2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

« 基地の島と化した与那国島 | トップページ | 美しいのだが難しい(「今日の1枚」-16年3月31日) »

2016年4月 1日 (金)

与那国島の報告をどう書くか?

 まずは周辺部から書き始めたのだが、6日もいたから、書くことが多くなかなか大変だ。まだ基本となるマシーンも動いてないし、兵舎じたいが、不備も不備。一度15年度中に新編すると決めたから、やるのだでは、私も赴任した関係者にいささか同情する。

 あとで工事はどこまですすんでいるのかという疑問にお答えする。

 そもそもこの島には遊ぶ場所などない。飲み屋があるだけだし、部隊長に隠れて飲むなど、無理。うっぷんばらしが住民に向う事がない事を希望したい。

 外で飲むなら、石垣島や那覇まで行かなければならない。礼文も稚内も、対馬も同じようだから、そうした場所での地域研究が必要か。自衛隊員の行動学。

 だが問題はやはりオフィシャルな領域の問題だ。ここでの自衛隊の存在がこれから東アジアに如何なる影響を与えていくのか。与那国-石垣・宮古・沖縄・奄美と自衛隊の基地ができたとすれば、どうなるのか。与那国が着火点になる可能性が高まる。

 私が与那国に関心をもったのも、沖縄島・辺野古をみていたからだ。中国との領土・領海をめぐる分断線を入れ、楔を打ち込む。当然、陸・海・空の統合演習・統合作戦になるだろうし、日米の共同演習・共同作戦になるだろう。もっとも米国は対中戦争など考えていないだろう。だがTPPのように中国封じ込めの経済環境をつくろうとしている。ここに経済と軍事が重なる。決して安泰ではないのだ。

 私に何ができるのか、さしたることはできまい。だが、与那国の自然はまだまだ素晴らしいし、人人も諦めていない。何が可能なのか、考えたい。

 それにしても与那国の赤土はすごかった。ズボンについて、乾いてもなかなか剥がれなかった。革靴についたものを落とそうと、バンバン叩いたが帰りの重量は重くなっていた。

« 基地の島と化した与那国島 | トップページ | 美しいのだが難しい(「今日の1枚」-16年3月31日) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/2037325/64750794

この記事へのトラックバック一覧です: 与那国島の報告をどう書くか?:

« 基地の島と化した与那国島 | トップページ | 美しいのだが難しい(「今日の1枚」-16年3月31日) »