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ヤマヒデの沖縄報告会-17年2月1日静岡、2日袋井市

○皆様に御願いしていました17年2月のヤマヒデの沖縄報告会は、2月1日と2日で決行されます。主催いただく皆様に深い感謝を。(ヤマヒデ)

①2月1日 夜 静岡市

 「今沖縄から問いかけたいこと-沖縄・辺野古の現場から」

日時:2月1日18時~20時

会場:静岡労政会館視聴覚室(5階)℡054-221-6280

アクセスhttps://www.pref.shizuoka.jp/sangyou/sa-210/sisetu/tizuryoukin.html#sizuoka

主催:静岡・沖縄を語る会(代表:池田一)(連絡先:054-643-2394)

②2月2日 夜 袋井市

 「今、沖縄から問いかけたいこと-沖縄・辺野古の現場から」

日時:17年2月2日(木) 18時開場 18時30分開会 20時30分頃まで

会場:デンマーク牧場 まきばの家

会場へのアクセス http://www.denmark-bokujyo.or.jp/company/access.html

よびかけ:デンマーク牧場福祉会   こひつじ診療所 院長 武井陽一

                まきばの家 こどもの家 施設長 松田正幸

                         浜松市憲法を守る会 代表委員 水戸潔

問い合わせ先 こひつじ診療所 ℡ 0538-23-0660

          まきばの家    ℡ 0538-23-0770

○私が皆様に問いかけたいことは、当日のお楽しみ(苦しみ)にですが、今沖縄で起きている事から説き起こし、今沖縄から、沖縄で問いかけたいことが、皆様にどのように繋がっているのか、自分の過去を顧みながら、私たち「日本人」の沖縄に対する責任、これから私たちがつくりだす未来、ご一緒に考え始める機会にしたいと願っています。

私の思いは「私たち一人ひとりは微力ですが、無力ではありません。絶望を超えて、生きる希望を諦めない。命どぅ宝の社会を創り出せるのは、今しかありません」-この一点に尽きます。

○なお2月3日、4日の企画は実現できませんでした。3日、4日は今後に向けた用を足してから5日に名護に戻ります。悪しからず。(ヤマヒデ)

 

2017年1月23日 (月)

宮古島から帰ってきた(17年1月23日)

 本日午後、宮古島から帰ってきた。宮古島市長選、奥平一夫さん惜敗。370票差。詳細はのちほど。手ごたえだけでいえば、奥平さんの勝ちだったのだが、組織票、表面に出ない裏の動き、期日前投票など、現職の下地敏彦さんの粘り勝ち。裏側だけに何が行なわれていたのか、それこそ情報公開してもらいたいものだ。

 ただ私は、奥平さんたちの市民グループは島の政治の保守の岩盤をあと一歩崩せなかったのだと思う。しかしこの2ヶ月でよくもここまで力をつけてきた。11月20日段階ではまだ態勢ができていなかったし、分裂回避の動きと、独自に立てることの2重の動きの最中だった。

 これで政府防衛省は一気に宮古での陸自の基地建設にまい進してくるだろう。これに対置して、この選挙で広げた市民グループの結集を選挙だけに留めず、今後も持続的な運動展開ができるかが、時代を分かっていくだろう。私は予想したくないが、今進んでいることは、ここ宮古島や石垣島、与那国島が近未来に戦場になる事態なのだ。なってから気がついても遅い。逃げ惑い、爆弾等にやられるか、壕に避難して飢えて死ぬ。住民が被弾する弾は、敵が発射するものばかりじゃあるまい。時と場合によっては、自衛隊からも米軍からも撃たれかねないのだ。

 どうして分裂になってしまったのか、下地晃さんを立てたグループは、「オール沖縄」を自称したが、そもそも宮古島に「オール宮古島」は不存在。名前だけ用いても底の浅さを曝露してしまう。選考委員会なるものも一部のだれそれが立ち上げたに過ぎない。全く不透明な中で奥平排除を含意して行なわれたと、私はみている。

 従前から一生賢明基地建設反対などで動いていた人たちが、こんな独善を承服できるわけがない。しかし一度外れたレールは戻らなかった。島の命どぅ宝の団結を取り戻すことができるのか、お互いに原点に立ち返って、考え直してもらいたい。

 これから一休みしてから、沖展のパネル制作に取り掛かる。暫くブログを書けないかも。このブログの容量が一杯に近づいているし。

2017年1月20日 (金)

宮古島市長に奥平一夫さんを!-17年1月22日投開票日

 2017年1月15日宮古島市の市長選が告示された。4氏が立候補し、現在激戦が展開されている。4名とは、①現職の下地敏彦さん(保守系)、②真栄城徳彦さん(保守系 前市議会議長)、③下地晃さん(医師 社民、社大推薦)、④奥平一夫さん(革新系 元県議)だ。

 今回の選挙戦の争点は、①下地敏彦市政(8年)の評価、②この国が狙っている宮古島の軍事基地化をめぐる賛否だ。

 端的に言って、同じ保守系の中で2派に割れるように、下地市政の壁は剥がれ落ちてきた。現市長は当然のように国の言いなりで、陸自駐屯地・ミサイル部隊の容認を据える。そんな中で「総活躍社会」が成り立つのか?軍事化と「総活躍社会」はお似合いなのか。   他方、突然の立候補となった③の下地晃さんは「オール沖縄」系とも言われたが、余りにも突然であり、民主的な候補者選びでなかったことがみてとれる。悲しいことだが、革新系?の分裂にあいなった。そきに何があったのだろうか?

 私は明確に奥平一夫さんを推す。彼は宮古島市出身で、旧平良市議、元沖縄県議(3期)、で今回の挑戦だ。この間、辺野古新基地建設阻止の先頭に立って闘ってきたし、発言にも一点の曇もない。

 彼は下地市政が起こしてきた不祥事を批判し、第1次産業と観光を結びつけ、それこそが持続可能な島作りとなる。命の水(地下水)を守るために、観光の基盤を守るためにも基地建設反対を掲げている。

 特に下地島に民間パイロット養成訓練に使ってきた空港があり、此処を国が航空自衛隊の最前線基地にする動きがある中で、これにも反対。翁長知事と共に迅速な対応を御願いしたい。

 下地晃さんは出馬の意向を明らかにしたとき(11月)よりも基地建設反対を主張しているようだが、民衆と共に、民主的に、という出発点から考えても、政治実績という信頼感からみても、私は奥平さんだと考える。

 特に今宮古島を巡る問題は、国が掲げる「島嶼奪還作戦」の現場であり、だからこそ琉球諸島に対中包囲網を敷こうとしているのだ。13年から政府・自衛隊は此処沖縄と九州で、大規模な演習を繰返してきたが、今年はこれが1月末に行なわれようとしている。中・台紛争を想定した演習が行なわれるのだ。

 最後の最後まで奥平支持の声を訴え広げていこう。

 私自身なかなか現地に駆けつけられなかったが、ラストデーの21日朝から宮古島に入る。奥平さんの当選を期して。

2017年1月19日 (木)

巡視船が増えた(17年1月19日)

2017年1月19日。曇ったり晴れたり、降ったり。晴れれば暑い。

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テント前。8時。朝日はやはり美しいのだ。

ということで松田浜まで行って見た。

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太陽光がフェンスでにじむ。9時9分。

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潅木にひっそりと実る。何かな?

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本当に雲の変化は早いから。11時42分。

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きらきらの海。11時51分。辺野古川河口。

大浦湾の海上では今日もフロートの設置作業が強行されている。カヌーチームの多数が海保に一時拘束された。

14時30分頃南から巡視船が移動中。

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きた。PL73.「きい」だと。第5管区からやってきたようだ。ダカラといって私達は歓迎しないぞ。14時59分。これで2隻目の巡視船。今日はPL63「くにがみ」と2隻だが、また多数が来るのだろうか。

テントから沖合いを見ると海保のゴムボートがいくつも見える。また拘束されて、戻されてきたのか。私は直接見に行く。

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松田浜に下ろされているカヌーチーム。15時2分。全員が一時拘束されたが、全員無事だった。

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続々上がってきた。14人14艇。

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終了のミーティング。15時4分。空は何もなかったかのようだ。

大浦湾側のフロートがどんどん張り出されているようだ。

なお、今日ゲート前に街宣カーが来ていた。なにやら喚き散らしていた。







嘉手納・安保の見える丘での集会を撮る(17年1月17正午)

2017年1月17日 段々と雲間が増えてきた。私はしぶとく嘉手納の道の駅(4階)に留まる。

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嘉手納基地に止っていたオスプレイ2機が動き出した。12時11分。西へ。右の輸送機はC-17。デカイ。

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東に向かって飛んだ。12時14分。普天間ではこの角度・距離では見られないだけに、いささか興味深い。やはりパラシュート降下訓練はやらないようだ。

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安保の見える丘では集会が始まったようだ。さすがに行かなくては。

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2機目も上がった。

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嘉手納飛行場とこちらの位置関係が分かるでしょう。

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私は下の駐車場に降りた。集会参加者が看板の上(真ん中)に見えている。12時21分。

遅ればせながら会場に入った。

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照屋大河社民党県連委員長が挨拶していた。彼はうるま市だから嘉手納基地の問題とは密接だ。パラシュート降下訓練やF-35Bの導入に反対だと。

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熱心に耳を傾けている皆さん。地元だけに他人事ではない。

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中部地区労の仲間。日本政府のやりたい放題を許している日本政府の責任を追及。

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照屋寛徳衆議院議員。昨日、防衛局が17日はやらないと言明したことを紹介した。はじめて局長室に通されたと。前回の交渉(予定)の際、局長が突然出席できないとなり、こちらが不誠実な対応に怒って、交渉を拒否した挙句の話だと呆れていた。また、先日の接見から、山城議長の様子を報告。首の腫れは、診察の結果、特に問題なかったらしい。本人も元気にしていると。ほっとする。

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糸数慶子参院議員は読谷が地元であり、65年のパラシュートでのトラック降下訓練で小学校5年の女の子が亡くなったことを紹介。決して他人事でないと。

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皆さん、昔を思い起こしながら。想像しながら慶子さんの話に聞き入る。忘れてはならない記憶だ。決して許してはならない。

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嘉手納爆音訴訟団の嘉手納支部の町議さん。防衛局の通告はいいかげんであり、きちんと情報公開すべきだと。F35の飛来も、パラシュート降下訓練も認めがたいと。

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同北谷支部の方。民家の密集地では常に危険が伴うものだ、止めさせるまで闘おうと熱列に訴えた。

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最後に団結ガンバロウ! 100名余りが参加。

なお、本集会の主催は嘉手納爆音訴訟団、平和運動センター、中部地区労の3者共催。




2017年1月18日 (水)

名護市街でオスプレイ3機編隊に遭遇する(17年1月18日)

 今日はお休みしていた。在宅仕事は五万とあるのだ。進まない進まない。午後は市内で用を足してきた。15時50分ごろ、宮里4丁目あたりの国道58号の上をオスプレイ3機が縦隊の編隊を組んで北東へ飛び去った。水平モードだったが、ゴッゴッゴッゴという音は相変わらずだった。西側を通るのは比較的珍しいことだと思うが、北部訓練場に向かうのか(大宜味経由で山越え)、この先で左折して(本部・今帰仁の北側を経て)伊江島に向かうのか。腹立たしいことにかわりがない。

 しかしもしも辺野古に新基地ができてしまえば、私がいつも言っていることだが、此処を中心にして、シュワブ・ハンセン、北部訓練場(高江)、伊江島とグルグルして演習することは必至。うるささも危険度も明らかに増すだろう。今宜野湾でもやっているのだから、名護市街でもやるとみるべきだろう。決して甘くないだろう。何しろ米日同盟だし、これを「希望の同盟」だという連中だから。

 そこに新たにF-35B(対地戦闘攻撃機)がやってくるのだ。岩国に10機配備される。あと6機は沖縄にきそうだし。先の10機も演習は主に沖縄の空域だろう。どれほど凄まじい音を出すかは私の想像力を超えそうだ。これが嘉手納・伊江島・辺野古に来るようになったら、どうするね。辺野古から伊江島とか言えば、どこを通過するにしても、陸域の集落の上を避けようもない。あえて人の上を通るのだし。これを日本政府は完璧に黙認しているのだから。

 絶対に許さない気概が重要だ。あちこちから反対の声をあげていこう。

未明から嘉手納周辺を歩く(17年1月17日)

 2017年1月17日 晴れ 前夜から嘉手納基地近くに泊まる。未明からパラシュート降下訓練が強行されるかもしれないとの判断に基づく。結果論から言えば、なかった。前日沖縄防衛局は17日米軍がやるとは聞いていないと言明したらしい。もっともキツネとタヌキの化かしやいみたいなものだから、分からないのだが。いえいえキツネとタヌキは、日米同盟ほど悪辣じゃないって怒っているかもしれないな。時代が違いすぎたのだろうか。

 しかし私は国道58号を歩いた。未明から夜明けの、朝の嘉手納周辺を。案外の成果があった。寒かった。

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月が見えていた。手持ち撮影。

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鉄条網に焦点を合わせる。基地の中の明かりがまばゆい。6時56分。

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滑走路西端。電子情報収集機EP3Eアリーズが飛ぶ。7時18分。

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雲間が明るくなってきた。7時19分。

それにしても未だ真っ暗な時間から車がびゅんびゅんだった。

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15日に行なわれた嘉手納町議選で当選したのだろう。お礼の朝だちのようだ。7時46分。どんな政策で望むのだろうか。「嘉手納町をナンバーワンのまちづくり」ならば、当然嘉手納基地の問題を避けて通れない。

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嘉手納の街は米兵相手やアメリカ文化大好きな人達のお店が多い。

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町内にはこんな自販機も。しまくとぅばを話して沖縄文化を広めようと。

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これは非核平和宣言のまち・嘉手納の碑。この右奥が嘉手納町役場、その奥の白いの(真ん中)が沖縄防衛局。私はかねてからこの位置を狙っていたのだ。やっと撮れた。

そしてこれ!

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同じ碑と基地内のAWACSのアンテナだ。この対比にぞくぞくするのは(寒気)私だけか?

空中警戒管制機であり、空飛ぶ司令塔だ。アジア太平洋の空と海と陸をずたずたにしかねない悪玉だ。

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嘉手納町役場に掲げられているオスプレイ反対のたて幕。車道に出て撮ると危険なので(国道58号)だから狭い歩道から。お陰でカメラを横に傾けた。8時40分。

嘉手納ロータリーの外側から右折。

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ニライ消防署。はしご車が天高く伸ばしていた。住民の安全な暮らしに貢献してください。

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どうです。余談ながら基地の中も見えるのでしょうね。9時6分。

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急に飛行機の音。見上げたら、航空自衛隊のE2C早期警戒機だった。先ほどのAWACSの弟分。露出補正している暇なかった。9時16分。

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ずらっと並ぶ対潜哨戒機。安保の見える丘から。ここの海軍駐機場は移転するとの話だったがまだだったのか。今日は飛行機が飛ばない日だ。

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そう思って居たら飛び出しやがった。RC-135U機首を観損ねたが。10時。

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最新鋭のP-8対潜哨戒機がタキシング。どこへ?10時14分。

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奥へ。左側では飛ばない(風向の関係で)。何だろう。

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またでていく? 10時46分。

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道の駅かでな から見てわかった。あちらに移動だ。新駐機場でしたか。やや左奥。

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その右側ではオスプレイがエンジンを動かし始めた。11時5分。

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正面のオブジェは「いもっちい」。ちなみに甘藷は中国から琉球(嘉手納)に入り、ここから種が島経由で日本中に広がり、「サツマイモ」に化けていったのだ。

こんなオブジェにもウチナーの魂が籠められているのだろう。

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前の安保が見える丘で集会が始まりそう。まてまてオスプレイが飛ぶのを撮影してから移動する私。11時54分。(集会は別稿へ)

○以上の文中、一部の機種の同定に間違いを指摘されました。上記はあらためて訂正したものです。














重要なお知らせ-一部記事を削除します。

 このブログの容量が一杯に近づいてきました。このため、行事案内や賞味期限がきれたものは随時削除していきます。ご承知ください。

 またカテゴロリーを一部追加しています。こちらも随時行ないますので、時々ご確認ください。

 

騒がしかった1日(17年1月16日)

2017年1月16日 朝方雨のち曇時々晴れ。晴れれば暖かいのだ。防衛局の警戒船いない。

朝っぱらからこれだ。

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8時12分。水陸両用装甲車が2台海から戻ってきた。こんなに早くからの訓連に驚かされた。Y船長曰く、7時頃から海に出ていたと。

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カヌーが出て行ったのを待ってくれたが。いかにも今の辺野古の光景。ぞっとする。沖合いは海保の巡視船「くにがみ」。8時15分。

テント脇から松田浜に私は走る。

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8時19分。2両とも上陸。武装兵士が後部のハッチから出ている。

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訓練後のショートレスト(休憩)か。

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左側にたむろしている一団を見たら、2名が無反動砲(小型ロケット弾発射装置)をもっている。此処で私がこれを見たのは初めてだ。8時25分。

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9時24分。今度はまたヘリの訓練が始まった。

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このユニットだ。前がAH-1、後ろがUH-1。後者が策敵を行い、前者がロケット弾等で破壊する。1時間以上この周囲でやっていた。この写真はテント前の海の上。9時26分。

今日は来訪者がこない。どうしたのだろう。12時~14時頃、なんちゃらという集団がデモるらしいが。いやお騒がせ。罵詈雑言。沖縄蔑視・敵視の集団。「日本」からも来ている。

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先ほどの2連が居なくなったかと思えば、空にも騒音源が。CH-53.

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護岸に出て撮る。シュワブの演習場を中心にグルグルと巡回。12時32分。

14時30分頃ゲート前の騒ぎは収まる。ゲート前で守り抜いた皆様、ご苦労様。

こちらのテントには街宣車がちょっと回ってきただけだった。

今日の海上での作業はなかったと、海上行動は12時過ぎに上がってきた。そのかわり、15日の日曜日にかなりのフロートが張られたと。

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15時26分、虹が出た。

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キャンプ・シュワブの兵舎の上に。ま、いいか。

しかし今度はCH-53が2機で沖合いを戻っていく。

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15時26分。

気の抜けない一日でした。















カヌー練習が盛況に行なわれた日曜日(17年1月15日)

2017年1月15日。晴れ。静かな日曜日を迎えた。

10時からカヌー練習。私も浜まで行って様子を見学。

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きらきらの海だ。気持ちよさそう。

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皆さん一生懸命だ。

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合間にフェンスの監視カメラを望遠で撮って見た。なかなかのコワモテふう。

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ニガナが咲いている。オキナワギクの花は終わっている。

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班をつくって練習する。

一旦休憩。

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カヌーをあげる。この後、諸注意が。

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浜のフェンスはなかなかのみごたえが。

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数も多い。気持ちいい。決してフェンスに負けない海と空。

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練習再開。2個持つのはかなり重い。

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乗るタイミングが難しい。

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どこで乗ればいいのか、先輩がついて教えている。このように浜に打ちあがる波の前に出る、そしてタイミングをどうつかむか。

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何とか出発。波や風に流されないように。

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班毎に練習。

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空と海の境界がくっきりと。午前中はご覧のようにきらきらになりやすい(晴れていれば)。

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今日の練習に19名が参加。皆さんご苦労様でした。

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夕方、今日はバナーを外す。誰かに、盗られたくないから。松田浜。












2017年1月17日 (火)

今日、1月17日は阪神淡路大震災から22年が経つのだな

 昨晩からちょいと出かけていた。早朝からの出発のため、5時すぎに起きた。丁度テレビで神戸や淡路島からあの大震災から22年をやっていた。私はつい昨日のことのように思い出した。当時は未だ私の自宅にもテレビがあった。朝のニュースで、ところどころから煙が上がっている神戸の町が映し出されていた。未だ地震の被害が殆ど伝えられていない時間だったが、私はこれはそうとうな被害が出たなと直感した。時間が経つにつれて、案の定だなと、愕然とした。

 戦後50年の新年早々からのウルトラパンチ。同年の3月に私は関西に用があり、その足で神戸に入った。歩いている地面が歪んでいるのだ。小船に乗っているかのごとくだった。特に臨海部や長田地区は壊滅的だった。ただ場所によって被害のほどが格段に違った。地盤の安定度の違いなのだろう。

 報道で、高速道路が倒れたとあったが、現場を見てびっくりした。軒並み倒れていたのだ。壊滅だった。私はもともと近代科学とか、現代技術なるものを信じていないが、だからいったじゃないかと、改めて思ったものだ。あれが早朝だったからまだ高速道路の交通量は少なかったし、新幹線も未だ走っていない時間だった(確か)。

 あれから22年。震災は随所で起きている。2011年の3月11日は決定的だった。私達はこうした経験から何を学んできたのか。これは政治家や官僚だけの問題じゃない。私たち自身も学んでこなかったから、最悪の安倍政権をのさばらせているのだ。東北でまた大規模な防護壁を造っている、フクシマ原発の放射能垂れ流しをしらんぷりして、避難の権利を認めない、放射能による身体的異常を認めないなども起きている。事故の被害を最小限にしたいとしている政治を認めてしまっているのは国民だろう。

 民主党政権は東北大震災で米軍のオトモダチ作戦を褒め称え、安倍政権は熊本震災でオスプレイを飛ばしていただいた。地元の人たちが何を求めているのかを掌握しないで上からの加護を与える政治。未だに何も変わっていない。

 今日の国道58号線は未だ真っ暗な時間帯でも交通量が激しかった。沖縄は自動車天国なのだ。もしもこの道に1発の爆弾が落とされたら、それだけで交通は麻痺するだろう。いや58号と沖縄高速道に各1発が当たれば、どうなるか。いやいや、那覇飛行場と那覇港などの主たる港が麻痺すれば、私たちの生活の根幹は大打撃を受ける。沖縄島はまだましか。先島といわれる島々では、交通の遮断がすべてを奪っていくだろう。

 しかし今の政権は、軍需産業で儲けようと戦争準備にまっしぐら。それでも、少なからぬ国民が安倍政権を支持しているのだから、呆れ返る。

 中央集権・国家に命を預けていたら、私達はお陀仏になってしまう。私たちの命は私たちが守る。命は誰にも預けない、況して国家になど。この22年で私がわかったことは、バカにつける薬はない、ということだ。私達ひとりひとりが賢くなって、自分たち自身が変えていくしかない。実に単純なことだ。多大な困難を否めないが、他に手段がないと知れば、じっくりとこつこつとやっていくしかないのだ。

 あれから22年が経ちながら、私達は何を学び考えてきたのか。沖縄では自然災害ではない事件事故にみまわれ、政治が其れを加速しているのだ。だからこそ、沖縄の人々は歩き出しているのだ。諦めてはいられないからだ。

 

2017年1月16日 (月)

細かい作業をやりながら(17年1月16日)

 もう毎日追われています。日々の辺野古での撮影、出かけての撮影、それらをブログにあげて。そこに何人かの方からの御願いが入り、やって、というわけで、15日、16日のアップが滞ります。これから近場に出かけるので、今日はできません。

 そこに来週に沖展の締め切りが近づいており、今週中に制作を完成させなければまにあわない。さらに2月はじめの報告会の準備を急がないと。

 今日の辺野古には歓迎できない人々が押しかけてきて、気が抜けませんでした。彼ら彼女らは、ソンナニ軍隊が好きで、米軍が好きで、戦争が好きなのでしょうか。誤解がないように申し上げておきますが、私はどこの軍隊も嫌いです。中国もロシアもイランもイスラエルもインドも日本の軍隊も嫌いです。南北朝鮮の軍隊もです。

 今日、二人連れの男性が名乗りもせずに私たちのテント内に動画カメラを向けてまわしてきました。ご注意申し上げましたが、お名前も聞かせてもらえない、何の取材なのかもはっきりしない。全く不勉強。取材ならば、少しは勉強してからきたほうが、いいんじゃないでしょうか。大浦湾の展望台や、12月13日のオスプレイの墜落現場をお教えしましたが。東京って、オスプレイ墜落について、何も報道されていないのでしょうか。

 色々と愚痴りたくなる一日でした。

2017年1月15日 (日)

沖合いでフロートの設置作業が始まった(17年1月14日)

2017年1月14日。曇。

 私は、今日こそ船に乗ろうと思っていたが、体調が万全でなくやめた。朝ゲート前を通過したとき、生コンの特殊車両が第1ゲート(新ゲート)に入っていた。いよいよ陸域の兵舎の工事が始まったようだ。

 テントに行ったら、無線がざわついている。レジャービーチ前(大浦湾側)での動きが活発になっているようだ。弾薬庫前のゲートから、海と陸とで呼応した形で抗議行動をするようだ。私も現場に移動する。

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工事用ゲートに行くと、軍警が上から監視しながらメモっている。9時30分。

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工事用ゲート前。アルソックが警備中。9時33分。

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ゲート前から坂を下る。生コン車が中に入って行く。

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弾薬庫前。約60名が海に向かってコールをあげていた。10時。

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10時、沖を見ると、作業船はフロートを引っ張っている。和船と海保のゴムボートも随伴。

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遠くてごちゃごちゃしていてわからないが、フロートを引っ張っていることはたしかだ。10時7分。

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浜ではフロートが持ち上げられている。10時30分。

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こちらの船(ブルーの船)が海保に挟まれている。10時41分。

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上右が不屈、下右がブルーの船。10時42分。

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入り乱れている。左が不屈。右上はマリンセキュリティの監視船。正面白は海保の指揮船。下は作業船。10時43分。

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こちらは作業船。左は「なにわ」?。10時52分。

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不屈、勝丸、ブルーの船。(上から、白の船)11時17分。ただ遠めだと何が何だか分からない。

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下のフロートは今牽引されているもの(2本目)。こちらの船が追いかけるが、海保に挟まれている。11時32分。

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引っ張られている。ゆっくりゆっくりだ。海保のGBは多数。11時34分。

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抗議船が激しく動いている。11時35分。

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凄まじく動いているのだが、よくわからない。11時35分。遠いし天気が悪いから。

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沖に引き出されていくフロート。引き出されたフロートは長島の手前あたりまで引き出された。アンカーにくくられて固定されたらしい。このフロートは新兵器。球に棒がついており、海の上に柵を作るようだ。我々の侵入防止策。若し壊したら器物損壊罪の適用等を考えているのだろう。注意が肝心。11時41分。

12時頃テントに戻る。午後は来訪者が集中。驚いた。私も撮影どころの話じゃなかった。説明に追われた。折角県外からも来ている人にきちんと事態を説明しなければならないのだ。「負担軽減」にだまされてはならない。

海上は結局フロート3枚(約100m×3)搬送。遅い。多分これから入ってくる作業台船
の周囲をこれで取り囲んで防護するのだろう。

こんな調子なので作業台船(ボーリング調査)の入港は暫く先になるだろう。



2017年1月14日 (土)

山城さんらを救え行動

以下の呼びかけが届いています。

参加を!

①1月16日 12時~13時 那覇地裁前 抗議行動

②1月17日 15時 那覇地裁署名提出行動 

よびかけー山城博治さんたちの早期釈放を求める会

以下の文は東京の人たちによる署名活動に向けた文であり、ご参考まで。

★★★「山城博治さんらの釈放を」 FREE HIROJI YAMASHIRO★★★

 「これ以上、米軍施設はいらない」「ふるさとの自然を守りたい」「当たり前のくらしを守りたい」--ただそれだけの思いで、高江の住民や沖縄の人たちは必死の座り込みを続けています。座り込みは、「非暴力で」「自主的に」「愛とユーモアを」のガイドラインが徹底され、強制排除にあっても、住民側にケガ人は続出しましたが、機動隊側を誰一人傷つけることはありませんでした。

 それなのに、いま、山城博治さんら、反対運動のリーダーたちが、こじつけとしか思えない理由で、不当逮捕され、次々に別の理由に切り替わり、長期に拘留されています。最新の理由は、10ヶ月前の、128日から30日にかけて、辺野古・キャンプシュワブのゲート前にブロックを積み、工事車両の通行を妨げたというものです。なぜ、10ヶ月も前に行われた抗議行動について、いま、逮捕勾留なのでしょうか。警察は、その場にいて、見ていたにもかかわらず、何の行動も起こしていませんでした。

 山城博治さんらの釈放を求めるため、5人の文化人および多くの賛同者が、那覇地裁、那覇地検に要請書を提出しようとしています。

 

工事再開を許すな! 1,24大成建設抗議行動へ(東京)

辺野古新基地建設
工事再開を許すな!
1.24 大成建設抗議行動

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[日 時]24(火)18:30
[場 所]大成建設本社(新宿センタービル)前
  *新宿区西新宿1-25-1(新宿センタービルの8階から23階が大成建設本社)
  *新宿駅西口より徒歩7分。東京モード学園と新宿三井ビルの間。
   http://bb-building.net/tokyo/deta/252.html

12月20日、辺野古の埋め立て許可取り消しをめぐる最高裁判決が出て沖縄県は許可取り消しを取り消しました。政府・防衛省・沖縄防衛局は早速12月中にも工事再開を喧伝しましたが、実質的な工事はまだ始められていません。沖縄県はあらゆる方法を駆使して工事させないと報道されています。
本格的な工事を始めさせないために、大成建設本社前に集まり、抗議をしたいと思います。辺野古新基地でこれまで3つ以上の工事を受注したゼネコンは大成建設のみです。「仮設工事」と本工事ではJVで「中仕切岸壁新設工事」と「汚濁防止膜等工事」を受注しました。その金額は合計382億円に上ります。
大成建設は、仮設工事でコンクリートブロックを投下し珊瑚礁を破壊しました。本工事では仮設工事を大幅に上回るコンクリートブロック投入が判明しています。
「戦争準備」のための基地建設に私たちの税金を使わせません。
「地図に残る仕事」のために、サンゴの海を埋め立てさせません。
1月24日6時半、大成建設本社(新宿センタービル)前に集合し、抗議しましょう。

呼びかけ●Stop!辺野古埋め立てキャンペーン
連絡先:090‐9203‐7836(かとう)
http://stop-henoko-umetate.blogspot.jp/

オスプレイの音にたまらず撮りに出る(17年1月13日)

2017年1月13日。雨のち曇。監視船あり。マリンセキュリテイのゴムボート等の監視船も。

 朝、平島方向に居た巡視船が西に移動。中城方面に帰るようだ。ただし雨天だったために船の番号(船名)を確認できず。

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8時39分。マリンセキュリティのゴムボートから双眼鏡でこちらのブルーの船やカヌーチームの動向をチェックしているようだ。

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9時。カヌー8艇出発。今日の現場も大浦湾のレジャービーチ側だろう。

午前中の来訪者の対応に追われる。じっくりと聞いてくれる人たちがおり、充実した時間を過ごす。なかに某社の記者さんが個人的な関心からきましたと。丁寧に対話的に話す。

14時前からオスプレイの音が聞こえてきた。

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テントから漁港の護岸の海側に出て待ち受ける。14時5分。左から(西側)からきた。

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テントの北側を飛び去る。14時5分。

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多分、辺野古の集落を越えて、沖縄高等専門学校の奥にあるオスプレイパッドに向かうようだ。14時5分。

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見えなくなったが、再度飛び出した。14時8分。

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東へ向かう。14時9分。

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辺野古の公民館の奥を抜けて北へ飛び去る。14時9分。森の中へ入ると音が篭るせいか余計にうるさい。ズンズンズン(ローターが発する音)とドッドッドッド(エンジンが発する音)が同時にダブって響く。

では、久しぶりに平和の塔(やや高台)の上から撮ってやろう。

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 移動した直後に、1機が東に飛び出した。転換モードで。思ったとおり2機居たのだ。こちらが「08」。

暫く待つ。

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ヘリパッド(森の奥)から出てきた。14時21分。

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西へ飛ぶ。「09」番機。14時21分。

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西へ視界から消えていく。車輪もしまっている。14時21分。テントに戻る。

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14時30分。朝居なくなったはずの巡視船がいる。「PL63」「くにがみ」だ。不思議だったのだが、14日になって何故だか分かった。13日朝居た巡視船は一旦交替のために11日か12日に一時だけ来た別の船だったようだ。やはり逐一船名を確認しておくべきだろう。

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14時54分。ブルーの船が戻ってきた。ご苦労様。

今日の海上では大きな動きはなかったようだ。作業台船が入ってくる気配もない。

オスプレイの篭るような音がしたの再度出テントから出て待つ。

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ヘリパッドから出た!またまたオスプレイ。15時16分。

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護岸の上でオスプレイを撮影していて、ふと海側をみたらイソヒヨドリのメスが近くにいた。15時17分。狭いところで前に回ったり、後ろに回ったりはできればやめてほしい。落ちるよ。







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