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2014年12月17日 (水)

与那国島で「はての島のまつりごと」を観て考えた

 今回の与那国島は、衆議院選挙の期間ならば、辺野古に大きな動きはないだろうと、いそいそと出かけた次第。天気が悪く、余り撮影にならず。だからといって、建設現場に行かないわけに行かぬと、3日目の13日に意を決して行った。以前に書いた通り、ショックを受けて宿に戻った。

 この日、映画「はての島のまつりごと」の上映会があると聞いており、皆さんにお会いする意味を含めて、夜、出かけた。やや遅れて行ったので、始まっていたが、比較的落ち着いて観る事が出来た。

 これを前回見たのは、7月の那覇で。会場の設営が悪かったのか音響が酷く、どなん語を理解できない私には辛かった。今回の会場は既設のスクリーンもない場所だが、自前でスクリーンやスピーカーを設置し、音も画像も鮮明だった。既設の暗幕もないところだが、事前にダンボールと黒のビニールシートで外光を遮断していた。バッチリだ。

 また映画そのものも、一部修正を加えたようで、場面場面の展開がやや補足され、多少分かりやすくなっている。島の伝統行事については画像を通して、どのように営まれているのかがある程度見えてくる。他方、基地の形が見えない段階での、基地が全くない島での基地問題が如何なる問題なのかを島内撮影だけで説得的に伝えることは難しい。

 ところで、この撮影・編集・制作に当たった土井鮎太監督は、対立を抉り出すよりも、相半ばする誘致派・反対派の双方を取材している。だから、会場にも誘致派の人も足を運んだようだ。町のスピーカーでもこの映画会の案内が島中に流されていたし、多くの商店にこのポスターが貼られていた。この映画が今後どのような波紋を広げていくのか、興味深い。

 ここで私が考えたことを捕捉する。島には、国家の政策に乗っかって、儲けようと企図する人々と、島の自然と文化と、郷土の暮らしを破壊されたくないと考える人々がおり、島の暮らしを分断している。誘致派の町長が町の町政を握り、町民の相対多数を占めている現状は、国家依存(中央志向)の経済のありかたから起因するだろう。他方、民主主義を主張し、住民投票を重視する反対派は、住民自治を志向することと重ねていかなければ、対抗力になりえない。住民自治とは、自分たちの暮らしを自分たちで決めていく力であり、権利だ。つまり自分たちの経済や文化を自分たちで担える権限を取り戻していくことだ。

 こう考えたとき(こう考えない人が多いのだが)、軍隊は文字通り中央(国家)が仕切るものだということに注目せざるを得なくなる。12月10日に施行された特定秘密保護法もこの中央のためのものだが、このままいけば、小さな島にヒ・ミ・ツの文字が闊歩していくことになるのだ。この意味からも、観光と基地は共存できない。軍隊に監視される島暮らしがそこまで来ているという恐ろしさを考えるべきだろう。否、軍隊に監視される暮らしは今後遍く急速に広がっていくだろう。遠く、小さな島の問題は、ヤバイことに私達の身近に秘密裏に迫っているのだ。

 今回の主催者の実行委員会に若い(30代)男衆がいた。彼らが、会場設営、撤収を仕切ったが、頼もしかった。小さな島の会場の不備をきちんと自分たちで補える力は素晴らしい。小さなことかもしれないが、こうしたことも、住民自治に深くコミットしていることだろう。

◎過去記事「『はての島のまつりごと』を観た」を参照してください。

http://photoyamahide.cocolog-nifty.com/yamahideblog/2014/09/post-3bf1.html

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