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2016年4月 5日 (火)

それでも与那国は美しいのだ

 与那国島が自衛隊の島になった。私は大いにショックを覚えた。しかし今回5泊6日の旅だった。自衛隊を追いかけながらも島の美しい自然に励まされた。以下少々紹介したい。

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16年3月25日14時35分。飛行場から久部良に向う道で。アカバナー。沖縄にはどこにもあるが、やはり赤の原色が原種に近いのだ。

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3月26日7時39分。西崎灯台から眼下を見る。最西端の佇まい。

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3月26日10時25分。久部良付近。ルリタテハ。美しいものはついつい、無意識に真ん中にもっていきがち。それでは絵にならぬ。ぐぐっと引きなおすこと。

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3月26日12時16分。久部良の裏の田んぼで。セイタカシギ。

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3月26日13時16分。比川の田んぼ。ダイサギの群れ。全部で70羽いた。2日後には全くいなくなっていた。

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3月26日16時8分。南牧場。牛が1匹。

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3月26日16時35分。南牧場南の海。雲と風で光が海面を動く。

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3月26日17時5分。南牧場の南側の海岸原。ヒメキランソウ。

3月27日は荒天のため撮影不可。

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3月28日6時40分。西崎。最西端の島の朝。妙に感慨深い。月。

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3月28日6時55分。西崎から朝焼け。太陽。

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3月28日14時頃。久部良から比川へ。

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3月28日15時59分。久部良岳の下から。

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3月28日16時54分北部牧場。

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3月28日18時51分。久部良 夕日の見える丘。ちょっとロマンチック。

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3月29日15時41分南牧場の東南。クソエンドウ。

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3月29日18時22分 西崎灯台から。

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3月29日18時27分。日が沈む。

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3月29日18時38分。真っ赤な太陽。

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3月29日18時42分。残照。

じっくりと堪能してください。















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コメント

ヤマヒデさん、

与那国の風景をじっくり堪能させていただきました。
ありがとうございました。

ハイビスカス、赤、旅行へメキシコへ行ったときに目にしたホテルの庭に咲いていたハイビスカスの
花びらの大きさには目を見張りました。写真のハイビスカスの花の2倍ぐらい大きかったです。太陽をいっぱい浴びているせいかなと思いました。そして、濃い色の花びらでした。が もしかして違う品種なのかもしれません。

私、襟巻トカゲが好きなんです(笑)。それは、メキシコのホテルの庭にお目見えしたトカゲが
かわいらしくてとても印象に残っているからです。メキシコはマヤ文明の遺跡がたくさん残っている
国で、なぜか、道中でマヤの子孫と思われる人たちに出会うと、まるで、親せきに出会ったような
気持ちになるのです。

自然の花木、野鳥、ウシ、馬さんたちの住処を奪い、自衛隊の駐屯地に年間1500万円で防衛省に
賃貸しして島の経済活性化と喜んでいる人たち、なぜ、自然を破壊してまで経済、経済と経済を優先
するのでしょうか。世界各地で起きている異常気象、それは人間が経済を優先して自然を破壊してきたツケではないでしょうか?2090年ごろには海水の気温が2~3Cは上昇すると言われております。となりますと、沿岸地帯は浸食され、もしかして、海から隆起した与那国島が今度は海に
沈没? ということもありうるのかもしれません。ベトナムの沿岸地方が240メートルも浸食されて
村が無くなっているというNHK の番組を観ました。これからは、足りるを知ることで自然と共生
していかなければならないのではないでしょうか?

また、経済どころか、場合によっては自衛隊が駐屯しているがゆえに有事の際は真っ先に敵にミサイルを撃ち込まれことは第二次世界大戦で与那国にも軍隊が駐屯しており、爆弾が撃ち込まれ九部良の一時は東洋一のカツオ工場と呼ばれていた工場が攻撃されたことは与那国の歴史を知っている人ならだれでも知っていることでしょう。それから、戦争時は学校の教師として赴任してきた人たちはスパイ活動をしていたのですね!

与那国は自然の宝庫です。それを生かしきれていない(経済につなげる)のではないでしょうか?

海底遺跡、与那国馬、渡り鳥の中継地、カジキ、長命草、花酒、塩(塩の値段24%値上げ)、
固有の動植物の存在、台湾花蓮市との姉妹都市交流、、、、、、など、など。

カムルラジュー色のユニフォームを着た自衛隊員160名とその家族94名、確かに人口増、
消費には貢献するでしょう。でも、自衛隊を誘致した自治体が潤っているところはないとか。
やはり、地域活性化はそこに住んでいる人たちの知恵と工夫です。自立本願です。
また、公共事業をあてにしてはその時だけです。潤うのは。

島を潤るわす他の選択はなかったのか? 


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