はこう言い切った。立場上の遠慮など関係ない、と覚悟を決めざるを得ない事態だからだ。負の歴史の積み重ねを放置できないからだ。人間の命を尊厳を守れなかったからだ。

 どうか、皆さんも、知事がここまで言わざるをえない事態、沖縄の人人の怒りに向き合って欲しい。私はこう思うと同時に、自分への苛立ちも強く感じる。沖縄に通い始めて24年+住みだして3年。何をやってきたのだろうと思うのだ。

 事件や事故が起きるか起きないかの問題と、その可能性を常にはらんでいる現在の沖縄の現実の中で、基地撤去の動きはまだ始まったばかりだ。新基地建設阻止の闘いばかりか、やるべきことは山のようにあるのだ。どこから自分はてがけていけばいいのか。

 因みに自宅のそばで暗くなりかけた時間から、女性が一人、二人でジョッキングをしている姿を見るたびに、大丈夫かと思うのだ。このへんは、米兵らは多く住んでいない場所なのだが。

 ことは単に先鋭なことをやればいいのではない。その奥に潜んでいることを明らかにして、やらねばならないのだ。感情の整理と論理の整理、この両方ができなければ、撮影も説明も執筆もできない。しかし現場に立たなければ、整理は不可能だ。闇が積もり積もって行く。焦って空回りしてもしかたがないので、着実にやりたいのだが。

 今日の沖縄タイムスに、女たちの戦争と平和資料館の池田恵理子さんが書かれている。「(前略)やはり沖縄から離れた私たち本土の人間は、(沖縄の)現状を知らなさ過ぎる。軍隊の構造が性暴力や凶悪犯罪を引き起こし、沖縄の人人に負担を押し付けている。政府は問題の沈静化にやっきだが、自分の国でおきている性暴力の歴史と現状を理解し、本土の人間が声をあげる番だ」。

 実に彼女達の取り組みの中から出てきた発言だと思う。こうした声(エール)をいただいて、真にありがたいと思う。私も頑張りたい。

今日は晴れ(16年5月23日)

2016年5月23日 晴れ 風が心地よいほどに

21日、22日と辺野古テントを休んだものの、ブログ書きに追われて、自分の仕事はいささかも進まず。その分、多くの方が見ていただき、転載の許可を求められました(有料)。ありがとうございます。

この2日間で異変もおきています。浜のフェンスは毎週月曜日に取られていましたが、金の20日に取られたようです。今回の事件が関係あるのるかもしれません。来訪者もボチボチ来ておりました。

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12時32分。河口沖。海兵隊大型ヘリ。

孝子さんが張り切ってバナーを張ってくるというので、後で見に行った。

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丁度関西からの20名弱の来訪者が行ったので、警備員がでてきた。青の人。

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ハマゴウが咲いています。群落を撮ると地味になりすぎるので、背景を入れてやると見栄えがします。

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孝子さんの作。明解です。

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ドハデ。パッチワークだそうです。

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こんないい意空なのに。この空の下で、人を殺めることの不条理を思う。軍隊をなくす、基地をなくすのが筋道であり、だから、こんなフェンスもいらない。

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これに尽きるのだ。背景左が兵舎であり、右が防衛局の工事推進本部。

今日もゲート前では米軍車両を止める闘いが終日行なわれた。米軍は出て行け!なのだ。


追記:今日も海上行動行ないました。半日。フロートの撤去ですが、20日に完了と書きましたが、事実誤認でした。23日に辺野古崎と長島の間を外したようです。改めて訂正します。






 

2016年5月23日 (月)

元米兵による凶悪犯罪の発生への閣僚、議員の向き合い方

 元米兵が沖縄で起こした性暴力・殺人・遺棄という凶悪な犯罪に対して、私は島尻安伊子沖縄担当大臣(参議院議員)の言動について、若干言及してきた。今朝の沖縄タイムスに新しい情報が出ていた。

 5月20日、4閣僚による関係閣僚会議で緊急対処策を議論したようだが、これを要請したのは島尻大臣だと。渋る管官房長官を説得して、閣僚会議を開いたようだ。また、首相が翁長県知事と会うことになり、被害者の告別式にも島尻大臣が自分は参列するが、防衛省も参加すべきと提言したようだ。結果として中谷防衛相が参列。

 島尻さんは、22日「残忍卑劣。暴行目的であれば、1女性として犯罪への嫌悪感を大変強く感じている」とのべたそうだ。さらに「自分の気持ちの整理もつかないくらいだ」と強い憤りを示したそうだが、ではどうするかについては、口を噤んでいる。

 そのせいか、彼女のホームページを見ても、5月18日から更新されていないし、本件についての言及はないままだ。よほど動揺しているのだろうか。

 ほんとうに、嫌悪しているのであれば、本件について正面から向き合い、せめて実効力のある再発防止策をまとめなければなるまい。自らが沖縄に多くの米軍基地の駐留を前提にし、やりたい放題を野放しにしてきた事実をどう考えているのかをコメントしなければなるまい。

 他方、いけしゃーしゃーと21日の告別式に出てきた、中谷防衛大臣は、何故か告別式への参列に触れぬまま、米国に憤りを伝えたと自らのホームページに書いている。

http://www.nakatanigen.com/katsudo/

日米で真剣に取り組むとあるが、何処まで真剣なのか私は注目している。

島尻さんは参院議員選挙も近いことだし、早急に彼女の方針を明示したほうがいいだろう。

いよいよ7月の参議院選挙が近づいてきた。皆様も、それぞれの候補者が何か言っているのか、沈黙しているのか、それはなぜなのかを吟味されて投票することを私は御願いしたい。

緊急抗議集会に行ってきた(16年5月22日)

 何とか無事に緊急抗議集会に行ってきました。高速バスで喜舎場で下車して石平まで徒歩15分ぐらい。キャンプフォスターのゲート前に皆さん三々五々お集まりでした。事件が事件だし、サイレントデモ、スタンディングでもあり、機動隊は控えめ。MPと軍ガードマン、警官が基地の中に、感じ悪くたむろしていました。

 呼びかけ団体の皆さんが、ゲート前にいます。

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糸数慶子参議院議員(基地・軍隊を許さない行動する女たちの会)もいらした。

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ママの会の親子も。

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今日の趣旨を説明する高里鈴代さん。左は那覇市議の宮城恵美子さん。

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もはや「米軍の撤退」を掲げざるをえなくなったのです。こんな事件を根絶するために、ほかに術がありますか? 沖縄の人たちは、もう黙っていられないのです。

あの95年9月4日のレイプ事件から21年、56年の由美子ちゃん事件から60年、3月の準強姦事件から2ヶ月も経たなかった。由美子ちゃんは、当事5歳。5歳だよ。犯されて殺されて、ゴミ箱に投げ捨てられていたのだ。

私自身、95年以降、何度こうした場面に立ちあってきたのか。震えます。

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ゲート前の反対車線の歩道から。静かに掲げました。

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ここも道路の両側が米軍基地。わざわざでかい望遠レンズをもって、私たちを威嚇・挑発。800ミリぐらいでしょうか。私たちの面割りです。左のカメラは動画。

彼らは自分等が何をしたのか、分かっていないのか、余りにも無神経。こういう場面を見ると私は怒りに燃える。

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この二人。多分軍警です。

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この一字に尽きます。これを守れない沖縄。否、これを守るために踏ん張るしかない。

私の友人の息子さんは昨晩プラカードをつくったのだが、あせったらインキが垂れたと、笑っていた。そんなところにも、彼女と同世代の彼のワジワジしている様子が窺えました。

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ゲート前の道路の両側での意思表示。此方を向いているのは、先ほどのカメラを怒っているから。

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キャンプフォスターに向かって掲げる。4軍調整官に届けとばかりに。

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ゲートの脇で。左の帽子の男性が叩く傘が怒りを禁じえない様を確実に表現していた。正面の女性のジャスティスも。この権利の主体は私達だと明示。

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前から撮り直しました。

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ゲート前でのサイレントの行進は、最後には怒りのシュプレヒコールになりました。悲しみと怒りがこみあげています。

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ゲートの中。正面の2名が軍のガードマン。左は先の男。右が県警。沖縄ではこの3つがつるんでいるのだ。ここにも日米同盟があり、こうした弾圧網を無力化していかなければならないのです。

15時10分、コンチクショーと思いながら再びバス停まで歩きました。














2016年5月22日 (日)

どうやったら動かせるのか? 私達が動かなければ、動かないの

 今日(16年5月22日)石平まで高速バスで出かけた。途中でMさんが乗ってきた。暫く話したのだが、彼女の話では、今次暴行・殺害事件について、ゲート前などで猛烈に抗議しているとフェイスブックに書いたら、「知り合いからデモしても変わらないでしょ」と返ってきたと。沖縄のことは伝わっていないのだと改めて思ったと嘆いていらした。

 1からお話しなければならないのだろう。新基地建設を止める闘いも皆がここまで頑張ってきたから、まだ埋め立てられていないし、大幅に遅らせてきた。ステップ・バイ・ステップでやってきたのだ。犠牲者がまたまた出てしまい、痛恨の思いだが、全基地撤去に踏み出す道筋が見えてきたのだ。

 沖縄で何故何のためにやらざるをえないのかを、考えてもらいたい。真剣に。

 ところで、昨日の東京での警視庁前の行動を先ほどレイバー・ネットさんの報告で拝見したが、果敢に闘われたようだ。特に警視庁前では機動隊との攻防がすさまじかった。これを皆が押し返して、奮闘して場所を確保して、やりきったようだ。辺野古リレーの皆さんのねばり強さに敬意を表したい。特に目立つのは、最近辺野古通いしている人達の頑張り。そして従来から沖縄の闘いをやってきたメンバーもさすがです。一糸乱れぬ団結の力。

 私達が動かなければそもそも動かないが、動けば動くのだよ。動かすのだ。団結の力が今こそ重要なのだ。

花とテイーダ(太陽)に励まされ(16年5月22日)

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16年5月22日18時30分頃名護市内

 キャンプフォスターのある石平での追悼・抗議集会の撮影から帰ってきた。私は今回の事件に対する集会等に初めて行けた。その報告はこれからするが、やはり重い。こういう事件を何回取材するのかと思えば、気がめいる。

 そんな気分で歩いていたら、あら、きれい!丁度夕日が射しており、感嘆しながら撮った。命を奪われた彼女は、こうした光を光景を見ることができないのだ。改めて無念の思いを抱く。

 しかし私達は、花とティーダをめでることができるし、そうした力に支えられて、生きて生きたい。不条理極まる暴力を根絶していこう。ここから逃げずに。

さてと、追悼・抗議集会にでかけます。(16年5月22日)

 今朝も私は新聞にかぶりつきで関係紙面を全部読んで、自説を書いた。昨日今日と、6月の予定の準備をするために辺野古を休んでいるのだが、まったく手がついていない。

 昨日は16時ころ琉球新報を買おうと思ったが、既に売り切れていた。何箇所かのコンビニを回ったのだが手に入らなかった。ここ名護市内には、被害者にされた女性の友人・同級生・同窓生が多い地域であり、まさかのことに愕然としているのだろう。

 今日これから、キャンプ瑞慶覧の石平(北中城村いしんだ)の4軍調整官の居るゲート前で14時~追悼・抗議集会が予定されている。呼びかけは「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」(高里鈴代、糸数慶子共同代表)などだ。

 私もこれに参加しながら撮影をしてきたい。今日の行動は追悼を中心にするらしく、静かにスタンディングを行なうようだ。白か黒の衣服で参加するようにとある。今日の空模様は怪しいので、今ザックに入っている真っ赤な雨具を、地味な雨具に入れ替えていかなければ。

 しっかりと撮ってきます。

 東京でも昨日、辺野古リレーが集会を行なったり、幾つかの取り組みが行なわれている。また、私宛のメールが届き、今回の事態を嘆き、許さないとの声も届いている。

 沖縄のことを無関心で来た私たち自身もある意味共犯者だと思えば、つらさが増すが、だからこそ、しっかりとはっきりと判断して行動していかなけれなならない。

何故おぞましい事件が繰返されるのか?

 昨日(16年5月21日)、米軍属に殺害されたうるま市の女性(20歳)の告別式が名護市内で執り行われた。親戚、友人・同級生など800名が参列したと報じられている。その場は悲しみに包まれ、あまりのやるせなさに悲嘆にくれていたであろう。沖縄タイムスには「父悲嘆」とあるが、母はそれどころじゃないだろう。

 他方、容疑者への取調べの中で、驚愕するしかない事実が明らかになりつつある。容疑者は棒と刃物とスーツケースを事前に用意し、レイプする相手を車で2,3時間探していたようだ。これは計画的な犯行だろう。その途中で被害者をみつけ、棒で殴って車に連れ込んだようだ。

 一体どうしたら、こうした犯行に及べるのか、私には想像できない。やり方が1から10まで、暴力的であり、相手をまったく人間としてみていない。

 この容疑者には、お連れ合いもおり、子どももいる。如何なる闇がこの男を捕まえて、こんな凶行に及んだのか、はかりかねる。それにしても、許しがたい。

 沖縄で繰返される米軍人、軍属による凶悪事件の数々。何故これほどまでに繰返されてきたのか。更に今回だ。事件が起きるたびに、日米政府は形ばかりの「謝罪」と「綱紀粛正」を繰返してきた。沖縄県民の多数が要求してきた基地の撤去と日米地位協定の改定は行なわれてこなかった。日米政府と米軍は、事件を深刻に捉え、反省してこなかったのだ。それどころか新基地建設まで「負担軽減」なる甘言を垂れ流して強行しようとしているのだ。

 だから日米政府高官がどんなに謝罪しても意味はない。日本政府高官が形だけの抗議をしても意味はない。一体何故こうした事件が繰返されているのか、ここを押さえて、実態を検証して具体的な解決のめどを立てなければ、どうにもならない。

 沖縄戦から71年が経ち、1972年の沖縄が日本に帰属してから44年が経つ。特に日本の政治家と官僚は学習能力がなさ過ぎる。否、米国様の僕だから沖縄の人人のことなど、視野に入ってすら居ない。地位協定をまったく変えようともせず、タダタダ思いやり予算をつけ、新基地建設も全部つくって差し上げますの態度が、米国-米軍・米軍人・米軍属を増長させてきたのだ。安倍さんが言う主権国家とは「米国貢献国」日本のことなのか。

 そして兵隊とは何者か、ここが大問題だ。今回の容疑者は軍属であり、元海兵隊員だ。兵隊の教育は命令に従い、個を捨て、人を躊躇なく殺せることだ。相手かまわずぶち殺すことだ。これができるものが「英雄」になれるのだ。そして米軍は海外での戦争を繰返してきた。残忍な殺戮を繰返してきた。こうしたことが兵隊の身に心に刻まれているのだ。

 兵隊、元兵隊はこうした心の傷を負いながら、それぞれの「戦後」を生きているはずだ。

 沖縄では、基地と市街地が余りにも近接している。米兵の基地外の住居も多い。こうした現状がありながら、日本の、沖縄の行政は米兵等が何処に誰が住んでいるかの把握もできない。彼らにはパスポートもなければ、外国人登録もない。住民票があるわけないだろ。

 事件・事故を起こしても基地の中に逃げ込めば、セーフ。地位協定はこんなことを保障しているから、彼らを増長させるのだ(今回は公務外であり、警察が先に身柄を確保したので、何とか取調べができている)。否、事故を起こして飛行機が民有地に落ちても逆にその周辺を占拠できるのが今の米軍だ(04年8月13日の沖縄国際大へのヘリ墜落時など)。こうしたことを放置してきたのが、悲しいことに日本政府であり、自民党などの政党だ。無関心な国民の世論も同罪だろう。「日本」のマスコミもだ。

 こうなれば、沖縄の全基地撤去の声を発するのが当たり前だろう。無論、新基地建設は白紙撤回するしかないのだ。

 

2016年5月21日 (土)

性暴力・殺人・遺体遺棄事件に対する政治家の態度と資質

 本日16年5月21日は9日ぶりの休養日のはずだった。しかしどうにも重くて半端な感じ。在宅仕事にゴー!とはいかない。

 島尻安伊子参議院議員はどうしているのかと、彼女のブログを拝見したが、何も書かれていない。20日に開催された関係閣僚会議に彼女はでており、事情を知りませんはありえない。

http://shimajiriaiko.ti-da.net/

ご覧の通り、16年5月18日から更新されていない。「台所から政治を変える」人のこれが本性でしょうか。そこでもう一度政治家各氏が何を言っているのか改めてみておきたくなった。

 菅官房長官は「将来在る若き女性に対する米軍属の残忍で凶悪な事件の発生は許しがたく言語道断である。強い憤りを覚える」と断じたそうだ。そのうえで「政府として今後とも沖縄の皆さんの気持ちに寄り添いながら、できることはすべてやるとの方針のもとに負担軽減に全力で取り組む考えだ」。

 島尻担当大臣は「在日米軍が集中している沖縄で、米軍の関係者により、尊い人命が喪われたことは極めて遺憾である」と述べた。だが(普天間飛行場の移設問題に影響するかと)問われて「そういうことではない」だと。

 お二人とも、あたかも憤ってみせているが、結局のところ今次の事件に対する洞察もなければ、実行力のある方針もない。

 もしも本気で「沖縄の皆さんの気持ちによりそう」ならば、沖縄の民意を完全に無視したり、「辺野古が唯一」と繰返したり、オスプレイの飛行について、ご自由にといったりしないだろう。このような事件が起きるたびに「綱紀粛正」だけで済ませなかったはずだ。何をやったのか、何をやるのか、これが肝心だ。

 安伊子さん、遺憾ならば、遺憾らしく、具体的に見直したら。殺された人命は帰ってこないのだ。そこの悔しさがなくて、「遺憾」?沖縄担当大臣ならば、沖縄のイベントではしゃいでいるばかりでなく、シビアな局面で何をするかだ。

 こうした傾向は他の自民党国会議員も同様だ。「怒りを禁じえない」のならば、具体的に動いて欲しい。事件の温床である基地の推進・維持を党是としている自民党をやめるのが筋だろう。いやと反論するならば、具体的に何をどう考えるかを明解な言葉で述べるべし。

 神奈川の某自民党県議のように沖縄の基地反対を叫ぶ「きちがい」などの発言をどう考えているのか、聞いてみたい。http://matome.naver.jp/odai/2146375016738897501

 自民党国会議員の皆さん、「沖縄県民の怒り」と口々に言っているが、沖縄の怒りをかきまわし、分散させ、押さえこんできたのは、あなた方だろう。それが「普天間の辺野古移設論」だし、「県外移設」の公約破棄の無様な姿じゃなかったか。。ウソ八百は、もはや沖縄では通用しないのだ。

 米兵・米軍属の犯罪(特に凶悪犯罪)をどうしたらなくせるのか、国会議員の皆さんは、きちんとした回答をする責任があるのだ。えばりちらかして、「負担軽減に全力で取り組む」菅さんよ、いいかげんにせい! 沖縄の人人に「負担」の真実を聞こうともしない、こうした言動はもうたくさんだ。退場願いたい。

 結局怒りがたかまるばかりじゃないの。トホホ…。

静かな気持ちで生きていたいからこそ

2016年5月20日曇後晴れ

 今日も辺野古テントム村のテント番。海上行動は、船で現場を確認したほかは、なしにして12時からの嘉手納に向う。

 5月20日、遂に大浦湾のフロートは全部撤去されました。最後まで残るかと懸念していた辺野古崎、長島の間も。良かった。しかし再三記すが、コンクリートブロックの忘れ物を防衛省は早急に回収してもらいたい。今すぐ撤去!マリンセキュリティの警備もやめろ!税金の無駄使い!

 私は一人、松田ぬ浜へ。

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浜の入り口にキキョウランの実が。

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ハマゴウの群落にグンバイヒルガオ。

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フェンスにはいくつものバナーが。瀬戸内から届いた友好の絆。嬉しいね。

9時40分東京の労組27名。私が話す。事件発覚直後であり、この問題にふれないわけにいかないが、どう触れるのか悩ましい。この新基地建設の口実になっている95年9月4日のレイプ事件から21年。繰返される同様な事件。基地起源の事件の発生を防ぐのは、全基地撤去しかないと力説させていただいた。

 同時に、こうした「安全保障」を皆さんは支持するのか?と。初めて聞く話ばかりなのだろうが、戸惑う姿が私の眼前にある。参議院選挙のことも話した。この結果が今後50年先、100年先に及ぶのだと。今動かなければどうするのかと。

 10時40分から11時。別の団体にも話した。言葉を選びながら話すことは、案外疲れるのだ。毎回同じことを話しているわけじゃないのだ。参加者にケニアからの人がいた。通訳してくれているのかわからないのは、困る。

 11時32分沖合いを陸上自衛隊のCH-47が西へ戻る。9時12分同じ機体が東に飛んでいる。

 晴れてきて暑くなった。ミナミコメツキガニがたくさん出ている。よし観察だ。

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この群れで何固体居るのか?
集団行動している。なんとなく向かう方向がひとつに収斂している。この集団行動が外敵からお互いの身を守ってるようだ。

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手前に採餌しながら、歩いている。彼らは横歩きしない。前へ前へ。

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これを見て、あなたが気付くことは? 左手前方向に歩いている。左下と右側の砂の形状が違うでしょう。右にぶつぶつの粒子がみえる。

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よくわかるでしょう。彼らの採餌は砂ごと一旦飲み込む。餌となる有機物を体内に取り込み、砂を吐き出す。こうして干潟の形状が変わる。日々刻々変わる。おもしろいよね。おもしろくない?

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こうした観察ができるのは、ここが平和だから。基地(内外)からレイプ・殺人、基地から戦場へ、もうやめようよ。否、やめろ!兵隊も屈従の道を拒否して、共に生きるために歩もうよ。

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コメツキガニの生態、行動から学べることは自然科学ばかりじゃないのだ。人間の生き方にも関わっているのだ。

 しかしこうした時間にもCH-53が飛び、F-15が飛んでいた。

 ゲート前では朝から夕方まで抗議行動が続き、機動隊が米軍車両の出入りを確保するために出てきていた。身の程知らずめ!





暴行し刺した、だと(16年5月21日)

 遺体遺棄から、今日の新聞によれば、「暴行して刺した」になっている。どう考えてもこの二人の間には、事前の接点がないのであり(県警調べ)、性暴力からの殺人事件だと思っていた。やっぱりかよ。まだ詳細は不明であり、私は断定的なことを書きたくないが、最悪の凶悪事件だ。

 容疑者は32歳の元海兵隊員であり、現軍属であり、何が引き金でこうなったのか、分からないものの、沖縄に基地があり、日米地位協定で、やりたい放題の演習が演習場内外で保障されており、沖縄戦から71年が経ちながらいまだに「占領者意識」をもつ米兵とその家族がいる。この容疑者は元海兵隊員であり、今は軍人でないと日米政府高官たちが言っているそうだが、軍人教育とはそんなに生易しいものではないはずだ。平然と人を殺せる、100㌫命令に従わせる、そのためには自己を殺す、もしやめてもそんなトラウマが彼の体内・心にも埋め込まれていたのではないのか。そしてこれは私の想像の域をでないが、32歳ということは、20歳のころ、イラク戦争があったのであり、そうしたか影が彼にも落ちていたかもしれない。

 そしてこの日米政府はこうした事件がおきてから、慌てて口先だけの言動を繰返す。今回もそうだった。菅官房長官、岸田外相、中谷防衛相、島尻沖縄担当大臣(20日午前)、ケネディ大使、ドーラン在日米軍司令官(19日夜)、そして沖縄の高官たち。もうたくさんだ!

 彼らの慢心がこうした事件につながっていることに、彼ら自信が気付くべきだ。何が「選挙直前 火消し急ぐ」だ。見透かされるようなことをやりながら、平身低頭の図など私達はみたくない。まして遺族や被害者の友人達はそうだろう。

 見苦しいのだ。20日の関係閣僚会議で誰かが「島尻大臣には申し訳ない」と言ったらしい。自民党県連の照屋守之副会長が「この憤りをどこにもっていけばいい!」とか。誰がこうした事件を誘発させてきたのか? 彼ら自身が胸に手を当てて考え直すべきだ。まだ自民党やるんですか?

 殺されて捨てられた被害者は、まだ20歳だった。名護育ちだ。まさか、うるま市内でウォーキング中に、こんな男に襲われるとは想像もしていなかっただろう。殺されるなんて思いもしない。それが当然だ。

 ここは沖縄。市民が拳銃等で武装している土地ではないのだ。ここは米国ではない。

 20日、女性達20人近い人達が会見した。そのなかでシールズ琉球のTさんは「被害者は私だったかもしれない。私もよく夜に歩いている」などと声を詰まらせながら、会見した。ほぼ同じ年齢で、うるま市の出身だ。愛さんも悔しくて悲しくてしょうがないだろう。

 私が沖縄と本気で向き合うことになったきっかけが、95年9月4日の海兵隊員が起こした性暴力事件だ。基地の島の実相に直面させられたのだ。基地・軍隊の本質を考えさせられた。あれから何度同じ様な事件を垣間見てきたことか。抗議集会に参加し撮影してきたことか。

 私は、私達はこうした事件を繰返させないために、今何をすればいいのか、何ができるのか。事件の温床といえる全基地撤去にむかって、共に歩み続けよう。こうした事件の結果の死に対して、通り一遍のお悔やみの言葉では済まないはずだ。

 

2016年5月20日 (金)

あれもこれも、どうすりゃいいのか?

 一体、事件、問題が次々と起こる。あれもこれもじゃ、どうすりゃいいのよ。マリンセキュティーの問題、コンクリートブロックの撤去の問題、県議選、参院選、そこに死体遺棄(殺人)事件。今朝から緊急の嘉手納での死体遺棄事件への抗議集会、正午からも同様の抗議集会、キャンプシュワブゲート前でも怒りの座り込みが終日行なわれた。

 我がカヌーチームも海上行動を中止して、嘉手納での集会に向った。15時ころ辺野古に戻ってきたが憔悴している顔があった。正午の集会に250名が集まったと。

 聞いたところに寄れば、Sさんは、名護市の小学校から高校を出ている。名護には彼女の同窓生、同級生、地縁の友人達も多かったことだろう。皆、悲しみに包まれているはずだ。

 日米政府高官は、何とかことをやり過ごそうと躍起になっている。かたやマスコミからは、即対応した、えらいといったコメントが流れたようだ。あきれ果てる。マスコミが権力に尻尾を振るのは、71年前の再来を示している。もっと能動的にかもしれない。まだ治安維持法とかないんだぜ。

 私のブログには公安筋と思しき、アクセスが普段よりも桁違いに入ってきている。用心、用心だ。ザケンナヨ!

 昨晩書いたことだが、この問題の解決法は、全基地撤去しかないよね。基地があるがゆえの軍人・軍属の犯罪であり、出て行ってもらうしかない。

 まだいかに殺人に及んだのか全貌がわからないが、首を絞め、ナイフで刺したようだ。ぐったりしたから捨てたとか。ゲッ!だ。どのように誘い込んだのか分からないのだが、時間は4月28日の20時ころのことだろう。深夜でもなんでもない。人を見て殺意を覚えるなんて、どういうことか。過去に面識は全くなかったようだし、恨みを買うとかの筋合いもないのだ。劇場型の犯行でもない。事を起して名をなそうでもない。

 元海兵隊だから殺しのプロ。身長も180センチあり、Sさんは150センチ代とか。大きさもごつさも違う。車の中に連れ込まれたら、其れは恐怖以外のものではない。

 私はこうした事件が起きるたびに、まともな男女関係ができないのかと哀しくなる。否、女男関係か。暴力を肯定したところにまともな関係はできない。騙したりもナシだ。私達は人間は愚かだから、などと一般論で済ましてはならない。具体的な論拠に立ち返りながら、解決を図りたい。そうでもなければ、Sさんは浮かばれない。追悼の気持ちとは、やはりご本人の無念さを思い、生きたかった方向に添うことだろう。

 直接ご本人への面識のない私達ができることは、せめて、この無念さを晴らすことだろう。あれもこれも、如何すりゃいいのかと思うが、一歩一歩、歩き続けよう。

一人の女性が殺されて遺棄されたことの意味

 2016年4月28日夜、Sさんは家族等と連絡が取れなくなり、翌29日、家族が捜索願いを出した。同日から県警が捜索を始めたが、公開捜査は5月12日から始まった。5月18日、県警がある米軍属の疑義を突き止め、任意の事情聴取を行なった。5月19日になって、死体遺棄の供述がとれ、恩名村の山林の中で死体が発見され、Sさんの死亡が確認された。

 まだ彼が如何なる経緯でSさんの死体遺棄に及んだのか分からないが、Sさん命が奪われて捨てられ、これからの将来を奪われたということは誰であれ否定しようのない厳然たる事実だ。その容疑者が元海兵隊員であり、現嘉手納基地所属の軍属だということも。

 米兵や米軍属によるこうした犯罪は、絶えることがない。「またか」というだけでは無力であり、「綱紀粛正」というだけでは、「またどうぞ」とばかりに繰返すだけだ。容疑者が、犯行に及んだ当事者が、その指揮官が、米軍が、どれだけ問題だと認識をしてるのか、全く伝わってこない。型どおりの言葉だけでは、何も分からない。このことは日本側の政治家や、防衛省などの官僚の言動を見ても全く分からない。適当に怒ってみせるだけで、一人の人間が、Sさんが殺され、捨てられた事実を直視していない。

 日米政府は、適当にやりすごし、「綱紀粛正」だけで、もみ消してきたのだ。米軍・米軍基地は殺人や強姦の温床なのではないのか。72年以降の米軍人・軍属が犯した刑法犯は5862件に及び、殺人・強盗・放火・強姦の凶悪事件は571件だ。さらに米軍当局による内部調査を見ても、性犯罪は著しいものがある。米軍基地に出て行ってもらうしかないだろう。それ以外の方法があるというのならば、その方法を日米政府は、明言すべきだろう。

 彼らは一人の命を奪い、親しい人たちの人間関係を奪ったことに対して、これまで長年にわたって放置してきた責任を取らねばなるまい。

 私たち自身の無力さにもわじわじする。繰返させないために何ができるのか。全基地撤去に向って、本気で取り組もう。

2016年5月19日 (木)

米軍演習場を見つめながら(16年5月18日)

2016年5月18日曇後雨

今日は辺野古を休む予定で居たが、わけありで変更。9時30分頃から10時過ぎまでキャンプシュワブの実弾演習場を望めるところまで出かけた。廃弾処理や実弾演習場は山の中であり、その姿を見ることは殆どできない。もっとも丸見えだったら、逆に何時弾が飛んできてもおかしくないのであり、其れはそれで怖い。ここは演習場の南側。久志地区。久志岳と辺野古岳がまっすぐに並んで見える。その下が演習場であり、もしも兵隊が此方に銃口を向けたら届くだろう。標高から言っても、被弾の可能性がありうる地域だ。この時間帯はやっておらず、静かだった。

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路上に咲く花。

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ノボタンの仲間だろうが、青紫過ぎる。

辺野古テントに戻った。米軍のゴムボートが3隻。10時47分、3台とも海に出た。

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新潟から送られて来たバナー。心意気が嬉しいよね。

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これも送っていただいた一枚だが、ハートの中に書き込んでと。みんなで書いた。私は撮る人。

海上行動から連絡。大浦湾のフロートは弾薬庫下と、辺野古崎と長島の区間を除けばなくなっていると。やっとか。しかしまだまだだ。肝心のアンカー(コンクリートブロック)は全く上がっていないのだ。

12時18分、水陸両用装甲車出てきた。1,2両。

13時、CH-53大型ヘリ1機が飛来。豊原方面から来て、シュワブの中に。

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大型ヘリがテントの北側の丘の上を飛び越える。ふと見下ろすと、私の足下の岩にオカヤドカリが歩いている。こんな狭いところでアクロバットの姿勢を強要するなと思いつつ、撮影。

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上から撮影。こんな岩場を歩くのだから、大変だ。13時2分撮影

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アップ。オカヤドカリ2匹。とんだお騒がせのヤドカリ撮影になった。

13時37分、海兵隊のゴムボート3両が沖に出た。

15時~米軍演習場から射撃音が聞こえてきた。またか。





沖縄からの緊急報告-参議院選挙前に(16年6月10日)

 沖縄からの緊急報国会-参議院選挙前に考えてみませんか

6月10日(金)19時~

小金井市 前原暫定集会施設 B会議室(中央線武蔵小金井駅南口下車)

報告:山本英夫(名護市在住/フォトグラファー)

主催:ヤマヒデさんの現地報告を聞く実行委員会

資料代:500円

○「戦後70年日本は平和だった」のモノ言いに私は疑問を禁じえません。これには沖縄の視点が欠落しています。今沖縄は「沖縄県」かもしれませんが、沖縄は「日本」と全く別の歴史を歩まされてきたのです。

「160610.pdf」をダウンロード

ダウンロードして広めてください。

●「和解」後の状況から、参議院選挙を前にして、今語るべきことを(自身の沖縄に対する罪責から)語り討論したいと思います。皆様のご参加をお待ちしています。(ヤマヒデ)拡散を願います。

なお6月8日夜も別途世田谷(豪徳寺)でも話します。

沖縄県警 米軍属を緊急逮捕(16年5月19日)

 イヤーな情報が入ってきました。先日来、うるま市の20歳の女性が行方不明になっているとあり、5月18日の琉球新報は「米軍関係者を任意取調べ」とあり、その行方が注目されていましたが、先ほど、その軍属本人の供述にもとづき女性の遺体を発見とのニュースが飛び込んできました。まだ詳細は明らかでありませんが、米軍属の関与が濃くなってきましたので、琉球新報の号外を添付します。

http://ryukyushimpo.jp/news/entry-282130.html

私とすれば、ことがことですから、情報の確度がよほど高くなければ、自分のブログにのせたくないのです。米兵・米軍属であれ、個人とすれば基本的人権を尊重すべきだからです。

 しかし米軍関係者の事件について、沖縄・日本の警察当局は臆病であることはあっても、でっち上げ逮捕におよぶことは、まずありえません(地位協定と日米の外交力の格差などにより)。今回もよほど慎重に判断してのことでしょう。

 事実関係を究明し、徹底的な対策を日本政府が講じるべきです。

石垣島への自衛隊配備問題の住民説明会 5月24日

日本国l防衛省・沖縄防衛局は来たる16年5月24日夜に石垣島への陸上自衛隊の配備問題について住民説明会を開催するようだ。

http://www.mod.go.jp/rdb/okinawa/07oshirase/kikaku/kikakubu-info/280517IshigakiSetsumeikai2.pdf

一体どんな説明がされるのか、極めて疑わしい。前回行なわれた説明会は、去る4月22日に行なわれたが、肝心要の住民からの不安・疑問への回答は殆ど行なわれなかったようだ。2時間のうち、沖縄防衛局企画部長の説明と、何故か「東日本大震災災害派遣活動記録映像」の上映に1時間以上をあて、事前質問に対する回答と称して15件ばかりの都合のよい回答に終始したようだ。

島嶼への配備の要点は「中国脅威論」を口実にした「南西方面重視政策」(13年防衛計画大綱と中期防)にあるのですが、これは中国が脅威だと繰り返し、だから軍備を増強し、中国の進出途上である琉球諸島に槍と盾を張り巡らさなければ、日本の安全を保てないという代物だ。対空ミサイルと対艦ミサイルを装備して、航空優勢、海上優勢を維持したいらしいのだが、これをやるには、がちがちの軍備の増強をやらなければ、できません。やればやるほど、お互いにもっともっとがちがちになり、軍事衝突して破綻するか、経済的に破綻するか。そしてもしものことが起これば、戦場になるのは石垣島であり、与那国島であり、宮古島であり、沖縄島であり、奄美大島であり、日本列島にも波及します。

島は観光がなりたたないどころじゃありません。爆撃されなくても交通機関が封じられたら即生活総体が大打撃を受けるのです。

こうしたことが予想されるから、国はまともに答えないのです。「仮定の質問に答えられない」とか言って。お待ちください。あなた方、国が「中国脅威論」(攻めてくる)とかの仮定を立てているのですから、「仮定に答えられない」とは、軍事機密だからと同義。

去る2月に仲里利信衆議院議員が行なった質問趣意書にも国はまともに答えていない。http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a190124.htm

 今回の説明会の文を見るとおかしなことにきがつきました。沖縄防衛局が行う説明会なのに、「参加者 沖縄防衛局」になっているのです。違うでしょう。沖縄防衛局が「主催者」であり、「説明者」でしょ。一参加者じゃありません。こういう文言のなかにも彼らの責任逃れの本性が現れています。

 後記:「中国が敵だって?」、へぇ、「日本経済はどうなるの?」

私達は少しばかり頭を使って、お互いに共存できる道を選びませんか。少なくとも「米国だけがオトモダチ」なんてことから卒業しませんか?

翁長沖縄県知事アメリカで語る

 訪米中の翁長知事は、5月16日(日本時間17日午前)、ワシントン市内で米国上下両院議員4名と個別に会談しました。共和党のトム・コール下院議員は「日本政府が要請すれば変更の可能性はある」と述べたそうです。「沖縄にとって平等な解決策がでることを期待したい」とも述べたそうです。

 また、共和党のトム・エマー下院議員は辺野古新基地が沖縄県民にとって、重要な問題であること、環境面の問題を含むことを理解したと応じたようです。

 メイジー・ヒロノ上院議員(民主)、ベティ・マッカラム下院議員(民主)とも会談しました。

 こうした一定の前進は、代執行訴訟が頓挫し、中断に追いこんだことが、彼らをして再考に向わせることにつながったのでしょう。

 日本大使館前では、16日(現地時間)コードピンクとベテランズ・フォー・ピースの平和団体の約30名が沖縄の基地問題を訴えました。スティーブ・ラブソンブラウン大名誉教授は「戦後から現在まで、基地の存在は沖縄の人人の生活や自然を脅かし続けている。沖縄は米国のための軍事の島ではない。米市民には行動する責任がある」と述べたとのこと。

 翁長知事は17日(現地時間)、上院歳出委員長コクラン氏ら計7名と会談しました。沖縄の取り組みを説明し、一定の理解を得たようです。「辺野古が唯一」という日米政府の主張に疑問符をつけた意味は小さくないはずです。

 さらに翁長知事は今日、モンデール元副大統領とも会談予定。モンデール氏は96年当事の米側責任者であり、今もバイデン副大統領と親交が深いそうで、米政権側に働きかけるきっかけになることが期待されます。

 いずれにしても米国政権・議会関係者への働き掛けは、継続されなければなりませんし、見直しまで詰めていくためことは容易ではありません。今後の闘いと組織的なロビーイングの継続が重要でしょう。

2016年5月18日 (水)

視界悪く海上行動中止に(16年5月17日)

2016年5月17日曇後雨

 朝がたからシュワブの浜に水陸両用装甲車が出ている。多分1台。9時過ぎに陸上を走って、中に戻ったようだ。

 海上行動は視界が悪いとのことで、中止に。河口の干潟にシロチドリがいる。11時過ぎにはキアシシギを発見。まだいるようだ。

 9時5分、9時32分、廃弾処理の爆音。海には今日も海兵隊のゴムボートが3隻でている。

 15時過ぎ、雲上を戦闘機が飛び去る。姿は見えず。

 1日、来訪者も少なく楽をさせていただいた。

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テント前の岩の隙間に咲くグンバイヒルガオ。葉が立っているのがおもしろかった。

天気が悪いと近くで撮影もできず、撮るものがない。超近い場(3m)から失礼。

フロート撤去進行中(16年5月16日)

2016年5月16日 晴れのち豪雨(梅雨入り)

 海上では大浦湾でのフロート撤去作業がやっと始まった。11時過ぎから突然の豪雨。カヌーチーム、ざんざん降りにやられ、逆風を受けた帰路、大変だったようだ。

米軍は朝方、シュワブの浜で約100名。海辺から駆け上がっていたようだ。米軍のゴムボート3艇も一日海に出たり戻ったり。水陸両用装甲車は2両が短時間浜にでていた。12時過ぎにC-130が辺野古沖合いの低空を行ったりきたり。何だろう。13時50分、14時にはF-15戦闘機の姿を現認。3機+。

 午後雷鳴の中で、廃弾処理の音、射撃音がまざる。これどっち?の状態。

 いよいよ梅雨入りした。これはこれでないと困るのだが、何かと大変な時期。豪雨のときはお気をつけて。

 午後、静岡のTさんらがお見えになった。数日間沖縄の今を体験されているようだ。娘さんは学生時代写真部だったと。私の「大浦湾3景」を見て、「きれいですね」と。気がついてくれた、感謝。

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兵隊がわさわさ。8時38分。

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干潟にはシロチドリが。求愛行動か。8時49分

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手製のバナーをお持ちいただいた。感謝。布を縫いこんである。8時54分。

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昨晩交流会をやった長野のグループが到着。10時30分。海ヲ満喫して、ちゃんと抗議行動もやって、辺野古に着いた。このあと、私が総括的な説明。4日間、ご苦労様でした。

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雨が降ってやんだ。辺野古漁港。11時29分。この後も何度も大降りに。

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上空を飛んだF-15.14時。

2016年5月17日 (火)

5月2日関西・京都への不当な弾圧への抗議声明に思う

 私がぼやぼやしていて、掲載が遅れましたが、これは相当深刻な弾圧です。関西の16箇所にがさ入れが去る16年5月2日に強行されています。容疑が詐欺罪。容疑者も曖昧。何をねらっているのかも怪しい。志摩サミットへの事前弾圧かもしれませんが、京都・京丹後のⅩバンドレーダー基地建設反対運動への弾圧か。

 だとすると、地元の運動から周辺の運動を過激だと切り離し、分断を謀り、京都と沖縄との間にも分断を図るもの。

 詐欺罪とかいうのも訳が分からない。形法 第246条 詐欺罪「人を欺いて財物を交付させたものは、10年以下の懲役に処する。同条2項「前項の方法により、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。

 家宅捜索令状には、誰を如何にして欺いたのか、何を交付させたのか、不明なのだ。こんなものが令状としてまかり通ることじたいがありえない。

 近代形法の大原則とは、行為に対する刑罰だ。行為者(思想)に対する刑罰ではないのだ。このような曖昧な容疑でがさ入れをすることじたいが、明らかに不法だ。がさ入れの結果、何かあれば逮捕するというやり口は、戦前の治安維持法のような弾圧への一歩になっているのではないか。

 関西の仲間ばかりか、私たち全体が、厳重な警戒態勢をしいて、反撃していきたい。

http://www17.plala.or.jp/kyodo/20160502danatsu.pdf

やっと梅雨入りしました

 先ほど、5月16日の記事を書いていたら、アップするときに消えてしまった。悲しい。ところで、5月16日は時々豪雨が降りました。平和行進も終わっての梅雨入りだからよかったんじゃないの。人は雨だったら、雨だと嘆くし、暑かったら暑いと嘆くものだ。相対良かったと思うべし。

 こちらは、今日など何回も労組の人にお話した。それにしても冷静に考えれば、連合ができて、はや何10年だ。総評が潰され、社会党がつぶれて、早30年近くの年月が経つのだ。「政治改革」だとはやし立てられたのが、94年だし、「分権改革」と叫ばれたのは2000年。護憲の屋台骨が失われて、ここまできたのだ。9条の会ができたり、総がかり行動ができて、失地挽回を図りながらも、歴史的な総括ができていないから、情けないことになる。

 また「民主主義ってナンダ」と言う前に、主権者とは何かを問わなければなるまい。安倍政権が国家主権を目指している以上、ここと正面からけんかできる主体性が問われているのだ。

 こう考えると沖縄は、権力にとって最後の棘。これを抜き出して、きれいさっぱり国家主権の世界を作り出したいのだ。

 平和行進で歩いた人は思い返して欲しい。基地が身近に見えたといっていた長野県の彼ら彼女等。この沖縄の今の空間がいかにしてつくられたのか、方や、長野(46都道府県)の空間には何があるのか。たとえば長野県の中には、阿智村に満州平和記念館があるし、上田市には無言館がある。松代には松代大本営跡がある。それぞれの郷土の歴史を堀り下げながら、沖縄との接点を探りなおせば、新たな出会いがあり、驚愕するような発見があるはずだ。

 平和祈念公園に行くならば、地元の人たちの碑や、平和の礎ならば地元の戦死者のお名前を確認することから始めるとか、ぐっと身近な、新たな視点が見えてくるはずだ。

 こう考えると地元の図書館がどの程度なものかは、かなり重大だ。学ぶためには現場踏査が大切だが、そのためにも調べられる機関の第一は公立図書館だ。

 われわれが71年前に引き戻されるとすれば、其れは悪夢だ。国家のために生きるべし、戦争に積極的に働くべし、あらゆる犠牲を惜しむな、環境をばしばし壊せ、差別は当たり前だし、イジメも当然だ。要は地球を壊し、人間を壊す道なのだ。

 私たちには茨の道しか前にない。それは核爆弾があり、放射能に包囲されている道でも在る。もはや恐ろしすぎる道だ。諦めることをあきらめたとの言説もあるようだが、私達は前に向って進むしかないのだ。

 昨朝、トイレの中に居たら、アカショウビンが鳴き交わす声が聞こえてきた。暫くは梅雨空だろうが、その先を見通す英知を鍛え上げていこう。

2016年5月16日 (月)

44年目の「5・15」に思う

 昨日、2016年5月15日は沖縄が日本国に「復帰」した日。当事ヤマトに暮らしていた私は、「沖縄返還協定粉砕、沖縄解放」を掲げながらも、沖縄が置かれてきた実態をわからないまま、72年5月15日を向え、89年まで改めて沖縄を考えることがなかった。今思えば、痛恨の思いがする。

 72年の「復帰」は、日米政府の合意の元で、沖縄を米・日政府の軍事拠点として置き続けることが前提とされてきた。安保の下に、日米地位協定の下に、憲法がふみつけにされてきた。これは「日本」においても安保条約が軍事においては、憲法を踏みにじってきた。

 そして今、アベ政権はこの日本国憲法そのものをぶっ潰しにかかっている。沖縄の民衆が平和憲法のある日本に戻りたいとの願いは、44年後の今、根底から踏みにじられようとしている。

 昨日の集会は2500名が参加したという。県外から1500名が参加したとのことだ。私はこの3日間、辺野古のテントで、また昨晩は交流会の席上で、彼等彼女等と交流もしてきた。ここで一番感じることは、沖縄県外と沖縄が置かれてきた時間の差であり、空間の溝の大きさに、彼らが彼女等がどれだけ気付いているのかだ。そして、その落差を「日本国が沖縄に押し付けてきたことに、どれだけ自覚的なのだろう。これは自分を含む懐疑の念だ。

 無論、沖縄を歩いて基地が間近に迫っていることを知るのは第一歩だ。ここから始まるのは、そうだろう。この先の2歩3歩をどう歩めるのか、沖縄の現実とそのほかの現実の隔たりをいかにして直視していけるのか。

 ヤマトにいれば、著書を通してしか感じ取れないことや、国会論議の中だけでしか知りようがないことが、沖縄では見る目を鍛えていれば、実感として分かることが多い。

 安倍政権がこれから私たちを何処に向って引きづりこもうとしているのか。米国の手下として、属国として、世界中で戦争ができる国へ、そのために「中国が怖い」として、下手をすれば核武装も含めて軍事大国に成り下がろうとしているのではないのか。沖縄をこれからも基地の島に置き続け、中国と対峙する最前線に置こうとしているのだ。

 冗談じゃねえ!もはや武力で平和をつくるという発想そのものを私達が卒業できなければ、人間の未来はない。軍事力、経済力から、親和力、環境力の時代を切り開きたいと、私は考えている。

 今日もテントには大勢がきてくださるだろう。昨晩交流した皆さんにも新基地建設の問題をお話しするだろう。

2016年5月15日 (日)

辺野古区ハーリーが賑やかに行なわましたが、こちらはぼちぼち

 2016年5月15日晴れ。平和行進3日間とも晴れとは。梅雨はどこにいった?そんなわけで今日も暑かったです。日曜日なので軍事演習もなく静か。辺野古の松田浜では辺野古ハーリーが行なわれていました。米兵の参加や多分外部からも大勢の来客を迎えて盛大に行なわれたようです。漁港内の空き地等も車が一杯でした。

 こちらは午前中を中心に、平和行進や、そうじゃないが、5月15日(沖縄が日本国に再帰属した日)を考え、行動する人たちも辺野古テントにきていました。

 私は後者のグループ約30名にお話しました。毎年来ている人たちなので(はじめてきた人もいたが)、何を聞きたいかをまずきいたのですが、余り具体的なことが出なかったので、「和解」をめぐる問題点と今後についてにしぼって、約40分お話ししました。残念ながら「和解」は終わりへの一歩ではなく、権力側の最終攻勢の前の静けさにすぎません。これは沖縄とそれ以外の日本の分断を図りながら、一気に安倍政権の野望をやりきりたいがための遠謀深慮でしょう。油断大敵であり、ここからの私たちの熟慮と行動が問われているのです。

 午後には、お顔を見知った方がこられて、「あ、Sさんだ」みたいなお久しぶりの再会が。友達の友達は友達だったみたいなクロスした関係が分かったりして。お元気で何よりでした。

 平和行進は無事に終わったでしょうか。明日のテントはてんてこまいだろうな。頑張ります。

6月東京での講演会へのご協力を(締め切り 5月16日まで)

 既にお知らせしたとおり、来る6月8日から12日に掛けて東京近辺で私の講演会を企画していただけないか御願いしていましたが、今回は8日と10日の2回のみのご依頼に留まっています。

 帰りの便の都合がありますので、もし未だご希望があるようでしたら、5月16日夜までにお知らせください。ないようでしたら、6月11日の夜までに帰宅したいのです。6月15日からビッグイベントを準備中のため。どうぞよろしく御願い申し上げます。

5月8日の御願いした文は以下

http://photoyamahide.cocolog-nifty.com/yamahideblog/2016/05/post-8eb9.html

平和行進2日目で来客万来(16年5月14日)

2016年5月14日晴れ。梅雨空は兆候すらもない。

 今日も海上に出ると船とカヌーは準備を始める。辺野古漁港では草取りの作業が始まり、こちらのメンバーも協力。従前の駐車スペースは使用不可に。

10時9分、沖合いをタンカーが行く。ここを通るタンカーは2種。石油備蓄基地にもっていく民間用か、天願桟橋にもっていく米軍用か。但しタンカーは民間船であり、外見からの区別はつきにくい。目下調査・学習中。10時30分頃からテント脇の漁港内に日の丸が林立。

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閉じられている漁港のゲートに立てかけられている日の丸のはたはた。10時30分。

 彼等の集会が始まり、いつもの主張。アメリカ大好き、中国怖い、お前等(新基地建設反対派)は出て行けだ。最後に「海ゆかば」と「君が代」を流す。この辺が右翼らしさか。

 暑さには勝てないのか、1時間で切り上げた。

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11時30分。テント内から。

午後からは平和行進の労組の人人がわんさかのてんてこまい。皆さん、暑さにめげず、熱心にきいてくださる。

 東京労組は2手に分けれて船に乗る。

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汀間から辺野古に来た第一陣。13時1分。またこちらからあちらへと。

ただもう水分の確保は不可欠です。各自水分を必ず持参してのってください。命取りですよ。

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東京全労協の皆様からカンパをいただく。ありがとう。

私も何回か説明したが、もっぱら記念写真の専属カメラマン(但し無償)。皆さんがお持ちのカメラで撮るのだが、千差万別でなかなか大変なのだ。高級機歓迎、スマホみたいのはちょいと難しい。すいません。

15時30分。小潮でちょいと出た干潟にキアシシギ。清涼な鳴き声がうれしいね。暑かった一日。


辺野古漁港内への駐車はできません(16年5月13日~)

 告知が遅くなりましたが、5月13日以降、辺野古漁港内への駐車はできません。ご協力を御願いいたします。駐車場は国道329号沿いの久志に確保しました。辺野古テントか、ゲート前テントにご確認ください。

 なお久志は宜野座村、沖縄市方向です。車で5分(テントから)。

 この告知の拡散にご協力願います。

ここをみてほしいのに

 吉田社会民主党党首に対する批判を書いたら予想以上に読んでいただいている。しかしこの先が問題なのだ。今私達が必要としている政治とは何かだ。ここでいう「私たち」は2重の意味でだ。①沖縄の私達であり、②私達人間の、普遍的な私たちだ。

 この私達の政治が煮詰められていかなければ、「親米大国」に勝てない。私も微力ながらここもつめていきたい。

 同時に出した「未だ埋め立ては始まっていない」が読まれていない。私とすれば、こちらを見て欲しいのに。15年1月29日のトンブロックの投下に対する抵抗運動から16年4月30日の堂々たるカヌーチームの海上デモ、そして16年5月13日の台船の撤収。ここに私たちの軌跡が刻まれているのだ。

 現場に出ていない皆さんに同じ思いを共有していただくことは不可能だが、少しでも知っていただきたいのだ。

http://photoyamahide.cocolog-nifty.com/yamahideblog/2016/05/post-fb20.html

2016年5月14日 (土)

ヤドカリの足跡(16年5月13日)

 昨日の報告の中で、うっかりこれを落とした。珍しい写真なので敢えて載せる。

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松田浜ではヤドカリを良く見かける。またヤドカリの足跡も朝方などに見る。

だが目の前でヤドカリが絵を描きながら歩いているのは珍しい。

ツカレター!(16年5月14日)

 今日は疲れた。暑かったこともあるが、ふらふらだ。「日の丸」を掲げるアメリカ大好き集団がきて、わーわー。もっとも去年に比べれば、あっさりと引き揚げた。弁当はバスの中で食べるとか言っていた。去年は炎天下に2,3時間やっていたから、熱中症などで倒れた人がでたのではないか。殆どが「日本」から来て、未だ暑さになれていない身体で、炎天下でやっていたら、やられます。

 今日は平和行進の関係で多くの労組がきた。大勢に何回も話すのは、大声出すし、大変。それでも、何らかの参考になれば、いいですね。

 昨日、レンズのフィルターが届いた。助かった。これで安心して撮影できる。余計な気を使わなくていいので、気持ちが楽。また、前回の休みにメガネ屋に行き、紫外線カットのメガネを買った。来週後半に出来上がってくるので、昼間の撮影もだいぶ楽になるはず。

 帰ってきたら、釧路のM(大先輩)さんから貴重な記録が届いた。矢臼別の川瀬さんが亡くなって7年も経つという。泊めていただいたことを思い出す。思えば、こうした記憶が経験が今に生きているのだ。平和行進もささやかであれ、個人の記憶に残り、経験になれば、いいのだが、「行ってきました」みたいなノリじゃ、ダメだろう。実感を身体に刻み付けるためには、ただ歩いてきいてだけじゃ、残らない。

 平和行進もあと1日。頑張ってください。私はテントで16日まで頑張ります。明日の夜は私も交流会に参加させてもらう予定だ。

平和行進出発したが、下のテントはお暇(16年5月13日)

2016年5月13日晴れ 風があって、比較的涼しかった

 今朝はシュワブゲート前から平和行進(東コース)が出発。海上行動隊も見送ると。私は少ないテントに張り付き。まぁ平和行進を撮らんでもと。

 朝がたから米軍水陸両用装甲車がでて、ゴムボート(4艇)も出ていた。

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テント裏のモンパノキがきれいに咲いている。

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うるさいので見上げれば、県警の警備ヘリ。米軍と比べて随分高いところを飛んでいる(航空法を守っている)。デモ警備だろう。

10時ヘリの音が聞こえなくなった。

そうこうするうちに、海上からの無線が入り始める。大浦湾に残されていたガイドパイプがなくなっていると。いよいよ撤収だ。10時58分、第88福丸のエンジン音がすると。いよいよ動くようだ。

11時30分米軍ヘリは豊原沖に1機。UH-1。

12時30分、海上行動終了。

13時52分、米軍ゴムボート4、海に。

13時55分、沖合い上空に見慣れぬ小型機。どうも海上保安庁の飛行機のようだ。

私鉄総連約80名が来訪。やっと平和行進の関係者が来た。

その後私たちも松田ぬ浜へ移動。

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ハマゴウが順光を浴びて、さえわたる。

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何だかいい天気。しかし今日の空・雲は半端で、どっちつかずだからおもしろい。季節が分からない。

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フェンスに枯葉もついている。枯れ葉も新基地建設反対なのだろう。

テントに帰ってきたら、みなが騒いでいる。台船が動いたぞと。え!だ。15時18分ごろ。

シマッタ!と思ったが、慌てない。第88福丸が出たと。

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続いて長島の奥に2隻目が出て行く。青の台船。

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右に青。左にコンクリートブロックを積んできた台船。全部出るようだ。

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漁港の浜よりまでかける。バッチリだ。

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3隻そろった図。手前は沖縄防衛局お抱えの監視船。すべてなくなれ。

でたのはいいが、コンクリートブロック等のお忘れ物があるぞ!闘いはこれからだ。

シュワブの中を見るとクレーンが動いている。

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フロートを吊り上げて移動させている。左から右へ。クレーンの右下に人が。防衛局職員だろう。

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まだ海上にフロートは張られたままだ。

15年1月からだけを振り返っても、感慨深い。闘いは続くのだ。以下を見て欲しい。

http://photoyamahide.cocolog-nifty.com/yamahideblog/2016/05/post-fb20.html













2016年5月13日 (金)

米軍と米兵の諸問題?(16年5月12日)

 2016年5月12日 曇後晴れ 今日も辺野古(テント番)

 朝から米軍はゴムボートを出し、演習を始めた。

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9時7分。ゴムボート4艇。かっとばすかとおもえば、のんびり。

大浦湾の作業の様子。スパッド台船2基は昨日までに撤去されている。青の台船の上。

海保のビーチのフロートがトレーラーに積み込まれている(このトレーラーは11日20時ころ国道58号を世冨慶方面に南下した3台かも)。

9時過ぎ。松田浜に米兵が大勢。辺野古区老人会らと草取りの作業。15日のハーリー大会の準備。

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9時14分。米兵は何しているのだろう。

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米兵50人ほど。家族も来ている。草取り?

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浜に私服の米兵。海に戦闘服の米兵(ゴムボート)。ここはどこの国?

大浦湾から無線。第88福丸がガイドパイプ周辺にきたと。いよいよ撤収に入るのだろう。

10時過ぎ、浜の草取り終了。ご苦労様、つうか。

10時18分、沖合いを海兵隊のヘリ1機が飛び去る。

バスガイドさんが立ち寄る。深い悲しみに包まれる話。帰宅後、考え出したらいたたまれなくなった。考えれば考えるほど根が深いので、改めて書きたい。「日本人の沖縄に対する罪責」を告発されたのだ。

12時40分前後沖合いにヘリ(UH-1とAH-1)が通過。

12時22分台湾でマグニチュード6,4だと。津波は大丈夫かと思う。大丈夫そうだ。与那国で震度3。

午後も米軍ゴムボート4艇が辺野古の海をガンガン飛ばしている。

14時過ぎ、J労組青年部23名。私がしっかり話す。よくきいているのだが、反応はいまひとつ。もっとかえってくるものが欲しいな。

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15時24分オスプレイ2機沖合いを飛ぶ。西へ。

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15時50分。韓国の若手の写真家たちがやってきた。安次富浩さんが説明。右の人は通訳。

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食い入るように聞いていた。国際交流も日常茶飯事になっている辺野古テント村。





まだ埋め立ては始まっていない!(15年1月~16年5月)

 既報の通り、本日大浦湾から作業台船3隻が出た。これは翁長知事による埋め立て承認の取り消しの手続きが有効となり、16年3月4日、取り消されたからだ。しかしこの国は「辺野古が唯一」と言い切っている。確かに今は停まっているだけだ。再び埋め立てに着手してくるのだろう。

 私達はあらゆる努力を傾注し、これを止める。戦争の方途を止める。自然破壊の道を阻止する。財政の無駄使いを是正する。米国の属国であることを改める。沖縄の自治権を貫く。

 まだ埋め立てられていないし、断じてやらせない。全国の皆様ともどもがんばろう。私達は諦めない。

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15年1月29日。この日、大浦湾にコンクリートブロックが落とされた。後方が青の台船。作業の強行に抗議するカヌーチーム。

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15年1月29日 落とされるブロック。

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15年1月29日 海保の阻止線に阻まれて強行された。悔し涙にくれた日々。

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16年4月30日大浦湾。工事が中断し、台船は所在なげ。カヌーチームが堂々と進む。団結の力が、諦めない英知が結集したからここまできたのだ。

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今日16年5月13日、15時27分。監視船(手前)を尻目に引き揚げる作業台船。

2度と戻ってくるな!



作業台船3隻がすべて大浦湾を出た(16年5月13日午後)

 16年5月13日15時過ぎから大浦湾に長く係留されていた作業台船3隻すべてが次々と出港しました。これらの台船が入港したのは、15年1月27日であり、コンクリートブロックを積んだ台船が入ったのは、15年11月22日のことでした。

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16年5月13日15時28分撮影:山本英夫 右が第88福丸、中が、青の台船、左がトンブロックを積んできた台船。 

 今朝がたから出港準備作業と思しき動きがありましたが、ここ大浦湾からやっと出て行きました。まずはほっとしました。しかし、日本政府はフロート等の除去はやるかもしれませんが、アンカーとして大浦湾に落としたコンクリートブロック(70数個)を放置して逃げたのです。許せません。日本政府・沖縄防衛局は即刻撤去せよ!

また全国指名手配を掛けます。どこに移動するのかを確認したいと思います。

5月13日~16日の態勢について(辺野古テント村)

 今日13日、シュワブゲート前から平和行進が始まります(東コースの出発点)。関連して下のテントにも大勢が訪れるでしょう。混みあいます。

 こうしたときに個人で来られると、かなり戸惑うかもしれません。積極的にスタッフと思しき人間に声を掛けてください。よろしくお願い致します。

 また既に私の友人が来られていますし、来ます。もうしわけないけれど、こうしたときに、友人だからといって、特別な配慮はしにくいです。ご承知おきください。

え!どうした社会民主党

 今朝の新聞から「社民党首 民進合流に言及」が1面のトップ記事。吉田忠智党首が12日の常任幹事会で参院選の情勢が厳しいとしたうえで、民進党との合流もひとつの選択として考えなくてはならない」と述べたそうだ。

 沖縄の県連は反撥しているようだ。当たり前だ。沖縄の基地問題、中でも新基地建設について、同調してきた民主党、改憲についても曖昧な民主党・民進党に、単なる選挙戦術から合流することがどれだけ、ヤバイことなのか、全く分かっていない。なかでも歴史認識問題の違いは決定的じゃないのか。ふざけるなと言いたくなる。

 そもそも論を持ち出すようで恐縮だが、あの村山政権のときの大失態の総括ができていないからこうしたオマヌケな発言になるのだ。安保・自衛隊を容認した問題だ。ここから社会党は解体され沈没したのだ。あれから何年が経過したのだ。安倍がでてきて、公然と改憲が叫ばれ、具体的に進んでいる。これに現実問題として対抗できない政党は、歴史のなかで潰れていくだろう。

 まだ詳報が入ってこない段階で、私が余り深入りしてはいけないかもしれないが、情けないとだけは書いておく。まぁ、沖縄は沖縄独立社民党になればいいし、きちんと筋を通せば良いだけだ。

 それにしても思い出すのは、吉田党首がはじめて辺野古に来られたときの握手。何年前だったか。当事私は彼を認識していなかったが、つかつかと寄ってきて、ギュギュと握り締められた。もう痛いだろだったのだ。あれ以来私は、握手をする際の握り方にこだわってきた。相手との応答を見ながら(視覚と触覚)、適切な握り方を微妙に考えてきた。

 力一杯やれば、連帯の気持ちじゃないのだ。こんなことも分からない奴なのかと思った記憶は鮮明に私の手の感触の中に残ってる。あぁ。

 

今晩は色々疲れたので、お休み

 今日はいろいろ疲れることがあり、考えれば考えるほど、やさしくない問題だと思ったり、ブログを書く力がでない。ご容赦を。

 今日は写真の原稿料の振込みについての確認電話があったかと思えば、だいぶ以前に依頼があっ件について、今頃になって使わないと決まったと言ってきた。注文があるのであれば、言えばいいし、他に写真家がいるのであれば、早めにごめんねですむものを。

 ついでに言うと、ご依頼は具体的に欲しい。なんとなく「海の写真」とか「山の写真」では選びようがない。「闘いの写真」も同じ。具体的な画像のイメージやどんな媒体なのか、誰が何を書いているのか、等を教えていただかないことには、一任されても困る。どうしても一任するのであれば、事後に文句を言わないこと。ウエブ情報でも同じ。

 そんなわけで、没になったものを6月の東京での講演会のチラシに使いたい。見栄え、ばっちりです。

2016年5月12日 (木)

今朝の新聞から(16年5月12日)

 梅雨空だ。政治の世界も色々と晴れ間が見えない。今日の沖縄タイムスの1面は「USJ沖縄進出撤回だ」。良かった。グローバル資本に沖縄のやんばるの自然が蹂躙されたうえに、基地建設とセットで、「こっちの水は甘いぞと」やられたら如何しようと思っていたので、ほっとした。

 安慶田副知事などは、「沖縄観光のブランド力の向上につながると考えていたので非常に残念」と述べているようだ。困ったことだ。

 やはり大資本は自然を壊してナンボのことしか考えないし、私たち民衆が自身で底上げを図る意味でも、この地にどうしたらよりよく生きていけるのかを考え、大きいことが一番の発想を捨てるべきだ。住民の暮らしがあって、観光客がなのであって、観光客のために住民の暮らしがあるのではない。

 米国大統領オバマさんが広島を訪れ、平和公園にも行くらしい。何しに行くんだろう。広島、長崎に核爆弾を落とし、以来世界の核安保態勢のトップが謝罪もせずに、来るというのは全く解せないことだ。如何なる裏があるのだろう。藪から蛇がでるのではないか。

 相手が核を持ちたい安倍だし、日米蜜月を演出して、よからぬことをたくらんでいるにちがいない。どうなっていくのか、私は注目したい。せめてオバマ大統領には、原爆の投下は「文学方面の話」(ヒロヒト天皇の発言)じゃないことぐらいわかっていただきたい。

 米国大統領がくるだけで、治安警備、都市警備、対テロ警備が格段に強化されることはまちがいなく、それだけ考えただけでも、憂鬱になる。

2016年5月11日 (水)

米国沖縄領事館が名護市中央図書館に寄贈したもの

 今日(16年5月11日)、久しぶりに名護市中央図書館に行った。折角なので借りてきたのだが、米国沖縄総領事館が名護市にあるものを寄贈していた。現物がなかったので私にはどんなものだか確認できなかったが、利用者が使うカートらしい。個数も不明。

 彼等の意図は、辺野古新基地建設に協力してよね以外のものではないだろう。まさか稲嶺市長がこんなものでひっくりかえらないだろうが、米国の「オトモダチ作戦」って、なかなか抜け目ない。

 名護市も丁寧につっかえせばいいものを。米国様は、ただで基地を造って貰いたいから、カートを住民の皆様に提供しましたとか言いたいのだろうか。

 いやまてよ。この国は米軍基地は住民の人権など侵害していないとか、地方自治を侵害していないとか公言しているのだ。米国政府の寄贈だから、問題ないのかな。図書館行政とは住民の人権、地方自治に関わる大層重要な施策なんですけど。

 細かいことにも目くじらをたてなければいけないのは、疲れるが。あえて書いておく。

新聞記事・スクラップとの格闘中

 今日は辺野古を休んでいます。辺野古では一銭の足しにもならないので、自分で稼ぐ方策を考えざるをえません。

 昨晩から新聞記事のスクラップをやっていました。溜まるに任せていたのですが、いくらなんでもと、整理中。ひとまず沖縄県議選をめぐる状況を整理します。

 6月に東京に行く予定にしていますが、未だ具体的なオファはありません。今週末までになければ、今回は中止するかもしれません。

 他方、昨年の企画「戦後70年を歩く」を1回しか実行できませんでした。沖縄戦の経過を辿る旅も考えましたが不発に。

 今年は6月の後半の10日間、沖縄島を歩く旅を検討中。戦後71年の今年は私にとっては基地の島沖縄を歩きはじめて、27年目になります(1989年から)。この27年は沖縄が歩かされた45年から1972年の27年間と同じだけの時間が過ぎました。もっとも単なる同じ年数を生きてきただけで、それ以上の意味はないのですが、こうした機会に考え直す意味は、多少あるはずです。

 名護市・辺野古~喜屋武岬まで、約140キロ(西から東へ、東から西へ)をジグザグに現在から過去をたどり、基地から戦跡へ、基地から観光へ、分断を超えて、私たちの未来を探りだしたいです。耐久ウォーク。耐久・撮影・交流の旅。何が見えてくるのか事後に報告会もやりたいと考えています。沖縄の皆様の、ご検討を何卒よろしく御願いいたします。

 私にとって、歩くことはバカのひとつ覚えですが、沖縄に来てから歩く機会も減っており、体がなまっていないかとの心配もあります。

 この件につきましては、決まり次第、お知らせしていきます。

辺野古警備残業代未払い事件に思う

16年5月11日の沖縄タイムスが伝えたるところによれば。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160511-00000004-okinawat-oki (これは紙面の一部)

愕くべきブラック企業だった。

私達がこれまでに気の毒に思っていたのは、悪天候のとき。私達が判断に迷うこともない明らかに出港不可のようなときでも、彼等は毎朝待機している。否、待機させられているのだ。そして暑いときも寒いときも、クールな表情を私たちに向けながら、タダタダ警告か撮影している彼等。

 私が驚かされたのは今年1月に大浦湾の未明の瀬嵩に行ったときだ。真っ暗な海に彼等の警備艇が浮かんでいたのだ。24時間警備なのだ。孤独な労働だ。

 今朝のタイムスをみると、当直の労働時間は37時間30分だと。日勤でも本社(沖縄市泡瀬)に出勤して諸準備をしてから最寄の漁港に陸路移動して、現場海域へ、(8時~17時)そして漁港に戻り、本社で後片付けをして終了。遠い金武漁港からだと、4時30分出社、6時出港、19時帰港、20時本社に帰還。

 これで9000円(日勤の場合)。支払われない残業代と、昼食も菓子パン一個のときもあるそうだ。海に出れば陸に上がっての昼食休憩も殆ど取れず、船酔いしてしまう人もいるとか。これでは、同情を禁じえない。

 同紙に従業員の方の「国の仕事でこんなに理不尽な働き方をさせられるのは納得がいかない」とあるが、理不尽な埋め立てであり、理不尽な基地建設だということにも気付いて欲しい。

 私達は決して彼等を敵視しているわけでなく、私たちへの監視労働をやめて、基地建設へのお手伝いをやめてと言っているだけだ。せめて、こんなお国のためにハッスルするのは、やめてもらいたい。

 従業員の皆さん、これからの耐えがたき暑さを迎える中で、ご自愛ください。お互いに健康に留意していきましょうね。海上労働に不慣れな皆さんは、特におきをつけて。

本社のライジングセキュリティのホームページを見ると、マリンセキュリティは、2000年の沖縄サミットに併せてつくられた会社のようだ。本社は防衛省や外務省の警備を担当していたり、沖縄サミット、洞爺湖サミットでもがんばったとか。

http://www.risingsun.co.jp/history.html

私達が望むのは、基地建設をやめて、この豊かな自然を生かした生き方、働き方。ここに持続可能な沖縄の近未来があると思うのだ。

 

 

今朝新聞を見て、はっ!(16年5月11日)

 今朝の新聞を見て、はっ!とさせられました。1面トップが「辺野古警備  残業代未払い」とドンと。下に「米軍ヘリ11機、低空飛行」とみごとな写真入で(読者提供)。こちらは、昨日辺野古に現れた編隊と同じものです。多分、辺野古付近が13時30分ごろ(カメラのデータ上)ですから、この報道の目撃者は14時前に知花方面(北側)から機影を確認し、沖縄市安慶田で撮影していますので、南下したのでしょう。恐るべしです。

 UH-1は多用途ヘリで、機体のドアを開けて、兵士が銃を下に構える姿をみますし、AH-1は対地攻撃ヘリでロケット弾等を積んで地上の戦車等の火気を破壊するためのものです。なおこのときロケット弾を積んでいたかはこれらの写真判定ではわかりません。沖縄の住宅街の上を飛ぶAH-1がロケット弾を積んでいたのを私は見たことはありませんが、どこで実射訓練を行なっているのか、確認をしておきたいものです。

 ちなみに私が同様な編隊飛行を見たのは、数年前に浦添市内上空から普天間基地に戻る7機をみたことがあります。あのときの騒音もすさまじかったです。

 この紙面(1面)でちょっと安心できるのが、翁長知事がホノルルで世界のウチナーンチュ大会に向けてイゲハワイ州知事(彼もウチナーンチュ)と懇談しながら笑っている写真だけです。

 

2016年5月10日 (火)

往生際が悪く、遅々として進めず(16年5月10日)

この国は一体何なのか? わざとらしく、フロート等の撤去をもったりもったりやっている。

one by one のつもりなのか、ひと工程ひと工程しかやらないつもりなのか。それが仕事とは、業者も、作業員も情けないだろう。壊すためなら死力を尽くし、守るためなら、ゆったりゆったり…。

2016年5月10日晴れ。9時1分出港。今日は2隻態勢。

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9時29分、辺野古崎到着。我々は通常通りのスピードで動いている。カヌーメンバーも到着している。

昨日スパッド台船1基を解体したようだ。残りは1基(右奥)。作業員が乗って作業しているようだ。まじめなのはマリンセキュリティ(左の2隻)だけか。制限水域だから立ち退けとばかり言い続ける。「自らの行為」に情けなくならないのだろうか。いや業務命令だから仕方がないのか?

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しらけながら見ているとオスプレイが2機。シュワブの上を飛び、高等専門学校の上のヘリパッドに降りた。9時40分。下にクレーンが2台、上にオスプレイが2機。特段関係ないのだが、そうか、そうかと思ってしまう。似たもの同士なのか。

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カヌーメンバーが交代で、訴える。沖縄防衛局に、海保に、民間警備会社に。至急全部撤去しろと、肝心の防衛局は耳栓しているのだろうか。南風だから聞こえるはずだが。

目の前は辺野古崎と長島を結ぶ、閉じる、分断のフロート。空は大きく広がっています。勝手に海ヲ閉じる安倍政権、防衛省。10時5分。

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長島の辺野古側で。10時8分。気持ちいい海なんだけど。手を海につけたらまだ、泳ぐにはやや寒い。

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辺野古崎前で一休み。此方もノンビリ。10時8分。しかしカヌーの彼等彼女等はやるぞ。こののち、長々を抜けて、見えなくなった。私達が大浦側に移動しても全く見えず。あとできいたら弾薬庫の下にいたらしい。無線も入らなかった。

10時45分ころスパッド台船が移動。ゆっくりと、あさっての方向に引っ張られて行く。海保の浜から瀬嵩前、反転して、レジャービーチ前の青の台船の隣に。11時ころ。

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生真面目なのはマリンセキュリテイの面々ばかりだ。うるさい!11時7分。汀間近くのフロート際で。ちなみにこちらはフロートの中に全く入らなかった。遠慮の塊みたいな私達。

 14時ころ辺野古テントに戻ったら、カヌーメンバーは食事中。k船長がスマホの画像を見せてくれた。13時30分頃、米軍ヘリ11機がこの海の周辺を飛びまわったと。うるさかった!と。T君が撮影した画像をよくみると、UH-1とAH-1の混成編隊。このパターンはたまに見るが、急襲作戦パターン。

 私たちの海と空は、米軍の演習場なのだ。こんな現実を改め、可及的速やかに取り戻そう。また、15時40分、航空自衛隊のCH-47ヘリ1機が沖合いを飛び去った。



今年初めて撮ったエリグロアジサシ(16年5月10日)

今日から愛鳥週間。琉球新報さんは1面でメジロの子育ての写真を載せていましたが、私は及ばずながら、エリグロアジサシを今年初めて撮りました。

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拡大してみていただくと、後頭部の黒と頭頂部の白がはっきり目立ちます。これまでも何回かエリグロと思うアジサシを見ていましたが、これは鮮明でした。辺野古崎側の長島付近です。しかし個体数はわずか。この辺が静寂な海に戻らなければ、多くが渡ってくることはないでしょうし、繁殖はおぼつきません。早く静かな海に取り戻したいものです。基地建設など、out of the question! (もってのほか)。 16年5月10日10時22分 山本英夫撮影

今朝の新聞報道から(16年5月10日)

 おはようございます。今朝の新聞報道から2、3。沖縄タイムスが報じるところによれば、小中学校、保育所、幼稚園への空調補助が廃止される動き。2016年度からの新設分。沖縄では、全国262施設の4割にわたる108施設だと。うるささ度合いが3,4級の「影響の小さな場所」だと国は言っているようだが、1日のうち10分間の測定に基づいているらしい。

 形だけ決めて実態がどうなるか分からないという国の基本姿勢が問題だ。理由は財政不足だというのだから呆れる。米軍様のためならば、財布を振ってでもだすくせに、住民のためには渋るという発想がおかしい。国家のために、住民は我慢せよ、忠義を尽くせといいたいのだろうか。あほか!

 佐賀空港にオスプレイの動きが報じられている。私が現地を見て思った通り、やはり格納庫の敷地分を取り上げる(買収)らしいのだが、関係者に何の相談もなく、その準備作業に入ると。有明海漁協と佐賀市が容認に転じたらしい。あきさみよー。

 もしも佐賀空港がオスプレイの基地になれば、南西方面重視策と重なる。ここから那覇基地や石垣・宮古の軍事拠点化が結ばれ、無論、辺野古新基地計画とも。自衛隊と米軍の共同使用がなし崩し的に拡大していくことは目に見えている。断じて許してはならない。

2016年5月 9日 (月)

海は上等、ゲート前は…。

2016年5月9日晴れ。暑い。連休が明けたのに梅雨の兆候なし。梅雨前線は北へ行ってしまった。

 今日もフェンスのバナーは外されていた。誰だ、犯人は? お陰で月曜日の日課をこなしたTさん。バナー、続々と届いています。ありがとうございます。

 海上行動隊から無線。今日は無線の聞こえが悪かった。海保の浜でクレーン車が動いている。余り進捗していないようだ。作業は我々は過敏に意識しているとのこと。「近づいたら作業中止」だと決めているかのようだと。よって、遠巻きに観察。

 11時9分、上空を戦闘機音。見えないが、2機、+1機、+1機。11時20分にも1機。これはF-15。

 スパット台船2基の撤収作業が始まったと。網を外して。あす以降に移動させるのか。

 今日も引き潮が大きいので、干潮前にこちらの行動を終了させた。12時ごろ船団もカヌーも帰路に着いた。

 ゲート前に10時30分頃から「日本の心を」なんちゃらの団体が登場。米軍基地を守り、新基地建設を推進する「にほんのこころ」。沖縄の心はないらしい。高性能のスピーカ-を数台持ち込んでの座り混み行動に敵対。混乱をもたらし機動隊を入れて、一時騒然となったようだ。12時ころまで。なかに和田政宗参議院議員もいらしたようだ。今会期中ですが。ちなみに彼は41歳。元NHKアナウンサー。宮城県選出。こんなところにきて、ワーワーやっている場合じゃないでしょ。東北大震災の反省がというならば、熊本に行って教訓をたれてくれば(そんなことが彼のブログにあがっている)。

 浜のテントに居る我々には全く聞こえなかった。風向きが真逆だったから。後で、聞こえなかったのと、お叱りを受けてしまった。

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テント前の辺野古川河口。11時53分。潮が引いてきたがまだ薄い水面が残っている。

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那覇から来た人に私が説明したあとで、彼等はミナミコメツキガニを見に行く。どんどん潜る、見えなくなるのに、愕いたであろう。こんなささやかな体験だけでも、ここにきた印象が違うはず。14時16分

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干上がった先まで犬の散歩に出たY船長。15時24分。偏光フィルター使用。(左)

15時25分。外洋は白波が立っており荒れている。偏光フイルター使用(右)。左は雲がかかった状態。右は雲がない状態。

翁長雄志沖縄県知事等、今日(5月9日)訪米

 本日、翁長雄志沖縄県知事は、訪米しました。もっとも今回の目的は来る10月に予定している第6回世界のウチナーンチュ大会の宣伝のためです。訪問先は、ハワイ、ロサンゼルス、ワシントン、さらにカナダのバンクーバーの4都市です。

 大会は10月27日~30日まで、国内外のウチナーンチュ5000人の参加と、延べ約35万人の入場を見込んでいる大プロジェクトです。

 むろん、こうした機会を新基地建設反対の国際世論を創り出す場にもしようとすることは、当然なことでしょう。

 また今回の訪米でも、米国政府関係者に基地建設反対を訴える場をもとうと、沖縄県は努力してきたようですが、現時点で誰に会えるのか会えないのかも、不透明なままです。

 他方で先だって訪米した佐喜真淳宜野湾市長は、国防総省のデンマーク次官補代理、国務省のヤング日本部長らと会見しています。「普天間の危険除去」しかいわず、辺野古への移転を織り込み済みの同市長は米国政府にとっては、同志であり、波紋すら起さないからです。相手が翁長知事ともなれば、当然のように波風が立ちますので、責任ある回答ができる高官が対応したくないのは、ある意味で必然です。ここを突破していくためには、沖縄が、日本中が米国に対して、異議申し立てをガチにやっていくしかありません。

 私達は翁長知事に対して、チバリョーのエールを送ると共に、私たち自身が米国に届けていく力を強化していきたいものです。

沖縄報告と討論会に出掛けます(16年6月8日~12日)

 下記の通り、6月8日から12日(8~10日の夜の各1回と11日の午後・夜の2回の計5回)を企画したいと思っています。

 時間が迫っており、誠に申し訳ありませんが、皆様のご協力を切にお願い致します。(拡散を御願いいたします)

 

「沖縄報告と討論‐沖縄県と日本政府の『和解』の真相、琉球諸島軍事要塞化の中で参議院選挙の前に考えておきたいこと」‐以下の企画を主催していただけませんか?

◎趣旨‐沖縄県名護市在住のフォトグラファーの山本英夫です。2015年11月に沖縄報告会を開催させていただきましたが、沖縄県とこの国が「和解」に応じている今、私達が考え立ち向かうべき方向性を共に考えたい。

◎内容① 本題に入る前に‐この国(日本)は沖縄をこれからも軍事植民地として押さえ込みたいようです。記憶を辿りなおせば、この国は昨年8月、戦争法成立を期して、沖縄との分断を図る為に「協議」と称して、工事を中断。再び今「和解」と称して工事を中断。こうした国家意思の中に私は選挙対策以上のものを感じます。何しろ、何一つ再考する気のない権力者達。

 ここで私は自分自身の沖縄に対する【罪責】から考えたいと思います。あの若き日々の70年~72年(18歳~20歳)の沖縄返還を巡る時期。それから私が沖縄に通いだすまでに17年の空白がありました。『安保が見える沖縄』と言われて、初めて訪ねた沖縄(89年5月)。今考えれば、沖縄のことはまだ他人事だったのです。

 自分の問題から、ことを改めて考えるのは、自分を括弧でくくってはならないと思うから。具体的に考えざるをえないから。皆さんにも(世代を超えて)参照していただけたら嬉しく思います。

◎内容② 2015年反安保闘争‐戦争法は立憲主義に反する。もちろん私も同意。しかし『戦後70年日本は平和だった』のモノ言いに、私は疑問を禁じえません。これには沖縄の視点が欠落しています。今沖縄は「沖縄県」かもしれませんが、沖縄は「日本」と全く別の歴史を歩まされてきたのです。45年、52年、72年。それから44年が経ちますが、現在も沖縄は在日米軍基地の74㌫が押し付けられたまま。この国の政府は沖縄の声を聞く耳をもちません。何故でしょうか?

◎内容③:『辺野古が唯一』ですか?-何故私達は新基地建設反対と主張しているのか、もう一度初歩から整理します。そして安倍政権が確定した13年防衛計画大綱(「南西方面重視政策」)にそって強引に押し進められている政治の本質に迫ります。

◎内容④:新基地建設と改憲の流れに抗するために‐7月の参議院選挙の結果、自公政権・改憲派が3分の2以上を占めたら、待ったなしで明文改憲が襲い掛かってきます。私達は如何に対抗していけばいいのでしょうか。改憲の激流の中で、私達は生きることを諦めず、地域自治の流れを推し進め、沖縄と「日本」(ヤマト)の分断を超える(アジアの再発見、自然の再発見)道を歩みたい。

◎要請:上記の企画を設定してください。今回は6月8日~12日の日程で東京に行きます。場所は東京都内。近県でも半日以内の移動で動ける範囲なら可(要相談)。

◎条件:講演料 15000円+交通費(回数で総額を割る) 都内の場合は不要ですが、宿泊が必要になる場合は+宿泊料。

◎連絡先:メールにてご連絡ください。pzyamahide@lemon.plala.or.jp 山本英夫

◎プロフィール:フォトグラファー(自然写真・報道写真) 1951年7月東京生まれ、世田谷育ち。東京オリンピック前の60年代初め自然破壊・人類の危機を感じ取る。67年自然保護運動から政治に関心をもつ。70年代ベトナム反戦、反安保の闘いなどに関わる。89年5月基地の島沖縄を訪ねる。11年から与那国島、石垣島、宮古島にも継続取材し、13年10月、名護市に居を移す。辺野古テント村、海上行動にも参加。スライド&トーク、写真展、パネルの貸し出し等を積み重ねてきた。ブログ「ヤマヒデの沖縄便り」を日々更新中。

 

 

2016年5月 8日 (日)

日曜日だから自然科学した(16年5月8日)

2016年5月8日(日曜日)濃霧後晴れ。大潮。

今朝は濃霧に覆われていた。日曜日でもあり、工事、抗議行動、カヌー演習、米軍の演習等すべてなし。

今日の私は、辺野古テントに在席。

少し自分の席をあけていたら、アブが交尾中。こういう時彼等はおとなしい。熱中しているから無警戒だ。レンズを鼻先まで近づけても大丈夫。

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10時5分。お邪魔しました。

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3世代合同のグループが来訪。子ども達は早速ヤドカリを捕まえて来て遊んでいた。ぞうりで包囲していた。

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テントの中で3名様に。浦島悦子さん。外では約30名様に孝子さん。内と外は珍しい。

11時30分現在ミナミコメツキガニの姿を認めていない。霧も晴れてきて、気温も上がってきたのだが。12時9分ミナミコメツキガニでてきた。ほっとした。なぜだろう。

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12時9分、少しづつ出てきた。これは13時3分撮影。手前にミナミコメツキガニがいる。

その答えは、昨日の豪雨で干潟の地中に雨水がたまっている。このために地中の気温が上がるのが遅れた。このために地上気温と地中気温の落差が生じたのではないか。

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13時14分。長島、シュワブ岩周辺も露出している。

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河口の先のサンゴ礁。今日もたくさん露出している。

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13時19分、河口のミナミコメツキガニ。無数か。

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13時21分。キアシシギがコメツキガニを食べているが、一匹一匹。其れも群れの中に分け入らない。周囲から狙うだけ。キアシシギは食べすぎない。独り占めもしない。

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一個一個食べる。待てよ。彼等はコメツキガニの大量の群れをみて、びびっているのかもしれない。だから、近づかない。いずれにしても人間の傲慢さに呆れる。反省。

14時過ぎ世田谷時代の先輩・友人が来訪。元地区労議長。沖縄の友人と3名で。私が説明した。お元気そうだ。

京都からのご夫妻が見えてサンシンと唄。

暑い一日だった。

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たくさん、花弁が落ちている。何の木だろう。15時56分。

今日は晴れたのでイジュを撮りました。

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15時58分。イジュ。













夏です!(ほんとかい?)(「今日の1枚」-16年5月8日)

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 今朝の辺野古あたりは深い濃霧に包まれました。テントから眺めると、フェンスから先が見えなかった。基地がなくなったかのようでした。昼過ぎから快晴のようでした。しかし雷鳴が轟きました。外に出て北側を見上げると、ご覧のようです。天頂に太陽があり、積雲が発達中。そこまで夏がやってきています。

 梅雨前線は北上しており、梅雨空の雰囲気は一掃されています。そういえば未だ台風は1号も発生していません。梅雨といい、台風といい、どうなっているんだろ。

海を越え平和の手をつなごう(16年5月14日)

これは沖縄と韓国の反基地運動の積み重ねの中から生まれてきたもの。今年も大いに盛り上がるに違いない。

○武力で平和はつくれない(基調)

○米軍基地の環境・人権侵害

○ドキュメント上映(沖縄と韓国)

○戦争の脅威に立ち向かう(報告)

5月14日 10時から16時

沖縄県立博物館・美術館2階講堂

参加費無料(資料代1000円 学割アリ)

主催:沖韓民衆連帯 090(1088)3007

◎じっくりと聞き取り、手をつなぎ、明日に向けて動き出そう。もう時間がない。(ヤマヒデ)

2016年5月 7日 (土)

「和解」から2ヶ月あまりが過ぎたはず(16年5月7日)

 確か国と県が和解に応じたのは16年3月4日だった。つまり2ヶ月が過ぎている。国は4月30日にフロート撤去作業を開始したとアピールしたが、遅々として進んでいない。今回はやけにゆんなー、ゆんなーしている。

 2016年5月7日曇後豪雨後晴れ

9時過ぎに港を出た。我が船団は4隻。

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まだフロートはご覧の通り。瀬嵩沖。出てきた海保のGBだ。作業をやっているからと。

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ここは回避してフロート沿いに移動。

長島の前にてカヌーチームのお出ましを待つ。

レジャービーチ前では、和船等が作業中らしい。フロートの引き揚げ作業。

9時40分カヌーチーム13隻が長々から大浦湾に入ってきた。

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続いて別の班の4隻も入ってきた。計17。

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シュワブ内の敷地でクレーンがフロートを積みあげている。9時52分。

大浦湾のガイドパイプ前に結集。意思表示をする。

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9時58分。シュプレヒコールも。平和丸1号からは音楽を流す。随時マイクも使う。工事を中断して、ここから引き上げろと。

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9時59分。長島の前で。後方、美ら海(左)と不屈(右)。

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10時1分。辺野古崎前。シュワブを望む。

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後方の台船を睨みながら。10時2分。

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カヌーの後方は美ら海。10時2分。

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デモンストレーションが終わって一段落。

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思い思いにゆんたくが入る。10時29分。

作業は遅々たる感じ。ワザワザだろう。今後も看視しながら具体的に要求していかなければダメだろう。コンクリートブロックを撤去せよ!

11時過ぎ港に戻った。私は「ゆがふ世」に乗る。サンゴ礁の楽しみが。

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11時50分。テーブルサンゴ。これはいまの大浦湾の海。海が生きているから生物も生きられる。周囲の森があるから、森が生きているから、サンゴ礁も生きているのだ。

ここを死の海にさせてはならない。「死の海の文明」など、真っ平ごめんなのだ。まして「戦争の文明」など、いらない。

13時過ぎに辺野古テントに戻る。

14時40分ごろから豪雨。叩きつけられる。干潮の場所に上流からの流れが。

赤土がどんどん流れ込む。上流は米軍の演習場。

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潮が引いているから、余計に雨が流れ込み、広く拡散されてしまう。14時51分。

15時過ぎから晴れてきた。

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辺野古川河口。色の差がくっきり。







今日から夏の日になったのか

 暫く前に暑いと思った日があり、いよいよアイスコーヒーをつくろうと容器を洗い準備していたのだが、この1週間、涼しげな日が続いた。しかし、遂にアイスコーヒーをつくったし、冷房も入れた。汗拭きタオルも出した。未だ梅雨に入っていないが、歩けば汗をかき、部屋に居ても汗を吹く。もう夏なのだ。諦めて暑さ対策を怠るべからず。がんばろう。

 沖縄にお出でになる皆さんは、暑さ対策を忘れずに。くれぐれも素肌をさらして焼けどしないように。水分補給と塩分補給を忘れないで。

グラスボートからサンゴを撮った(「今日の1枚」-16年5月7日)

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 今日はじめてグラスボ-トに乗った。「ゆがふ世」号。天気はよろしくなかったが、波はなかったのでほどほどの見えぐあい。場所は大浦湾カヌチャビーチ先(安部崎より)。今日は大潮で年間の中でも最大に引く時期。すぐそこにサンゴ礁の別天地が広がっている。魚も泳いでいる。これはテーブルサンゴの仲間。

 ガラス越しなので、ちょいと条件は悪く、残念。それでも夢心地の気分になれた。そのせいか、撮影は下手でした。

丁度県内の高校生と顧問の先生が来ており、シュノーケルで撮影していた。それにしても何でこんなところを壊すつもりか!?

 因みにここは直接の埋め立て予定地ではない。しかし海流が大きく変わり、現状のような安定した海域は失われるだろう。水質の悪化、水温の上昇も避けられない。

○無断転載を禁じます。

明日5月7日も海上総行動・海と陸との連帯行動

 明日16年5月7日も去る4月30日に続いて、大浦湾で海上総行動を行ないます。8時辺野古のプレハブ(テント2)に集合。9時30分汀間港を出港。10時から12時頃まで。

 主催はヘリ基地反対協議会と海上行動のカヌーと船団のチームです。乗船は希望者でも天候、定員によって乗れないことがあります。

 また陸上からもゲート前座り込みの人人にエールを送っていただき、交歓します。第3ゲート前になると思いますが、当日ご確認ください。共に闘いましょう。

2016年5月 6日 (金)

オスプレイという蛇が美ら海を呼び出した(16年5月6日)

 2016年5月6日(金)曇後晴れ

 今朝は視界は悪いし、うねりもある。それでも海上行動隊は出ました。シュワブの中でクレーンが動いていると。小型のフロートを整理しているようです。

 9時11分、今日もシアターの建物の上で作業が行われています。これにカヌーチームが抗議。大浦湾瀬嵩近くのフロートの撤去作業が始まっています。2重のものを取り去り、難波丸や和船で外しています。

 9時29分、カヌーチーム、辺野古崎から長島へ。

 10時49分、平和丸1号から。大浦湾側のフロートは1重になったと。但し、辺野古崎から長島は未着手。4重のまま。

 11時15分頃から12時30分頃までUH-1ヘリコプターが2機、周辺を飛びまわっています。

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11時36分撮影。テント内。今日で4401日目の座り込み。

昼前から晴れてきました。

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13時1分撮影。辺野古川河口。今日も大潮。

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辺野古川河口。手前にミナミコメツキガニが出ています(黒のぶつぶつ)。

キアシシギが4羽。

14時頃からオスプレイの音が聞こえてきた。ここ(辺野古テント)からは見えない位置。豊原方面です。

先ずは平和の塔まで上がってみたが、予想通り見えず。よっしゃ、行ってみよう。豊原へ。

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途中の坂道で。ブーゲンビリヤが美しい。

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豊原に上がると。ゲットウが咲き誇る。

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14時52分オスプレイが出た。やはりこの台地の上を飛んでいた。2機。

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豊原から平島を見る。14時58分撮影。

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豊原から建設予定地方面。長島と辺野古崎の奥に大浦湾側も見える。

この海をつぶすって、ありえんだろ。

豊原も素敵な場所です。もっと行きたい。

15時30分にテントに戻りました。









豊原で気付いた記憶(「今日の1枚」-16年5月6日)

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豊原の丘から見た辺野古の海。

確か、前回豊原のここにきたのは、13年3月。涙しながらこの海を撮ったものだ。

この写真の正面が建設予定地だ。右奥が長島で、長島と辺野古崎を挟んで埋め立てられ、赤い屋根の建物あたりが右側の滑走路、その左側(はみ出している通信塔付近)が左側の滑走路となり、この写真で見えている海の大半がコンクリートで覆われてしまう。

 手前の赤い花はグラジオラス。

 今日歩きながら思い出した。27年前の(1989年)5月6日が私の沖縄初体験の日だった。「安保が見える沖縄に行こう」との誘いに乗ってきたのだが、あれから27年間の月日が経ち、私も沖縄も変わった。安保が見える沖縄は今でも変わらないが、そうさせているのは誰だ?日本国であり、日本国国民の大半の意識だろう。沖縄に安保・基地を押し付けて、いけしゃーしゃーと「日本を取り戻す」という宰相。あるいは「戦後日本は平和だった」とのたまう戦後日本の護憲意識。

 この27年間とは、沖縄にとって、重い。45年から72年の米国に分割された27年と重なるのだ。無論私の27年など取るに足らないものだが、それでもぶちぶちと衝突してきたからこそ、励まされてきたからこその27年であり、沖縄に居を移した2013年からの3年だ。

 『安保が見える沖縄』とは、所詮他人事としての沖縄であり、だからこそ客観視できる沖縄ではなかったのか。あれから27年経った今でも、まだまだ何をどう捉えたらいいのか、戸惑うことが多いが、自分が丸ごと中に居る沖縄に、だからこそ、「日本帝国」に押しつぶされず、押し返す闘いは避けられないのだ。どんなに悔しくても、どんなに哀しくても…。

○文・写真の無断転載を禁じます。

「日本のメディアが危ない」5月11日 東京

「日本のメディアが危ない」

2016年5月11日(水)18時30分開場

東京堂ホール(神田)

鼎談:池田恵理子・永田浩三・北村肇の3氏

詳細はhttp://www.tokyodo-web.co.jp/blog/?p=11094

○何れも現場経験があり、今もメディアと近い位置でご活躍されている。単なる評論に留まらない内部の状況と外部の状況を重ねてのお話が聞けるはず。

私たちにとっても見過ごない、物申すことがますます重要になっている時節を迎えている中での企画。ぜひ参加を。(ヤマヒデ)

これは大失敗の一日(16年5月5日)

2016年5月5日曇後晴れ後曇。波ややあり。今日もテント番と決め込んだのが失敗の巻き。

今日は大潮で浜下りの日だった。曇ってるからと、海をサボった自分が悪かった。昼ごろから晴れてきて、サンゴ礁などを堪能したとあとできいた。確かにその様子が遠くからも視認で来た。

 海上行動は今日も船3隻とカヌー11隻。練習班が3。

 9時37分ころ、沖合いを西から海兵隊の高速輸送艦ウエストバックが通る。レッドビーチから移動中らしい。

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雲っていてはっきりしないが、拡大するとしっかりわかる。

10時12分、豊原方面から北にオスプレイ1機が飛ぶ。

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今日はオスプレイや大型ヘリが周辺を何機も飛んだ。

10時過ぎにカヌーチーム、大浦湾に。

10時50分練習班の3名が河口から上がってきた。

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潮が引いている。

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休憩後でていく練習班。沖の波間のあちこちにさんご礁がでているのがわかる。そうだったのかと、内心悔しがるヤマヒデでした。

11時過ぎカヌーチームは平島で休憩。ゆっくりとサンゴの海ヲ楽しんだらしい。

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河口のミナミコメツキガニじゃ、負け惜しみにもならぬ。

12時35分、CH-53、1機、12時36分、オスプレイ、1機が飛ぶ。

13時50分過ぎに移動。松田ぬ浜の手前の道で、キキョウランが実をつけている。青い花が青の実をつけるようだ。左の黄緑のはこれから熟すのだ。

風が強くてピントが合わない。1ミリ単位の焦点だから、大変だった。

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こちらはやや手前の場所(テント2、プレハブより)

イボタクサギ。2日前には美しかったのだが、今日はちょいと遅い。一昨日は天気が悪くて撮らなかったのだ。

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直ぐ隣に咲いていたムラサキカタバミ。お墓の階段で。

浜には7,8名の観光客が来ていた。

14時58分またCH -53の音が聞こえてきた。

15時過ぎにお子様連れの一行が。プードル犬も。何だか可愛いというか、おもしろいかお。よく見ると、なるほどかわいい。しばし戯れてしまいました。

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2016年5月 5日 (木)

カメラの置き方(2)

 「カメラの置き方」で検索されている方がいる。私の場合は、野外でのもの。決していい条件でないときの、止む終えぬ措置。そこを了解の上、ご理解願いたい。

 基本は、①カメラ本体(レンズ)の安全性、②次の行動に向けた素早い展開を可とする、迅速性、③自分の安全の確保を図る安定性、この3つから考えるべし。この3つを完璧に満たす事はない、と知るべきだ。そうはいっても、どれかに欠けると思えば、無理してはならない。やはり、これが基本だろう。

 それでも、ここはなんとしてもというときがある。③、①、②で考え、常に次の展開を考えながら、ことを写す事。

 落とさない、濡らさない、汚さない、だ。レンズは風下に向けること。カメラを地面に置いたときは必ず点検して汚れ等がないことを確認すること。

 第3者が居る場では、置いても良いか確認して。ここにおいてますとわかるように。盗まれそうな場所には置かない、置くならば自己責任で監視する。

 なおお行儀よく使う室内カメラマンは、別途注意点があるはずだ。

アカショウビンとカワセミが居る暮らし

 今日(16年5月5日)、安次富浩さんが釧路での講演旅行から帰ってきた。根釧原野でタンチョウヅルを見せてもらったとか、霧の釧路が幻想的だった話等を聞いた。

 こちらはもともと北海道大好き人間。何度も行った道東であり、根釧原野、根室、知床半島等々のイメージが喚起されてしまう。今沖縄に居るわけで、北海道・道東情報を封印しているのに…。

 しかし我が方だって、素晴らしいのだ。さんご礁があり、アカショウビンの声がすると探していたら、自分の3mの距離にカワセミがやってきた。これが、私にとっては、名護暮らしの魅力だね。考えてみたらものすごい贅沢。

 先日は本部町にコウノトリがきていると報道されていたが、未だ観にいけていない。残念だ。贅沢な素はあっても生かしきれていないのが現状なのだ。

全国同時多発ピースリーディング開催中

 5月3日~19日に掛けて、北は青森から南は沖縄まで、全国同時多発ピースリーディングが行なわれています。これは、非戦を選ぶ演劇人の会が呼びかけて、『9条が好きと言えなくなって…』と『明日、戦場に行く』の台本を公開し、全国各地で、同時多発的に上演していく取り組みです。詳細は以下のブログを参考にしてください。

http://www.hisen-engeki.com/doujitahatsu.htm

舞台俳優の皆さんが取り組むピースリーディング(平和を考える朗読劇)であり、まさに今の状況の中から生み出されてきたものなので、インパクトにとんだ仕上がりになっているはずです。ぜひとも可能な場所と時間を見計らって、お友達を誘い合わせて見に行ってください。

料金、予約等は個別に確認してください。

http://allatonceness.seesaa.net/

演劇の魅力とは生の人間がその場でやることに尽きると思います。はっとさせられたり、自分は分かっていると思っていることも、新たな側面を気付かされたり。

 戦争が始まる…、などということはあってはならないことですが、気がついたときには止められなくなっていたりします。既に私達はそのラストチャンスを迎えていると私は考えています。

 見たら、あなたができることをしてください。その第一歩はあなたが見に行く事であり、友人を誘い合わせることです。なおこれは集会に参加するアクチュアリテイとは、また別のインパクトがあります。頭で考えるばかりでない、芝居という空間の中で擬似体験できるのです。見たらおしまいでなく見てから新たな舞台が始まるのです。

昨日はさまざまな準備に費やした

 今日で連休の最終日。昨日も国道58号線のくだりは、歩いている私とどっこいどっこいだった、今日はもっとひどいはず。充分に時間の余裕を持って動いてください。それからいやに緊急車(救急車やパトカー)が多かった。お気をつけください。

 色々と新たに手がけようと思っていることがあり、ボチボチ検討している。いや参議院選まであとわずかになってしまった。急がなければならない。そうだったのかとか、なるほどと思いながらやっているのだが、まとめていくのは容易じゃない。

 自分と皆さんとの温度差もあり、その双方を勘案して正しい問題意識を作り出していかないと、自分の熱だけで、相手に伝わらないとか、反撥されてしまうとかもあり、難しさを感じている。

 この機に及んでもボーっとしている人が多数派なのだと思うと、焦りを禁じえないが、自分は哲学者でもなければ、思想家でもなく、ただのフォトグラファー。空間と時間を越え(橋をかけ)、分断を超える果実を一枚でも撮りたいし、編集して伝えたい。

 自然がすきというのは自分の子ども時代からのテーマだ。残念ながら私の子ども時代の悲観的な予感は当たってきた。自然を壊して進む文明は地球を壊し、人間も壊す。大都市が、高層マンションが、どれだけの自然を壊してつくられているのか、考えてもらいたい。海も森も壊して、放射能しかない地球にしていくのか、恐ろしすぎる。貧困、難民、誰が作り出しているのだ。戦争も。

 「戦後70年、日本は平和だったのに」という人人には、本当かい?と問い掛けたい。血塗られた心を改めたのか? 薄っぺらな平和主義で、侵略戦争の実態を隠しただけ。沖縄を切り捨ててきたし、朝鮮半島の分断を放置してきた。

 東京の憲法集会に5万人。大いに結構なことだが、これは出発点。最大公約数を広げるのは不可欠だが、「憲法を守れ」の裏にある本質に迫らなければ、無駄な努力に終わりかねない。参議院選挙もそうだが、改憲派の3分の2を阻止するのは至上命題だが、同時にこれは最低限のライン。ここから反転攻勢ができるかが、更に大問題。

 沖縄県議選についても資料を整理した。まとめていきたい。

 せめて子どもの日ぐらい、子どもの、大人の笑顔を見たいし、撮りたいものだ。

2016年5月 4日 (水)

花と蝶、なーんちゃって(「今日の一枚」-16年5月4日)

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先ほどちょっくら昼食・買い物・思索にでかけた。ついでにコンパクトデジカメをもっていった。名護市街にも美しい花がたくさんあった。これなら「花と蝶のプロムナード」にできるのにと、一人合点した。

 その中の一枚。花は西インド諸島原産のトウワタ(ガガイモ科)。蝶はシロオビアゲハ。カメラから10センチぐらいの距離まで近づいてくれる。こちらの腕に停まりそうだった。コンパクトデジカメならではの距離だが、ピントや露出(被写界深度)は、無論一眼レフに及ばない。

 意外だったのは案外、アゲハの顔から胴体にピントが合い、翅の動きもでたのは、さすが(偶然か)だった。

今日はお休みしてます(16年5月4日)

 昨夕寝てしまい、23時に起きた。それから3時過ぎまで起きており、バテました。だから辺野古をお休みにして色々とやります。

 来週は5月15日の沖縄デー。沖縄平和行進があり、テントは大忙し(5月13日から16日)。その前に色々とやっておきたいし。昨日もテントで言っていたのですが、平和行進に来る人用の新基地反対の説明バージョンを準備しておきます。がっちり渋く、皆様に残る内容を開陳いたします。

 よろしうおねがいします。

沖縄の憲法集会に思う(16年5月4日)

 昨日5月3日沖縄県憲法普及協議会が主催して憲法集会が開催された。私は辺野古テントに居て参加しなかったが、新聞報道を参照しながら、いささかふれてみたい。

 私が参加しなかったのは、那覇まで出る足がないこともあったが、14年、15年と参加しており、今年は特に聞きに行くまでのことを感じなかったからだ。

 私は今日の改憲をめぐる状況は戦後最悪であり、最終段階に到達していると烈しい危機感をもっている。このことは日々のテントの中で、はっきりと訴えている事であり、今夏の参議院選の結果如何によっては、真っ向から明文改憲が降りかかってくるから、ここが正念場だと日々言い続けている。

 昨日の集会はメインスピーカーに高橋源一郎さん(作家)と、トークセッションがあった。高橋さんは、個々人が民主主義を「社会をよくするための手段」として重視して、取り組んでと訴えたようだ。沖縄の独自性についても触れたらしい。

 沖縄の独自性とか特殊性を言うならば、そもそも日本国憲法が沖縄を米軍の軍事拠点として切り離したことから成立を見たことに言及していただきたい。失礼ながら、高橋さんにこんな注文をつけるのは無理だろうが、これは主催者の問題だろう。今こそ沖縄発の憲法論議が重要ではないか。

 高橋さんが呼ばれたのは、シールズとの討論本が出たからだろう。私は未読なので言及できないが、彼(私と同世代)ならば、議論のところで、色々な交錯を果たせるだろう。

 トークセッションは高橋さん、シールズ琉球の元山仁士郎さん、石橋柚里さん、安保法制に反対するママの会@沖縄の城間真弓さんが沖縄の民主主義のあり方について議論したそうだ。それぞれが直面している問題を率直に話したようだ。「若者を交えた熱い対話」(沖縄タイムスの見出し)を大いに歓迎したい。この中でも石橋さんが触れたようだが、「身近な友達との間に溝ができたと感じることが増えた」と発言したそうだ。それはそうだろう。同じように議論ができれば誰も苦労しない。表立てて言う事は、波紋を呼ぶことだし、そこから議論が始まるのだ。その際に、どう議論をつくれるのか、如何にアクションを生み出せるのかが問われるのだ。民主主義という手立てをここで活かさなければならない。

 しかし難しいのは、さまざまな場には縛りがかかっているということだ。家族関係、地域、大学、企業、などなどの縛りの中で如何にして抗い、押し返し、議論を先導できるか。友達の中で触れてこなかった問題をいかにして表に出すのか。丁寧な議論が必要だ。当面、沖縄県議選や参院選があり、投票に行く行か行かないかからも議論ができるはずだ。

 もっとも今の若者はネットの世界に浸かって、思い込んでいる人が多いからやっかいだ。こんなときに役立つのが「それってどうなの? 沖縄の基地の話」(おきなわ米軍基地問題検証プロジェクト編集・発行 100円)がある。

 城間さんは辺野古のゲート前にも度々来ていて、発言もされている。地域でもばりばりだ。こうした若いおかあさんが出てきて、地域の中で、子育てなどを通して、広がっていったら、大きな力になっていくだろう。

 もうひとつ。1960年代の昆布闘争を闘った佐々木末子さんが当事の闘いを振り返りながら発言している。これは旧具志川の天願桟橋に隣接する場所を拡充すると米軍が強制接収しようとしたものを阻止した闘いだ。土地を守り抜き、基地の拡充を許さなかった闘いから私達が知るべき考えるべき課題は大きいはずだ。

 私は沖縄に居を移して未だ3年だから、まだまだわからないことが多い。しかし沖縄では基地問題は、憲法の下に、経済の下に埋め込まれており、基地があることが前提化されている。ここを突破しつつあるのが、オスプレイの導入をめぐる問題だし、今の新基地建設問題だ。フェンスという壁による分断を揺るがすことが、それを可視化することが沖縄でまずやっていかなければならないことだろう。ここが写真家としての大きな課題だと考えている。

○参考記事 

①名護人が語った在る真実

http://photoyamahide.cocolog-nifty.com/yamahideblog/2016/05/post-eb93.html

②5月3日~4日に掛けて考えたこと

http://photoyamahide.cocolog-nifty.com/yamahideblog/2016/05/post-4efb.html

 

米軍の戦闘訓練、雷雨に見舞われた1日(16年5月3日)

 2016年5月3日憲法記念日。米軍はただの火曜日。曇後雷雨。

 今日は寒冷前線の通過の予報で、海上行動を全面中止に。来訪者も少ない。海上行動の仲間が大勢詰め掛けて、一時賑わった。

 視界は悪いし、撮るものもない。13時過ぎ、来訪者に説明中、フェンスの向こうに兵隊が居るのを目撃したが、途中で話を打ち切るわけにいかない。13時15分オスプレイ1機、沖合いを西へ飛び去る。水平モードなので、速い。13時20分、一時豪雨に。13時30分ごろ雨止む。

 すっかりフェンスの向こうの兵隊のことを忘れていた。急に思い出したので見たらまだいる。14時過ぎから14時20分まで松田ぬ浜にて撮影。

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ファイティングポーズ。殴り倒す訓練と観た。

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前に倒れて、匍匐前進へ。弾除けの基礎。

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座り込みじゃないす。これも弾除けのポーズだろう。左の二人が指導者・指揮官か。

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前転。素早い動作で弾をよけろ!(当たったら運が悪いと思え!なのかな)

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足元にハマダイコンが咲いていた。

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今度は銃身で殴りかかり、敵を倒す。

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交替で銃を持ち殴る。

あーあ、だ。何度見ても嫌な感じだ。人間を人殺しにしてはならないだろう。国家といえでも、国家だからこそ。雨が降ってきそうなので、テントに戻る。

15時15分頃、濃霧。雨がまたくるぞ。

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15時17分。長島、平島まったく見えず。

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15時27分テント前。凄い雨に。雷もバリバリだ!

今日の撤収はどうなるか。私は雨具を着て、荷物を運んだ。

そんなわけで憲法集会に行きませんでした。







5月3日から4日に掛けて考えていること

 5月3日、辺野古から帰宅後、さっさと寝てしまった。疲れた。23時過ぎに起きた。3日は憲法記念日。東京では5万人が集まったそうだ。ご苦労様。古謝美佐子さんも参加して、「童神」等を熱唱したようだ。ゆりかもめ(モノレール)が止まったとか。

 私のような「戦争を知らない子ども達」は、「憲法」と言われても余りぴんと来ない。「平和が大事」といわれても…。私が父親から聞いた戦争中の話は幾つかある。彼は病弱で、運よく最後の最後に兵役に取られたので、人を殺していない。戦場に駆り出されていない。

 彼は東京にいた。B-29がしばしばやってきて爆撃していたが、こちらの対空砲は全く届かず虚しく響くだけ。やつ等は高空から爆撃。海軍の戦闘機、飛燕が飛び立っても、という話。私が当事の話のなかで一番響いたのは、軍国主義の時代の中でイジメが蔓延していた話。これが私の反戦の基礎の基になっている。

 私自身小学校時代はイジメられたし、私の家の隣が養護施設で、彼等(彼女等もだろう)はイジメられていた。身をもって体験しなければ、原動力にならないし、思想にもならない。

 私の小学校時代の楽しみのひとつは、プラモデルの製作だった。ゼロ戦とか、大和とか。テレビは「コンバット」。アメリカ製の戦争もの。しかしこんなことをやったり、みていても、平和主義者になっていた。

 今大切な事は、「私達が主権者なのだ」という意識を育むことだろう。あの戦争を「終戦」としか捉えられなかった認識を「敗戦」だと捉えなおすこと。自分たちの親などの世代が何をやらされていたのか、しっかりと見つめなおすことだ。ここを抜きに主権者になることは不可能だ。

 恥ずかしながら私が沖縄に出会ったのは、70年から72年の反安保、沖縄解放、ベトナム反戦の時代から遅れること17年後の1989年以降だ。沖縄がどうなっていたのか、いるのか、知らなかったし、知ろうともしていなかった。70年代の「反戦闘争」は、そこにベトナムの民衆の、沖縄の民衆の生き様が視野に入って居なかった、見えていなかったのだ。素通りしていたように思う。ここは懺悔するしかない。

 戦後71年、日本は軍隊を海外に送らず、人を殺さずにきたといわれている。しかしこれは本当なのか? 自衛隊しかないからとか言うな。自衛官は直接殺していなくても、この国は日米同盟の下に、核安保体制の下に、米国の侵略戦争に同調し、在日・在沖米軍を戦地に送り出してきたのだ。イラク戦争やアフガン戦争では、遂に戦場の周辺まで派兵して、直接米軍をサポートしてきたのだ。沖縄は常にその最前線におかれてきたのだ。

 平和憲法を大切にする気持ちを私は否定しない。しかし自分たちも血塗られた手に身体になっているのだ。他人事じゃないのだ。きれいきれいに、ことを考えることはできないのだ。絶望のない希望はないのだ。

 平和憲法があるから私達は主権者なのではない。私達が主権者だからこそ、平和憲法があるし、改憲を阻止し、あるべき憲法像を探らなければならないのだ。

 因みに私が一番好きなゴールデンウィークは、5月5日の子どもの日だ。男の子のじゃないよ。子どもを大切にできない社会、しない国はアホだろ。昔、教育勅語とかあったようだが、子どもも国家にお上に仕え(つかえ)なさい、なんて。平気で人を殺せて殺されることが誉れ高いのだとか。私が思うに、71年前までのこうした亡霊を私達は始末してきたのだろうか。今こそ決着をつけるべきときだ。もはや手遅れかもしれないが、だからこそ、闘いは今なのだ。

 戦争は遠い世界にあるものじゃない。否定しようとも今の私達の体内にもあるのだ。目の前の基地を容認しているかぎりあるし、食べ物の中にある。私達が使っているお金の中にある。平和憲法が大切って、私達が生きること、私達の視野に入っていない人たちも生きていること、共にの気持ちを育みながら生きることなしには、ありえないだろう。道は果てしないかもしれないが歩き続けよう。(16年5月4日1時20分)

2016年5月 3日 (火)

さがって見れば(「今日の1枚」-16年5月3日)

今日は何もないかと思えば、そうでもない。フェンス被りつきから下がってみれば、こんな絵に。

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フェンスのバナーの右後方は、海兵隊の戦闘訓練。殴る、蹴る、かわす。

ついでに指摘しておきますが、その上部のプレハブは沖縄防衛局の工事用事務所。

こうしてみると「海洋保護区に!」がまぶしく見えてきます。

さわやかな、否、冷たい風が吹いた1日(16年5月2日)

2016年5月2日(連休の合間)。曇時々晴れ間アリ。

 朝っぱらから旭川から来たという男性が辺野古テントにきた。彼は半そでTシャツだけで平気なのだが、こちらは寒い。私は昨日のピースライブ&トークの報告をした。誰かが何かをやるのを待つのではなく、ひとりひとりが参議院選挙に向けて動き出すしかないと問題提起。

 10時前からシュワブの中で兵隊が集まって何かやっている。双眼鏡で見てもよくわからない。

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15人。1時間余りこの体型だった。(10時18分)

河口は引いて来たのでキアシシギが数羽。

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こまめに蟹やゴカイを食べている。10時54分。

我慢すればもう少し近づけるのだが、未だ修行が足りない。

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こんなふうに飛ばしてはいけない。ドジ画像なのだ。10時58分。

統一連の仲村代表が通りかかり、何だか分かるのと訊かれたので、概ねと答えた。大昔は、バードウォッチャーの山本だったんだけど。誰も知らないだろうが、新浜カウントグループ(高野伸二校長以下)の末席を汚していたのだ。1羽1羽、種ごとに数えていたのだ。そんな力はもう全くありません(1966年から69年頃)。

 沖縄の5月にまだいるということは、繁殖地に到着は5月中・下旬か。あと3000キロはあるだろう。大変な事だ。ここは極小規模の渡りの中継地。

 ウインドサーフィンの彼がやってきた。松田浜から海に出る。

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おもそうだ。11時9分。

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足をボードに掛けたかと思えば走り始めている。簡単そうなのだが。11時24分。

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テントに戻り一休みしていたらまたこれだ。辺野古川河口沖を飛ぶ大型ヘリ、ch-53が2機。11時41分。今日見た53は〆て5機だった。

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再度松田浜へ。フェンスに張ったバナーは、今朝も取られていたので、新しいものをつけた。監視カメラがこちらに向かって光っている。

午後は来訪者が絶えなかった。私も何組かにお話した。なかに怪しい集団がいた。弁護士風情がお二人。記者が1名。メインの男性がお一人。彼は熱心に聞いてくださる。弁護士さんから10分というから大急ぎ。申し訳ありませんが、最低30分はかかります。

 彼は、作家の高橋源一郎さん。早く言ってくださいよ。明日の憲法集会のメインスピーカー。そうならば事前にお申し込みいただければ、事前に準備しておきますよ。

 1日寒い風が吹いていました。私は雨具を着ていました。



 

名護人(なごんちゅ)が語ったある真実

 今日(2016年5月2日)の午後、突然、50代から60代ぐらいの男性が一人で辺野古テントに現れた。名護人(なごんちゅ)だと名乗る。脇に座っていた孝子さんと話し始めていた。うちなんちゅは、怒りが爆発すれば硬いけれど、くすぶってきた。ここにきて、やっとはっきりしてきた。ここに基地を造るなんて、許しがたい。絶対に止める。

 話の口調からして、彼も作業員かな。しっかりとした考えに到達しているようだ。97年のこの話の最初から見てきて、今はっきりと態度表明しているのだ。

 孝子さんが、沖縄は、基地経済、基地経済といわれるが、実態とかけ離れていると指摘したら、彼もすぐさま同意。稲嶺名護市政は従前よりも健全財政になっている。彼も、土建屋さんは景気がよくなっていると、にっこりしていた。私はこの笑顔を見逃さなかった。

 別れ際に彼から孝子さんに握手。後ろにいた私にも握手を求めてきた。私は殆ど話しに入らなかったのだが、会話はスムースに回っていた。

 私も嬉しくなったし、大いに励まされた。私は、彼のような名護人とお会いしたのは初めて!もっともっと彼のような名護人が増えていけば、確実に止められる。その兆しは確実に大きくなっていくだろう。

2016年5月 2日 (月)

分け隔てるものを退場させよう(「今日の1枚」-16年5月2日)

2016年5月2日11時4分。

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松田ぬ浜(辺野古浜)は白い砂浜に辺野古ブルーの海。しかしこの無骨なキャンプシュワブのフェンスが自然を分断している。わけ隔てるものを退場させよう。

でか!クルーズ船だ(「今日の1枚」-16年5月1日)

 1日遅れですいません。2016年5月1日那覇のクルーズ船専用岸壁前に偶然でた。要するにちょいと道を間違えたのだ。

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こんなので、豪華な客船の旅とかしてみたい。ちょいと憧れますが、まず無理だ。

そもそもこのとき、銅鑼が鳴って、出港直前だった。其れを撮れたはずなのに、断念した。トイレに急いだから。金もないなら、運もないのだ。

いよいよ県議選だな

 ここのところ涼い日々が続く。「暑いか寒いかしかない沖縄」だと思っている私にとっては嬉しいかぎりだ。

 新聞を見れば、県議選のことが大きく報じられている。投開票日が6月5日だから、あと1ヶ月余りだ。この結果によって、沖縄が変わるのか、後退するのか、とても大きな意味をもつ。

 私もしっかりと勉強して、県議選に当たりたい。無論、自分が誰に投票するかばかりでなく、沖縄の進路を切り開く一端を多くの皆さんと共に担いたい。

 どうも基地・安保問題と経済等のどちらを優先するのかのレベルの議論があるが、これは違うのではないのか。革新が前者で、保守は後者みたいな。沖縄では軍事基地を置く事が公理のような時代が続いた。まさに軍事殖民地として。今時は緩んできたものの、「辺野古が唯一」などと独善的に決め付けられている。

 彼等(米日政府)の経済のための基地・安保である事を考えれば、私達は素直に沖縄の自己決定権を第一義に考えたい。基地の変数としての経済は不要だ。国に従属させる経済も不要だ。

 基地と共存させられる観光もおかしいだろう。今連休で道路も混んでいるのだが、フェンスを横目にしながらの観光や、戦闘機音に驚かされながらの観光も、なんでと考えて欲しい。ここはかっては戦場だったし、今も基地が押し付けられているのだ。

 日本には過去の戦争を積極的に観光に供している場所がある。人を殺し殺される軍事施設等を物見遊山してどうするのだと言いたくなる。

 観光でお出でになる皆さんに私は問うてみたい。何故沖縄に来たのか、何故辺野古にきたのかと。これは、もしかしたら参院選にも及ぶ問題かもしれない。

2016年5月 1日 (日)

ピースライブ&トーク(古謝美佐子さんと伊波洋一さん)に行ってきた

 7月に参議院選挙が迫っているのに、候補者が決まっただけで、何も動きが始まっていない。先日「沖縄の未来を拓く市民ネット」が動き始めたばかりだ。実は5月7日から。この出遅れをどうするの?! いらいらする。

 今日は伊波洋一さんを国会に送る女性の会が建ち上がった。那覇のてぃるるで、ピースライブ&トークが開催された。私は辺野古のテントの準備をすませてから、那覇に向った。途中の経過は飛ばすが、会場は400名定員。女性を中心に約300名が参加。

 古謝美佐子さんは初代ネーネーズというと古い話だが、それ以降もソロで、組んで、沖縄民謡を歌い続けてきた。母親になって、お孫さんができて、平和の大切さを実感されて、命どぅ宝を発信している。

 今日のイベントは古謝さんのコンサートだというので、私は那覇まで駆けつけた。やっぱりいい感じだった。平和の唄のメッセージ。予告なく糸数慶子さん(参議院議員)も登壇して、唄と唄の合間に語りをやった。今日会場に来てのぶっつけ本番のようだった。戦前、戦中、戦後の沖縄の軌跡を振り返りながらの構成は、説得力がある。「南洋小唄」や「屋嘉節」。語りながら慶子さんは、涙目に。そんな時代を繰返してはいけない。そして鼎談になった。

 ここで慶子さんのフォローがバッチリ。伊波さんに唄の印象から訊いていた。彼もしっかりと呼応していた。52年宜野湾市嘉数生まれの彼は、沖縄戦を意識しながら育ったそうだ。なるほど彼の宜野湾市長時代の最後のお仕事のひとつは、嘉数高台公園の戦跡の整備。

 彼はうちなーぐちを巧みに思いを語られた。人柄が出て、いい展開。美佐子さんは米軍基地で働いていたお父様を基地内の交通事故で亡くされている。父親像を覚えていない年頃のこと。彼女のじかの記憶が戦争とつながり、平和の唄になりきっている。

 鼎談の途中、伊波さんは沖縄の保育所行政についても言及。沖縄は長年の米軍支配下であり憲法が規定されず、だから児童福祉法もおよんでいなかったと。今も民間保育所が多い一因らしい。

 伊波さんならば、こうした経緯を踏まえて、基地問題をワンオブゼムにしない取り組みが出来るだろう。

命どぅ宝 沖縄の祈り 沖縄のたたかい

 命どぅ宝 沖縄の祈り 沖縄のたたかい (講演会)

おはなし 平良修牧師 

琉球舞踊、唄・三線、アピール等あり。

日時 16年5月30日(月)

会場 練馬文化センター大ホール(西武池袋線 大江戸線 練馬駅下車北口1分)

主催 ねりま9条の会

前売り 1000円(ファックスで申し込み-03-3998-9953) 当日券もあり

○修さんについて、チラシには公式のプロフィールが書かれていますが、沖縄の闘う牧師の先端を走ってきた方です。米国に留学し、キリスト教神学を学ぶ。1966年沖縄キリスト教。短大学長。おかげで、アンガー新高等弁務官就任式で「最後の弁務官になりますように」と祈る機会を得た。友人達が彼の身を案じて、一時身を隠すこともあった。今でも新基地建設反対の現場に来ている。気さくなおじさんですが、話したいことはたくさんある。じっくりと彼の話をきけるのは、そうそうないから、この機会をお見逃しなく。(ヤマヒデ)

北部演習場で山火事か?(16年5月1日)

 先ほど(16年5月1日19時)聴きなれた米軍の消防車のサイレンが聞こえてきた。自宅で聴くのは初めてか。今日は日曜日だというのに、米軍は何をしているのだろう。北部演習場のどこかで山火事を起こしたに違いない。北部演習場では実弾演習を行なっていないはずなので、タバコ等の不始末か、もっと重大な事故か。本物のニュースに注目しなければならない。

 ついでに書いておくが、米軍の緊急車両が一般道(高速道路を含む)を日常的に走るのが沖縄なのだ。この特異性を理解できますか?

この海(辺野古・大浦湾)を取り戻す闘いへ、元気が出た

2016年4月30日晴れ、暖かく、波や風も穏やか。最高の海上行動デーだった。

今日の目的は、フロート等の撤廃をもとめる海上デモ。船長は欠席予定者が多いし、船は故障中が多いし、正直どうなるかと思っていたのだが、大成功。

9時15分船団出発。

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9時23分。長島を前に見て、

9時26分フロートを乗越える。はじめての乗船者がやった!と歓声をあげる。

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9時43分。辺野古崎に到着するとカヌーチームは全員集合。27艘。

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10時6分。グラスボートのゆがふゆがきた。

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辺野古崎を越えて大浦湾を行く。

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皆さん余裕の雰囲気。10時15分。

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10時29分、平和丸1号が先導して大浦湾の中へと入る。背景は長島。堂々たるものだ。

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10時40分。第3ゲートに陸上にも呼応する仲間が集まっている。レジャ-ビーチ先。パドルをあげて。

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前にはアルソックの皆さんと軍警が勢ぞろい。

作業はクレーンで地上のフロートを整理していた。未だ準備作業。

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横断幕を掲げる

シュプレヒコールもあげた。

陸と海とのエールを交換した後は再び大浦湾を戻る。

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台船と弾薬庫をバックに。11時7分。

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ガイドパイプを行く。ボーリング調査の象徴だ。これも撤去せよ!11時24分。

再び長島を越えて。

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この美しい海を潰すやつ等の頭を嗤う。ここは生物達の世界なのだ。11時28分。

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このコンクリートブロックも撤去していただこう。11時29分。

こうして無事に終了。

午後、沖縄防衛局は撤去作業を始めているとの情報が入り、15時過ぎ瀬嵩に向う。

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切られている。小さな作業船が何隻も居たが、本格的な作業はこれからだ。

再びフロートを張らせない。この海を沖縄に、地球に、取り戻そう。米軍の海、日米政府の海にさせない闘いが私たちに問われているのだ。がんばろう。















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